#33 大事なこと ─side 祐宜─

 クリスマスの週末を美姫は俺の部屋で過ごした。体調は万全ではないようだったので、特に出掛けることはなくのんびりしていた。近所の店でチキンとケーキを買ってきて──甘さ控えめのものでも美姫は満足してくれた──クリスマスらしい食事をして、午後から美姫はおかずをいくつか作り置きしてくれた。

「これは味付けだけしてるから、解凍してから焼いて」

 氷とアイスしかなかった冷凍庫に肉や魚が追加された。今までは週末の度に作るか来るときに持ってきてくれていたが、次の週末は年末年始で実家に帰るらしい。

 久々に会えたのでしたいことがたくさんあったが、美姫の希望もあってやめた。日曜の夜まで一緒に過ごし、車でマンションまで送った。

「堀辺、岩瀬さんから連絡あった? 朝倉さんには前に電話あったみたいやけど」

 本音を言うと美姫と今も会いたいが、美姫は年明けから仕事復帰することにしたらしい。忙しい時期は過ぎて──美姫の代わりにパートと相談役に手伝ってもらった──時間に余裕があったので、体を休めるほうを優先するように言った。

「あ──はい。年明けて、四日から来るみたいです」

 特に本社で仕事はないが、そもそも会社として正月休みは元日しかない。バイヤーたちはクリスマス前から店舗を回って忙しそうにしているが、人事としては書類の片付け程度しかない。だから俺は店舗応援の予定が入っているが、美姫には三ヶ日はゆっくりしても良いと話した。

「二日に来ても仕事ないやろうしな……。あんまり無理言うたらあかんで。俺もやけど、男と距離置きたがるかもしれん」

「そうですね……」

「というわけで朝倉さん、岩瀬さん出てきたらフォローしてやってな」

 総務部長が奈津子に声をかけると、奈津子は振り返って了解してくれた。俺と総務部長の話は里美も聞いていたようで、特に気を付けるべきは総務部長だ、と笑っていた。

「なんで俺や?」

「いっつもうるさいもん。岩瀬さんに余計なことばっかり聞いて……嫌われるで。あ、もう嫌われてるか。ははは!」

 悪い人ではないが、総務部長を知るほとんどの人は彼を嫌っている。

「ちょいちょい! 堀辺のほうが嫌われるんちゃうん?」

「え? 俺ですか?」

 そんなことがあるはずはないが、話に乗ってみた。

「明らかに岩瀬さん来てから雑談すること増えたし」

「それは──」

「部長、堀辺君は嫌われてないと思いますよ。岩瀬さん今どうかは知らんけど、前は堀辺君のこと気にしてたし……あ、言うてもた」

 里美は口を押さえて〝しまった〟という顔をしながら笑っていた。同僚たちの前で話をされるのは初めてだったが、俺はそれを知っているし、周りもそんな気はしていたらしい。

「だから私、言うたもん、バレンタイン頑張り、って」

「あ──なるほど」

 だから俺の好みのものを選んでくれたらしい。

「たまたま堀辺君の好みを聞いたからそれ用意したみたいやけど、諦めたんちゃうかな……彼氏できたって言ってたし」

「ぬ? いつの間に? ……堀辺、岩瀬さんからのチョコは本命やったん?」

「いや……義理ですよ」

 俺は美姫に良いものをもらったが、全員が義理だったのは本当だ。ホワイトデーも全員分を同じ店で買ったので、包装も同じで怪しまれることはなかった。

「そういや堀辺、そろそろ結婚のこと決まった? クリスマスに彼女とうたん?」

「いや、まだ決まってないですけど……夏までにはと思ってます」

 美姫にはまだ話していないが、本当に近いうちに籍を入れたいと思っていた。プロポーズは既にしているし、正式な婚約指輪を渡す予定にもしている。会社につけてくることはできないが、そのときには周りにも報告するつもりだ。

「あれ? ……さっき何の話してた?」

「──部長が嫌われてる話です」

「む……そうやったな……。堀辺は岩瀬さんの彼氏と面識あるん?」

「ないです」

 俺は、俺自身には会うことができない。

「さすがにそこまで知らんか……」

 余計なことを聞かれたくなかったので、俺は席を立って総務部長から逃げた。

 十二時を過ぎていたので本社を出て、少し距離はあるが大夢に行った。カランカラン……、と鐘を鳴らして中に入ると、年末が近いので客は少しずつ減ってきている、とマスターと高齢客が話すのが聞こえた。

 俺がカウンター席に着くと、マスター・平太郎へいたろうが水とおしぼりを持ってきてくれた。

「今日は一人?」

「あ──はい……」

 それほど回数は多くないが、美姫ともあれから何度か来ていた。

「あの女の子──金曜日かな、一人で来てくれたよ」

「え? 来たんですか?」

 休憩時間に一人で行くことがあるとは聞いていたが、美姫は金曜日は休んでいたはずだ。

「年末は実家に帰るから、来れるうちに、ってね。──あの子は一つ、君に話すことがあると思うよ。結構、大事なこと」

「何か言ってたんですか?」

「いや、仕事を休んでるとは聞いたけどそれ以上は聞いてないから、私の勘。ちょっと辛そうにしてたな」

 美姫とはクリスマスに会ったが、特に大事な話はしていない。辛そうにはしていたが前からだったし、○△社のこともあるので触れないようにしていた。わざわざ連絡をして聞いて良いものかもわからないので、美姫から話してくれるのを待つしかないのだろうか。年明けには結婚の話を進める話をするつもりなので、そのときに聞いても良いだろうか。

「一つ、ヒントになるかはわからんが──」

 食後に珈琲を飲んでいると、平太郎がまた話しかけてきた。

「珈琲。それがヒントだ」

「珈琲? この、マスターの淹れた珈琲?」

「そうだ。それがどうしたかは、言わない」

 初めて来たときは美味しいと言っていたし、それが大夢に通うきっかけにもなったらしい。俺もこれは好きなのでテイクアウトしたいくらいだが、残念ながらそのサービスは取り入れていないらしい。

「それと、これは別の話になるが」

 平太郎は少しだけ表情を変えて俺のほうを見た。

「君があの子と続いている限り、うちに通ってもらいたいんだが」

「良いですけど、どうかしたんですか?」

麻奈美まなみ芝原しばはら──私の孫と客の学生のことを知ってるか?」

「はい」

 麻奈美と芝原はお互いに気にはなっているようだが、いまだに付き合う話はないらしい。

「君は──彼女とは九歳離れてるんだってな?」

「はい……それが、何か?」

 平太郎は二人の関係に目くじらを立て続けているが、いつか付き合うことになっても反対するつもりはないらしい。そのときにもしものことがあれば、俺と美姫に相談相手になってもらいたいようで……。

「まぁ、まず芝原がまだ決心できてないように見えるけどな」

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