#38 同じ結果
三月になると暖かい日が続き、桜の開花は例年より早いと予想されていた。満開になるのは四月だと言われていたけれど、三月下旬には場所によってはきれいに咲いていた。
桐野夫妻から今度は花見をしようと連絡があったので、美姫は祐宜と一緒に車で向かった。入籍を控えた三月末の週末、穴場だったようで人はまだ少ない。
「あっ、べーちゃん、こっち!」
声がした方を見ると、和真と孝彦が立ち上がって手を振っていた。彩未と汐里は広げたレジャーシートの上で足を伸ばしていた。
「美姫、久しぶり。って──もしかして」
妊娠五ヶ月だと教えると、和真が荷物から折り畳みの椅子を出してきてくれた。
「ありがとうございます」
「べーちゃんが父親かぁ……こないだ俺、美姫ちゃんと二人で飲んだ気するんやけどなぁ」
「あ……そんなこともありましたね」
和真は何度か合コンや婚活パーティーに参加しているけれど、パートナーにはまだ出会えていないらしい。手に入りそうだった美姫は祐宜と婚約しているし、汐里も奈津子の知人と順調に交際が続いているらしい。
「べーちゃん、結婚式はするん?」
「する予定やけど、子供が生まれてからやな」
今まではバーベキューも鍋パーティーもお酒があったけれど、準備のときに美姫も祐宜も飲まないと話していたので用意されていない。和真は男三人で飲みたそうにしていたけれど──、それはまた別の機会だ。
「欲しかったら持ってきたら良かったのに」
「一人で飲んでも楽しくないし。……美姫ちゃん、今ならまだ間に合うで?」
「何がですか?」
「結婚。入籍まだやったら、俺に乗り換えてくれても」
「おい遠田」
和真の発言に祐宜は怒り、持っていたガムテープを和真の口に貼った。
「ちょっと黙れ」
「はは……祐宜、私、向こうで友達と話してくる」
「わかった、気つけてな」
美姫はしばらく祐宜の隣にいたけれど、離れて友人たちと話すことにした。和真の視界にいると厄介な気がしたのもあるけれど、女同士の話も久々にしたい。
近くにいた汐里と彩未を誘って、美姫は桜がたくさん咲いている枝を探して歩いた。高校時代を思い出して思わず走り出してしまいたくなるけれど、それはやめておいた。汐里が代わりに走ってくれて、写真も撮ってくれた。
「まさか、美姫が堀辺さんと結婚するとはなぁ」
バーベキューのときのことを思い出して彩未は笑った。
「あのとき、やっちまったな、って旦那と話しててん。くっつけるどころか話もしてなかったしさぁ。まさか同僚やと思えへんし、しかも今、上司やろ?」
「うん。私が異動するまでは、会社でもほんまに挨拶するだけやって……。急に仲良くなったから周りはびっくりしてた」
祐宜が先に美姫に告白した、とは話したけれど、詳しい事情は何も話していない。会社に対して思っていることも、祐宜が美姫に思っていたことも、咲凪と肇の他は誰にも話していない。美姫が祐宜を気にしていたことは、いつの間にか里美がうっかり話していた。
「あれやな、別にうちでバーベキューせんでも、結果は一緒やったかもな」
「そうやなぁ。異動になって、歓迎会してもらって、そのあとやからなぁ。あ、でも、バーベキューで偶然出会った、っていう設定は助かった!」
どれだけ関係を疑われても、友人の繋がりで仲良くなったと逃げることができた。美姫が和真と一緒にいたことも祐宜の心に火をつけていたようなので、何も嘘ではない。
「堀辺さんて……美姫、関わり方がわからんって言ってたやん? バーベキューとか鍋のときもそんなに喋らんかったけど、実際どうなん?」
「実際……正直というか、素直というか……」
美姫にはストレートに告白してきたし、プロポーズも唐突だった。いつも美姫を褒めてくれるし、二人きりのときは仕事とは全然違う顔をしていた。会社に結婚を報告したあとは、美姫が妊娠しているのもあって付き合いだしたとき以上に優しく接してくれた。
「そうそう、関わり方わからんかったのは、出会う前から祐宜はああいうキャラになってしまってて、変えれんかったんやって。最初に謝ってくれた」
「ふぅん……。なんか、パッと見は誰にも厳しそうな感じやけど」
「ううん、全然。もう……はは、言われへんわ」
バレンタインに美姫が祐宜にあげたチョコレートは、彼のイメージにピッタリ合っていた。女性には興味がなさそうに見えていたけれど、本当の彼はとても優しかったし、どの元彼よりも気持ちを伝えてくれた。言葉でも、態度でも、祐宜の愛情表現はとても甘かった。
「幸せそうで何よりやわ。……〝お腹いっぱい〟やけど、お昼やし、食べよか」
彩未が男性たちのほうへ戻るので、美姫と汐里も追った。男三人も同じような話をしていたようで──ただ一人、パートナーのいない和真は悪いところを祐宜と孝彦に指摘され続けていたらしい。
「美姫ちゃん、俺と前に飲んだときさぁ、嫌やった?」
「いえ……?」
「美姫、正直に言って良いんやぞ?」
「うん……ほんまに、嫌ではなかったよ。ただ──遊んで終わりかな、っていう気はしたけど」
あのときはただ恋人が欲しかったので一緒にいるには問題なかったけれど、長く付き合って結婚したいとは全く思わなかった。軽い気がしたし──、美姫は既に祐宜が好きだった。
持ち寄った弁当を広げてしばらくすると、和真はとても上機嫌になっていた。いつの間にか近くでお酒を買ってきたようで、空になった缶が二つ凹んで転がっていた。
「遠田おまえ、車やろ?」
「大丈夫大丈夫、酔い覚めてから帰るから」
「絶対やからな? 捕まっても知らんぞ」
美姫は祐宜の運転で来たし、桐野家もおそらく孝彦の運転だ。祐宜と孝彦は和真と仲良くはあるけれど、乗せて帰るつもりは全くないらしい。
「せめて一時間くらいは待ってあげたら?」
彩未が提案すると孝彦と祐宜は仕方なく了承し、夕方まで全員で残ることになった。汐里は電車で来たけれど、帰りは桐野家の車に乗せてもらうことになっているらしい。
「美姫、寒くないか?」
「うん」
「はぁー、べーちゃん別人みたいやな」
祐宜はこれまで和真といるときに他人に優しくすることはほとんどなかったらしい。
「前に俺が美姫ちゃんといるとこ見られたときも、黙って去ってったし……」
「おまえが知らんだけで、べーちゃんは前から優しかったぞ」
だから祐宜は孝彦から、美姫を紹介される予定になっていた。祐宜が優しいことは美姫も、彼と関わりだしてから何度も体感した。
「べーちゃん、なんやったら先に帰ってくれても良いで。美姫ちゃん冷えたらあかんやろ?」
「──そうやな。美姫、帰るか」
「え……うん……。それじゃ、みんな、またね」
美姫は何度も振り返りながら友人たちに手を振って、祐宜と一緒に車に戻った。
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