#29 頼る相手 ─side 咲凪─

 美姫が祐宜と付き合っていることは、肇から聞いた。

「ええっ? うそぉっ? いつから?」

「人事に異動してからやって。僕らの入社式のときから気になってたって言ってたわ」

「やっぱそうやったんやぁ……」

 美姫は嘘はついていなかったけれど、うまく逃げられていた。店からの帰りに楽しそうに車に乗ったのも、そういう関係だったかららしい。

 本当のことが聞きたくて、肇が祐宜との約束を破ったのもあって美姫に電話した。週末は祐宜と過ごしていると聞いたので、平日の夜にかけた。

「美姫ちゃん、あの噂、ほんまやったんやな」

『──佐倉君から聞いたん?』

「うん。誰にも言うな、って堀辺さんから言われたみたいやけど……私には教えてよぉ」

『ごめん……。でも、ほんまに隠しときたかったから』

 初めて美姫に会ったとき、可愛いなと思った。名前を知って、ものすごくしっくりきた。本人は嫌がっていたけれど、何もおかしくなかった。

 だから多くの男性から好かれるだろうと思ったし、本社に異動したときは祐宜とのことを勝手に想像していた。彼に彼女がいるのかは知らなかったけれど、『格好良い』と美姫は言っていたし、美姫のストライクゾーンのど真ん中だった。それでも距離は縮まらないとも聞いていたので、祐宜のキャラを守るためにも隠していたのだろうか。

「バーベキューで一緒になって、異動してからなんやろ?」

『うん。いつやったかな……異動した日かな。歓迎会のあと二軒目に誘われて、でもあのとき祐宜は〝結婚する〟って噂あったから、迷ったんやけど……』

「そんな噂あったん? 美姫ちゃんと?」

『ううん、そのときは、全然知らん人』

 バーベキューで一緒になった他のメンバーからその噂を聞いて、七夕の短冊にも願いを書いていたと美姫は言った。

『でも、話聞いてたら……噂はほんまに噂やった。結婚はただの願望で、近いうちにできたら良いな、っていう感じやったって』

「ふぅん……。それで……美姫ちゃんが理想やって、告白されたん?」

『そうみたい。ずっと〝冷たい〟ってイメージしかなかったけど、全然違うし……私のことどう思ってたか、ものすごい正直に話してくれて、それも嬉しかった』

 電話なので顔は見えなかったけれど、美姫はとても嬉しそうで、照れているのも分かった。入社式のときは緊張していて、数年後に会ったときもそれほど良くは言っていなかったけれど、祐宜を観察するようになって、会話はほとんどなかったけれど、立ち振舞いには見惚れていたらしい。

「結婚するんやろ?」

『うん。親に挨拶もしたし。でもまだ会社には言ってなくて、時期は迷ってる』

「早いよなぁ? まだ三ヶ月くらいじゃない?」

『そうやけど、ほとんど毎日一緒にいるし、週末も一緒やし……一応、考える時間はあったから』

「そういえば、泊まりに行ってるって聞いたんやけど」

『うん……だから──、距離が縮みすぎてるから、会社で演技するのが大変』

 実は付き合い始めた日から泊めてもらった、と美姫は笑っていた。はっきりとは聞かなかったけれど、深い関係にもなっているらしい。肇とはまだそういう関係ではないので羨ましいと思ったけれど、美姫には本当に、祐宜と幸せになってもらいたかった。

 美姫から聞いたことは、約束を守って秘密にしていた。噂は既に下火になっていたし、美姫から店舗宛に連絡が来ることもなくなったので、誰も美姫の名前すら出さなかった。

 けれどそれは偶然ではなかったらしい。

『岩瀬さんから何か聞いてる?』

 休憩中にLINEを見ると、肇から連絡が入っていた。

「ううん? こないだ電話して堀辺さんとのこと聞いたけど……どうかしたん?」

『それ、いつ?』

「いつやろ、ちょっと前。肇から聞いた次の日やったかな」

『岩瀬さんと連絡つけへんみたいやねん。ずっと休んでて、会社から電話しても、堀辺さんからLINEしても……既読もつかんって』

 気になって美姫に電話をしてみたけれど、出てくれなかった。LINEをしてみても、いつになっても既読はつかなかった。

 美姫は連絡はマメにくれるほうだったし、返事をくれるのもいつも早かった。それが突然、真逆になったので、美姫の連絡先を知っている全員が困惑していた。

「会社からの連絡はともかく、堀辺さんからしても出ぇへんって、おかしいよな」

 仕事帰りに会いたいと言うと、肇はすぐに〝良いよ〟と言ってくれた。軽くお酒を飲みながら、美姫の話をした。

「美姫ちゃんこないだ、すごい嬉しそうに話してたし……堀辺さんは関係ないんちゃうかな」

「そうやと良いんやけどな……周りなんかな?」

「周り? 本社の人ら?」

「うん。違うと思うけど……。岩瀬さんが異動してからずっと、距離は取ってるけど堀辺さんが急に優しくなったから、周りがうるさくてな」

 美姫に仕事を教えることになって、同時に付き合いだしたので祐宜は美姫には優しく接するようになったらしい。それまでほとんど誰にも気を許していなかったので周りは驚き、二人の関係を疑うようになった。

「堀辺さんは何か言ってた?」

「ああ──だいぶ落ち込んでたわ。またちょっと冷たくなって、ピリピリしてるし……。週末も、会えてないんやって」

 美姫のことは心配だったけれど、連絡が来ないのでどうすることもできなかった。スマホの契約が切れているわけではなさそうなので、どこかでちゃんと生きていると信じるしかできない。就職して初めてできた友人なのもあって、美姫のことを知る誰よりも──恋人である祐宜よりも心配しているつもりだった。

「咲凪──大丈夫、堀辺さんなら解決してくれる」

「そうかな……」

「そうやって。だって、岩瀬さんの婚約者やで。助けられんかったら、失格やん。それに──いつかは人事部長になる人やし」

 寒いのを我慢して行った商業施設の屋上庭園で、風を避けて肇と並んで座った。他の席とは視界が区切られているので、目の前の緑と夜景しか見えない。スマホを出してLINEを見たけれど、美姫への連絡に既読はついていない。

「咲凪……あのな」

「うん?」

「岩瀬さんのこと心配なのは分かるけど、僕は悲しそうな咲凪を見たくない」

「──ごめん」

 慌てて顔を逸らすと、肇に強く抱きしめられた。

「違う、もっと頼って。年一緒やし、頼り無さそうに見えるかもしれんけど……これでも男やし。僕から告白したのに、リードできへんってダサいやん」

「分かった……。美姫ちゃんが出てきたら、肇のこと自慢したい。ふったこと後悔するくらい」

 咲凪が肇を見つめると、彼はフッと笑った。それから唇を重ねようとしてきて──咲凪は近づくのをやめて、彼が来るのを待った。想像していたより上手くて、彼を選んで良かったと思った。

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