第11話 虚像の黒幕

 水曜日の昼下がり、飛鳥は相沢とランチを摂りに会社を出ていた。暫くして相沢が、内緒話とばかりに小声で話してくる。

『主任。私最近変なのを、しょっちゅう見る様になっちゃんたんですよぉ。』

『何?変なの?・・・・何見るの?』

飛鳥が不思議そうに聞くと、相沢は顰めっ面で応えた。

『最近面倒臭いし会社から近いのもあって、彼氏の家から通っているんですよ。』

『うん。』

『そしたら、キモ男森高と石川さんによく会うって言うか。よく見かけるようになったんです。』

『えっ。・・・・・二人でいるの?』

飛鳥は、ビックリして声が大きくなった。相沢は、頷きながら続ける。

『特に週末なんかは、スーパーとかで買い物していると見かけるんですよ。二人で買い物しているところを。それに週末じゃなくても、石川さんをよく見かけます。向こうは、私の事を覚えていないみたいですけどね。本当に、しょっちゅう見かける様になったんです。』

すると相沢は、飛鳥に顔を近付けて囁いた。

『これって、あれですよねぇ?んっと〜・・・・、絶対そうですよねぇ。私、噂で聞いた事ありますもん。キモ男は、バイセクシュアルって。』

飛鳥は数年前に、仕事に託けて口説かれた事を思い出しながら返す。

『まあ、私も聞いたことはあるけど・・・・。それでスーパーって、二人で買い物をしてるの?』

相沢は、”うんうん”とい頷いて応えた。

「仕事上の関係だけではなく、休日の買い物も一緒にいるとなると・・・・・。」

飛鳥は相沢の言う事も、それに噂にしてもあながち間違ってはいないかと思った。

『まぁ別に犯罪じゃないんだし、個人の趣味趣向は自由だからね。』

飛鳥は相沢にありきたりな返しをして、年末に森高に誘われた食事会の事を思い返していた。その後長崎倶楽部で動画を撮られた、あの金曜の夜の事を。

 あの時森高は、神戸牛の鉄板焼き店からタクシーに乗って帰った。それも、長崎倶楽部とは反対方向へ。そして飛鳥も直ぐにタクシーに乗ったが、反対車線に渡ってタクシーを拾った。そして長崎倶楽部に着いて、靖久と店を出るまでの時間はいいとこ二十分位だ。あの時から気になっていた違和感が、沸々と飛鳥を襲い出した時に気が付いた。いつだったか、靖久が言っていた事を。

「まるで、動画撮る為に皆んな長崎倶楽部に来たって感じやね。」

そうなのだ、本当にその為になんだと飛鳥は思った。探偵の原田から、「偶然にも奇妙な人間関係が自分達二人の周りに展開している。」っと指摘された。自分と靖久が出逢った事は、恥ずかしいが運命なんだろうと思う。そして、瞳はその事に気付がいて調べ出した。石川さんや森高さん、そして異母兄弟の人にも頼んで調べる事にした。向こうには向こうで、また違った人間関係があるのだろう。靖久が原田に頼んだ様に、瞳も探偵に依頼しておかしくない状況でも自分達で調べる事にしたのだから。だとすればあの食事会さえも、瞳絡みで仕掛けられていたという事ではないのか?

そこまで考えたところで、飛鳥にはまだ不可解な事もある。瞳が協議離婚を有利に運ぶ為に、いろんな事を調べるのは当然だとしても。この間のあの電話、あの「さっさと」っと言ったように急いでいる感じは何なんだろう?協議離婚だって、靖久は全面的に認めているのだから何も焦る事はない筈なのに。そして、殆どのものを無条件で手放すだろう。瞳はこのまま黙っていても、圧倒的に有利な離婚を出来る筈なのだ。やばいビジネスがあるから、早く済ませようとしているのか?

何か、別の狙いがあるのかな?でも、・・・・・何の?

飛鳥は、瞳が何を気にして焦っているのかが全く分からなかった。ヤバいビジネスの事は、調べればバレる事だとは分かっているだろう。もしかしたら、まだ靖久に知られたらマズイ隠し事があるのかな?

そこまで考えた時に、遠くの方から相沢の声がかすかに聞こえてきた。

『主任?主任。・・・・・飛鳥さん!』

相沢に呼ばれて、・・・・・飛鳥は我に返った。

『あっ、ごめんごめん。ちょっと考え事してた。ごめん!』

深い々闇がある事を、飛鳥はまだ知らなかった。




 靖久は、加藤が入院した為に一人で昼食を摂っていた。加藤の一言で瞳の調査を依頼し、知らなかった事が出てきだしている。本当に大変な時期に、気苦労をかけたと感謝していた。一人で食事しながらふと、加藤に言われた事を思い出した。「優樹君と葵ちゃんの事をちゃんと考えてあげて下さい」っと。

そう、二人の子供の事を忘れてはいけない。瞳のビジネスには脅かされたが、それに気を取られ過ぎると子供達が話の中から外れてしまいそうになる。

靖久は、落ち着いて考えてみた。

まずは他の事を除外して、離婚をする事だけを前提にして考えてみる。すると二人の親権は、当然瞳になるだろう。基本的には母親が親権を持つ事が多いらしい、それに根本的な離婚理由は自分の不倫なのだから。瞳と石川の事を差っ引いても、靖久は自分が悪いと思っている。

じゃあ、現状を鑑みてみるとどうだ?子供達がどっちにも行けずに、宙ぶらりんになってしまうのではないか?

今の状況は、まさにこの状態だと靖久は思っている。瞳の事を調べてもらってる間に、子供達の親権について飛鳥に相談してみようと靖久は決心した。

『でも、言い出しにくいよなぁ。・・・・・さすがになぁ・・・・・』

靖久は昼食を終え、仕事モードにギアを入れながら呟いた。




 玲子は玲子で、二人の孫を持つ身として頭を悩ませていた。とう言うのも、加藤の入院に伴って頼みの綱を失ってしまったからだ。

現状として、瞳は何も語らずに家に閉じ籠っている。玲子には、何も出来ない状態になってしまっていたからである。離婚は、二人で勝手にすればいい。だが優樹と葵は、私が守ってやらなければあまりにも可哀想だと思っていた。

『私が、引き取って育てるわ。それが一番良いのよ。』

そう思う玲子の、一番の心配は自分の年齢だ。もうすぐ六十九歳になる事を考えると、そう楽観的にはいられないものである。子育ての経験は、失敗したのであろうが瞳で経験している。優樹と葵を、しっかり育て上げる自信はある。瞳で失敗した事が、良い教訓になっているからだ。だが経験を積んだ分、歳をとってしまった。二人の孫がある程度、手が掛からなくなるまでと考えると十年くらいだろう。あと十年くらい、自分が健康でいられる保証など何もない。それが気になりながらも、玲子の決意は固かった。

『私が頑張ってあげないと、あの子達が余りにも可哀想じゃない。』

玲子は、目を潤ませながら呟いた。




 飛鳥と靖久は、部屋で夕食を摂っていた。最近は飛鳥の部屋で夕食を摂る事が多く、二人でじっくり話す時間も増えていた。

『ヤス君さぁ。』

『うん?』

『奥さんに見せられた、動画の事で思ったんだけど・・・・。』

『・・・・・何?』

靖久が、顔を上げて聞いた。

『ヤス君がさぁ、皆んな動画撮る為に長崎倶楽部に集まったっぽいネェって言ってたじゃない?』

『ああ、そうだったね。』

『あれって、本当にそうなんじゃない?』

『・・・って言うと?』

『証拠動画を撮る為に、森高さんも石川さんも長崎倶楽部に来たって事。』

『んっ・・・・・石川って人は?』

『ん〜・・・・石川さんが、動画撮ってたんじゃないのかなぁ。それだと、スッキリするんだよねぇ。全部が。』

『そうなの?でも、何でそんな事を?っていうか、プロに頼めばいいじゃん?』

『うん、そう。私もそれが気になっていたんだけど、奥さんの事を中心に考えてみたら何となく分かってきたの。』

靖久を見ながら、飛鳥が続ける。

『まずヤス君の不倫に気付いた奥さんは、石川さんや森高さん達に頼んで私の事を調べさせた。それくらい、強い信頼関係があるんじゃないのかな。この時には、まだ私の詳細は分かっていなかったので偶然だと思うの。そして少しずつ分かってきて、十二月の食事会後の動画に繋がると思うの。』

靖久は、手を止めて聞きだした。

『うん、それで?』

『それで、ヤス君をホテルに呼び出して動画を見せるじゃない。ここまでは、奥さんの計画通りだと思うの。』

靖久は、飛鳥を見ながら頷く。

『ここまではって事は、何か予定外の事があったって事?』

『うん、恐らくね。その予定外の事が、何かは分からないけどね。だから私に、電話をかけてきたと思うの。』

『ああ、仕事中にかけてきて凄んだヤツ?』

飛鳥は、頷きながら続ける。

『何か予定外の事があったから、電話で言っていた様な「さっさと終わらせる」みたいな焦りが出てきたんじゃないかなぁ。』

『焦りねぇ・・・・・。』

『・・・・・そう。やばいビジネス以外で、何かヤス君に知られたくない事があるんじゃないかなぁ。』

靖久が、少し驚いて返す。

『えっ・・・・・、まだ何かあんの?奥様達に若い男子紹介して、警察に捕まりそうになっている以外にまだあんの?』

飛鳥は、口を尖らせて言った。

『そこなんだけどぉ〜、奥さんのヤバいビジネスの他にも何か・・・・何か知られたくない事があるんじゃない。じゃないと、可笑しいもん!』

『何かかぁ・・・・ん〜借金とか?』

『ナイナイ!マルサに狙われてるんでしょ?それはないよ。』

『あぁ〜金は有るからそれはないって?あぁ〜俺も言いてぇ〜。』

『ははっ、でも何かありそうなんだよなぁ?』

ここまできて、飛鳥の推理が頓挫した。

そこで・・・・・靖久が言い難そうに口を開いた。

『飛鳥ちゃんさぁ、子供の事で話したい事あるんだ。』

『んっ、・・・・・なぁに?』

靖久が、キリッとした顔をして言った。

『もし瞳が警察や税務署やらで、離婚以外の裁判をしなきゃいけなくなったら。子供二人を、引き取りたいと思ってるんだ。勿論子供達の話も聞いた上で、結論を出さなきゃいけないのは分かってるんだけどね。』

靖久が、続ける。

『飛鳥ちゃんには嫌な話だと思うんだけど、俺が子供にしてやんなきゃ誰がやるんだって思ってさ。でも、まず飛鳥ちゃんに相談をしてからって思って。』

硬い表情の靖久に、飛鳥が優しく語りかける。

『うん。子供達の話が、置いてきぼりになっちゃうのは良くないよね。うん、いいよ。ヤス君の子供達だもん。私は、全然大丈夫。』

靖久は、ほっとした顔をして・・・・・

『有り難う。まぁ、どうなるかは分かんないんだけどね。取り敢えずは、原田さんの報告を待ってからなんだけどさ。』

靖久は、飛鳥の反応に安堵した。



 昼休みの喫煙室、陣内は瞳に電話をしていた。思っていた以上に、緊迫した状態になっている為心配しているのだ。昨年末、喧嘩別れをして以来の電話になる。

『そんでさ、恭介に頼んで動いてもらうことになったからさ。頼むから、じっとしといてくれよ。実家にも行かずに、兎に角籠っといてくれ。この期間に、姉貴が動いてないって既成事実が一番大事なんだから。絶対にだぞ!』

語気が強くなった自分に気が付いて、陣内はゆっくり周りを見回した。そして、声のトーンを少し落として続ける。

『姉貴さぁ、社長とは連絡取ってんの?』

『 取ってない・・・・・。』

『ああ〜そうなんだ。別に無理して連絡取んなくていいんだ。出来れば俺に恭介から連絡あるまで、こっちの準備が出来る迄は連絡しないで欲しいんだ。』

『 分かった。』

『向こうから連絡してきちまったらしょうがねぇけど、それでも突っ込んだ話は避けて欲しいんだ。』

『 うん・・・・。』

『恭介が、色々やってくれてっからそれまで待てよ。俺も睦も恭介も、皆んな姉貴の為に動いてんだからな。暫く大人しくしといてくれよ。今までの罪滅ぼしに、優樹と葵に優しくしてやっとけよ。』

『 うん、分かった。』

『ああ、じゃぁ頼んだぞ。マジで動くなよな。警察は、ずっと姉貴を見張ってるみたいだからな。それと、・・・・・今日仕事終わったらそっちに行くから。』

『えっ・・・・・!』

『ん〜色々考えて恭介や睦じゃ無理だから、俺が少し接触しておいた方がいいみたいなんだ。その分、睦が動きやすくなる。』

『・・・・・分かった。待ってるね。』

『優樹と葵に、ケーキでも買っていくんでさ。学校から帰って来ても、おやつ与えんなよな。でも、内緒だぞ。』

『・・・・・うん、ありがとう。』

陣内は電話を切って、大きく煙草を吸い込んだ。

『ふぅ〜、ヒリヒリすんなぁ。』

そう言うと、陣内は午後の仕事に向かった。




 夕方まで軽く休んだ奈々美は、陣内の尾行に戻っていた。彼はここ数年間、瞳のビジネスには全く関与していない。その事は間違いないので、警察のマークも緩くなっている。そんな陣内の事が、奈々美にはどうしても気になっていた。

石川とも会わない様にしているのだろう、退社後も一人で行動する事が多い。そんな陣内が、最近唯一会っている男が本匠である。昔からの親友だとしても、この時期に会うからには何か理由があるに違いない。しかし、そこは流石に相手もプロである。自分の店の個室に入って話をしている様で、何を話しているかが全く掴めないでいた。

『ん〜、こりゃぁ本匠にも張り付かないといけないなぁ。』

瞳の絶体絶命な現状を変えるには、そんじょそこらの工作じゃあ効き目がないだろう。本匠恭介といえば、業界では有名な裏社会の顔である。強烈なスパイスを効かせて現状を打破しようとするのならば、打って付けの人物である。

奈々美は、スタッフの割り振りをうまく調整している。それでも張り付き対象がこうも増えてくると、人員を増やすか対象を絞るかの判断をしなくてはならない。増やすとなるとまた経費の御相談っという事になるので、現状としては対象を絞って調査をしていくしかない。

っと・・・・・事務所の経営にも頭を割きながら、奈々美は仕事をしているのである。

『あちゃ〜こっちの方は、・・・・修行してないんだよなぁ〜!』

原田探偵事務所は、船出早々難しい舵取りを迫られていた。

『ふう〜・・・』

奈々美は溜め息を吐きながら、石川に張り付いているスタッフからのラインを確認した。どうやら、一番活発に動いているのは石川らしい。詳しい内容を聞く為に、奈々美はスタッフに電話をする。

『もしもし、お疲れ様です。原田です。』

『 ・・・・。』

『はぁ、はい。はぁ、なるほど。・・・・・ん!それって、誰名義のトランクルームなんですか?』

『・・・・。』

『えっ、瞳名義じゃないんですか?・・・・・名義は森高融!』

『 ・・・・。』

『はい、了解です。あ、あと交代時間とかの事なんですけど・・・・・・・』

奈々美は張り付きの割り振りや、交代時間等の事務的な事を話して電話を切った。明日からは暫く、陣内と石川と本匠の三人に絞って張り付く事にする。筒井瞳に関する、全ての事を依頼主に報告する為に。それが、離婚協議に有効な情報になる。そう奈々美は判断した。

そんなやり取りをしながら尾行を続けていると、陣内がいつもとは違う方向に歩き出したのが分かった。

『ん?・・・・・どうしたんですか陣内さん?』

奈々美は、足取り軽くその後を尾けて行く。いつもとは違う地下鉄に乗って、乗り換えをして向かう先は・・・・・。

『・・・・ん?これって、・・・・・』

奈々美に、ピンっと電気が走ったかの様なひらめきが襲った。

『瞳の家に行くつもりだ!』

奈々美は瞳に張り付いているスタッフに電話をし、そちらに向かっている事と明日からの事務的な連絡をしながら後を追った。

駅から瞳の家迄は、そんなに離れてはいない。奈々美はいつも以上に尾行対象者から距離を置き、視界の端ギリギリに陣内を捉えながら後を追った。

瞳のマンションに着き、オートロックを解除してもらい陣内が中へと入って行くのを確認した。奈々美は、駅前に戻って差し入れを調達してから現場に戻る。スタッフを探していると、後ろから囁き声がした。

『お疲れ〜原田ちゃん。』

肩を叩き、声かけて来たのは本多刑事だった。

『あっ、お疲れ様です。これ皆さんでどうぞ。』

奈々美は結構な量と、それ也の質のある差し入れを本多に渡した。

『をぉ〜、いつも有難うねぇ!いただきます。』

待ってましたとばかりに、差し入れに飛びつく本多に奈々美は話しかけた。

『陣内が瞳の家に来るのって、おそらく初めてなんじゃないんですかね?』

差し入れの”天むす”をむさぼりながら、本多がウンウンと頷く。

『何の相談なんでしょうねぇ〜。』

新たな局面を予感しながら、張り込みは続いていった。




 靖久は、仕事を終えて弁護士と会っていた。なんでも、瞳の事で少し話をしたい事があると呼び出されたのだ。瞳側の弁護士が、瞳となかなか連絡が取れずに困っていると言うのである。しかも自宅に赴いたところ、面会を断られた言うのだ。相手側の弁護士曰く、瞳と話し合いが出来ておらずに困っているのだと。その影響で弁護士同士でのすり合わせが、今のところストップしてしまっていると言うのである。それで靖久に、瞳から何だかの連絡はないのかと聞いてきたのだ。

まぁ「弁護士を通しての話し合いだから、直接会わないでくれ」と、「あなたに言われていたのだけどねぇ」と靖久は思った。それでなくても、自分に瞳から連絡があるなど考えられない。瞳との話し合いも勿論なのだが、靖久は子供達がどうなっているのかが気になって仕方がなかった。

『瞳も子供達も、元気にはしてるんですか?』

弁護士曰く、

『子供さん達は、元気に学校へ行ってる様です。奥さんも買い物などはしている様ですが、それ以外は全く外出はしてない様ですね。奥さんの健康に問題がある訳ではないみたいですが、なぜか話し合いなどには一切応じてくれないんです。』

『こちらから、瞳に連絡した方がよろしいですか?』

弁護士は、暫し考えて応えた。

『いえ、もう暫く様子を見ましょう。』

結局暫くは弁護士任せで進めて行くという事になり、我々の離婚に向けての前途は多難のままだ。靖久は弁護士事務所を出て、物思いに耽りながら歩きだした。

それにしても、瞳は何故弁護士との話し合いさえも拒んでいるのだろうか。警察に見張られている事があっても、自宅にまで来た弁護士を拒否するなんて。

靖久は、飛鳥の推理を思い返した。瞳には、「まだ隠している事」があるのではないのかと。弁護士との経緯を聞くと、靖久もそう思わざるを得ない。だがヤバいビジネスで警察見張られ、怖い連中に絡まれる事以外に何が?

靖久には、これ以上何があるのか見当もつかなかった。まあ想像も出来ない事だから、秘密に出来るんだろうが。

 そして、離婚を急いでいる様な事も。心理的に、浮気をした男と早く縁を切りたいのは分かる。だがその為には子供の事や慰謝料・財産分与など、細かく弁護士と話し合わなければならない。その上で、弁護士を交えて協議をしていくのだから。なのに、その弁護士と会おうともしない。しかも靖久の依頼した弁護士だけではなく、瞳方の弁護士とも上手くいっていないとなると矛盾が生じる。早く解決したいのなら、瞳のっている行動は真逆だ。そこに飛鳥の感じる、瞳の秘密があるのかもしれない。

靖久はそう考えながら、地下鉄の駅へと歩いて行った。




 陣内は、瞳のマンションに初めて来ていた。余り公にしたくない関係だった為、外で陣内夫婦と瞳が子供連れで食事をする事はあった。だが、瞳のマンションに来るなど今迄は想像もしなかった事である。

『お邪魔しま〜す。』

静かに陣内が部屋に入ると、二人の子供達が激しく歓迎してくれた。

『おじちゃ〜ん!久しぶりダァ〜!』

陣内は、お土産に買ってきたケーキを渡した。

『ほら、優樹は苺好きだろ。葵にはピーチだ。冷蔵庫に入れとけ。』

『やったぁ〜。有難うおじちゃん。』

小躍りしながら、子供達が喜んでいる。

『悪いね。有難うねぇ、敬・・・・・。』

瞳には、全く覇気が感じられない。

『おう、良いって。こんな時に、社長は帰って来れないだろう?それに、睦に至ってはもっと来ちゃいけね〜だろうからさ。アイツらの顔も、見たかったしな〜。』

陣内は、優樹と葵の方を見ながら言った。瞳は、少し微笑んんでソファーに座った。

『それに俺達が姉弟だなんて事、もうとっくにバレてんだろうしさ。他の事も結構バレてんだろうし、俺が姉貴に会う事で睦や恭介が動きやすくなるからさ。』

陣内は子供達が紅茶を淹れる準備をしたりして、キッチンではしゃいでいるのを確認しながら話を続ける。

『睦に管理させてた金な・・・・・あれトランクルームに移したからさ。』

瞳が、訝しげに陣内をみる。

『それを・・・・・恭介に頼んで、姉貴のに全部引っぱってもらうってさ。その事で、二人には色々動いてもらってるんだ。』

『黒幕なんて、・・・・・いないじゃん。』

瞳がそう言うと、囁く様に陣内が応えた。

『作るんだよ、その黒幕を!』

『えっ、何言ってんの?そんなの、出来る訳ないじゃん!』

語気が強まった瞳を、諌めながら陣内が言う。

『それを、作ってんだよ俺達で。だから姉貴には、大人しくしててもらわなきゃ困るんだよ。マジで!もう少し、時間が掛かるからさぁ。』

瞳は、不安気に陣内を見て言った。

『分かったけど、出来るのかなぁそんな事?』

『やるんだよ!じゃなきゃ離婚だとか何だとか、それどころじゃねぇじゃんかよ。実際問題社長との離婚問題よりも先に、姉貴がこのピンチをどうかわすかが優先される問題だろ。・・・・いや、こっちの方が大問題なんだから。』

陣内は、そのまま続ける。

『姉貴が持って行かれると(逮捕されると)、優樹と葵はどうすればいいんだ?』

瞳は、俯きながら呟く。

『えっ、・・・・・うん。そうだけど・・・・・。』

『この事に関しちゃ優樹と葵が、姉貴がやってきた事を知らされちまうって事なんだぞ。そうなる事が、一番の問題だろ?まだ十一歳と八歳だぞ?可哀想過ぎるだろうが!』

『 ・・・・うん。』

『それに、・・・・・他の件もあるんだし。俺も、それ聞いた時にはキレたけどさぁ。そっちの問題は、まだ時期尚早だろうからな。アイツらがある程度大人になって、判断できる歳になる迄は話す事じゃねぇんじゃねぇからな。』

『 ・・・・うん。』

『社長や向こうの弁護士に、これ知られたらどうするんだ?逆に訴えられるんじゃねぇか?離婚に関しちゃ、俺は直接何も言えないけどさ。アイツらの事考えてやれよ。先ずは、睦と恭介の準備が終わるまで大人しくしてを片付ける。そうしてやっと、社長と向かい合う事が出来るんじゃねぇのかな。』

『うん。分かった。』

『あと、金の事なんだけど。ほぼ諦めなくちゃいけねぇんだ。』

『うん。』

『黒幕がパクられるにしても、金持って無い黒幕が捕まっても可笑しいだろ?疑われるだけじゃん!だから、そいつに結構な額の金持って捕まってもらう。そんで、恭介のとこにもある程度持っていかれる。その代わり、正仁会に関しちゃ全部面倒見てくれるって言うからさ。任せようぜ!』

『うん。分かった。』

陣内は、ソファーに深く身を沈めた。そして、大きく息を吐きながら続ける。

『ふぅ〜あと、専務の加藤さんなんだけど。』

『ああ、加藤のおじさん?』

『腰にヘルニア持ってて、今入院してるんだけどさ。』

『ええ、入院って。・・・・手術すんの?』

『ああ、暫く入院するらしいんだけど。入院前に、呑みながら話す機会があってさぁ。その時に聞かれたんだよ、・・・・・姉貴の事。』

瞳は、訝しげに陣内を見た。

『・・・・・何を?』

『全部知ってる感じだったよ。そんで、姉貴の事を大園夫人に頼まれたって言ってたんだ。どうにかしてあげたいけど、二人の問題だからサポート出来る事だったら助けたいって言ってたよ。』

『ええっ、・・・・・あぁ〜そうなんだぁ〜。』

瞳は、力なく天井を見上げた。それを見ながら、陣内は小さく頷きながら続ける。

『そんで、思ったんだけど。社長、加藤さんから聞いて知ってるかもしんねぇぞ。姉貴の事全部。』

『はぁ?あたしの、・・・・・・何を?』

『全部だよ。睦の事も、裏の事も全部さ。もしかしたら、本当に全部知ってるかもしんねぇよ?』

『まさか・・・・・?・・・・・何でよ?』

『ん〜だって、加藤さんは知ってたんだぞ。社長と専務って、よく昼飯食うくらい仲が良いんだよ。だから、聞いてるかもよ?』

『 ・・・・・。』

瞳は、・・・・絶句した。

『姉貴言ってたじゃん。動画見せた時、社長は驚きもせずに落ち着いて謝罪してきたって。普通は驚くぜ。しかも姉貴は心の準備が出来ねぇように、電話して直ぐにでも出て来いって言った訳じゃん。社長に、時間的猶予を与えないで呼び出した訳じゃんか。それに向こうも、不倫してバレてねぇって思ってるのも変だしさ。ある程度覚悟してねぇと驚く筈だよ。その覚悟を決めるのにもさ、加藤さんから色々教えてもらってると余裕があるってぇかさ。予備知識があるから、慌てふためかなくっていい訳じゃん。』

『・・・・・。』

『それにしても、社長かなりの覚悟で来てたんじゃないのかなぁ。俺それを聞いた時、正直社長の事不気味に思ったもん。』

『そうなのかなぁ?』

そこまで話したところで、子供達が紅茶とケーキの準備を終えてやって来た。

『おじちゃ〜ん、できたよ〜ぉ!』

『なぁ〜んだオメエら、飯食う前にケーキ食うのかよ!しょうがねぇなぁ。』

言葉は荒いが、優しい顔をして陣内は子供達とケーキを食べ出した。

『ほら優樹、ママも呼んできてやれよ。一緒に食べようって!』

瞳は子供に腕を引っ張られながら、硬いままだった表情を緩めていった。

そして、聞こえない程の小さい声で囁いた。

『あんた、社長って言うようになったんだね。』

『あん、なに?』

『何でもないわよ。じゃあママも、おじちゃんから貰ったケーキ食〜べよう!』

『わぁ〜い!』

瞳は子供達との時間と、弟に感謝しながら紅茶を啜った。

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