2  さらわれた

 青空に白煙を上げて祝砲が鳴る。

 銀針ムング・ズーの十二番めの日女ひめが、金杭アルタンガダスの王家に嫁ぐために出立する。

 吉祥と占いで出た、春の佳き日だ。


 いっとうきらびやかな輿こしに、銀細工の装身具をまとった乙女が乗り込んだ。山珊瑚やまさんご翡翠ひすい、トルコ石のビーズをつないだ幾重もの額飾りに首飾り。乙女には、その重さが、そのままの重責だ。


 その輿こしを守るように侍女を乗せた馬車が囲む。花嫁道具を積んだ荷馬車が続く。そして、騎士の乗った馬が隊列を組む。


 国境では東の大国、金杭アルタンガダスの一隊が、花嫁を迎えるために待っている。そこまで花嫁と侍女らを届けるのが、騎士の役目だ。



 花嫁の一隊は、行程の中ほどで砂漠に差し掛かった。

 心配することはない。水も食料も十分に装備している。


 ただ、空からの賊に関しては油断していた。

 金杭アルタンガダスに嫁ぐ乙女をねらう命知らずがいるとは、誰も思っていなかった。

 晴れていた空が突然、一転したのだ。

 夕暮れより辺りは暗くなり、びゅうと強い風が吹いてきて、次にひょうが降ってきた。

 それも、子供のこぶしほどの大きさのひょうだ。


 バラバラと氷の塊は砂地に散らばった。それは騎馬の足元に絡まり、固まる。いちばん先に馬が動けなくなった。次は人。まともにひょうにあたった騎士は気絶した。


日女ひめを守れ!」

 侍女頭が、馬車から飛び出した。

 あとに侍女たちも続いた。


 オユンも馬車から駆け出て、日女ひめ輿こしへと走る。走る。

 ひょうは容赦なく降って来て、オユン以外の侍女を次々、固めていく。


 ひょうの降る中を、オユンは、ちょうど手にしていた分厚い本を盾にして走った。

日女ひめさま!」

 そこで本をうっちゃって、乙女の輿こしの扉を開け放った。


「オユン!」

 乙女はおびえ切って、オユンの胸に飛び込んできた。


 しん、と辺りが急に静まり返った。ひょうが降りやんだ。

 オユンは輿こしの前に気配を感じた。

 不吉な、ゆらりとした影——。 


 そう思えたのは、黒雲のような毛皮帽子、黒い長衣ローブをはおった男だった。人とは違う。オユンは直感した。

(魔物——)

 ふところの懐剣を左手で握りしめる。


「――迎えに来た」

 男の声が、頭の中に響いた。


 オユンは、その背に日女ひめかばう。日女ひめは恐ろしさに袖で顔を覆って、ふるえている。


だ」

 男が右手を伸ばしてきた。


「――去れ! もの! 去らねば後悔するぞっ!」

 オユンは抜いた懐剣を自分の胸元にひく。勢いをつけて、黒ずくめ男のふところに飛び込んだ。

 きん。

 すさまじい反発にあい、うしろへすっ飛ばされる。はずが、男の右手がオユンの左手首をつかんでいた。


日女ひめっ! 逃げてっ!」

 オユンは、出せる限りの声で叫んだ。


だまされないぞ」

 男がオユンを引き寄せた。男の銀の髪が、オユンの肩に落ちてくる。

「おまえが日女ひめだ」


 そうして、オユンを乱暴に振り向かせ覆いかぶさった。

 その目、そのあおく氷のような虹彩がオユンを射抜く。

 とたん、身体からだの自由がきかなくなった。


「こういう場合、日女ひめは侍女が身代わりで化けていて、侍女が本物の日女ひめだ」

 男は、ドヤ顔だった。



 オユンの身体からだが、くちびるが凍って動かなくなっていく。

 



 ——何、言ってるの!


 わたしは侍女だ!



 




 その声は声にならなかった。

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