第12話 悪意蠢く街の灯

 奈々美は、陣内の帰宅を見届けてから事務所に戻った。ある程度の画像や映像と、その他スタッフが集めた情報を整理しなければならないからである。

落ち着いて整理してみると、やはり石川の動きが特に気になる。トランクルームに荷物預けるって、「奥さんに関係ある物かな?」っとボヤきながら整理を進めていった。

『ん?そういえば、トランクルームって森高名義だって言ってたなぁ。石川は、森高のトランクルームに何を預けてたのかなぁ?』

奈々美は、パソコンでモニター全体に画像を拡大して見てみた。

『あんまり、大きくはないけどキャリーケースだなこりゃ。中身は何なのかなぁ?森高に命令されて、会社の秘密文書か何かを隠してんのかなぁ?』

奈々美は森高が常務取締役選で、石川を使ってかなりえげつない情報収集や秘密工作をさせているというネタを持っていた。一企業内で、法を犯さずに何をやろうが警察は不介入。その上売春周旋の立件も森高は難しいという事で、張り付きのいなくなった森高はやりたい放題だという事も。

『警察は、奥さん一本で立件出来ると思ってんのかなぁ?』

筒井瞳にだけ、張り込みをしているのが現状だ。瞳の籠城戦は、あらゆる証拠がマンション内に眠ってるからであろうと。その証拠が敷き詰められたデータ関係の物と、現金の処分に困っていると踏んでいるからか。

『本多さんは、瞳一本で不安じゃないのかなぁ。リスクマネージメントって、大事な事だと思うんだけどなぁ。』

奈々美は、珈琲を淹れながら本匠の事も気になっていた。警察だって八百万一家が出て来ているのは知っている筈だ。まぁ組織犯罪対策課ではないと言えばそうだろうが、本多達が正仁会から瞳達の情報を得た事は分かっている。

『本多さん、奥さんに夢中になり過ぎてんじゃん?』

本匠は、そこら辺のヤクザじゃない。昔馴染みの親友から頼まれて、ノコノコ出てくる様な小物じゃないんだ。いずれは、櫨川はせがわ会のトップになると言われている超大物だ。そんな本匠が出張でばって来たからには、それ也の理由がある筈なんだ。

金に正仁会の弱体化、まあどっちもそうだろう。それなら、それ相応の金がうごめいているのだろうと奈々美は思った。

『本格的に本匠、陣内と石川の三人に的を絞るとしますか。』

この判断が、依頼主の離婚協議にどれだけ必要な情報になるかは分からない。

だがこの三人が鍵を握る、・・・・・奈々美の探偵の勘がそう判断させた。




 森高の部屋では、石川が一人で何やら建築業者と話をしていた。無防備な平日の昼間を狙って、森高の留守中に工作をしておくのである。

『このワインセーラーの、後ろの壁に・・・・・・』

細かく寸法を取らせて、模様替えか何かの指示を出していた。

『それではご依頼通り、この壁裏とワインセーラーにですね。このワインセーラーは、お預かりするという形でよろしいですか?』

石川は、被せ気味に応える。

『同じワインセーラーが御座いますので、そちらを明日にでもそちらにお届けします。そちらの方に加工をしていただいて、壁裏の工事日に差し替えていただいてよろしいですかね。差し替えた分は、廃棄していただいて構いませんので。』

業者は、頷きながら返す。

『畏まりました。廃棄という事ですと、その分料金をいただく事になりますが?』

『構いません、よろしくお願いします。』

『では、工事日はいつになさいますか?』

石川は、タブレットを取ってスケジュールを確認する。

『そうですねぇ、平日の昼間って近々ではいつになります?』

業者は、意外そうな顔をしてスケジュールの確認をした。

『そうですね、一番近い日ですと来週の水曜日の午前中ですかね。その後は、その日の午後と翌日の午後になります。今週なら土日の予定は空いていますけども、平日でよろしいですか?』

石川は、少し考えて返す。

『それでは、申し訳ないのですが・・・・・水曜日の午後でお願いします。』

『畏まりました。それでは、来週一月三十一日水曜日の午後。そうですねぇ、十四時からという事でよろしいですか?』

石川は、優しく笑みを浮かべて返事をした。

『それでお願いします。早めに部屋にいる様にしますが、平日なので少し遅れたりするかもしれません。ですので、来る前にお電話いただければ助かります。』

そう言って、石川は名刺を差し出した。

『畏まりました。南州製薬の石川様ですね。それでは来週水曜日の午後、十三時半位にお電話して伺う様に致します。』

石川は業者を見送り、すぐさま取締役会へ向けての裏工作に戻った。




 翌日より、本匠・陣内・石川に絞った張り付きが始まった。陣内と石川は、夜の行動が殆どない。その為、この二人は応援のスタッフに頼んでいる。

問題は、・・・・・本匠だ。

会社勤めの二人とは、全く違う活動時間帯の為奈々美が張り付く事にした。

しかも、いざ張り付くとなるとこれが難しい。こちらもプロだが、あちらもプロ。しかも、悪い事するにかけちゃプロ中のプロ。バレない様にとか、尾行をされないさせないは当たり前。そして、もし尾行されても撒いてしまうといったエキスパート集団だ。

その上、基本的には本匠は動かずに手下が動く。その手下の数が半端ないから、こちらとしても限界がある。本匠が動くまでには、事態が結構進まないといけない。取り敢えずは、本匠が動くまで待つしかない。こうして、本匠と奈々美の根比こんくらべが始まった。

 三日、四日と本匠は動かなかった。別動スタッフからの報告では、陣内と石川の二人も特別な動きはない。何もないまま、時間は十九時になろうとしていた。缶珈琲を飲みながら事務所の方に目をやると、でっかい車が事務所に横付けされた。

『おっ、いよいよ出陣ですかぁ総長さん。』

奈々美は、自転車で追いかけながらスマホで動画を取り出した。

『本当、便利な時代になりましたねぇっと。対象車も、あんだけデカけりゃ撒かれないしね。なんて車かは、判らないけど。』

車は赤坂へと向かい、とある料亭の前で停まった。

『総長さん、料亭で誰と会うのかなぁ?』

料亭の中までは入れないので、出入りする人間を手当たり次第チェックしていく事になる。すると本匠の手下が、車に乗って一人の男を連れて来た。四十位の小柄な男で、どう見ても任侠の世界の男ではない。奈々美は、デジカメで男を撮って張り込みに入った。

二時間くらい経った頃、小柄の男を車に乗せて本匠の手下が帰って行った。そしてそのすぐ後、本匠も帰路に着いた。奈々美は、大急ぎで手下の車を追った。車は世田谷方向へ向かい、環状七号線を越えた住宅地へと向かった。

ある程度進むと、手下は人目に付かない所で男を降ろす。男は周りを見回しながら数十メートル歩き、とある一軒家に入って行った。恐らく男の自宅であろう。奈々美は一旦自宅に帰り、シャワーと軽い睡眠を取った。

 そして始発電車で、昨夜の世田谷の一軒家へと向かった。早朝六時、対象宅に着くと男の出勤を待った。三十分程すると、男が家を出たので尾行を開始。普通に電車で通勤。乗り換えをして、男が降りる駅は築地市場駅。

『まさか、新聞社の人かな?』

奈々美は、この駅を降りてすぐの大手新聞社が頭をよぎった。だが男は、その大手新聞社の前を通り過ぎそのまま進んだ。そして奈々美は、その隣に何があるのかを思い出した。

『・・・・・東京国税局だ!』

奈々美は、男の入館を確認して事務所へ戻った。

『あいつが誰か調べなきゃ。本匠は昨夜、国税局の人と会ってたんだ!』

奈々美は、前勤めていた大手探偵事務所に大慌てで電話をかけた。




 専務取締役に森高の支持をさせる為の工作、この一筋縄では行かない仕事に石川はそれなりに尽力していた。これは、瞳を助ける事に繋がる事なんだと。

専務取締役・小山内賢治おさないけんじ五十七歳。会社内でも指折りの人格者で、悪い噂など全く聞いた事がない。まるで、聖職者ではないかという程評判が良い男だ。この男の弱みを握る事など、月に行くのに自転車で目指すくらいあり得ない事だろう。

だが、石川の目的は違う。まずは小山内に、この常務取締役選に興味を持ってもらう事から始める。そして、森高融という男に目を向けさせる事。そこから始めなくてはならないのだから、無理難題のミッションなのである。そんな中、見知らぬ電話番号からの電話が鳴った。

『はい、もしもし石川ですが。どちら様でしょう?』

『・・・・・。』

だがそんな石川に、小山内の方から接触をしてきた。どうやら森高の事を、石川を通して探ろうとしているのである。

『はい、左様で御座いますか。それでしたら如何いかがでしょう。一度私の方から、御挨拶も兼ねましてお伺いさせていただければ・・・・・』

『・・・・・。』

これは渡りに船、という事で上手く乗っかる事にする。

『畏まりました。では、専務の御都合がよろしい時に・・・・・・』

『・・・・・。』

『畏まりました。では、詳しい事は来週の水曜日という事で。』

『・・・・・。』

『はい、それでは失礼致します。』

こちらの方も、少しずつ動き始めてきた・・・・・




 奈々美は大手探偵事務所の先輩を頼って、国税局の男の身元を洗っていた。奈々美の先輩に、東京地検や財務省関係の仕事を数多く経験している人がいる。その先輩に画像を数枚添付してラインを送り、陣内や石川に張り付いているスタッフからの情報を整理していた。あの本匠が動き出したという事は、確実に目的を達成出来るという事なのだろう。問題は、その目的が何なのかという事とその結果だ。それにより、筒井瞳の立場がどう変わるのか。脱税の容疑が晴れる事は考え難いが、刑事告訴されない方向に和らげる事は出来るのかもしれない。その口利きを本匠がやるという事は、何だかのメリットがないと動く筈がない。そのメリットが、何なのかという事も調べなければならないのだ。奈々美は、本匠ほどの大物が動く案件なのかと不思議にも思った。だが兎にも角にも、先輩からの連絡を待ちながら張り付きに戻る事にした。

 全く動きのない本匠の張り付きをする事三日、やっと大手探偵事務所の先輩から電話がかかってきた。

『もしもし、お疲れ様です。原田です。』

『 ・・・・・。』

『はい。あぁ、はいはい。じゃぁ、調査担当の人じゃないんですか?あぁ、なるほど。それじゃあ令状を取る前に、情報収集をする担当の人みたいなんですか。なるほど、はい。有難う御座います。助かります。はい。今度埋め合わせしま〜す。』

奈々美は、電話を切って考えた。これで、・・・・・大まかな状況は判った。

・・・・が、しかし。こんな事に、本匠が絡むメリットがどこにあるのか。もし本腰を入れて国税局が動くとすれば、億を超える脱税という事になるのだろう。だが売春の周旋したところで、数億もの金が動くとは考え難い。せいぜい、一億も貯めていれば良いのではと思いはするが。それで、幾らが本匠の懐に入るのか?いや待てよ、罰金やら追徴課税やらを考えると。本匠の懐になんか、幾らも入らないだろう。下手したら、一円も手にする事が出来ないんじゃないのか?

奈々美は、まだまだ自分が知り得ない事があるのを感じていた。

石川がトランクルームに行ったりしてはいるものの、概ね会社の役員の調査をしているとの報告が入っている。

陣内は、先日瞳の家に行ってからは特別大きな動きはない。

さて本匠は・・・・っと思った時に、面白い光景が目に飛び込んできた。八百万一家事務所前に、ですっといった感じの男達が現れたのである。でっかい外車で乗り付け、鯖の鱗の様にキラキラしたスーツを着込んでいる。そして停めた車から降り、慌ただしく事務所に入って行くのだった。奈々美は、身を隠しながらデジカメに撮った。




 本匠は、屈強そうな男達の訪問を受けている。を、品よく仕立てたスーツに身を纏った男だ。その男が手下を一人連れ、睨みを効かせながら口を開く。

『どうも、正仁会の奥村と申します。あのう、本匠さんいらっしゃいますか?』

この男は奥村滋おくむらしげる三十八歳、正仁会の若頭である。

応接室に通された奥村は、大きく股を開いて深々とソファーに座った。本匠の手下達がお茶を出してからも、暫く待たされて奥村はかなり苛立っている様子だ。

『いつまで待たせんだよ、クソが!・・・・・ナメやがって。』

もう十分は経つというのに、本匠は一向に現れない。奥村が二本目の煙草を吸い終わった時に、やっと応接室のドアが開いた。

『いやぁ〜お待たせした。申し訳ないですねぇ奥村さん。』

憮然として待っていた奥村に、軽い調子で本匠が話しかけた。そして本匠は、ソファーに腰掛けながら話し出す。

『今日奥村さんにお越し願ったのは他でもない、筒井瞳さんの事でお話が御座いまして御足労願ったのですが。・・・・お解りですよねぇ?』

憮然としたまま、奥村は話し出した。

『あの女の件はウチのシマ内で起こった事なんで、八百万一家さんの御心配には及びませんよ。どうぞ、我々にお任せ下さい。それだけの事の筈ですが、何か八百万一家さんが御心配なされる事でもおありりですか?』

前傾姿勢で、奥村は本匠を睨む様に言った。

『まぁまぁ、落ちて下さいよ奥村さん。』

本匠が煙草を咥えると、手下が素早く火を付けた。大きく煙草を吸い、本匠がゆっくり話を続ける。

『ふぅ〜いえね、その筒井瞳さんが俺の昔馴染みなもんでねぇ。そんで、どうにかならないものかと相談を受けたんですわ。まぁ、結構怖い思いもされたみたいでしてね。思い当たる節あるでしょ?奥村さん。』

奥村が、本匠を睨みながら返す、

『何言ってんですか本匠さん!あの女がウチのシマ内で、何やってたかぐらい御存知でしょ?とんだお門違いですよ!』

『だからって、チンコロして追い込まなくってもよかったじゃないですか。相手は堅気さんですよ?懐の広いとこ見せて下さいよ、奥村さん。』

『チッ!』

舌打ちをして奥村は黙りこくった。・・・・その様子を見て、本匠が言った。

『じゃあ、正仁会さんは全面撤退という事でよろしいですね!』

真っ直ぐに奥村を見据えて言う本匠に、奥村は立ち上がって語気を強めた。

『判ったよ!アンタ、結局ウチと揉める気なんだよな。いいんだな?ウチと戦争になっても!構わねぇ〜んだよな!なぁ・・・・本匠さんよ?・・・・あぁっ?』

本匠は、眉一つ動かさずに返した。

『いやいや、そんなこたぁ〜どうでもいいんだよ奥村さん。筒井瞳の件から、手を引いてさえくれりゃあね。』

まだ立ったままの奥村に、本匠は座ったままで話を続ける。

『手〜引くのか引かね〜のかどっちなんだよ。なぁ、引くんだろ?なっ?おら、さっさと引けよ!今ここでしっかり、返事して帰って下さいよぉ。なぁ?奥村さんよぉ。手〜引くんだよなぁ?・・・・・なぁ!』

『 ・・・・。』

本匠は、煙草を吸いながら続ける。

『ふぅ〜俺はね、そんな難しい話をしてるつもりはないんだよ。奥村さん、戦争だろうが何だろうがどうでもいいんだけどよぉ!ただ俺はこっちが優しく言ってやってるうちに、言う事聞いといた方が良いて言ってんだよ。黙って手引いて、他のシノギにいそしんでくれりゃぁよぉ。それでいいんだよウチはよぉ。さっさと返事してよぉ、楽になっちまえよ!・・・・・なぁ?』

「おいっ!」っと言うと、本匠は手下に書類を持ってこさせた。そして、それを奥村の前に置かせる。

『ふぅ〜折角だから、一筆書いて帰ってくれよ。なぁ、奥村さんよぉ!』

少し微笑んで、本匠が言った。




 森高は、石川と夕食を摂りながら話しをていた。勿論話題は、取締役会に向けて専務の小山内を如何するかについてである。

『専務取締役、あの人はあくまで中立を貫くだなんて言っていますけど。如何いかがですか?何か掴めましたか?』

石川は、一呼吸を置いて返事をした。

『清廉潔白な人でして、これといって突けるネタが有りません。新薬開発等にも熱心に取り組まれていただけに、全く後ろめたい事のない傑物です。』

『ふん。それで、溝上本部長はどうなんです?』

石川は宙を見る感じで、瞑想でもするように応えた。

『溝上本部長に関しては、新薬開発研究費の不正流用があります。それで、こちらは簡単にいけるでしょう。どうしましょうか?この件に専務もかんでる様に、でっち上げる事も出来ますが?』

森高の瞳が、不気味に輝く。

『流石ですねぇ!ようやく貴方らしくなってきました。これだから、貴方から艶やかな光が消える事はないんですねぇ。さぁ、聞かせて下さい。』

今度は、森高の目をじっと見ながら話した。

『融さん。瞳姉のビジネスの件で、正仁会の奥村がかんでいるじゃないですか。勿論融さんの、ビジネスにもかんでいますし。』

『ええ、・・・・そうですねぇ。』

『そこで奥村さんにも参加してもらって、一芝居ひとしばい打ってめましょう。』

うっとりしながら森高が聞く。

『もう少し、詳しく教えていただいてよろしいですか?』

『ではまず、溝上本部長の新薬開発費の流出先は公営ギャンブルなんです。あの親父結構なギャンブル狂でして、未だ抜けきれないでいます。そこで、奥村さんが営んでるカ裏ジノに嵌ってもらいます。その事態を、それとなく専務の知る事実にします。それも、知ってしまった事実に。』

『ええ、・・・・・それで?』

『あの専務の人柄からすると、何とか外部に漏れない様すると思うんですよ。そこで、本人の辞任か何かに持ち込もうとすると思われます。公にしない様に、密かに調査をする筈です。まあ、しなくては何も把握出来ませんからね。そこで調査関係の第三者を頼むなり、誰だかに協力を頼む也する事になります。』

『うん。・・・・・それで?』

『どこぞに依頼したら、そいつらに我々の情報を握らせます。そして、我々に協力を望むのならばもっと簡単に嵌められます。上手くいけば、弱みどころか金も握らせてマリオネットにできますよ。今の副社長の様にですね。しかし、そんな簡単にはいかないでしょう。まぁ、簡単に説明すればこんな感じです。』

森高は口を尖らせて、キスをせがむ様にして聞いた。

『でも、奥村の馬鹿が協力しますかねぇ?瞳君の件も、まだ片付いていないでしょうから。』

石川は立ち上がり、森高の方へ行きディープキスをして言った。

『大丈夫ですよ。もう、話は通ってますんで。後は、融さんのゴーサインだけなんですから。溝上本部長にも、カジノで大いに遊んでもらっています。すでに、何百万か金を落としてますよあの親父。直ぐにでも動き出せますよ!』

『・・・・・お任せします!』

目を潤ませた森高を、石川はお姫様抱っこをしてベットへいざなった。




 時間と場所を、日中の八百万一家の事務所へ戻そう。本匠は、正仁会若頭の奥村滋と話をしていた。 

『なんてのは冗談でさぁ、まあ落ち着いて下さいよ奥村さん。ウチだって何も、揉めたくって言ってる訳じゃないんだからさ。』

『 ・・・・?』

あっけに取られている奥村を横目に、本匠がにこやかに話を進めていく。

『代わりの儲け話を持ってきているから、それと交換条件で手を引いてくれって話をしたいんだ。だから、落ち着いて話そうじゃねぇ〜かよ。なぁ?奥村さん!』

我に返ったかの様に、少しビクッと体を震わせて奥村が返した。

『なっ、なんだ。そうなんですか?ビックリさせないで下さいよ。本匠さん!』

そう言うと奥村は、ソファーに座り直して眼前に置かれた数枚の書類に目を通し出した。時折小さく頷きながら、書類を読み進めていく。そして奥村は、五分位かけて書類を見終わった後ゆっくりと口を開いた。

『本匠さん、確かにウチの客に南州製薬の本部長はいます。馬鹿の付くほどの上客ではありますが。・・・・・御指摘の様に数百万の金を貸し付けてもいます。それを御存知だったんですか?って言うか、ここから膨らませるんですか?』

本匠は、ニヤッとして言った。

『勿論!ここからが本番ですよ。まぁ、筒井瞳の件で六・七億の金を狙っていたのは知ってます。だが、国税局が動いたらどうしようもないでしょう?だからその代わりと言っちゃ何なんだが、南州製薬さんのお金を使って遊んでるオッサンを嵌める。その事で同じ額とまでは言わないが、数千万じゃ足りない奥村さんに潤ってもらおうって寸法なんですよ!』

奥村は、キョトンとして返した。

『この部長に、ウチのゲーム屋(闇・裏カジノ)で遊ばせても。そんなに、金額が膨らむとは思えないんですがねぇ。』

奥村は、訝しげに書類を見ている。そこで本匠が、白々しく話し出した。

『あぁ〜、悪ぃ〜悪ぃ〜。おい、書類が足りねぇじゃんか。』

本匠がそう言うと、手下が追加の書類を持って来た。

そして、また同じ様に奥村の眼前に置く。それに目を通しながら、奥村は本匠に話しかけた。

『本匠さん、申し訳御座いませんでした。俺はてっきり、イチャモン付けて全部持ってく魂胆なんだろうって思ってましたんで。御無礼をしてしまいまして、申し訳御座いませんでした。』

そして今度は立ち上がり、奥村は深々と頭を下げた。

『まぁまぁ、頭を上げて下さいよ。四方同席しほうどうせきでいこうじゃないですか奥村さん。ただこれは上手くいけば億単位の金になるけど、失敗しくじれば一銭にもなりゃしねぇって案件だからさぁ。少し心配なんだけど大丈夫かい?』

奥村は、ソファーに座り直して返した。

『はい。元々の貸付金にしても、切り取る時には同じ事しなくちゃなりません。それにこれは、ウチらの稼業では当たり前の事じゃないですか。そこまで御心配していただくのも恐縮です。まあ、投資詐欺に関しては素人ですが。こういう事だったら、本部長に貸し付けている金が膨らんでいくって言う事も解ります。それに南州製薬内で、内通者がいるとなれば尚更です。』

『そうかい。じゃあお任せしますよ。投資詐欺にしても、先物取引の事にしても大丈夫ですよ。その内通している奴が、段取りは全てやってくれていますんで。奥村さんは、そいつと上手く擦り合わせながらむしり取って下さい。その本部長さんの貸付金から、どこまで膨らませられるかは奥村さん次第ですがね。』

頷く奥村を見ながら、本匠は書類を指差しながら言う。

『そこに書いてある、「石川睦」ってのが全て相談に乗ってくれます。そいつの事は、・・・・・御存知でしょう?』

奥村は、少し思い出しながら応えた。

『コイツは、瞳んとこの奴でしたよね。森高の・・・・』

本匠は笑いながら応えた。

『そうですよ。瞳の男で、森高の男でもあるんですよ。多趣味な奴らしくってね。実は次期会長選を睨んだ役員さん達で、あ〜だこ〜だやってるみたいなんです。その中でこの、本部長のオッさんが何かとキーパーソンになるらしいんですよ。まあ石川ってのが仕切ってますんで、そいつに渡りを付けて下さい。それから、それとは別に書類を用意してありますんで。そちらの方を、お持ち帰り下さい。もしもの時の為に、本名とかを伏せとかないとね。』

『はい、分かりました。でも、本匠さんは構わないんですか?』

本匠は、頷きながら返した。

『ああ、俺は構わないしウチの誰も関わらないよ。これは筒井瞳の件から手を引いてくれる、奥村さんの漢気に対するお礼なんだから。』

『御心遣い有難う御座います。有り難く頂戴させていただきます。それでは、失礼致します。』

深々と頭を下げて、奥村は退室して行った。そんな奥村を、本匠は窓から眺めて煙草を吸った。

『ふぅ〜。しっかり踊ってくれよ、・・・・奥村さんよぉ。』

そして視線を上げて、その五十メートル位先を見つめて呟く。

『コイツも、しっかりカメラで撮っとけよ。なぁ、お嬢ちゃん!』

本匠は、奈々美の方眺めながら煙草を揉み消した。




 飛鳥と靖久は、久々に外での夕食を楽しんでいた。色々と騒々しい毎日を、少しは忘れてリラックスしようよと飛鳥が靖久を連れ出したのだった。

『有難う飛鳥ちゃん。最近知らない内に、眉間に皺寄せてたかもしれんね。力んでたっぽい。肩に力入っててさ。』

『うん、長い話し合いになるかもしれないんだから。気負わずに、頑張っていこうよ。ヤス君一人で対応するんじゃなくって、二人で向き合って行くんだからね。今からはずっと、二人で人生生きて行くんだから。』

『うん、有難う。飛鳥ちゃんに、出逢えてよかったよ俺!』

二人は、フェイジョアーダにムケッカ。そしてシュラスコと、ブラジル料理を堪能しながら何気ない会話を楽しんでいた。この時の二人には、奈々美からの信じられない報告を受けること等想像も出来なかった。

そうこの時の二人は、知る由もなかったのだから。




 奥村は、帰りの車の中で上機嫌だった。

『おいおいおいお〜い!天下の櫨川会の、あの”本匠恭介”が俺達にシノギを回してくたぞぉ。しかも、結構なアガリが期待出来そうなシノギをよぉ。テメーはかまないで、丸ごとくれるってよぉ。』

舎弟も一緒に、ハイテンションで車を走らせる。

『やっぱ兄貴すげぇや、あの本匠に一歩も引かねぇんだもん。俺ぁ、惚れ直しましたよぉ。やっぱり、俺の見る目に狂いはなかったんだって。』

『嬉しい事言ってくれんじゃねぇか!』

『そんで兄貴、明日っからどうするんです?』

奥村は、少し落ち着いて考えだした。

『そうだなぁ本匠はかまないから、ここからは南州製薬の石川ってのに渡りを付けなきゃなんないんだけどよぉ。こいつは、大丈夫なのかなぁ。』

『なんでですか?』

『ん〜コイツとは面識があるんだけどよ、ナヨナヨってした奴であんまり印象に残ってないんだよなぁ。そんな奴に、投資詐欺なんて出来るんかなぁ。ちっと、不安かな。』

『え〜、でもあの本匠が紹介したんでしょ?だったら、信用出来るんじゃないんっすかね。その詐欺にしても、場数踏んでるんじゃないっすか?きっと、本匠が今まで金ズルにしてたんだと思いますよ。』

奥村は手下の言葉に、少し安心してまた喜びが爆発してきた。

『そぉ〜か、・・・・・そうぉだよなぁ!よっしゃぁ、気合い入れて金毟り取っていくからなぁ。気合い入れて付いて来いよぉ。』

『おっす!・・・・・そんじゃぁ、あのガキ共に汚れ仕事はやらせますか?それとも、ウチの若い奴使います?』

奥村は、少し考えて指示を出した。

『そうだな、もしもの事もあるからな。あの半グレのガキ共に、仕事のやり方教えてやれや。ウチの奴らには、手ぇ〜出させんな。石川って奴も、どんな奴かまだ分かんねぇからよ。車と一緒で、安全確認してからとしようや。なぁ!』

『・・・・・おっす!』

奥村を乗せたでっかい外車は、夜の東京の街へと消えて行った。

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