第26話 嘘の隙間にある現実
瞳との話し合いを翌日に迎えた金曜日の夜、夕食を済ませた後靖久はぼぉ〜と物思いに耽っていた。そんな靖久に、飛鳥は背中から抱き付き耳元で囁く。
『ねぇ〜ヤス君。』
驚きながらも、照れくさそうに靖久が返事をする。
『ん〜、どうしたぁ。』
靖久の背中に顔を擦り付けながら、飛鳥は甘えん坊の子供の様に駄々をこねた。
『最近瞳さんの今後の事を考え過ぎて、誰か一番大事な人の事を
靖久は振り返り、飛鳥を抱きしめながら優しく言った。
『飛鳥ちゃん、ゴメン。蔑ろにするつもりはなかったんだぁ。ただ
『冗談だよっヤス君。でもこれで、やっと先を見据えた話し合いが始まるね。』
二人が出逢ってからの慌ただしい日々を、飛鳥は振り返りながら言った。
『ヤス君、会社どうするつもり?』
靖久は、顎を摩りながら応える。
『優樹と葵が大学を卒業するまで、ん〜大体十四年かな。俺がそれまで会社にいる事は出来ないだろうから、誰かに社長になってもらわなければならない。その社長を誰にするのかは、加藤さんとか大園のお
『次の社長が誰なのか決まんないと、引き継ぎも出来ないね。』
『そうなんだよなぁ。最初はそれが石川さんになるんだろうなって思ったから、会って話しをしなくちゃいけないと思って思って会ったんだけど。石川さんが、大変な事になっちゃったからねぇ。色々な可能性を、考えながらってところかな。どちらにしても、まずは話し合いからかなっ。』
こうして靖久は、瞳との話し合いに挑む事になる。
明けて土曜日の朝。奈々美は最後の報告書を、靖久に提出する為に飛鳥のマンションへ向かっていた。今日の午後に予定されている、瞳との最初の話し合いで必要になる資料もある。本当は昨夜までに間に合わせたかったのだが、手間取ってしまってギリギリになったのだ。瞳の大体の事は報告済みだったのだが、瞳が子供をどうしたいのかがハッキリとしていなかった。そして瞳の離婚後のビジョンによっては、会社の事も早急に決めなければならない。靖久は石川の件で瞳が欠席する事も想定し、瞳の弁護士だけとの話し合いになった時の資料も欲しがっていた。奈々美はエントランスに入り、インターホンに部屋番号を打った。
『おはよう御座います、原田探偵事務所です。』
『は〜い、どうぞ〜。』
『はい、お邪魔しま〜す』
そう言って中に入り、エレベーターに乗って飛鳥の部屋へと向かった。
『失礼しま〜っす。・・・・・あっ、遅くなってすみません筒井さん。』
『ああ良いですよ。まぁ取り敢えず、掛けて下さいよ。それで、どうでした?』
奈々美は、報告書を渡しながら話し出した。
『瞳さん、子供の事はきちんと考えている様ですよ。弁護士にも、子供の事はしっかりと相談しているみたいでした。養育費の相場とか、何歳まで請求するのとか具体的に相談していた様です。もし筒井さんが仰っていたように瞳さんが石川さんと再婚するとしても、子供の事を
『そうですか。それだったら、俺が心配する事はないのかなぁ。あと大事なのは、子供達の気持ちだけか・・・・。』
そう言うと、靖久は報告書に目を通した。
『ん・・・・?これって・・・・、弁護士がボヤいてたって。慰謝料の事を言ってたって事ですか?』
奈々美が、身を乗り出して応える。
『そうなんですよ!これ、昨日の昼食時にボヤいていたんですけど。「午後から来るクライアントが、慰謝料要らないって変わった人でさぁ。」って言ってたんですよ。間違いなく瞳さんの事ですよ。』
『瞳は、慰謝料を請求する気がないって事?そんな、・・・・。』
奈々美は、不思議そうに聞いた。
『何でなんですか?相手が、・・・・瞳さんが要らないって言ってるんですから良いじゃないですか。「はい、そうですかって。」言っとけば。だって筒井さんが発端だとしても、奥さんがやってきた事と石川さんとの事考えれば不思議な事ではないでしょう?逆に筒井さんが、慰謝料を請求してもいいと思いますよ?』
靖久は、にこやかに受け流した。奈々美は、語気を強めて続ける。
『筒井さんは、少し優し過ぎるんじゃないんですか?大体離婚して終わりじゃないでしょう?収入はどうするんですか?自分が有利な立場になったんなら、それを活用しないと苦しくなるのは筒井さんですよ!それに酷い言い方かもしれませんが、養育費も支払う義務はないんじゃないんですか?筒井さんの子供じゃないんですよ。世の中では、離婚を戦争みたいに争ってます。お金に汚いみたいな偏見もあるでしょうが、世間がどんなに褒め称えてくれても困った時には誰も助けてはくれませんよ。離婚の話し合いって、これからの生活を賭けた凌ぎ合いなんですよ。』
そこまで言って、奈々美は俯いた。
『すみません。・・・・・言い過ぎました。』
靖久は、微笑みながら奈々美に言った。
『でもね原田さん、子供達は何の罪も義務も責任もないのに苦しい思いをする。それなのに、これから私は一緒に居る事が出来ないんです。石川さんの事があったにしてもなかったにしても、子供達には大人になるまでは知らせない様にしたいと思っているんです。当然今日の話し合いでも、この事は必ず約束してもらいます。だから私としては、慰謝料も養育費も払うよう弁護士と話を詰めてきました。原田さんには親身になっていただいて有難いけど、これは俺の親としての務めだと思ってるんで。有難い事に、飛鳥ちゃんにも納得してもらってるしねっ。』
奈々美はバツが悪そうに、そして諦めた様に溜め息混じりに言った。
『はぁ〜、そうでしたねっ。筒井さんはそういう人でした。そうですよね?』
そう言って、奈々美は飛鳥の方を見た。
『はい。』
飛鳥は、そう言って微笑みながら頷いた。
品川駅から第一京浜通りを渡り、西に坂道を少し登ると有名な高級ホテルがある。高輪にあるこの有名な高級ホテルは、マスコミ関係の人と車両で騒がしい土曜日となっていた。このホテルの鳳凰の間にて、南州製薬の記者会見があるからだ。この記者会見を前にして、控え室では南州製薬の関係者が打ち合わせをしていた。
『皆さんよろしいですか。まず最初に、皆さんが着席する前に謝罪の言葉を会長に言っていただきます。そして次に、社長が「御迷惑をお掛け致しまして、誠に申し訳御座いませんでした。」と言って下さい。この後、皆さん揃って深々と礼をしていただきます。』
『ふぅ〜、・・・・分かった。』
『そしてこの礼は十秒。ゆっくり十秒数えるまで、絶対に頭を上げないで下さい。よろしいですね!』
社長の飯田が、不貞腐れながら言った。
『誰が数えるんだ?十秒って・・・・結構長いぞ。四・五秒でいいだろう?なあ、小山内君。』
小山内は、社長の方へ詰め寄りながら言った。
『社長、この会見は来週以降の株価に大きく影響しかねないんです。我が社の将来が掛かっているんです。皆さんの一挙手一投足を、日本中が注目しています。甘く考えないでいただきたいんです。礼は、短くても揃ってなくてもいけません。真摯に、謝罪の意を世間の皆様に理解していただく様に挑んで下さい。』
小山内の気迫に押され、飯田は渋々頷いた。
『あと、マスコミからの質問は概ねこちらに記載されております。まず最初に六本木テレビさんの質問で始まりますので、段取りを頭に入れといて下さい。この後、順番通りに進行していきます。後半は挙手制になり、イレギュラーな質問も飛び込んでくると思われます。ですので考えられる限りの受け答えの対策を、三ページ目以降に用意して御座います。こちらの冊子を、必ず忘れないでお持ち下さい。』
そう言うと同時に、冊子が手渡されていった。
『それでは・・・・あと小一時間程御座いますので、皆様冊子に目を通しておいて下さい。よろしくお願いします。』
小山内と弁護士は、細かい所を詰める為に場所を隣の部屋に移した。テーブルに置いてある水のペットボトルを取り、喉を潤して吐き捨てる様に呟いた。
『ここまでは、石川君の計画通りには来ている。だが、ここからが大変だなぁ。』
そう言うと、弁護士がタブレットを見せなが話しかけてくる。社運を賭けた記者会見はもうすぐ始まる。小山内は掌にヒリヒリとした感覚を消せないまま、社運を賭けた記者会見に挑む事になる。
時計を見ながら、陣内はテレビのリモコンを手に取った。そろそろ、南州製薬の記者会見が始まる時間だ。スイッチを入れると、嫌味な事にライバル製薬会社のコマーシャルが流れている。ぼぉっとして見ていると、記者会見の中継が始まった。一応チャンネルを幾つか変えてみると、殆どのチャンネルで中継をしている。
『今回は、独占放送って訳じゃないんだぁ。そりゃそうか。』
そう言いながら、陣内はぼぉ〜としたまま記者会見を見ていた。すると、「本日はお忙しい中・・・・・」テレビの音量を上げて謝罪会見お決まりの光景を見ていた。偉い奴が謝罪をして辞任する。そして、跡を継ぐ者達が抱負を語る。石川が計画していた会見が、どんな感じであったかは分からない。今となっては、興味もなくただ々傍観しているだけだった。しかし瞳を守る為とはいえ、森高と奥村にいろいろな罪を被ってもらった。その中に、投資詐欺での件があった事を考えると少々複雑でもある。石川から聞いていた感じでは、騙された副社長も相当使い込みやら横領やらやっていたみたいだ。いずれは、何だかの罪に問われていたであろう。だがその他の人達にしてみれば、とんだとばっちりだろう事は容易に分かる。瞳を、優樹と葵を守る為とはいえだ。今謝罪会見をしている連中は、迷惑を
『俺達は自分達の都合の為だけに、南州製薬を巻き込んじまったんだよなぁ。そしてこの人達と、その家族の人達も・・・・。』
陣内はそう呟くと、石川の見舞いに行く為に着替え始めた。その様子を、側で見ていた陣内の妻が言う。
『睦君のお見舞い、私も一緒に行きたい。』
陣内は、頷きながら妻を抱き締めて言った。
『ゴメンなぁ、いつまで経っても馬鹿な男で・・・・。』
『敬は、優し過ぎるんだよ。だから、・・・・私だけは味方でいてあげるよ。』
二人は暫し抱き合い、そして出掛ける準備を続けた。
筒井夫婦の最初の話し合いは、靖久
『だっ、大丈夫なのか?無理はしなくて良いんだよ・・・・。』
『うん、・・・・大丈夫。』
少し微笑みながら応えた瞳を見て、靖久は勝手に想像していた。離婚の事とかデートクラブの事とか、そして石川の容体等を一度に背負ってるんだろうと。
『それでは、まず事実確認と筒井瞳さんの要求。こちらを説明させていただく、という事でよろしいですか?』
瞳の弁護士が淡々とした口調で、その場の空気を緊張させて話し合が始まった。
『御主人の筒井靖久さんが、・・・・・・』
瞳の弁護士が長々と説明する間、靖久は物思いに耽ったいた。瞳と二人の子供達が、自分のいない間どの様に暮らしていたのかと。
『筒井さん・・・・御主人?』
瞳の弁護士が、覗き込む様に見て靖久を呼んでいた。
『御主人・・・・、事実関係に相違御座いませんか?』
靖久は、自分の弁護士を見ながら頷いた。
『それで瞳さんの要求と致しましては、優樹君と葵ちゃんが大学まで進学した際には卒業までを。そして進学しない場合には、満二十歳迄の養育費を要求致します。そしてその金額は、様々な前例からこちらの金額を提示致します。勿論基本的には、という事で御座います。支払う期間も十年以上となりますので、先ずはこちらの金額を基準として話し合いをさせていただきます。』
そう言って靖久を見る弁護士に、靖久は優しい視線を向けて聞いた。
『それで、・・・・他には?』
瞳の弁護士は靖久を見た後、視線を
『以上になります。奥様の瞳さんと致しましては、養育費を認めていただければそれで良いと申しております。』
靖久は、身を乗り出して言う。
『慰謝料の話を、入れていただきたいのですが。月々の養育費とは別に、これからの生活の事を考えた現実的な金額を・・・・。』
遮る様に口を挟んだのは、弁護士ではなく瞳だった。
『違うの私が、慰謝料は要らないっていう事でお願いしたの。』
小さく頷きながら、靖久が瞳方の弁護士に話し出す。
『だとしても弁護士さんさぁ、瞳を説得しなきゃ駄目じゃん。ここで要らないなんて事言っちゃったら、後々困った時には誰も助けてはくれないんだから。』
瞳の弁護士は、困った感じで頭をかいた。
『そう言われましても・・・・。』
『クライアントの、十年後二十年後の事まで考えてあげて下さい。慰謝料の事はもう一度そちらで話し合った後、次回以降の話し合いの時に聞かせて下さい。』
靖久は、語気強く言い放った。その後会社の社長職の引き継ぎや、共有財産の分割などの話をしていく。そして今後の話し合いの流れと、日取りを決めて最初の話し合いは終了した。帰り際に、瞳が靖久に聞いてきた。
『最後まで、・・・・最後まで優しいんだね。・・・・何でこんな私に、優しくしてくれるの?』
靖久は、微笑みながら言った。
『人の事を、とやかく言える立場じゃないんだけどさ。まあお互い様って事で、言わせてもらえばね。瞳、強くなりなよ。もっと心の強い母親になりなよ。もう十分傷付いただろ?自分の弱さを知っただろ?自分の弱さを知れば、知った分だけ人に優しくなれるから。じゃあ、子供達を頼んだよ。』
『・・・・はい。』
そう返事をして、瞳は帰って行った。
翌日の日曜日、意外な人物からの電話が八百万一家事務所にかかってきた。その電話は本匠の携帯にではなく、事務所の電話だっただけに少々取り次ぎに手間がかかっていた。
『あぁ〜!テメェ〜どこにかけてきてんだ?この野郎!』
電話を取った若者が、事務所中に怒号を響かせていた。
『何言ってんのか、分かんねぇつってんだろうが!』
暫く見ていた服部が、見兼ねて近付いて行った。そして、若者の肩を叩いてジェスチャーをする。
「変われ!」
『すみません、お電話変わりました。私八百万一家若頭の服部ですが、どちら様でしょうか?』
電話の向こう側で、男が胸を撫で下ろしているのが手に取るように分かった。
『助かりました、先程の方に何度言いましても伝わらなかったようでして。』
『それは、失礼を致しました。』
『私、日本共産主義者革命同盟の
「日本共産主義者革命同盟の重勝だと!同盟の頭じゃねぇかよ!」
服部は、重勝がなんの要件で電話をしてきたのかがすぐに分かった。だが、そう簡単には総長に取り次ぐ事は出来ない。
『申し訳御座いません、只今総長は席を外していますので。こちらから、かけ直させていただくという事でよろしいですか?念の為、御連絡先を・・・・』
服部がそこまで言ったところで、重勝が笑いながら被せてきた。
『若頭の服部さんですか、流石にのらりくらりって感じですね。念の為に御連絡先ときましたか。いやいや、流石は天下の櫨川会八百万一家若頭の服部さんだ。いかにも曲者って感じで、一筋縄ではいかない方のようですね。ですが、私が何故本匠さんに電話をしてきたのか。服部さんは、もう既に気付いていらっしゃるんでしょう?』
服部は、溜め息を吐きながら返した。
『ふぅ〜申し訳御座いません、何方が相手でも警戒を怠らないのが私の仕事になりますもんでね。失礼を致しました。会長室に電話を回しますので、このまま少々お待ち下さい。』
服部は重勝の電話を保留にして、総長室に内線をかけた。
プルルル・・・・プルルル・・・・
『なんだ?』
『日本共産主義者革命同盟の、重勝修を名乗る男から電話がかかっています。総長に繋げてくれとの事ですが、如何致しましょう?』
『何?そいつは、本物っぽいのか?』
『はい、恐らく本物でしょう。』
『分かった、繋げたらお前もこっちに来てくれ。』
『畏まりました。それでは、お繋ぎ致します。』
服部は、内線を切り重勝に言った。
『お待たせ致しました、総長にお繋ぎ致します。』
そう言って、重勝の電話を総長室に繋げた。
『もしもし、本匠ですが。』
『初めまして、重勝修と申します。』
『どうも、日本共産主義者革命同盟の重勝さん。首席御本人が、極道の私にどの様なご用件でしょう?』
そこまで言った時に、服部が静かに会長室に入って来た。本匠はスピーカーにして、ソファーにゆったりと座った。
『先程の服部さんもそうでしたが、本匠さんもかなりの曲者なんですねぇ。我々革命家の方が、全然素直なんだなって痛感しますよ。話したい事は、勿論我々の作った物が本匠さん達に利用されている件ですよ。うちの秋元が、苦労して作った拠点で作成された物ですよ。奥村さんでしたっけ、勝手に持たせて捕まらせないで下さいよ。』
『あぁ〜その件でしたか。いやねぇ、これは偶然が重なってしまいまして。奥村の所持品に、混ざっていた様でしてねぇ。ところで、あれって本物だったんですか?』
『ええ、勿論本物ですよ。でも本匠さん、偶然とか言って公安一課の”鬼堤”にリークしたでしょう?お陰で、こっちは大損害ですよ。』
『ま〜たまたぁ、江戸川区の武器工房はとっくに公安一課にマークされていたんじゃないですか。貴方が言う、”鬼堤”も知っていましたよ、だから損害なんて殆ど出てないでしょう?どちらかと言うと、今回の奥村達のガサ入れやゴタゴタがあって良かったんじゃないんですか。このゴタゴタがあったからこそ、その秋元って人も
『じゃあ、それは良しとしましょう。しかし我々が奥村を使って、投資詐欺をして活動資金の調達を図ったかの様な揺動は
『その事にしても奥村や詐欺師共を使っちゃいないが、マルチ商法の奴等を海外からも呼び寄せて金掻き集めているじゃないですか。奥村の投資詐欺の騒ぎで、中国系のマルチ商法の奴等が早めに切り上げて出国したって話も聞いていますよ。突撃系のユーチューバーが、寸前で逃げられたって嘆きの動画上げていたみたいですよ。どっちにしたところで、同じ穴の
少し間を置いて、重勝が返す。
『それでも、公安一課にリークするのはやり過ぎでしょう?本匠さん達の稼業でも、そう言う事は
『ほう、私が公安にチンコロしたとでも?』
『公安一課の堤課長に電話したのは、本匠さん御本人だったでしょう。』
『重勝さん、それは誤解ですよ。私はただ、それを調べるのが公安の仕事だと言っただけですよ。奥村が持っているものが、何なのか私は見てもいませんしねぇ。それにアレは、極道が持つエモノじゃないですから。だから先程言ったじゃありませんか、偶然が重なってしまったんですよ。』
ここでもう一度、重勝は呼吸を整える様に間をとった。
『まあ・・・・・いいでしょう、今回は我々の傷も殆どなかったって事で借りにしときますよ。』
『ほう、流石は革命家を束ねているだけはありますな。
『まさか博徒の本匠さんに、潔いと言っていただけるとは。ですが、借りたままというのは私の性に合いません。ですので、借りは早急にお返ししたいと思います。』
本匠は、チラッと服部を見て聞いた。
『早急に返すと言いますと?』
『そうですねぇ、公安一課の事情聴取を受けている奥村。今のところ彼は、私達の同志だという事で聴取されているんですよね。だとしたら、我々は規律を犯した同志を正さなければならない。そうする事が、本匠さんに借りを返す事になるのではないかと思いますが・・・・。』
『規律を正すねぇ、簡単に言うと・・・・「粛清」するって事でいいのかな?』
『そうです、どの道奥村は居なくなる予定だったんじゃないんですか?まあ正直言いますと、大日本菊花聯合會の渡邊恒彦さんに来ていただかねば江戸川区の工房はダメだったでしょう。彼が来てくれたタイミングで、工房と秋元を上手く躱す事が出来ました。その工房で作った物を無断で持っている奥村には、我々の他の荷物も背負ってもらうと言う事です。まあ、上辺だけでもね。』
本匠は、服部の目を見ながら快諾した。
『分かりましたよ、重勝さんがそう言うんだったら任せようじゃないか。そちらのやり方で、借りをを返していただきましょう。』
『話しが解る方でよかった、他にも何かプレゼントを送りますよ。きっと、利用価値が高い物ですよ。上手く使ってみて下さいね。それでは、またいつか何処かで。失礼します。』
『ああ、失礼します。』
本匠は電話を切り、煙草を咥えながら話す。
『どう思う?コイツ、奥村を
服部が、本匠の咥えた煙草に火を付着けながら返す。
『懲役確定ならまだしも、拘留中は難しいでしょう。殺るとしても、現状保釈されないと無理なんじゃないですか?それまでには、もう少し時間があります。取り敢えず半グレに出頭させてから、暫く様子を見ましょう。』
本匠と服部は、暫く二人で秘密の相談をするのだった。
東京タワーを見上げながら、新居は大きな溜め息を吐いていた。服部と約束していた、半グレの説得に悪戦苦闘しているのである。新居は今年で三十三歳、十歳以上の歳の差が価値観の違いを生んでいるのだ。今時の若者に、「兄貴の為」やら「組織の為」等何の価値も無い。自分自身にメリットがなければ、何にもしないのである。新居はジェネレーションギャップと言うものを、この稼業でも痛感しなくてはいけない事にショックを受けていた。半グレ共の言い分は、出頭した後のフォローとその見返りだ。確かに投資詐欺会社の銀行口座から、金を引き出しに行ったのはこの三人だ。その時に、当然顔割れもしている。だがその前から、一月以上人の金で飲み食いしていた連中である。なのに正仁会に拾ってもらっただとか、正仁会や奥村に感謝するなんて心は微塵もない。
『出頭するのも、新居さんの言う通りに口裏合わせるのもオーケーです。それでもし何年か刑務所入る事になったら、出てきた時に幾ら貰えるんですか?その後の面倒にしても、当然見てもらえるんですよね?外に居る二人よりも、当然僕の方が優遇されますよね?』
そして挙げ句の果てには、「具体的に幾らなんですか?なんか、念書みたいなもの書いて下さいよ。」っときたものだ。
説得を急がなければならないのは分かっているのだが、新居にはこの価値観の壁を乗り越える自信が全く無くなっていた。
『ふぅ〜・・・・・・。』
新居が大きく溜め息を吐いた時に、ドアをノックする音が聞こえた。
コンコンコン・・・・
『はい、・・・・・。』
新居が、ドアまで駆けて行きドアを開ける。そこには、舎弟を三人連れた服部が立っていた。
『おや、出迎えてくれるのは新居さんかい?ウチとは、躾の仕方が違うようだな。邪魔しても構わないかな?』
そう言って、服部が室内に足を踏み入れた。
『かなり苦労しているようですが?』
『はい、申し訳御座いません。』
『・・・・で?出頭が出来ないのなら、彼らに東京に居てもらう必要ないよな。それならばそれで、こちらも対応を変えなければなりませんので。時間はもうありませんから、結論を出しましょう。俺も、総長に連絡しなくちゃいけないんでね。』
すると、半グレのリーダー格の奴が服部に言った。
『ああ、そうなんですか。何にもしないで良いんだったら、俺達また沖縄で待機しとくんで。明日にでも、沖縄に帰して下さい。』
新居がカチンときたその時、服部が目配せをした。すると服部の三人の舎弟が、半グレ共それぞれの頭にビニール袋を被せる。
『ボクちゃん達の世界はよく分かんねぇけどさ、俺達の稼業ではそんな奴等はいらねぇんだよ。少しでも俺達のやってる事や、顔も含めて知ってしまったんだ。黙って解放する訳ねぇだろ。仕方ねぇからさ、新居さんが出頭するプランに差し替えるとしますか。』
半グレ共がもがき苦しんでも、ビニールが取られる事はない。
『服部さん、すみません!勘弁してやってくれませんか?お願いします!』
新居は、土下座をして頼んだ。服部は土下座をする新居を暫く見て、溜め息を吐きながら舎弟に合図をする。
『ふぅ〜・・・・、一回外してやれ。』
頭に被せたビニールを緩め、半グレ共が口を大きく開けて咳き込みながら酸素を吸い込む。それを一瞥して、新居が土下座をしたまま懇願する。
『申し訳御座いせん服部さん、なんとかコイツらを助けてやっちゃくれませんか。まだ盃を下す事も出来ない半人前ですが、私からキッチリと渡世の何たるかを教え込みますんで。今回は、勘弁していただけないでしょうか!』
『ハァ〜ヴァ〜ハァ〜・・・・・』
必死で呼吸を整えようとしている半グレ三人は、土下座する新居を見てただ々呆然としている。張り詰める空気の中、服部が無表情のまま静かに口を開く。
『まあ、新居さんがそこまで言ってくれるんなら仕方がないけど。俺としては、どっちでも構わないんだよな。コイツらが、生きてようが死んでようが。ただ何もしねぇ奴には、沖縄で遊んでる呑気な時間はない。それにこれは、他ならぬ八百万一家が出張ってやっているんだ。総長の顔に、泥を塗る奴は俺が必ず殺す。必ず、殺す!』
まだ呆然としている三人を、新居が殴りながら土下座をさせる。半グレ共も、新居と一緒に命を乞うた。石川睦を刺した犯人が、出頭する数日前の夜の出来事であった。
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