第18話 詰め将棋の様に

 八百万一家の総長室で、本匠は最終的な陰謀の落とし所を決定をしていた。南州製薬副社長広瀬秀幸と、その愛人西野麻衣を嵌めたその後の事まで。

『お〜い、・・・・・服部呼んでくれ!』

それから二十分程して駆け付けた服部に、本匠は陰謀の内容を説明する前に現状の最終報告をさせた。

『ではまず、正仁会のゲーム屋(裏カジノ)で焦げ付かせた一千万ちょっと。初めはこの返済を待ってくれと、結構な勢いで懇願したそうです。ですがそこは石川さんの指示もあり、奥村は快く待つと同時に川治を紹介しています。そしてその川治の手引きで、仮想通貨と金の先物に投資をしました。この時に広瀬は、南州製薬の新薬開発費から五百万円を流用しています。円安の影響で金価格も上昇していましたので、広瀬はここで結構良い思いをしました。その金で、会社の金も直ぐに補填しているようです。』

本匠は、ニヤけながら返す。

『いい具合に、調子に乗ってくれたって訳だ。』

『はい、そうですね。そしてここで、愛人の西野麻衣に川治の会社の社債を買わせています。そして広瀬もそれにならい、結構な勢いで社債を買ってくれているそうです。川治も、やり易いって言っていました。そして今、次の儲け話しをせがまれている状況です。』

本匠は、頷きながら服部の目を見た。そして、ゆっくりと説明を始める。

『良い感じで、調子に乗ってるみたいだな。しかも儲け話しを催促してくるっていう事は、今何をしても損するなんて考えられないだろう。奴さん、今なら結構な金額引っ張ってくるぞ。良い頃合いだ!次は、日経平均先物を教えてやればいい。年が明けて、株価はあっという間に四万円を超えた。そしてこの数ヶ月間、千五百円ほど下げた所をウダウダやっている。ここで株価が上がるやら、もっと大きく下がりますやら言ってやれ。金の先物やらで啜った甘い蜜の味を、思い出して乗ってくるだろう。証拠金がデカいから、奴はテメーの金を使いたくない。奴は必ず、もう一度会社の金に手を付ける。しかも、デカい証拠金全額分をな!現在日経平均先物の証拠金は、約二百万になっているから結構な金額になるだろう。ポジション一枚で二百万、だから十枚で二千万・百枚で二億ってな具合になる。そこら辺は、川治にうまい具合にくすぐらせろ。広瀬は間違いなく、億単位の金を流用する。そこまでを今月、五月いっぱい迄に終わらせるように川治にやらせてくれ。厳しく言っておけよ、南州製薬の取締役会までには全て終わらせろとな。』

『はい、畏まりました。・・・・・それと、奥村の方は如何致しますか?』

本匠は、腕を組みながらソファーに深く座り直した。

『アイツには、いろんな罪を背負ってパク(逮捕)られてもらう。しかし投資詐欺だけだと、アイツはペラペラとうたう(自白する)だろう。だから、それなりの足枷を付けとかなきゃいけねぇ。正仁会も自身さえも全部吹っ飛ぶ程の罪をかけられたら、アイツに出来る事は何もなくなる。雁字搦めにして、苦しみながら借りを返してもらわねぇとな。川治に言って混ぜさせといた”物”は、奴らに気付かれる事なく金庫にしまってあるんだろう?』

『はい。金塊を梱包する時に、一緒に入れて御座います。クッション材の様に見せかけて、金塊を覆う様にしてあります。』

『よし、後は勝手にガサ(家宅捜索)入れてくれるからいいだろう。』

『川治達は、如何しますか?パクられると、面倒かと・・・・』

『あぁ、アイツは金持ってドロンさっ。それに川治っていう名前も、この仕事終わりで捨てちまうしな。』

服部は、肩を震わせながら返した。

『そうなんですか?全く、・・・・総長もお人が悪いなぁ。』

『悪ぃ〜悪ぃ。アイツは今後も、何かと役に立つだろうからな。二年くらい、タイかどっかで遊ばせとけばいい。アイツらが今まで溜め込んでいた、八十億は綺麗サッパリ諦めてもった。その代わりにパクられない事と、前のない(前科)新しい名前とパスポートを用意してやった。最後に広瀬から幾らぶん取るのか、楽しみに拝見させてもらおうぜ。本人曰く、「プロの仕事」を見せてくれるらしいからさ。』

『はい、畏まりました。それで設楽の若頭かしらに収める金は、何処から引っ張るおつもりなんですか?』

本匠は、服部を不思議そうな顔をして見て言った。

『お前、・・・・・本気で気付いてないのか?』

『・・・・・本気で、っと申されましても。』

『ふふふっ、お前が気付かないなんて珍しいな!今さっき言っただろ?川治に諦めてもらった金額は?』

『はち・・・・じゅう・・・・あっ!』

『そういう事だよ。川治が諦めた金は約八十億だろ?そして奥村達に、引き取らせた金と金塊が四十億相当。約半分だ。そしてその残りの金を使って、各方面の袖の下としてばら撒いた。警視庁・警察庁・検察庁・国税庁・出入国在留管理庁を中心に、上から下までばら撒きまくった。総額二十億円以上の金を、袖の下としてばら撒いた。そこまでして、残った金額が約十五億。そしてこの十五億から、川治達四人の戸籍やらを手に入れるのに一億。そして広瀬達に儲けさせる、ダミーの証券会社や証券サイトやらを作って。東麻布のビルのテナント料、その他なんやらかんやらの経費で総額三億。まあ、川治達からぶんどった金だから思いっきり使えたけどな。そんで、残った金が大体十億円だ。そんでトドメが、山守辰雄やまもりたつおに二億くれてやった。』

『えっ、・・・・・山守に?』

山守辰雄とは、奥村の所属する正仁会の会長である。

『そう、正仁会会長の山守辰雄に二億の金で納得してもらったよ。別件絡みなんだがな、それも含めて納得させた。』

『もしかして、川治に不動産の名義書き換えさせていた件の?でも山守は、若頭の奥村を切り捨てた様なもんじゃないですか。』

本匠は、頷きながら応える。

『ああそうだよ、あの件と奥村の事を含めてな。でも別に山守は、奥村を切り捨てた訳ではないんだけどさ。奥村が一人で、暴走しちまったってだけなんだからさ。だってさ、奥村が現金と一緒に梱包させた”クッション材”に混入されている物。これが事務所内から見付かるだけで、正仁会は暴力団からテロ組織に変えられてしまうかもしれないんだぞ。だから事態を詳しく説明して、奥村を泳がせるだけ泳がせる事に賛成してもらった。ガサ入れされる時期も、山守には伝えてある。もうそろそろ山守と次の若頭は、自分たちの手下連れてマカオに遊びに行くってさ。一代で、あそこまで会を大きくした男だ。事の重大さを十二分に理解して、正仁会存続を優先しての決断だよ。まあ奥村が画策して、「正仁会を」乗っ取ろうとしているとは耳打ちしたがな。不動産の件も含めて、山守からは後々必ず回収させてもらうから大丈夫だよ。』

服部は、大きく息を吐きながら頷いた。それを横目に、本匠は続ける。

『まあ、そんなこんなで残りは約八億円だ。その金は、川治達に運ばせてそこの金庫に入れてある。』

本匠は、顎で金庫を差しながら言った。

『そんじゃあ、最後まで抜かるんじゃねぇぞ。』

服部は、深く一礼をして総長室を出て行った。




 靖久は、昨晩石川に会った時の話しを飛鳥にしていた。同じ会社で、一緒に仕事をした事のある飛鳥の意見を聞きたかったのだ。

『なんとなく、石川さんのイメージが変わったかなぁ。昨日は、正直に話してくれたと思うしね。優樹と葵の事を、真剣に考えてくれると思うよ。』

『そっかぁ。石川さんって確か、私と同期入社の筈なんだよねぇ。一回も一緒の部署にはなってないけど、会社の感じとヤス君の話しとではイメージが違うかなぁ。』

首を傾げながら、飛鳥が靖久に言った。

『ん〜俺も、昨日会って話さなかったら悪いイメージのままだったよ。ただね、瞳と子供達が許してくれるならって・・・・。そう言って一緒に暮らしていく未来を語っていたし、しっかりと俺の目を見て「瞳と話し合ってから答えを出す。」って言っていたしね。彼は俺が思っていた様な、嫌らしい人間ではないんだろうなって正直思ったよ。』

『もう会社で会う事もなくなったけど、森高本部長のって・・・・。そういえば、最近森高本部長の話ででも聞かなくなっちゃったなぁ。』

靖久が、キョトンとして聞いた。

『あれっ?石川さんって、裏で暗躍してるんじゃなかったっけ?』

飛鳥が、小さく頷きながら応える。

『そうなんだよねぇ。なんかさぁ、何ヶ月か前までは森高さんで決まりだって話だしったんだけどね。最近ではねぇ、・・・・常務の席も空席のままだしね。なんか、この前の取締役会で保留になったって事は言ってたんだけど。その後の事は、誰も何も言わなくなっちゃったしなぁ。』

『あれなんじゃない、次の取締役会で決めるからって事なんじゃないの?きっと大企業で、派閥争いが激しいんだよ。そんな感じじゃないの?』

『う〜ん、・・・・っていうかねぇ。最近他の人の噂で、みんなワイワイやってるんだよねぇ〜。』

『なんだよそれ!他のネタが面白いから、森高の話題にならないだけじゃん。』

飛鳥が、腕組みをして返す。

『そういう訳でもないんだよ、ワトソン君!』

『お〜とっと、なんだよ急にぃ〜。なんかある訳?』

『そう。恵美ちゃん(相沢)の友達が、秘書課の子で専務室にいるんだけど。なんでも最近、石川さんが専務室に出入りしているんだって。』

靖久は、キョトンとして聞いた。

『それが何か、不思議な事なの?』

飛鳥は、口を尖らせながら言った。

『専務っていうのは、無派閥の人で有名な人なの。なんか、曲がった事が大嫌いみたいな人だって聞いた事がある。そんな人だから、黒い噂ばかりの森高さんとは相反する人なの。仲が悪いって事はないと思うけど、一緒に何かをやろうって事は絶対にないって感じかな。そんな専務の所に、森高さんの懐刀の石川さんが頻繁に出入りするのは可笑しい。今まででは、想像もつかない事なの。だから、会社ではもっぱらの噂なんだ。石川さんが森高さんを見限ったと見せかけて、専務を蹴落とそうとしているのではないかってね。だから、最近では専務の話でワイワイやってるよ皆んな。実は本当の黒幕は、専務だったんじゃないかって言う人もいるくらいなんだから。』

靖久は、目を見開いて返す。

『映画か、ドラマみたいな話だねぇ。南州製薬さんって、なんかヤバい会社じゃないっすか?』

『そんな事ないって、・・・・・多分。・・・・・きっと・・・・・。』

『まぁ、そこのところは別としてさ。石川さんって、・・・もしかしたらだけど。職場でも、誤解されてる人なのかもしれないよ。よく映画とかでもあんじゃん、悪者だって思ってた人は実は・・・・なんて話しがさ。そこまではないにしても、昨日の感じだとなんとなくねぇ〜。』

飛鳥が、面白がって聞いた。

『なんとなくねぇって、な〜に〜?』

『うん、なんか目とかさ。子供みたいなって言うか、・・・・あやうういっていうか綺麗なっていうか。俺の印象から言うとね、騙されやすそうな目をしてんなぁって思ったんだよ。』

『・・・・そうかなぁ〜?』

『まぁ、印象だよ印象!ただ、奇しくも飛鳥ちゃんとタメだとすると。瞳とは、八つ違いか。急に若いパパになるから、子供達は逆に喜んじゃったりして。』

靖久が、自虐的にそう言った。

『ふふふっ、も・・・しかするとね。まあ石川さんがパパになる気持ちがあるんだとしたら、それが一番落ち着く所なのかもしれないけどね。子供達には、どう伝えるつもりなんだろう。会った事ないって言ってたんだよね、いきなり「新しいお父さんだよぉ。」っていうのも受け入れてくれるかなぁ。』

『う〜んそれは、なんとも言えないけどねぇ・・・。あっそれとね、瞳を取り巻く状況が変わるって事も言ってた。昨日は詳しく聞かなかったけど、何かあるのかもしれないな。』

これからの展開を知らない二人は、何気ない会話の中ででも何かを感じていたのかもしれない。だがその全貌を知るには、もう暫く時がかかるのである。




 東麻布の川治の会社で、南州製薬副社長広瀬秀幸とその愛人西野麻衣は新しい投資商品の説明を受けていた。

『それでこの日経平均先物っというのは、そんなに儲ける事が出来るんですか?まあ川治さんが言う事で、今まで間違っていた事はありませんがね。』

広瀬の言葉に、満面の笑みで川治は応える。

『もちろん儲かりますよ。しかも、もうそうそろ大きく株価が変動する。そこに、ドンと賭ければ大儲けです。いいですか、令和五年の四月。日経平均株価は、三万円を切っていました。大体二万八千円台から、二万九千円を超えたり戻ったりしていました。そこから、今の株価を考えてみて下さい。二月に四万円を超えて、今現在は三万八千円台です。バブル期を凌駕する株価など、・・・・誰も想像し得なかった事態なんです。』

『おおん、・・・・うん。』

広瀬は、涎を垂らしそうな勢いで頷いている。それを見て、川治は冷静に続ける。

『例えばですねぇ。昨年の十二月末に、日経平均三万三千円のところでポジションを持ったとします。年を超えて二月の二十二日、日経平均は四万円を超えました。ここに七千円分の利益が御座います。この一つの、ポジション・権利の数え方を一枚二枚と数えます。利益は一千倍です。先ほど例えた七千円分の利益、この利益の一千倍になりますので。ポジション一枚で七百万・十枚で七千万・百枚で七億と言う利益になります。証拠金を積めば積む程、利益は増していくのです。現在の証拠金は、二百万円あれば大丈夫です。ですがポジションを増やせば増やす程、証拠金も増やさなければなりません。まあ、これはなんでも同じなんですがね。』

西野が、能天気に言った。

『馬券もいっぱい買わなければ、いっぱい儲けないしね。ねぇパパ、きんとかよりも分かりやすいみたいだよ。私だって分かったもん。』

『おおぉ、そうかそうか。じゃあ川治さんが言ってる事だし、間違いないだろうからやるとしようか。それで、最大何枚まで持てるのかな?』

『はい、最大二百枚まで所持出来ます。ですので、二百万かけるの二百で四億で御座います。ですが何分証拠金ですので、少々余裕を持ってご用意していただきますと証拠金割れの心配もなくなると思います。ですので、四億五千から五億の証拠金を準備していただければよろしいかと。』

広瀬は五億という金額に表情を曇らせたが、西野が腕に抱き付きながら見上げる仕草でニヤけ面に戻った。

『分かったよ川治君、金は直ぐにでも準備しよう。それでいつまでに用意すればいいのかな?』

『来週中にご用意していただければ、二週間程で利益が出ると思います。』

『ん〜、金を渡して一月もしないで利益が出るのか。・・・・・うん、分かった。それじゃあ来週の火曜日に、そちらの口座に振り込めばいいのかな。』

『はい。お待ち致しております。よろしくお願い致します。』

『うん、はははははっ・・・・・』

そう言って、広瀬と西野は帰って行った。川治は駐車場まで降り、二人を乗せた車が視界から消えるまで深く礼をしたまま見送った。事務所に戻り、大きく手を叩きながら全員に指示を出す。

『よぉ〜し皆んな、来週火曜日に入金確認次第ズラかるぞ!事務所の撤収準備は、すぐにでも始めよう。』

『入金後は、どうするんすか?誰が、金を引き出しに行くんすか?』

川治は、仲間達の顔を見回して言った。

『よし、トンズラの段取りを説明しておくな。まず、事務所の撤収は来週月曜日までに終わらせる。勿論、すぐに飛べるようにだ。そしてほぼ間違いなく入金されるであろう金だが、広瀬秀幸名義で銀行に振り込まれると思われる。恐らく会社の金を、一旦自分の口座に入れてから振り込んでくるだろう。まぁ一応南州製薬名義でも確認するが、まずは広瀬秀幸名義での入金を確認してくれ。その金を下ろすのは奥村の何だとかいう半グレの手下が、引き出してここに持って来る手筈になっている。なので口座に入金が、確認出来次第奥村に連絡をする。そして奥村のとこの半グレが、銀行から引き出して来ここに持って来る。その金は、八百万やおよろずに収めなくていいって事だ。俺達四人で山分けだ!そこからは、本匠さんが用意してくれた新しい名前で生きていくぞ。いいか皆んなぁ〜、俺達の新しい人生をまずはマレーシアで乾杯しながら始めようぜ!』

『イェ〜〜〜〜イ!』

『じゃぁ、早速デスク関係からバラしちまおうぜ。』

ワイワイと、詐欺師達の撤収が始まった。




 週が明けて水曜日の昼過ぎ、奥村は石川に呼び出されてシガー倶楽部へ向かっていた。信じられない大金と、大量の金塊を手にして奥村は浮かれていた。新居の運転する車から降りて、奥村はシガー倶楽部の扉を軽やかに開ける。入って左奥の方に石川を見付けると、奥村はステップを踏む様に席へと向かった。

『どうも石川さん、お待たせしました。』

席に着く奥村を、石川は見上げながら返事をする。

『お疲れ様です奥村さん。うまくいった様ですね。』

奥村は、葉巻を口に咥えて火を着けた。

『ふう〜副社長からの入金をキッチリ五億確認した後、子飼いの半グレに引き出させて川治の所に運ばせました。振り込み人名義は、広瀬秀幸だったそうですよ。』

石川は、葉巻を咥えてにこやかに言った。

『お疲れさまでした。流石奥村さんですよ。会社の取締役会を巻き込んだ案件だったもんで、初めのうちは失礼承知で厳しくて嫌味ったらしく発破ををかけてしまいました。不愉快に思われたでしょうが、何卒お許し下さい。』

石川が深く頭を下げるので、奥村は少し驚きながら返事をした。

『えっ、ああそうだったんですか。とんでもないです、・・・・はい。』

『溝上本部長の方は、お任せします。お好きな様になさって下さい。副社長でこれだけ会社の金を使ってくれてたら、十二分に我々も動けますんで助かります。』

奥村が、ちょっと拍子抜けした感じで返す。

『えっと、そしたらここまでいいんですか?』

『はい、ここまでで大丈夫です。お疲れ様でした。それでは、分け前の金額について話し合いましょう。』

『おっ、そうですか。そいつは有難てぇ話しですな。』

 奥村が揉み手で返事をした。

『奥村さんは、幾らぐらい欲しいですか?』

石川は無表情で、且つ冷たい感じの話し方で奥村に聞く。

『ええ、そんな決めてくれよ石川さん。そりゃ、多ければ多い程いいけどさ。そんな訳にもいかねぇのは十分承知だよ。ただ筒井瞳から取りっぱぐれた分もあるからさ、それなりの金額でお願いしますよ。』

石川は、大きく葉巻を吹かし煙を吸い込んだ。

『ふぅ〜正仁会の事務所に、現金五億と金塊が二十キロですよね。それに、トランクルーム三箇所に四億ずつ。森高さんの所の金は、別として置いといて。』

そう言うと、石川は角二封筒を奥村の前に差し出した。

『これは・・・・・、何です?』

不思議そうに、奥村は聞いた。

『中にトランクルームの鍵と、キャリーケースの鍵が入っています。その内の二箇所分ですが、八個のキャリーケースがあるんで十分でしょう?』

『・・・・・ん?』

まだ何を言われているのか、理解出来ずにいる奥村に念を押すように言う。

『金塊を除いて、現金五億にキャリーケース八個で十三億。これ全部、奥村さんの取り分って事です。残りのキャリーケース四個と、森高さんへのサプライズ分は諦めて下さい。これからも、森高さんとの関係を続けて行きたいでしょう?』

『ああ、勿論だけど・・・・・そんなに貰っていいのかい?』

奥村は、目を見開いて聞いた。

『ええ、今回の奥村さんの働きに十分な報酬でしょう?十三億と、金塊も持って行って下さい。お疲れ様でした。』

奥村は、ゆっくり立ち上がりながら葉巻を揉み消した。

『では、これで失礼しますよ。また、よろしく御願いします。』

ニヤけ面を隠す様に、奥村がシガー倶楽部を出て行った。その後ろ姿を見送って、石川は大きく葉巻を吹かす。

『おい!うまくやれてんのか?』

聞き覚えのあるドスの効いた声に、石川は笑いを堪えながら振り向いた。

『何、来てたの?・・・・恭介さん。』

『ああ、奥の方で見てたよ。奥村の間抜け面も見たかったしな。でもあの馬鹿に、あんな大金やっちまって大丈夫かよ?』

本匠は、ソファーに腰掛けながら聞いた。

『って言うか、恭介さんが指示したんじゃん。それに、あの金持っててもヤバいだけだしね。』

『そうだな。アイツらにはそれ相応の金を持って、派手にパクられてもらわなきゃなんねぇ。いや、・・・・ド派手にな!』

本匠は大きく葉巻を吹かし、煙を吸い込んで石川に吹きかけた。

『ちょっ、恭介さんやめてよ。もう!』

本匠は、笑いながら見ている。

『さぁ〜て、あの姉〜ちゃんにそろそろ活躍してもらわねぇとな。』

『・・・・・んっ。ああ、探偵の?』

『そう。ショートカットの可愛い探偵さん。証拠写真を、バチバチ撮ってもらってんのさ。警察にも、情報流してもらわねぇといけねぇしな。お前も、特捜に動いてもらいたいんだろう?』

『うん。そこまでいけば完璧かな。』

本匠は石川を見て、また煙を吹きかけながら言う。

「もう・・・・やめてよぉ〜。』

『しかし、融の野郎は勘が鋭いからな・・・・・気を付けろよ。絶対に、お前は前に出るな。解ったな!』

『うん。有難う恭介さん。』

二人は、暫し葉巻を楽しんでその日は別れた。




 そして十日程が過ぎた木曜日、森高は副社長室に呼び出されていた。秘書を横目で睨み付け、ドアを叩く様にノックをした。そして、中からの情けない返事を待たずに入室する。

『今度は何なんですか?。・・・・・どうされました?』

森高はそろそろ時期であろうと見ていただけに、少し芝居がかって話している自分に酔いながら聞いた。

『森高君、助けてくれ。ちょっと困った事になってしまったんだ。』

勿論、森高には想定内の事だった。石川と奥村が、餌を蒔いた投資詐欺に騙された件であろうと。森高は、また小芝居まじりに話す。

『まあまあ、そんなに慌てないで下さいよ。また、研究開発費を使ってしまった事は分かりますよ。ですが、何がどうしたのかを説明しもらわないとねぇ。それで、お幾ら使われたんですか?埋め合わせ出来る金額なのでしょうねぇ?』

すると、広瀬は手のひらサイズのメモを差し出した。森高は、広瀬の差し出した金額を見て吹き出すのを堪えた。そして、舞台役者の様に言い放った。

『なっ、何なんですかこの金額は?』

石川から聞いているので特に驚く必要もないのだが、ここは事の重大性を理解してもらう為にも大きなリアクションが必要なのだ。額面は、五億円になっている。石川もいい仕事をしてくれたと、森高は思いながら言った。

『副社長!物事には限度があるでしょう?何なんですかこの金額は。何をすれば、こんな大金を・・・・・。』

青ざめた顔をして座っている広瀬に、森高は鋭利な言葉で畳み掛ける。

『今までの数百万の流用でも、補填するのに幾つかクッションを通して解らない様に補填していたんですよ?これは、やり過ぎでしょう?子供でも解りますよ!どうしてこうなる前に、御相談していただけなかったのですか?』

『・・・・・。』

『この前、裏カジノで一千万の借用をした分はどうしたのですか?』

『あの時は、・・・・・あの時には上手くいったんだ。』

森高は、訝しげに広瀬を見た。

『それで、・・・・・味をめたって事ですか。』

『・・・・・。』

『大体何に、こんな大金を使ったと言うのです?五億円ですよ?ギャンブルにしても大金過ぎますよね?まさか、マンションでも買ったなんて事ないですよね。』

『投資に・・・・、先物の投資で・・・・騙されたんだ。森高くん、私は騙されたんだよ。私は悪くないんだよ。騙されて、・・・・五億円を・・・・騙されて。』

『先物の投資?投資だろうがギャンブルだろうが、会社の金を使う事がマズイ事なんですよ。このままなら、訴えられる可能性もあるんですよ。私は騙されたんですって言って、許される問題じゃないんです。』

森高は、項垂れて黙りこくっている広瀬に畳み掛ける。

『こんな金額直ぐにバレるに決まっているじゃないですか?ただでさえ専務が溝上本部長の不正流用に気付いて息巻いている時期に、これじゃぁ見つけて下さいっと言ってる様なものですよ。』

森高は項垂れて無反応の広瀬に、畳み掛けているうちに気持ち良くなってハイになってきていた。まるで映画かドラマの弁護士の様に、言葉を武器に襲いかかる自分に酔いしれながら続ける。

『・・・・そもそも研究所に訳の解らない設備を試させたり、研究員の要望に応える形をとり金額的な差額を作ってからでないと。何もしてないのに、大金だけが無くなるとモロバレですよ?・・・・これは研究所に最新の設備投資をしないと計上できる金額じゃないし、中途半端な設備ですと億越える事はないでしょう。もうすぐ取締役会だっていう時なのに。本当、困った事をしてくれましたねぇ。』

森高は、ソファーから颯爽と立ち上がった。そして青ざめた顔の広瀬の方に、歩み寄り声のトーンを少し落として言った。

『兎に角、これ以上の流用はしないで下さい!細かい金の流れは確認させていただきます。いいですね、これ以上は絶対にやめて下さいよ!』

森高はドアへ向かい、軽く会釈をして部屋を出た。

『まぁ、今までお疲れ様でしたと言う事ですよ・・・・。それにしても、ゾクゾクしますねぇ。彼はどこまで、・・・・どこまで輝いていくんでしょう。』

そう呟きながら、森高は本部長室へ戻って行った。

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