#23 彼女の設定
美姫と祐宜がデキている、という噂はいつの間にか本社にも届いていた。店舗で聞いてきたバイヤーたちには突っ込まれたけれど、祐宜が結婚の話を少しだけ具体的に言うようになったので美姫との関係は誰も信じなかった。美姫と祐宜が友人を通して繋がっていることも何人かは知っているので、仲が良くなるのも不思議ではないと思ってくれていた。システムの肇に彼女ができたらしい、とも噂になったので総務部長は彼と仲良くしている美姫を疑っていたけれど、本当の彼女は同期の咲凪だ、と肇が教えていた。
祐宜は美姫といつ入籍しても良いように、水面下で書類を作成していた。彼は必要書類を把握しているので──もちろん美姫も他の従業員のために勉強しているけれど──美姫自身が用意する必要があるものもすべて聞いていた。社内の書類で書き方に自信がないものは、勉強だと見せかけて過去の例を何度も確認した。
「岩瀬さん、そろそろ堀辺の彼女に会ってない?」
祐宜がなかなか結婚の報告をしないので、いつだ、まだか、と相談役が何度も聞きに来るようになった。もともと来年の予定だと話していたので、その度に調整中だと軽く答えていた。そんなときに首を突っ込んでくるのは総務部長だ。
「会ってないです……」
「予定はあるん?」
「あの──また集まる予定はあるけど、彼女が来るかは……」
美姫は答えながら祐宜のほうを見た。十一月の中旬にバーベキューの時の半分ほどのメンバーで集まる予定はある。それは以前に美姫が和真に提案した鍋パーティーらしい。和真は堀辺家だと言っていたけれど、また桐野家になった。
「堀辺?」
「──一応、行く予定やけど……」
「頼んだで岩瀬さん、しっかり見といて」
総務部長はそのまま仕事に戻り、祐宜はため息をついた。美姫もそんな祐宜を見てため息をついた──もちろん、そんなことをしたら祐宜の彼女に嫌がられる、という顔をしながら。
そして迎えた鍋パーティー当日、平日だったので美姫と祐宜は仕事のあと一緒に桐野家へ行った。到着すると他のメンバーは揃っていて、鍋を囲って待ってくれていた。外は寒かったけれど、二人の関係を全員が知っているのもあって温かく迎えられた。
「なぁ汐里ちゃん、俺と付き合えへん?」
「遠田、おまえはちょっと落ち着いたほうがいいと思うぞ」
「はあ? 孝彦それ、どういう意味?」
「こないだ、バーベキューの一週間くらいあとで盛大にくしゃみせんかったか?」
美姫が祐宜と付き合うことに決めたあと、彩未が汐里に〝和真はどうか〟と聞いた。けれどそれは美姫と孝彦は賛成しなかったし、汐里も好みではないと言った。和真はモテる外見をしているけれど女癖が悪いので、美姫が仲良くなることも祐宜は快く思っていなかった。
「美姫ちゃんもベーちゃんに取られたしなー。残り物には福があるって言うから、俺を選んだら良いと思うで」
「アホか遠田。汐里ちゃんの好み知ってるか?」
結構長い間、和真と孝彦はそんな話をして、話を聞きながら他は全員が苦笑していた。ちなみに汐里は、奈津子の知人男性と付き合うことに決めたらしい。
「ところで美姫ちゃん、べーちゃんはどうなん? ほぼ毎日、一緒にいてんやろ? 嫌になれへん?」
「んー……それはないかなぁ……一人の時間もあるし」
「でも結婚したらさぁ、常に一緒やで? どっちか異動せん限り。日は決まったん?」
和真は鍋から肉を取りながら言った。それは事実ではあるけれど、婚約していることはまだ誰にも話していない。
「え……べーちゃん、プロポーズしたん?」
「それは──」
「あれ? べーちゃん、言ってたよなぁ? 美姫ちゃんと結婚するって。俺が美姫ちゃんに電話したのにべーちゃん出て、言ったやん?」
「──言ったな。プロポーズもした。日は決まってないけどな」
嬉しそうに言う祐宜につられて美姫も顔が緩み、しばらく話題は二人のことになってしまった。友人たちが会社の人と会う可能性はほとんどないけれど、報告するまでは〝ただの友人だ〟と通してくれることになった。
鍋パーティーからの帰り道、美姫は祐宜と電車を降りて、表通りを手を繋いで歩いていた。辺りはすっかり真っ暗だったけれど、街にはネオンが輝いているので歩くには特に不自由しない。
「総務部長に何て言うか決めたん? 俺の彼女の設定」
「私と正反対の……美人でスタイルも良くて、見るからにモテそうな」
「いや、それ、美姫のことやろ」
祐宜は美姫のすべてを褒めてくれるけれど、美姫は自分ではそうは思っていない。就職して数年は老若男女にモテていたけれど──、学生時代はそこまでモテた記憶はないし、仲良くなりかけて付き合えずに音信不通になった人も何人かいた。
「来月……クリスマス、予定開けとけよ?」
「……うん!」
美姫が笑うと祐宜も笑顔になって、思っていることを呟き始めた。クリスマスは誰から誘われても美姫を独り占めする、と顔を緩めている。
「イルミネーション見たいな。それから……上司の言うことはちゃんと聞けよ?」
「……なんか企んでる?」
「ん? 別に。さてと、今日は――」
祐宜は続きを言う代わりに美姫のほうを見た。会社では絶対に見せない嬉しそうな顔で、じっと美姫を見つめている。
「今日は、じゃなくて、今日も、じゃないん?」
「いや──、毎晩は一緒じゃないから、今日は、やろ?」
祐宜が言いたいのはきっと、美姫とどんな甘い夜を過ごそうか、だ。
付き合うことになってからの週末はいつも、美姫は祐宜の部屋に帰るようになった。のんびり過ごすときもあれば、遠くまで車で出掛けることもある。
「早く会いたいな。──俺と美姫の子供に」
週末を一緒に過ごすようになり何度も抱き合っているうちに、子供の話をするようになった。今はまだ二人きりで過ごしたいので予定はないけれど、いつできても構わないとは二人で話している。それくらい美姫は彼のことが好きだったし、離れたくなかった。
「うん……」
「あっ、美姫、いまなに想像してた? 目がトローンてなってるぞ」
「えっ、別に、何も?」
本当はつい、布団に入った後の事を想像してしまっていた。そんなことを彼に言うと絶対にスイッチが入ってしまうので、美姫はごまかして歩くペースを少し早めた。祐宜はまだ追求してくるけれど、本当のことはわかっているはずだ。
「総務部長に言おっかなぁ、堀辺さんに迫られて困ってます、って。こんな上司嫌です、って」
「それは、やめて」
「でも、実際そうやん? 二人になったらいつも……、ほんまに上司?」
「
「……クリスマス楽しみやなぁ」
そして無事に部屋に戻ると、別々に入浴を済ませてから湯冷めしないうちに布団に潜り込んだ。それでも結局、早いうちに美姫は着ていたものを祐宜に脱がされてしまったけれど──、彼の体温のおかげで寒くはならなかった。
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