第25話 終わりの過程で
八百万一家の若者二人が、渋谷区の外れにあるコインパーキングで一台のワゴン車を発見した。ゆっくりと近付き車内を確認すると、見覚えのある男の寝姿が確認出来た。音を立てない様に、そぉ〜っと離れて電話をかける。
『お疲れ様です。
若頭の服部に連絡を取り、合流するまでの時間を見張りながら待った。そして待つ事二十分、黒いワンボックスカーで服部が数人を引き連れてやって来た。
『お疲れ様です、向こうから二番目のワゴン車です。新居は、中で寝ています。』
服部は小さく頷いて、ツカツカとワゴン車に近寄って行き車内を確認した。舎弟達に合図を送ると、ワゴン車のドア周りに配置し包囲体制を整えた。そして、ゆっくり運転席のガラスをノックする。
コンコンコン・・・・・コンコンコン・・・・・
眠気真子の新居が、眩しそうに服部を見る。
『お〜い、奥村さんとこの新居さんだったよね。こんな所にいちゃダメじゃないか、すぐに捕まっちまうぞ!』
気味が悪いくらい優しく話す服部に、周りの舎弟達は笑いを堪えるので必死の様だ。そんな舎弟達を横目に、服部は優しく語りかけ続ける。
『取り敢えず窓開けてよ。』
『あっ、・・・・・はい。』
新居は慌てて窓を開け、服部を見上げながら聞いた。
『八百万一家の、服部さんですよね。自分なんかに、如何いった御用件でしょう?』
『いやいや、そんなに構えないでくれよ。実は奥村さんの事で、ウチの会長が心配なされてる。そこで、アンタに陰ながら手を差し伸べようという事さ。』
新居はキョトンとしたままで、不思議そうに服部を見上げている。それを、口元を緩ませながら服部が続ける。
『奥村さん絶縁されただろう?その事で話しがあるんだけどさ。ウチの総長は表立っては動けねぇからさ、細かい事は俺が面倒見る様に言われてる。ここじゃあ人目に付くから、ウチの事務所に来てくれよ。細かい話しをしようじゃねぇか。』
『えっ・・・・・ああ、はい。じゃあ、車出しますんで。』
『いや、この車はそのままにしておきなよ。まだ昼前だし、何処で誰が見ているか分かんないからさ。ウチの車で行こう。ほら、早く早く。』
そう言って新居は、服部の乗って来た黒いワンボックスカーに乗せられた。走る事約二十分、着いたのは八百万一家服部組の事務所であった。新居は内心「ヤバい」っと思ってはいるが、服部の親切な対応に不安よりも期待の方が大きくなっていた。
とはいえ他団体の事務所なのである、新居はぎこちない笑顔を引き攣らせながら付いて行った。案内されるがまま、応接室に着くと暫く待つ様に言われる。ドギマギする事五分くらいだろうか、服部がやって来てゆっくりと対面に座った。
『じゃあ早速だけど、奥村さんの絶縁は知っているんだけど
『・・・・はい。自分が知る限り、何の沙汰も受けていないと思います。』
『・・・・ん?思いますっていうのは、はっきりしていないって事なのか?』
『はい。実は奥村の兄貴の処分にしても、兄貴本人は寝耳に水だったと思います。ウチの事務所にガサ入れられた日の朝、自分は兄貴からの指示で別行動だったんです。服部さんも御存知でしょうが、例の投資詐欺の金を銀行から引き出した半グレ共がいます。そいつらを沖縄に逃しているんですが、連絡を取って金やら指示やらする為に別行動でした。』
『うん、・・・・・それで?』
『それで、そいつらと電話で話している時に知ったんです。なんでも、沖縄の地回りの奴らに聞いたとかで。慌てて事務所に向かったんですが、戻った時にはもうガサ入れられていたんです。ですので、兄貴がどういった経緯で絶縁を知ったのかは解りません。ですが自分と前日の深夜までは一緒でしたので、当日の朝知って事務所に行ったんだと思います。その後ウチの者何人かに電話で確認したんですが、処分が下されているのはどうやら兄貴だけの様です。しかも不思議な事に、会長は先週からマカオに行って居ないって言うんですよ。』
『ほう、そうかい。そんで、弁護士とかはどうしてんだ。今の話しを聞くと、正仁会関係の弁護士は使ってくれないだろう?』
新居は、愕然とした。仇を打つ事ばかり考えて、肝心の奥村の世話をまるっきりしていなかった事に気付いたのだ。
『あぁ、・・・・・。』
そう言って絶句している新居に、服部が優しく話しかける。
『先ずは、奥村さんに弁護士をたててやれよ。罪状までは分からないが、正仁会からの後ろ盾が一切期待出来ないんだから。ここは、御前さんがしっかり兄貴分を支えねぇとな。俺達は一応、表立っては協力出来ねぇ。だから、御前さんが全部やっている事にしてよ。まず弁護士に面会行かせてさ、その後だったら女だって御前さんだって面会出来るだろうしな。』
『えっ、・・・・・いいんですか?』
服部は頷きながら、舎弟に合図を送った。すると、舎弟が近寄って来て新居の前に角二封筒を差し出した。そして、ゆっくりと服部が話し出す。
『その中の書類を、弁護士にそのまま渡せばいいよ。ウチの総長が、話しを通して下さっている。』
『ほっ・・・・・本匠さんがですか?』
『ああ、取り敢えずは御前さん次第だ。』
『はっ・・・・・はい。御心遣い、・・・・・有り難う御座います。』
新居は目を潤ませ、深く頭を下げた。服部は、新居の肩を叩きながら話しを続ける。
『奥村さんの事は、御前さんに任せるよ。それじゃあ、今度は御前さんの事について話そうか。』
『・・・・・えっ?』
『現状を良く把握しないと、奥村さんが出て来ても処分はそのままだぞ。奥村さんが出て来た時に如何なっているのかは、これから御前さんの取る行動次第って事になるんじゃないかな。』
『あっ・・・・・、はい。』
『それでなんだが、奥村さんにかかっている投資詐欺の容疑。これに関わっていた他の奴ら、森高も今は勾留されているから後回しだ。そしたら、御前さんと半グレ共が何人いるんだ?』
『・・・・・三人です。』
『うん、・・・・・三人か。まずその三人を、東京に呼び戻す事だな。一両日中に、コイツらを呼び戻して働いてもらおう。これは急いだ方がいい、奥村さんの為にもな。』
新居は、訝しげに聞き返した。
『えっ・・・と、そいつらを・・・・・東京にですか?』
『ああ、そうだ。警察に出頭してもらって、軽く証言してもらおうじゃないか。奥村さんにとって、有利になる証言をさ。森高って奴が、
『えっ・・・・と、正直言って自分は詳しい事までは・・・・・』
新居がそこまで言いかけた時に、服部が遠慮会釈無しに遮って話しだした。
『そうなんだよ!そうじゃなくても、そういう事にするんだよ。じゃねぇと、奥村さんは首謀者になっちまうぜ。』
『ああ、・・・・・そうですね。・・・・・有り難う御座います。』
服部が、頷きながら続ける。
『あとは、奥村さんと森高の間を取っていた石川か。コイツは・・・・』
今度は新居が、被せて話し出した。
『その石川って奴は、
『んっ・・・・・殺った?』
『はい。状況から考えて、チンコロ入れやがったのは間違いなくコイツです。ガサ入れられた後、自分は事務所には戻らずに石川を見張っていました。そしたら、奴の電話を盗み聞きする事が出来たんです。相手が誰かは分かりませんが、「これで奥村の方は終わりだ」と言っていました。それに「計画通りだ」、とも言っていました。この時に俺は、ピンっと来たんですよ。コイツが、チンコロしやがったんだってね。』
『ほう、それで殺ったっていうのは如何いう事なんだ?』
『はい、その後電車で帰宅する石川を尾けました。そして、人気の無い路地で刺してきました。三回刺して、最後にはエモノを回しましたんで。はっきりとした事は判りませんが、致命傷にはなっていると思います。』
『そうか、石川は御前さんが殺ったんだな。じゃあ、半グレ共の使い方だな。その中の一人に、石川を刺したって言って出頭させろよ。』
『えっ・・・・?』
『だって石川が死んでいたら、御前さん殺人罪で持って行かれるぞ。カタギの方を殺したってなりゃ、最低十年以上は覚悟しなきゃなんねぇだろう。そうしたら、誰が奥村さんの面倒を見るんだ?三人のうちの一人にさ、盃やるでも何でもいいじゃんか。半グレって言ってもまだカタギなんだから、しっかり面倒見てやるって言って出頭させちないなよ。そいつの弁護士も、別で用意してやるからよ。だから、御前さんは娑婆にいる事にしな。』
新居は、また眼を潤ませて返した。
『細やかなお心遣い、本当に有り難う御座います。』
『ああ、構わねぇよ。全て、ウチの総長の御好意だ。有り難く受け取っときなよ。だからこそ、大至急半グレ共を呼び戻すんだ。呼び戻したら、勿論ウチで匿って構わねぇからよ。正仁会では、面倒見てくれねぇだろうからな。そんで出頭させる奴に、みっちり詰め込んでやるんだ。投資詐欺の件でも、証言してもらう事をさ。』
服部の説明に、前のめりになって頷く新居であった。
森高の勾留に伴い、南州製薬ではてんやわんやの騒ぎになっていた。朝の中継をテレビで見た社員も多く、副社長の不正流用の件まで知れ渡っている。そんな中、専務の小山内は社長室に呼び出されたのだった。
『小山内君、これはどういう事なんだ?私の責任問題には、発展する事はないって君達が言うから協力したんだよ。その上森高の件まで絡んでくると、何だかの反応をしなくちゃいけなくなったじゃないか。』
『はい、ですがここまで
『しかも、さっき弁護士が持って来たこれは何だ。辞任の記者会見の準備を進めるっていうのは、最初言っていた話しと違うじゃないか!そうだろ小山内君。』
小山内は、ただ々頭を下げるしかなかった。
『これは副社長が、勝手に会社の金を使って投資をした。そして、勝手に騙されただけだろう?私には、全く関係ないじゃないか!なんで、あの男の不始末で私が辞任しなくちゃいけないんだね。約束と違うぞ!酷いじゃないか!』
小山内が、申し訳なさそうに言った。
『私も、ここ迄の大事件になるとは思っていなかったんです。しかしこうなってしまった以上、誰かが責任を取らなければなりません。立場上社長に責任を取っていただかなくては、世間も市場も納得してはくれないんです。』
『会長と私が責任を取って辞任すれば、全てが丸く収まると言うのかね?』
『会社としては、副社長と森高本部長を刑事告訴致します。ただそれだけでは、世間の声は厳しいと思われます。』
飯田は小山内を、嫌らしい目付きで見ながら言った。
『もしかしたら君、初めっからこうなる事解ってたんじゃないのか?そうだろう?最初っからこうなる事解ってて、私に本部長と会食させたりしてたんじゃないのかね。そして、責任取らざるを得なくしたんじゃないのか?』
『そんな事は御座いません。溝上本部長の不正流用が入口だったのですから、ここまでの事になるとは思いませんでした。』
暫しの沈黙の後、重たい空気の中飯田が口を開く。
『それで、私らがいなくなった後は如何するつもりだい?今後は君が、この会社を引っ張っていくしかないだろう?』
『どの様な形になるかは解りませんが、しっかりと舵取りをして行きたいと思っています。兎に角、弁護士がもうすぐ参ります。弁護士の話を聞いて、記者会見までに備えて下さい。状況が変わり次第、その都度記者会見の内容に訂正が入りますので。お気持ちは察しますが、何卒よろしくお願い致します。』
そう言って、小山内は社長室を後にした。
家族の出迎えに笑顔を見せながら、加藤は退院の為に妻と荷物をまとめていた。
『なんか悪いなぁ、大した入院じゃないんだから大袈裟だよ。まっ、有難う。』
照れながらお礼を言い、息子に肩を貸してもらいながら家路に着いた。帰宅して息子夫婦が帰った後、淹れたての緑茶を啜りながら寛ぐ加藤に妻が話しかける。
『そう言えばアナタ、大園の奥様から何度か電話いただいてたのよ。すごく心配していただいたので、アナタからお礼しといて下さいね。』
『ああ、そうか。御挨拶行かないとな。』
そう言いながら、加藤は社長夫婦の事を考えた。離婚問題と、瞳の裏稼業の事が頭に浮かんでいた。勿論自分の入院の件も心配してくれたのだろうが、早く社長夫婦の事を話したいのであろう。当然、二人の孫の事が心配だろうし。加藤は考えた、自分が入院してからの社長夫婦それぞれの事を。社長は、瞳の裏稼業の事と子供の父親の事を知った。そこから、如何いった方向で離婚の話し合いをするつもりなのか。瞳の場合は、刑事告訴に発展しかねない爆弾を抱えている。そして、二人の子供達の父親の事もある。前途多難なのは、どちらかと言えば瞳の方なのだ。奥さん(玲子)は瞳の件が、二人の孫に悪影響を与える事を不安に思っているだろう。
『あぁ、そう言えばアナタ・・・・』
『・・・・・んっ?』
加藤は我に返り、振り返って妻を見た。
『それとアナタ、社長さんからも何度かお電話いただいたのよ。』
『社長からも・・・・・。』
加藤は、軽く頷きながら妻に言った。
『お前には、言っておかなければならない事がある。』
不思議そうに顔を向けた妻に、加藤は重たい口を開いた。
靖久への報告書を作成している奈々美に、恵比寿警察署の本多刑事から電話がかかってきた。今度は何事かと思い、奈々美は慌てて電話に出た。
『お疲れ様です本多さん、どうされたんですか?』
『おお、お疲れちゃん。原田ちゃんさぁ、最初に話した時の事覚えてる?』
『ん・・・・?恵比寿の、セブンディーティーズホテルでの事ですか?』
『あぁ、そうそう。そん時筒井瞳には絶対接触するなって、俺がロビーで言ったの覚えてる?』
『はい、勿論ですよ。私はその約束、しっかり守ってますよ!』
『あはははっ、そうかい々。いやぁ〜あれもういいや、約束解除で大丈夫だから。必要だったら、筒井瞳に接触しても構わないよ。』
『えっ・・・・!』
本多刑事は、少し声のトーンとボリュームを落として言った。
『俺から聞いたって、絶対に誰にも言わないでくれよ。原田ちゃんの事、信用しているからこそ教えるんだからさ。』
『・・・・・はい。』
『ここだけの話なんだけど、筒井瞳は捜査対象から外れた。上が、森高と奥村に絞るって決定を出したんだ。筒井瞳を逮捕しても、不起訴になる可能性の方が高いんだってさ。離婚を踏まえた素行調査だったっけ?ウチとしてはもう、森高と奥村に絞るって事だからさ。自由に接触して構わないよ。』
『ああ、そうなんですか。了解です、態々有難う御座います。』
『まぁ、想像以上のデカいヤマになっちまったからね。俺達の聴取は、順番待ちで
『・・・・・大変ですね。』
『まぁね、原田ちゃんの耳にも入ってるだろう?』
『ええ、・・・・・まぁ。』
『ネタ仕入れる時に、本匠から詳しく聞いているんだろう?』
『まぁ、それなりにですね。でもそれは私の先輩が担当していますので、そこまで詳しくは知らないんですよ。私の依頼は、あくまでも筒井瞳さんの素行調査なんで。』
『ふぅ〜ん、そうかぁ。でも何で本匠は、こんなに熱心になってるんだ?』
奈々美は、少し躊躇いながら返した。
『本匠の話しから察すると、石川さんも会社の為にと言って協力していたみたいですね。切っ掛けは、筒井瞳さんに泣きつかれたからなんでしょうがね。石川さんは昔からの後輩だって言ってましたし、瞳さんの彼氏な訳ですからね。必然的に、協力したんじゃないんですか。』
奈々美がそう言うと、本多刑事はしみじみと返した。
『石川がねぇ・・・・・。まあこっちとしては、有り難く活用させてもらうよ。じゃっ、原田ちゃんもがんばってね。』
『はい、有難う御座います。』
『また何か、いいネタあったらよろしくね〜。』
『はい。失礼しま〜す。』
奈々美は、そう言って電話を切った。この間の本匠からのネタで、事件は大きく変わっていくだろう。裏を取りながら、奈々美はそう確信していた。そう確信していたからこそ、気になる事があるのだ。石川の容態が悪化した時、・・・あの本匠が如何するのか。本匠の石川に対する思い入れが、
何も起きなければ良いのだが・・・・・。
『そうなると、やっぱり仕返しすんのかなぁ?』
「でも、誰に?」
そう思いながら奈々美は、靖久に提出する報告書の作成を急いだ。
十九時過ぎの渋谷の街を、見るからにエリートといった男が歩いている。三十代後半に見える仕立ての良いスーツを着た男が、派手なアクセサリーが目立つ二十代後半の女と腕を組んで歩いている。この目立つ二人が、楽しそうに話しながら道玄坂を上って行く。女が
ガチャッ・・・・
『こんな所で申し訳ありませんねぇ。何せ検事さんに料亭やらでお会いすると、目立っちゃってしょうがありませんからねぇ。』
『まぁ、驚きましたが・・・・懸命な判断だと思いますよ。まさかラブホで、検事とヤクザが会ってるとは誰も思わないですよね。』
男の名前は
『ハハッ、そうでしょう?まぁ、そこに座って下さいよ。』
本匠は、ソファーを指差しながら言った。如何にもバツが悪そうに、検事が座るのを見て本匠は話を始める。
『松田検事に、今日来ていただいたのは森高の件です。』
『まさか、起訴を取り下げろとでも?』
『いやいや、そんな事言う訳ないでしょう?我々が、どれだけ協力したと思っているんですか?そんな事、言いませんよ。』
『では、何なんですか?』
『いえねぇ、森高の体調やら心情やら気にしてるんですかねぇ。人権第一は構いませんが、ちょっと
『まぁ警視庁の方でやってるんで、優しく取り調べてるとは思えませんが。』
『なぁアイツが、どれだけの人間の人生を壊したと思ってる?どれだけの人の、人生を金に変えてきたと思っている?アイツの、見た目と芝居に騙されんなよ!』
松田検事は、本匠を宥める様に言った。
『騙されてはいませんよ。私も聞いていますが、結構憔悴している様です。食事もあまり摂っていない様ですし・・・・。』
遮る様に、本匠が被せた。
『可笑しくないか?悪人が、憔悴していたら気を遣ってあげるのか?飯食わなかったら心配して差し上げるのか?お前らは法律で、誰を救うつもりなんだ?アンタらがやんないんだったらこっちに渡せよ。こっちで片付けるからさ。』
暫しの沈黙と緊張が、その場を支配した・・・・。
『本匠さん、そんな事言わないでよ。もう少し時間を下さい。起訴は決定しているんです、検察でも聴取をする事になっていますから変な事考えないで下さいよ。』
『ああ、・・・・・冗談だよ。』
その後もう少し話しをして、この会談は終了した。
靖久は飛鳥と夕食を摂りながら、どんな感じで瞳との話し合いに挑むのかを話していた。なんでも一人で抱え込まずに、二人で相談して決める事にする。この一年近くの付き合いで、二人が決めた方針である。
『親権は、瞳に渡す事になると思う。瞳が、自分には無理だと言わない限りはね。そして養育費は、二人が大学を卒業するまで支払う事にしようと思ってるんだ。』
『うんうん。それで?』
『それで慰謝料も、要求額払おうと思ってる。』
『うん、そっか。』
『だって、金額は解らないけど慰謝料を拒むと「なんで?」って事になるだろう。そうすると、石川さんの件に触れなければならないだろうしね。少しでも、子供達の耳に入るかもしれない可能性を無くしておこうと思ってさっ。』
『うん、ヤス君らしいなっ。私は、ヤス君の決めた事に反対はしないよ。夫婦間の問題ではなく、優樹君と葵ちゃんも含めた家族の話しだからね。』
『有難う飛鳥ちゃん。まぁ〜慰謝料って言っても、払える金額には当然限界があるからね。会社も辞めなけりゃいけないし。飛鳥ちゃんには、迷惑かけちゃうね。』
靖久は、苦笑いしながら飛鳥を見て言った。
『しょうがないなぁ、私が頑張って出世しますかねぇ。』
『・・・・・んっ?』
キョトンとしている靖久に、飛鳥が恥ずかしそうに言った。
『私ね、今度係長になる事になっちゃった。』
飛鳥は、照れくさそうに報告した。
『スゲェ〜じゃん飛鳥ちゃん。マジかぁ。おめでとう、飛鳥ちゃん。』
『うん、有り難うヤス君。』
二人は、ビールでささやかな乾杯をした。
『ごめんねぇ、どっか食事に行けば良かったね。』
『何言ってるの?ヤス君は、今からすっごい金額請求されるんだから。余計なお金は使わないの!無駄使いは敵!』
『あれれれ、ごめんごめん。』
二人が笑いながら食事を進めていると、点けていたテレビに南州製薬関連のニュースが放送された。それを、ボ〜っと見ながら靖久が聞いた。
『そういえば、石川さんの容態ってどうなったの?』
『ん〜恵美ちゃんの話しだと、まだ意識戻っていないんだって。それでねっ、石川さんの事件でも本部長疑われてるんじゃないかって。恵美ちゃんがそう言ってた。』
『はぁ?そんな事になってんの?俺が見せられた長崎倶楽部前の映像って、あの二人が撮ったかもって言ってたのにね。何があったのか・・・・怖い話しだよね。』
『そうなんだよねぇ。瞳さんも、石川さんの容態気になっているだろうしね。ちゃんと話し合い出来ればいいねぇ。』
『そうだね。もしかしたら弁護士だけが来て、うちの弁護士と三人で話しする事になるかもしれないな。』
そんな会話をしながら、二人は食事を続けた・・・・
この日の二十三時、羽田空港第二ターミナルの到着ロビー。そこに、ソワソワした新居の姿があった。沖縄からの到着便に、半グレ共三人が乗っているからである。周りを気にしながら、今や遅しと待っているところにアナウンスが流れる。
「到着便の御案内を申します。沖縄からのXXX便は、只今到着致しました。」
『やっと着いたか、早く降りて来いよぉ〜。』
新居は向かって来る人の群れの中に、
『おい、こっちだ!』
新居に声をかけられても、走る事も急ぐ事もなく三人はゆっくりと新居の下に来た。
『新居さん、無茶苦茶ですよぉ。半年は帰って来るなって言ったかと思えば、何時の便でも良いから直ぐに帰って来いだなんて。』
『おう悪ぃ々。こっちで色々あってな、お前らにやってもらう事が出来たんだよ。取り敢えず、ホテルに行こうか。』
そう言って、新居が外へ連れて行く。その先には、黒いワンボックスカーが止めてあった。
『え〜ホテルって、家には帰れないんっすか?』
三人が車に乗ると、助手席から男の声がした。
『まあまあ、皆んなお疲れだろうけどちょっと話し聞こうか。』
助手席から振り返り、服部がそう声をかけると三人は固まって何も言わなくなった。
『新居さんさぁ、説明してあげてよ。』
『・・・・・はい。これから俺達は、都内のホテルで過ごす事になる。これは奥村さんを警察から早く出す事と、奥村さんにかけられた嫌疑を逸らす目的がある。』
車が首都高速に乗り、都心へ向けて走る間に新居の説明は大体終わった。そして新居と三人の半グレは、東京タワー近くのホテルにチェックインをした。
『それじゃあ服部さん、コイツらにみっちり仕込んだら御連絡差し上げます。取り敢えず、明日いっぱい時間を下さい。三人の中に、頭の切れるのが一人いますんで仕込みます。』
服部は小さく二・三度頷いて、新居の肩を叩きながら言った。
『兎に角急いで仕込んでくれよ、何しろ時間との勝負だからな。奥村さんには、週明けすぐに弁護士が面会に行くそうだ。土日は、面会出来ねぇからな。出来ればこっちも明後日には、誰かに出頭してもらいたいんだけどな。まあ段取り的にはそんなとこだ。それじゃあ、よろしく頼んだよ新居さん。』
『分かりました。』
『それと隣の部屋に、ウチの若いの泊まらせてるから。何かあったら、コイツらに言ってくれよ。』
『はい、御心遣い有り難う御座います。』
深々と頭を下げる新居を残して、服部達はホテルを後にした。車に乗り込み、服部は大きく溜め息を吐いた。
『ふぅ〜、本部に向かってくれ。』
服部は、車を八百万一家の事務所へと向かわせた。そして、徐にスマホを取り電話をかける。
プルルルル・・・・・プルルルル・・・・・プルル
『お疲れ様です、服部です。』
『おお、お疲れさん。どんな感じだ?』
電話の相手は・・・・・勿論本匠だ。
『はい、半グレ共を呼び戻しました。今さっき新居と一緒に、ホテルに軟禁したところです。それでなんとか、明後日の日曜日には出頭させる段取りになっています。』
『そうか、明後日か。・・・・・恐らくだが、明日南州製薬の会長やら社長の辞任記者会見がある。タイミングがずれると、ガキの出頭も効果がなくなるからな。』
『はい、畏まりました。』
『二人とも一度は、娑婆に出てもらおうと思っているからさ。』
服部を乗せた車は、漆黒の闇へ向かって消えて行った。
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