第7章 ハチミツ
#34 正直な人
長く仕事を休んだので年明けすぐに復帰のつもりにしていたけれど、祐宜は三ヶ日が過ぎてからで良いと言ってくれた。年明け早々に仕事に行ってもすることがない上にメンバーほとんどがどこかの店舗に行っているので、もしかすると一人きりになっていたかもしれない。美姫も近くの店舗に行こうとしたけれど、それほど忙しい店舗ではないのでやはりゆっくり過ごすように言われた。
クリスマスのあと年末はもともと実家に帰る予定だったので、祐宜と約束の前日に頑張って大夢に行った。中途半端な時間に到着したので平太郎しかいなかったけれど、お陰で少しだけ事情を話すことができた。
「へぇ……やっぱりそういう関係だったか」
祐宜は上司であり彼氏だと言うと、平太郎は優しい顔をして笑った。
「でも、会社では今のとこ隠してて……早く言いたいんですけどね」
「隠すにも限界があるからな。……注文はどうする? いつもの珈琲?」
「いえ──、今日はココアにします」
珈琲が美味しくて通い始めたけれど、今はココアが良い。以前にも飲んだことがあって味は知っていたので、それに合うデザートも一緒に注文した。クリスマス前で苺を多めに仕入れているようで、ショートケーキもいつもより苺感が強めだ。
「ところで今日は仕事は?」
「あ──実はトラブルがあって休んでて……。年明けには復帰する予定です」
「ふぅん。それは──寂しくないか?」
「寂しいですけど、明日は会える予定なんで」
「それは良かった。雪の予報が出てるから、暖かい服装でな」
クリスマスは祐宜に会えて、やっぱり彼が大好きだと思えた。体調もそれほど良くはなかったのでゆっくり過ごさせてくれたし、年末年始も毎日のように連絡をくれた。
年末年始を実家で過ごし、美姫は予定通り一月四日から仕事に復帰した。久々の満員電車は息が詰まりそうになったけれど、祐宜に会えると思うと苦にはならなかった。
「おはようございます。明けましておめでとうございます」
少し早めに出勤すると、祐宜はまだいなかったけれど総務部長は既に席にいた。美姫がいなかったときに仕事を手伝ってくれていたらしい相談役も出勤していて、美姫が復帰したことを喜んでくれていた。
「久しぶり。元気そうやな」
奈津子も挨拶に来てくれて、けれど○△社のことには触れずに明るくしてくれた。
「やっぱり、予想通りやったな」
「何がですか?」
「ん? 岩瀬さんは年明けから出てくるやろうから、何かプレゼント買っといてあげい、って堀辺君に言ったんやけど……あれ? ないな……」
「……私にプレゼント、ですか?」
「うん。復帰祝いに。たまたま街で会ってん、クリスマス前。彼女にプレゼント選んでるって言ってたから、ついでに岩瀬さんにも買ってあげれば、って言ったんやけど、買ってなさそうやな……」
一人でぶつぶつ喋りながら、奈津子は祐宜の机の上を物色していた。祐宜からはクリスマスプレゼントさえ貰ってないのに、復帰祝いがあるとは思わない……。
「別に、良いですよ、なくても」
復帰祝いを探すのを諦めた奈津子は、祐宜の席に勝手に座っていた。美姫も自分の席に着いて、パソコンを立ち上げて溜まりに溜まったメールや連絡を開いては読んだ。
「朝倉さん、すみません、そこ俺の席なんですけど」
「ん? あっ、来た来た堀辺君。今年もよろしく。なんでプレゼント買わんかったん?」
「え?」
出勤してきた祐宜は奈津子の質問の意味がわからず、少しポカンとしていた。
「い、良いですって、私も迷惑かけたんで」
「あ――復帰の……」
「あかん上司やなぁ」
笑いながら立ちあがり、奈津子は自分の席に戻っていった。残された美姫と祐宜は何も言わず、黙って仕事をしていた。けれど周りの人たちにとっては、美姫が休みだしてから祐宜には会っていないはずなので──。
「堀辺さん……長いことすみませんでした」
とりあえず部下として謝ることにした。
「――いや、気にせんで良いから。岩瀬さんは悪くないし。休んでる間のこと説明しとこか――?」
そして祐宜は立ちあがり、美姫をミーティングルームに誘導した。本当に仕事の話なのか、それともまったくプライベートの話なのか、何なのかはわからなかった。
「なんか、調子狂うな」
部屋に入ってドアを閉めてから祐宜は笑った。
「うん。でもちょっと安心した……みんな変わってないから」
「ああ──そうやな。総務部長も相変わらず、いろいろ突っ込んでくると思うわ。あ──いや、ちょっとは減るかもな。川原さんに怒られてたから」
それから祐宜は本当に、美姫が休んでいる間のことを説明してくれた。美姫は休み明けで頭がまだ動いていなかったので、祐宜は丁寧に説明してくれた。
「十二月はボーナスのことも教えたかったんやけどな。また夏にするわ。年末調整とか」
「ああ……あのややこしいやつ」
「みんなちゃんと書いてきてくれたら人事の負担は減るんやけどな。間違って書く人が多いから確認のために出してもらってる書類があって。……美姫?」
頑張って話を聞いていたけれど、途中から着いていけなくなった。頭痛も少ししてきたので頭を抱えてしまった。
「どうした? 一旦ここまでにしとこか?」
「うん……。ちょっとずつが良い」
年始で朝礼の日でもあるので、一旦は事務所に戻った。美姫の顔色が悪かったので総務部長が何か聞きたそうにしていたけれど、残念ながら肇が用事で来ていたのでその機会を失ってしまったらしい。肇は総務部長のパソコンをしばらく操作したあと、美姫を見て意味有りげに笑ってから、すれ違った社長に挨拶をして、総務部長が出す朝礼の合図を待っていた。
ほぼ全員が数日前に顔を合わせているので特に変わった話はなく、今年も頑張りましょう、という内容で朝礼は終わった。美姫は少し休憩しようと事務所を出て、休憩室に行った。
休憩室には先に奈津子が来ていた。
「大丈夫やった? あの人から何もなかった?」
「はい。いろいろと、ありがとうございました。外出はしばらく怖かったけど、彼氏がずっと連絡くれてたし……クリスマスに会えて、落ち着きました」
「へぇ。良かったな。どんな子なん?」
それは祐宜だ、と言ってしまいたかったけれど、とりあえずはやめた。
「年上で、優しくて……正直な人です」
奈津子が嬉しそうにするので美姫もつられて笑ってしまい、照れ隠しに飲み物を買った──それは、最初から予定していたことだ。
ガチャン、と音がしてからしゃがんで取り出して、立ち上がろうとすると美姫はふらついてしまった。
「大丈夫? ちょっと座り」
奈津子が支えに来てくれて、美姫は近くの椅子に座った。
「岩瀬さん──もしかして」
奈津子はじっと、美姫がいま買ったものを見ていた。
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