第19話 闇の帝王

 五月も終盤になり、奈々美は本匠の張り付きをポイントを変えて続行していた。先日情報をもらってからも、奈々実が張り付いている事を気付いていながらもそのままにしてくれている。尾行時にチラ見はされるものの、お咎めを受ける事は無かった。

『何か余裕たっぷりだなぁ。どこから来るんだ、・・・・その余裕は?』

本匠は大企業の重役の様に、色んな業界のお偉いさんに会う毎日を過ごしている。そんな本匠の毎日に、奈々美は人知れず苦労をしていた。何しろ誰と会おうと会話の内容は分からないし、接見者が多過ぎて奈々美一人では・・・・。いや人数を増やしたとしても、警察規模の人員を投入しなければ無理であろうと。余りにも広範囲な人脈に、奈々美はお手上げの状態だった。

そんなある日、明らかに普段接見している人達とは違う種類の男が現れた。その男は八百万一家事務所の入り口を、オドオドした感じで入って行く。奈々美は、デジカメのシャッターを切りながら呟いた。

『・・・・・誰だろう?何か、どっかで見た様な感じの人だなぁ?』

普段は身なりの良い接見者が多いのだが、今事務所に入って行った男はカジュアルな服装に身を包んでいた。まるで自分と同業の人か、もしくは情報屋か雑誌関係の人の様だった。奈々美は、カメラのモニターを確認しながら小さく声を上げる。

『あっ・・・・・!』

奈々実が、同業者かと思うのも至極当然の事だった。本匠が国税局の男と料亭で会食をした時、身元を調べてくれた先輩探偵だったのだから。

『内村さんが、何でここに来たのかなぁ?』

内村芳之うちむらよしゆき四十歳、奈々美が独立するまで勤めていた探偵社の先輩探偵だ。

奈々美に色々教えてくれた、奈々美の師匠でもある。奈々実が呟きながら、ファインダーを覗き込んだ時に左肩を軽く叩かれた。

『・・・・・またか!』

奈々美は、見上げるように振り返った。

『探偵さん。総長がお呼びです。』

奈々美は溜め息を吐きながら立ち上がり、本匠の手下に付いて行った。事務所に入り見覚えのある広い部屋に通されると、ソファーに座る本匠と内村がいた。

『あっあれ!奈々美ちゃんじゃん。』

内村が少し腰を浮かべ、驚いた顔をして言った。奈々美は内村を宥める様に、左肩に軽く手をのせて隣に座る。

『内村さんは、原田ちゃんの先輩だろう?』

本匠がそう聞くと、奈々美は頷きながら応えた。

『本匠さんは、何でも御存知なんですねぇ。その通りですよ。独立前に所属していた事務所で、大変お世話になった先輩です。』

事の経緯いきさつを聞く為に、内村は招待されたと言う事である。

『でねぇ・・・・内村さんに説明するんだったら、原田ちゃんにも同席してもらおうって思ってね。まぁ、一度で終わらせようって事なんだけどさ。・・・・さて、内村さんの質問から聞いていきましょうか。』

本匠は、前のめりになって内村に催促した。

『そっそれでは、まず・・・・正仁会の奥村滋という人物の事からお伺いさせていただきます。数ヶ月前、この八百万一家の事務所に奥村が来ていると思います。いったい、どの様な用件でいらっしゃったんでしょうか。南州製薬絡みではなかったのか?そこの所をお伺いしたいのですが。』

内村が、レコーダーのスイッチを入れながら聞いた。

『ああ、あの時ねぇ。昔馴染みの陣内ってのがいてね、そいつの異母姉弟ってぇのが離婚する事になってさ。その事については、後から後輩の原田ちゃんに詳しく聞いてくれよ。彼女はそれで、俺に張り付いてるんだからさ。』

本匠は、軽く右手で奈々美を指して続ける。

『それでその姉貴ってぇのが南州製薬の森高融って奴と古い付き合いでさぁ、まぁ裏家業的な事を一緒にやってたんだけど。その事に、奥村がかんでたみたいなんだ。金絡みの事になって、裏切られて俺を頼ってきたって訳さ。』

『それで奥村を、・・・・・呼び出したと?』

内村が、本匠を恐る々見ながら言った。

『そうだよ。呼び出して、”お前何してくれてんの?”って事よ。俺らの業界じゃぁよくある事でね。』

本匠が、怖いくらいの笑顔で応えた。そのまま、顔を見ずに内村が聞く。

『本匠さんに注意されて、奥村は何と言ったんですか?』

本匠が咥えた煙草に手下が火を着け、大きく煙を吸い込むと内村に吹きかけながら応えた。

『内村さんも御存知でしょう?ウチらの業界では、組織の大きさや格によって暗黙の力関係が存在します。八百万と正仁会の規模を比べると、自ずと話は落ち着くものなんですよ。誠意を見せてくれって事で、身を引いてもらいましたよ。』

『それでは、森高融さんとの関係についてもよろしいですか?』

本匠は、煙草を吸いながら返した。

『彼は若い頃から知ってはいるけど、別に交流があった訳ではない。まぁ、昔っから漁夫の利を得るってやつかなぁ。金の匂いのする所には、必ず奴がいるって感じだったねぇ。いけ好かねえ奴でさっ、周りの奴に全部罪を引っ被らせるのが得意な奴だったよ。奥村の奴も、如何どうなるものやら。』

内村は、訝しげに聞いた。

『如何なるって言うのは、どういう事なんですか?』

本匠は、絶妙な間を取って静かに話し出した。

『内村さんさぁ、良い加減しらばっくれんのは止めようよ。話す気がなくなっちゃうからさぁ。気が付けば奥村だけが、警察沙汰になる状況が目に浮かぶって事に決まってんじゃないか。』

本匠は、煙草を揉み消しながら応えた。

『それで内村さん、森高と奥村の事はこれだけでよろしいんですか?貴方が尋ねたい事は解っていたので、もう少し突っ込んだ質問があるかと思っていました。このくらいでいいんですか?お終いですか?』

内村は、少し戸惑いながら探る様に聞いた。

『南州製薬の研究開発費不正流用の事について、本匠さんは何か聞いた事は御座いますか?または、その事で森高や奥村の名前、二人の関与の噂など耳にした事なんかは御座いませんか?』

本匠は、待ってましたとばかりの顔をして応えた。

『そうですよねぇ、やはりその事ですよねぇ。それではまず、正仁会の奥村について話しましょうか。 南州製薬さんの研究開発費なのかどうかは解りませんが、正仁会のゲーム屋(裏カジノ)に 南州製薬さんの副社長やら本部長やらがえらく通われている。この話しは、我々の業界では有名な話でしてねぇ。同じ様なシノギをしている我々には、本当に羨ましい話ですから。』

『羨ましいと言うと?』

『そりゃぁそうでしょう。この数ヶ月で、二人合わせてかなりの金額貸し付けてるって話ですよ。我々も、御相伴に預かりたいと思うに決まってるじゃないですか。会社の金だろうが何だろうが、それをのが我々の仕事なんですから。』

『正仁会の裏カジノですか・・・・・森高は?一緒にか一人ででも、そこの裏カジノに出入りしている噂はないんですか?』

勢いに乗って聞く内村に、本匠が笑いながら応える。

『ははっ・・・・・いや失敬々。森高の人となりを考えてみて下さいよ。もう少し奴の事を調べたら分かる筈ですが、奴は博打など打ちませんよ。絶対に自分の手は汚さないですし、自分が少しでも損をする事を嫌う奴ですから。必ず自分の身はギリギリ安全な場所に置き、取れるものを取ったら直ぐバイバイですよ。』

『そうなんですかぁ。』

少し肩を落とした内村に、本匠が静かに語りかける。

『でもねぇ、その他の事では耳にしていますよ。奴の名前をね。』

『ほっ本当ですか?・・・・・いっいったい、どんな話です?』

二人のやり取りを側で見ながら、奈々美は完全に本匠のペースで話がされている事に気付いた。奈々美は、”流石だわ”っと思いながら話に聞き入る。

『ゲーム屋には出入りしてないでしょうが、ゲーム屋を紹介したのは森高だろうって話はありますよ。だっさぁ、奥村との付き合いは十年以上あるんだからね。それに、副社長の愛人の話もあるし。』

『ちょっ・・・・・ちょっと待って下さい。・・・・・副社長の愛人ですか?その愛人も裏カジノに?』

本匠は、右手を振りながら応えた。

『違う違うよ。まだそこまでは、調べてなかったのか。ん〜、まぁいいか。その愛人てのが、奥村が紹介した投資会社で儲けてるって話があったんだ。』

『愛人が、・・・・儲かってるんですか?』

『そう、そんな話があったんだ。』

『・・・・・あったんだ!』

つい、奈々美が呟いてしまった。本匠は、笑いながら言う。

『はははっ、流石だねぇ原田ちゃん。内村先輩は、全く気付かなかったのに鋭いじゃんか。そう、原田ちゃんの言うとおり過去形なんだ。そのすぐ後の話さ、副社長共々その投資会社にはまっちまってさ。二月ふたつきもしないうちに、大金を騙されて泣き見てるって話が聞こえて来たんだ。』

内村が、呟くように聞いた。

『大金を・・・・ですか?』

『ああ、・・・大金だとさ。初めの頃は、数千万があっという間に儲かったって。二人とも、ウハウハだったらしいぜ。でもその後、何でも大きく賭けたらしいんだ。それで、その後・・・・・ボン!』

本匠は、両手で爆発する様な仕草を見せながら言った。また奈々美は、つい応えてしまった。

『あっ、・・・・・騙されたんだ!』

本匠が、勢い良く続ける。

『正解!その投資なんて、副社長と愛人をピンポイントで狙った節があるんだからねえ。そんでもう、その投資会社は無いって言うんだもん。引くにしても余りのも早過ぎるだろう?』

今度は、内村が呟く。

『・・・・・早過ぎる?』

本匠は、頷きながら続ける。

『基本的にデカい詐欺なんてのは、ターゲットを一人に絞るなんて仕事はしないもんなだよ。何でだか解るかなぁ内村さん?』

『えっと、・・・・・何でですか?』

本匠が、ニヤけながら続ける。

『誰が騙されるかなんて、そんなの分からないだろう?・・・・・だから不特定多数の人間に声を掛けて、少額でも多くの人から金を集めるんだよ。金を誰が、何時騙されて持って来るかなんて分からないしさ。それに騙されたとしても、銀行振り込みなのか直に持って来るのかもバラバラだ。バラバラの日時に、金額も何もかもバラバラになるだろう?だから、ある程度の期間粘って”とんこ”(逃げる事、トンズラ)しちゃうってのが定番なのさ。でも、今回のは違った・・・・。』

『どう違うんですか?』

『副社長達が大金を入金すると、あっという間にその会社消えちまったってさ。詐欺グループのやり口にしちゃ、あっさりし過ぎてるだろ?だから、話が回って来るのも早かったんだけどさ。そんでそのテナント契約してたのが、奥村の舎弟の新居って奴なんだってさ。分かるかい、内村さん?』

内村が、暫し考えながら応えた。

『南州製薬の副社長と愛人が、奥村に紹介された投資会社に騙された。それは、二人を的に絞って投資詐欺を計画的に持ちかけていた。って事ですか?』

『正解!』

『その上で、何でその二人が詐欺師に狙われたのかって事だ。この大都会東京の、一千万を越える都民の中からこの二人を選んだんだ。その理由は何なのかって事を考えると、何か見えてこないか?』

そう言うと、本匠は煙草を咥え手下に火を着けさせた。

『そうなると・・・・ふう〜、話が見えてこないかい?』

内村が、頷きながら言った。

『奥村が南州製薬の副社長とその愛人に、研究開発費の流用を見越して投資詐欺を持ちかけた。その餌として、裏カジノからじっくりと嵌め込んでいったっと言う事ですね。』

『あぁ、流石ベテランの探偵さんだ。察しが良いねえ。』

内村が、暫し考えをまとめながら聞く。

『しかし本匠さん、そんな大金を右から左に動かせるもんなのですか?監査を掻い潜れるもんなんですかねぇ?』

『まあ、今はネットバンキングであっという間だからなぁ。だが南州製薬の様な大企業は、会計監査人を設置してるだろ?二ヶ月に最低一度は、会計監査をする筈だ。その短い期間に、森高が帳尻合わせてやってたんじゃないのかな。恐らく今までは、数百万単位だった筈だ。じゃないと難しいからな。研究開発費と言うくらいだから設備投資とか何とか言って、見積りと施工価格の差額を作った筈だ。今回の金額は、大幅な設備投資計画かなんかをでっち上げてたのか。もしくは、数年前から新施設か何かを作る計画があったんじゃないのかな。俺には会社の内情までは解らないが、デカい金額の何かがあったんじゃないかと思うよ。それを、・・・副社長が流用した。』

『なるほどねぇ。やりようによっては、出来てしまうって事ですか。』

『まあ、こう言って外からは何とでも言えるけどな。実際には、そんな簡単な事ではない筈だ。会計監査人にしても、内部の経理担当にしてもそんなに馬鹿じゃないからな。そして、取締役会が最低年四回はあるだろうし。』

『今まで通り、森高がどうにかするんですかね?』

本匠は、大きく溜め息を吐きながら応える。

『ふう〜そうだけど・・・・・流石に森高でも無理だろう?金額知った時にはビビった筈だよ。この金額じゃぁ無理だってさ。少なくとも、小芝居くらいは打った筈さ。数百万単位でゲーム屋なり愛人に貢ぐなり、小者は小者なりの遊び方をしておけばよかったんだろうがねって。副社長は、見捨てられたんじゃないかな。』

内村が、不思議そうな顔で聞く。

『それで、その流用した大金って幾らなんですか?』

『噂じゃぁ、・・・・・五億だ!』

暫しの沈黙の後、内村が口を開いた。

『でも、会社の金を私用で使うなんて・・・・・あってはならない事かと。』

『内村さん、ベテランの探偵なのに世間知らずだねえ。世の中そういうものじゃないですか。会社の金だろうが、国民の税金だろうが横領・流用・何でもありなんですよ人間ってのは。しかも、大昔っからやってるんですよ。』

本匠は、真顔で内村に聞いた。

『ただ、今回のはちょっと違うだろう?』

訝しげに見る内村を、横目に本匠は続ける。

『森高は、せせら笑ってる筈さ。』

『えっ、何でですか?今頃躍起になって、埋め合わせをしようとしているんじゃないですんですかねぇ。』

本匠は、ニヤけながら言う。

『ないない、ある訳がない。だってこりゃぁ、森高と奥村が計画的に嵌め込んでるんだろうからさ。』

『何の為にです?』

『こんな金額、東京地検が動くに決まってるじゃん。その為に嵌め込んだに決まってるだろ。だから、あいつは何にもしないと思うよ。副社長が刑事告訴されて、その後取締役会が開かれるを待ってる筈さ。』

『・・・・・あっ!』

『内村さんが調べてるのは、そういう事を・・・・だろ。』

奈々美は、全てが本匠の筋書き通りに進んでいる気がしていた。




 翌週石川は、小山内に呼び出されていた。取締役会を見据えて、内部と外部の両方で調査を進めている。その事で調査報告の、信憑性を上げようと進言して以来の呼び出しになる。専務室のドアをノックして、秘書に確認を取る。秘書が内線で確認を取り入室を許されると、石川は奥のドアをノックした。

コンコンコンコン・・・・ガチャ。

『失礼致します。』

石川は深く一礼をして入室し、小山内の勧めでソファーに腰掛けた。

『石川君の紹介してくれた興信所の人、早速凄い報告してくれてねぇ。』

石川は副社長の調査にあたる際に、本匠から推薦された内村という探偵に連絡を取り小山内に勧めていた。本匠曰く、”オレに張り付いている探偵の先輩”だという事であったからだ。後々便利だから、と言う理由で内村という探偵に依頼を推薦したのだ。しかしこんなに早く報告を上げて来るとは、意外と優秀なのかなと石川は思った。

『そうなんですか?かなり早い報告ですねえ。』

小山内は、報告書に目を通しながら石川の対面に座った。

『かなり、・・・・・残念な報告なんだがね。ちょっと、見てくれないかな。』

そう言うと、小山内は石川の前に報告書を置いた。

『では、失礼致します。』

石川は報告書を見ながら、笑みが出て来るのを堪えるのに必死だった。それが自分達にとって、余りにも都合の良い事ばかりという内容なのだから。本匠が推薦するだけの事はある、そう思いながら一通り目を通して石川は言った。

『想像以上の金額ですねぇ。取締役会の前に会計監査がある筈ですが、その結果次第では刑事事件になるかもしれませんね。』

『そうなんだ。私も正直言って、我々では手に負えない規模だと思っているんだ。副社長の事は会計監査を待つとして、森高君の事は今のところ直接は関与していないって事しかないんだよね。』

石川は報告書から視線を上げて、小山内を真っ直ぐに見て言った。

『この投資詐欺、この事に関してなんですが。森高本部長の知人が関与していたという噂が御座いまして、今調査を進めているところなんです。』

『詐欺師側に、森高君の影が・・・・という事かい?』

『まだはっきりとした事は言えないのですが、私が管理させられている本部長のトランクルームが御座います。先日そちらに荷物を運ぶ手伝いをしたんですが、鍵が掛かったキャリーケースが数個御座いました。その中身を調べれば、本部長の関与を裏付けられるかもしれません。』

小山内は、不思議そうに言った。

『キャリーケースの中身で、何か解るのかい?』

石川は、一呼吸おいてゆっくり話す。

『キャリーケースの中身が、現金だったとしたら。億を超える金額の現金が出てくるとしたら。さすがに、金の出所を探る事になると思います。ただ、警察でもないのにそんな事は出来ません。そこで頭を悩ましている次第でして。』

『ん〜、どうすれば良いと思うかね。』

『私個人の考えを言わせていただくならば、それなりの捜査機関に捜査をしてもらうべきだと。刑事告訴を、検討してみては如何かと。』

『ん〜、解った。早急に手を打つ事にしよう。石川君はそのまま、森高君の調査を進めてくれたまえ。』

『畏まりました。では、失礼致します。』

石川は、深く頭を下げて部屋を出た。

『さぁ、ここからが本番だ。気合い入れないと。』

瞳を守る為の正念場がここであると、石川は再度気合を入れ直した。




 陣内は顔が青ざめながらも、それなりに対応出来たと思いたかった。いきなり、靖久に昼食に誘われたからである。

『陣内君!』

エレベーターの前で呼ぶ声に、振り返って心臓が止まったかと思う程胸が痛かった。なんせ、靖久が小走りに近寄りつつ話しかけて来たのだから。

『あっしゃっ、社長。おっ、・・・・お疲れ様です。』

靖久は、キョトンとしながらも笑顔で話しかけた。

『ちょっと話したい事があるんで、昼食を付き合ってくれないかなぁ?外に出ても、出前でも良いんだけどさ。どう?』

陣内は、ギクシャクしながら返事をした。

『はっ、ははい。では、お昼に社長室にお伺いします。』

『ん?・・・・・あぁ、じゃぁ頼んどくけど何食べる?』

『えっと、お任せします。』

『・・・・じゃぁ、天丼が良いかなぁ。結構いけるんで。天丼でいい?』

『はっ・・・・はい。』

『じゃぁ、昼に待ってますんでよろしく。』

『はい。失礼します。』

陣内は振り返って考えてみても、”情けない対応しちまった”っと恥ずかしくなってしまった。瞳の事情があるにしても、なんで自分までドキドキしなきゃいけないのかと思った。

『まったく。人間後ろめたい事があると、情けなくなるもんなんだな。』

陣内は、しみじみとそう思った。しかし話しって何の話なんだろうと考えると、ますます後ろめたくなってきた。

『あぁ姉貴もさぁ、もっと楽な離婚してくれよなぁ。こっちの身が持たねぇよ。』

陣内は喫煙ルームで一服して、気を落ち着かせてから仕事に戻った。




 飛鳥は、相沢から話しを聞いて思わず声が出てしまった。最近会社で話題になってはいたものの、ここまで話しが進んでいたのかと驚いたのだ。

『えっ!』

『ちょっと、主任。声出しちゃ駄目ですよ!』

飛鳥は、口を軽く手で押さえながら謝った。

『ごめんごめん。ちょっとびっくりしちゃった。でも、本当なの?その話。』

相沢は、声を抑えて話し出す。

『副社長がヤバいって、もっぱらの噂ですよ。秘書課で同期の子が、絶対間違いないって言ってたんですもん。先日専務が弁護士呼んで、刑事告訴の手続きを踏んでるって言ってたんです。』

『でも、さっき石川さんって言ってたじゃない。・・・・石川さんって、いつだか恵美ちゃん達と一緒に仕事した石川さんでしょ?』

『そうですよ。ですよ。』

相沢は、写真を撮るジェスチャーをしながら言った。

『だったら、やっぱり可笑しいじゃん。だって、恵美ちゃんも言ってたでしょう?近所のスーパーで、二人でいるとこよく見るって。その石川さんが、専務側で刑事告訴の準備に走り回ってるって変だよ。この前から思っていたんだけど、森高さんは副社長派の人だよ。その森高さんに公私共々一緒にいる石川さんが、派閥反対主義で有名な専務の下で動くっていうのは・・・・やっぱり変だよ。』

飛鳥はどう考えてもっていう感じで、ゆっくり首を振りながら言った。

『そう言われれば、そう〜なんですけど。秘書課の娘が言うにはその石川さんは、今だに足繁く専務室に出入りしてるって言ってましたよ。』

『へぇ〜、そうなんだぁ。』

飛鳥は、最近驚く事ばかりあって疲れるなと思った。それにしても、何の刑事告訴なのだろうかと思いながら仕事に戻っていった。




 時間を少し戻して、石川が小山内に探偵の内村を紹介する前。そこに至るには、人知れず本匠と奈々美のやり取りがあったのだ。探偵二人と三者面談をした二日後、本匠は石川からのラインを見て頬を緩ませていた。

『そろそろ頃合いかなっと。・・・・おい!』

隣の部屋にいる手下を呼んだ。

『失礼致します!』

『あぁ、そこら辺にいるだろう?あの探偵ちゃん呼んでこい。』

『はい!失礼します。』

手下が走って事務所を出て行くのを見ながら、本匠は煙草に火を着けた。

『ふう〜・・・・まずは、奥村から逝ってもらおうかなぁ。』

外を見ていると、手下が奈々美を連れて戻って来るのが見えた。ドタドタと、足音がすると扉がノックされた。

『失礼します。探偵さんを、お連れしました。』

手下が、深々と頭を下げる。

『おう、お疲れさん。』

扉が閉められ、奈々美がポツンと立っている。本匠がソファーに座るように勧めると、奈々美は落ち着かない様子で座った。

『さて、原田ちゃんは今何処まで掴んでるの?』

『何処までって、何の件ですか?』

『あぁそっか、南州製薬の件は何処まで掴んでる?』

奈々美は、首を振りながら応えた。

『本匠さんに頂いた資料と、内村さんからちょこっと聞いたくらいです。殆ど知りませんよ私は。』

『ん〜、そうかぁ。じゃぁ、内村先輩の援護になるように頑張んないとな。』

キョトンとして奈々美が聞いていると、本匠が数枚の写真を渡した。

『それ見てみなよ。何なんだか、解る?』

『ワインセーラーを・・・・解体してるんですか?』

『ん〜残念。・・・・よく見てごらん。』

そう言われてよく見てみると、ワインセーラーの背板のところに何やら敷き詰められている。

『保温剤か何か?・・・・んっ。・・・・・札束?』

本匠が、ニヤリとして話し出した。

『そう、金だよ。面白いだろう?ワインだけじゃ物足りなくって、金も保管出来る万能型のワインセーラーだ。幾らくらいあると思う?』

奈々美は、適当に応えた。

『五百万円くらいですか?』

本匠は、奈々美の顔を見て笑いながら言った。

『ハハハッ、そうかそうか写真じゃ実感湧かないかな。・・・・このワインセーラーの背中面は、幅六十八センチ奥に八センチ。そんで高さが、千八百二十五ミリになっている。簡単に言うと、六十八センチ掛け八センチの空洞があるんだ。元々そこに入っていた保温剤を抜いてな。そんで、その空洞に金入れてる写真だよ。ピン札の束を四束まとめて、ビニールでラッピングされて入れてあるんだとさ。その塊が、計二十五個。さて幾らだ?』

『二十五個って・・・・いっ一億じゃないですか!』

奈々美は、少し声を張って言ってしまった。

『大正解だ!原田ちゃん、次はこっちだ。』

そう言って本匠は、また写真を奈々美に渡した。

『これは、普通に金庫じゃないっすか。何処のか分からないですけど・・・・本匠さんの金庫の中ですか?』

本匠は、少し驚きながらも笑いながら言った。

『ハハッ・・・・やっぱ原田ちゃん面白いねぇ。普通筋モノ相手に、そんな事冗談でも言えねぇよ?ハハハッ・・・・だけど惜しいちゃ惜しいな。ヤクザの組事務所の金庫ではあるんだけど、ウチのじゃねぇんだ。』

本匠は、煙草を咥えて火を着けた。

『ふう〜・・・・その組事務所なぁ、外も中もカメラでバッチバッチ監視してるんだけどさ。そのカメラから、覗いてる奴がいるんだよ。パソコンを完璧に使いこなす、そんな奴の中にも悪い奴ってのはいるもんでねぇ。怖いよなぁ!防犯の為に設置しているカメラが、外からの覗き見されるカメラに変わっちゃうんだよ。』

奈々美は、驚きながら言った。

『でっでも、さっきの札束の何倍もありますよこの金庫。それに、金塊も凄い数あるじゃないですか。』

『そうだなぁ〜ざっと現金が五億、それと金塊が二十キロ。そんだけの物が、その金庫の中に入っている。』

『なっ・・・・五億と二十キロ・・・・奪っちゃうんですか?』

本匠は、流石にキョトンとして奈々美を見た。

『フフッ、奪うんだったら態々写真なんか見せねぇよ。本当面白いなぁ。まぁ、盗んでもこっちがヤバくなる金なんだよこの金は。最近そんな話しなかったっけ。どっかの馬鹿なオッサンが、愛人共々騙されたって話。そんでそのオッサンに、投資詐欺の会社紹介した奴らがいるってさ。』

奈々美は、暫く考えた。投資詐欺の話?はて・・・・・

『五億と金塊・・・・?五億・・・・?』

業を煮やして、本匠がヒントを言った。

『五億円、詐欺師に騙された奴いなかったか? どっかのオッサンと愛人が、会社の金くすねた金額と同じじゃねぇか?』

『あっ!・・・・・そのお金だ!』

本匠は、煙草を揉み消しながら言った。

『ふう〜そんな金、俺が奪う訳ねぇだろ?』

奈々美は、項垂れながら返事をした。

『はい。・・・・・そうですよね。』

『・・・・・じゃあどうすると思う?』

奈々美は、・・・・即答した。

『 南州製薬に、内村さんを通して写真を渡す。そして、弁護士に刑事告訴させる資料に使わせる。』

『上出来だ。そして、最後にこいつだ。』

本匠は、また奈々美に数枚の写真と書類を渡した。奈々美は、写真を見ながら言う。

『誰なんですかぁ?トランクルームになんか運んでますけど、まさかこれもお金なんですか?ん・・・・奥村って人じゃないですか?』

『ん、どっちも正解だ。キャリアケースの中身は金で、運んでるのは奥村と舎弟の新居だ。金庫の他に、このトランクルームにも金を保管してるって事だ。まぁ、数カ所に分けて保管してるって事だろう。』

『これも、内村さんに渡すんですね。って言うか、直接内村さんに渡してあげればいいじゃないですか?なんで、私なんですか?』

本匠は、ニヤリとしながら応えた。

『まぁ、書類も見てみろよ。そしたら分かるよ。』

奈々美は、言われた通りに書類に目を通した。

『これって、帳簿と顧客リストみたいですね。・・・・って、筒井瞳のやってた商売のやつですかこれ?』

『ん〜残念。惜しいんだけど違う。それは森高と奥村がやってた、男の同性愛者向けの顧客リストと帳簿だ。』

『これを、・・・・・どうしろと?』

『今渡した写真と書類は、二組に分けて使ってくれ。まず奥村の金庫とトランクルームの写真は、内村に渡して南州製薬の顧問弁護士に渡るように使ってくれ。帳簿と顧客リスト、そしてワインセーラーの写真。これは、原田ちゃん仲良しの恵比寿警察署の本多だっけ。そのデコ助刑事に渡してやれよ。この前渡した、USBメモリーの中身と合わせたら森高は逃げきんないぜ。』

奈々美は、ゾッとした。この全てを計算したかの様な、本匠の計画と情報力に。

『本匠さんから以前頂いたUSBメモリーの情報を、何で私が本多刑事に教えたと思ったんですか?』

本匠は、奈々美をにこやかに見ながら優しい口調で言った。

『なんでそう思うかって、思った訳じゃないさ。だって、プリントアウトして渡してたじゃんか。筒井瞳のマンションの所でさ。』

奈々美は探偵である。それもアルバイト時代から数えて、十年は経験を積んでいる探偵だ。昨日今日始めた、駆け出しの新米君ではないのだ。当然身の周り人の気配から尾行まで、いつも全てを用心していたのである。なのに気付けなかった?

奈々美は、背筋に寒気を感じながら本匠に言った。

『全てを、御存知なんですね。』

本匠は、ソファーに深く座り直して微笑みながら言う。

『原田ちゃん。俺達ゃヤクザだよ。・・・・ヤ・ク・ザ。ヤクザってのはね、”悪い事をするプロ”なんだよ。ハハハッ・・・・。』

爽やかに言ってのける本匠を見て、奈々美はプロの恐ろしさを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る