第10話 純粋すぎる狂気

 一月も十日が過ぎ、正月気分が消えてきた頃。森高は、本部長室に石川を呼び出していた。

コンコンコンコン・・・・

『どうぞ、お入り下さい。』

ガチャ・・・・・

『失礼します。』

石川はいつもの様に周りを見回して、誰も居ないのを確認してから話し出す。

『融さん、如何したんですか?』

森高はいつもの様に、窓から階下を見下ろしながら話し出した。

『最近会社の周りに、色んなくさい連中が彷徨うろついているみたいでしてねぇ。恐らく瞳君の件でしょうけど、会社や自宅にまでウロウロされると流石に目障りでしようがありません。貴方から、陣内君に頼んでもらえませんかねぇ。』

『敬さんに、・・・・・何を?』

ニヤリとして森高が言った。

『またまたぁ、陣内君の人脈を使えば簡単に露払い出来るでしょうに。彼は、まだ本匠君と付き合いがあるのでしょう?そういう事で、お願いしますよぉ。それにこういう事は、昔っから彼らの仕事でしょ?』

『でも、敬さんはとっくに辞めてますし。』

森高は、振り返りながら返す。

『陣内君は、本匠君に連絡してくれるだけでいいんです。そうすれば、陣内君が手を汚す事はない。・・・・そうでしょう?』

『分かりました。すぐ、連絡します。・・・・・ではっ。』

森高は頭を下げて退室しようとした石川の腕を取り、強く引き寄せて熱いディープキスをした。そして身体中を、・・・・・股間を中心に触りまくりながら言う。

『今日、二十一時までには私の家に来て下さい。いいですね!私に、寂しい想いをさせないで下さい。そして、・・・・・私の疼きを鎮めて下さい。』

そう言うと森高は、石川の下半身をジッパーからだして咥え込んだ。執拗な森高の攻めに、石川自身は太く固くなっていく。

『やめて下さい。融さん。とお・・る・・・さ・・・・』

森高は激しく深く、そして執拗に石川の一物を攻めた。

『あっ、ああぁっ・・・・だめだってばっ・・・・・』

森高は、全身を使って石川を攻める。激しく深く、・・・そしてより一層早く攻め立てる。石川に、もう余裕はなくなっていた。

『ああぁ・・・・・・』

石川は、森高の口の中で果てた・・・・・。森高は、口の中一杯に射精された石川の分身を全て飲み込む。そして、ニヤリと不気味に笑って言うのだった。

『ん〜濃ゆい、濃ゆいですねぇ。どうやら、瞳君には会ってないっていうのは本当ですねぇ。うん・・・そうですよ、これで良いのです。貴方はもう、私だけの・・・・宝物なのですから。瞳君に、無駄遣いするのもやめて下さい。もうこれ以上、私に嫉妬させないで下さいねぇ。』

退室する石川を、森高は満足げに見送って呟く。

たまには嫉妬も良いのですが、もうこれ以上は結構ですよ。』

そう言って、口の中に残る余韻に酔っていた。



 

 瞳は、最近自分の置かれている状況の変化に気付かされていた。年始にホテルのラウンジで、忙しく客からの電話に対応している時だった。懐かしい男からの電話を取って、教えられたのである。

プルルル・・・プルルル・・・ガチャ

『はいもしもし、どうしたの?久しぶりじゃない。敬から、なんか聞いたのかな?』

『はは、察しがいいねぇ。いいかなぁ、瞳ちゃんさぁそのまま聞いて。動揺した素振りなんて、絶対に見せない様にしてくれよ。』

『何よ恭介。久々かけてきて、・・・・・何だって言うのよ。』

電話の相手は、本匠恭介だった。年末の六本木で、陣内が相談した相手である。

『いいか、瞳ちゃん。今恵比寿の、セブンディーティーズホテルのラウンジにいるだろう?そこで、グラスビール飲みながら客の応対をしている。』

『そうよ、・・・・・何?近くにいるの?』

『駄目だ振り向いちゃ!絶対に振り向いたり、動揺した素振りを見せんなよ!今そのラウンジには、三人の恵比寿署のデコ助刑事が張り付いている。勿論、そいつらの対象は瞳ちゃんだ。生活安全課の、本多ってデコ助とあと二人。それから他にいるのは、正仁会子飼いの連中が四人ってとこかな。』

瞳はグラスビールを置きながら、ゆっくりと溜め息を吐きながら返す。

『ふぅ〜・・・・・。恭介、私どうしたらいいの?』

『先ずはささっと店仕舞いして、暫くは家に篭ってなよ。ここ一月位は、瞳ちゃん張り付かれてたみたいだからさ。そんで、暫くは大人しくしてな。敬と睦も、色々と協力してくれるって言うからさ。』

『うん・・・・・。』

『敬か睦、どっちからかは分かんねぇけど連絡あるからさ。下手に動くと、直ぐパク(逮捕される)られっから気を付けなよ。旦那の不倫なんて言ってる暇、今の瞳ちゃんにはなくなってんだよ。そんで当然家にも張り付いてっから、暫く外出は絶対にしない事。分かった?』

瞳は、ゆっくり電話を切ってホテルを後にした・・・・・。

 そんな事があって、瞳は自分の置かれている状況に気付かされたのだ。子供達は冬休が終わり学校へ行きだし、瞳は数年振りに家事だけをする日々を過ごしている。

そして、陣内や石川からの連絡を待って自宅に籠る毎日なのである。

ヴゥゥゥゥゥゥ・・・・・・ヴゥゥゥゥ

瞳は、石川からの電話に出た。

『瞳ちゃん?・・・・・大丈夫?』

『睦、心配してくれてんの?・・・・・有り難う。』

『 まだはっきりとは言えないけど、敬さんも手伝ってくれてるんで待っててね。』

『えっ、・・・・・敬も?』

『 そうだよ、なんだかんだ言っても。やっぱり、頼りになるのは敬さんと恭介さんのコンビなんだよね。あの最強コンビが、久々に復活してやってくれてるから。でも今はまだ、何も言えないんだけど。絶対に、絶対に瞳ちゃん助けるから!』

『うん、分かったぁ。有り難う。大人しく家にいるねぇ。うん。愛してるよ睦。世界中の誰よりも。』

瞳は、電話を切って子供達の夕食を作り出した。




 この数日奈々美は、増員したスタッフのケアに追われていた。独立するまでバイトをしていた大手の探偵事務所に、二人スタッフを貸してもらったのである。配置や割り振りを決めて、何日かすり合わせをやった。そうしてやっとスムーズに、張り付きや調査を出来る体制に整えたのである。

そんな中瞳は外出を控える様になり、逆に陣内や石川の行動が激しくなる。森高はというと、日和見という相も変わらずの態度。奈々美は、この状況の変化に気付いて不思議に思った。

『ん〜可笑しいわねぇ、奥さんが動かなくなった。証拠隠滅なり何なり何だかの行動をとる筈なんだけど?何だ、諦めてんのか?それとも、警察が動き出した事に気付いた?まさか、・・・・そんな訳・・・・・?』

急に行動しなくなった瞳を見張りながら、奈々美はスタッフにラインを送った。

「陣内と、石川の周りに刑事は?張り付いてる?」

瞳の自宅周りに、警察の気配はない様だ。増員したら急に静かになってしまったので、奈々美は得体の知れない緊張感に包まれて張り込みを続けていた。

ブーン、ブーン。ラインが返ってくる。

「陣内の周りには、刑事の気配なし。以上。」

「石川の周りには、刑事の気配なし。以上。」

奈々美は、溜め息を吐きながら首を二・三回まわした。その時、瞳の自宅マンション角の影に本多刑事の姿がを見付ける。

『ん〜、あの口の軽いのに本多刑事何か聞いてみっかぁ?』

そう言って、奈々美はコンビニに走った。

『ウィ〜ッス。お疲れ様でっす!』

本多が振り返って、舌打ちをした。

『つっ。・・・・・何だ、お前・・かよ!』

満面の笑みで、奈々美がコンビニ袋を手渡して言った。

『これ差し入れっす。翼が生えるドリンクです。それとサンドイッチなんで、皆さんでどうぞ!』

『おお、気が利くじゃねぇ〜かよぉ原田ちゃん・・・・・。いただきま〜っす。』

本多は、同僚に分け与えながら奈々美に話し出す。

『しかし、原田ちゃんも早いねぇ。もう、スタッフ増やしたの?昨日までいたメガネの女の人。原田ちゃんとこの人だったんだろ?』

照れながら、奈々美が返事をした。

『早く正確に情報を掴んで、如何に解釈するか。まだまだっすよ。』

『おお〜謙遜するねぇ。まぁ、良い心がけだよ。しかし、あの石川てぇのはさぁ。ありゃ何なんだ?筒井瞳の、ん〜・・・・男だったんじゃぁねえのか?』

『本多さん、世の中にはいるんですよ。どっちも・・・・イケるのが。石川は、それなんじゃないっすかねぇ?調べたところ石川は、中学から高校の一年生位まで苛められてたそうです。その頃の話を当時の同級生に聞きましたけど、まぁひどいもんでしたよ。クラスメートの前で男子生徒と、その・・・・そういう行為をやらされていたそうですからね。その時に、目覚めたのかも知れないし。』

『・・・・そっ、そうか。そりゃぁ、ひでぇ〜苛めだな。』

根気強い張り込みが、その夜も続いた。




 火曜日の仕事終わり、石川は携帯ワインクーラーを持って森高宅に到着した。最近は毎日、森高の部屋に帰って来ている。無類のワイン好きである森高が、好きであろう銘柄の白ワインを持って石川は帰ってきた。エントランスで、部屋番号を押して応答を待った。

『お疲れ様です。戻りました、石川です。』

オートロックが解除されて、ゆっくりと石川が歩み入る。部屋には既に森高が帰宅していて、夕食を作って石川を待ち受けていた。

『遅かったですねぇ。さぁ、急いでシャワーを浴びて下さい。夕食の準備は出来ていますよ。』

シャワーを浴びるとバスローブに身を纏い、石川は森高に買ってきたワインを差し出した。

『融さん、・・・・これ好きだったっすよね。白のシュタインベルガーの1997年物です。』

森高は、猫の様に飛びついて来た。ワイン好きの森高の趣味を、しっかりと押さえたお土産に大喜びだ。これに、森高は濃厚なディープキスで応えた。

『睦君。私は今まで、心の繋がりをこんなに感じた事はありませんよ。』

石川は、今夜も森高に抱かれるのであった・・・・・




 本匠は、自分の若い衆に正仁会の事について調べさせていた。蛇の道は、蛇という事である。本匠は、どの様に攻めるかを考えていた。

本匠恭介ほんじょうきょうすけ三十一歳、関東の指定暴力団櫨川はぜがわ会若頭補佐八百万やおよろず一家総長。これが本匠の肩書きである。この男が陣内の、ガキの頃からの大親友である。二十歳位の頃に、本匠は陣内と違う道に進んだ。だが、未だ変わらぬ付き合いが続いている。

プルル・・・、プル、ガチャ

『おう、どうだった。おん、・・・・おん、分かったお疲れさん。』

本匠は、煙草に火を着けた。

『ふう〜・・・・。瞳ちゃんも結構貯め込んじゃうから、いきり立ってんじゃん正仁会の奴ら〜。さてと、如何すっかなぁっ。』

親友の為とはいえ、本匠は任侠道の人間である。それ也に、組織に利益を生まなければならない。

『組織に利益を。ダチには安らぎを。ふぅ〜、悪者には制裁をってかぁ〜。』

本匠は動き方を考えながら、煙草を大きく吸い込んだ。

『ふう〜・・・・・。兎に角、やってみっか!』

本匠は、煙草をもう一服し揉み消した。




 石川はレンタルボックスに、トランクケースを幾つか置きに来ていた。慣れない車の運転と、荷物の重さに少々疲れていた。

『ふう〜・・・・。瞳ちゃんも、結構貯め込んじゃうから。しようがないなぁもう。何ヶ所かに分けとかないとなぁ。・・・・うん。そうだよな。それが良い!』

石川は森高の常務取締役選に向け、自由に外出を許可されていた。まぁその為に、毎晩森高の部屋に戻っているのだから。プライベートな面で安心させて、業務時間内に自由な時間を作りやすくしていた。まだ警察のマークが自分達に付く前に、やっておきたい事が幾つかあるからだ。雑用的な事をやらされるのはしょっ中だったが、今はそれを利用して何とか・・・いや何としてでも瞳を助ける為の根回しをしている。

森高には定時連絡さえしていれば、内容までは聞かれないので都合よく利用しているのだ。陣内にも、協力してもらって・・・・

 石川の人生は、瞳と陣内に会う事で大きく変わった。世間から見ればとんだろくでなしだろうが、石川はこの二人に会わなければ自殺していただろう。

善意とは何だ・・・・・?

正義とは何だ・・・・・?

世間とは不思議なものだ。他人には全く興味を持たず、無関心で目の前の困った人でも無視出来る。そんな人間で、溢れ返る現代社会。

常識とは何だ・・・・・?

法律とは何だ・・・・・?

悪人とされる人間が他人に手を差し伸べ、見て見ぬふりをする人間はそれを黙って吟味している。

世の中は大多数の一般人と呼ばれる人達が、多数決で都合の良い常識を押し付けるものだ。善と悪、そんなもの人間が判断出来る簡単な代物しろものではない。

お前らは何様なんだ・・・・?

石川は、いつも思っていた。人間なんて、自分の都合を優先させるだけ・・の生き物なんだと。都合良く目を逸らし、そして都合良くてのひらを返す。

あの時、・・・・あの時もそうだったじゃないか!放課後の教室で・・・・。

公開セックスさせられて、知らない男子生徒に背後から突かれていた・・・・・・・・・・時もそうだったじゃないか・・・・

皆んな、「見えないふり」・「聞こえないふり」・「知らないふり」をして。

口元に笑みを浮かべていたじゃないか!

誰も助けてはくれなかったじゃないか!

そして蔑んだ視線を、僕に向けていたじゃないか!

自分達がやらせたくせに、汚い物として僕を扱う。

僕が、好き好んでヤラれていたか?

僕は、喜びあえいでいたか?

泣きながら男に犯される僕を・・・・・

ボロボロになって犯される僕を・・・・・

汚い物を見る目で蔑み、せせら笑っていたじゃないか!

それなのに、奴らは裁かれずにのうのうと世間に溶け込んでいる。ご立派な一般人として、普通の人として生きているじゃないか。

そんな奴らが・・・・・

僕を蔑み・・・・・笑いながら・・・・・せせら笑っていた奴らが一般人?

それなのに僕を唯一助けてくれ、愛してくれた瞳が裁かれる?

可笑しいだろう?何故お前らが正義で、瞳が悪とされなければいけないのか?

犯した罪の違いか・・・・・?

罪に大小があるのか・・・・・?

許せない!・・・・・絶対に許せない!

この世の全ての常識も、倫理も・法律も自分を助けてはくれなかった。そのくせに僕を助けて愛してくれた瞳を、僕から取り上げようとするのか?

石川の決意は固かった。

絶対・・に助けるからね!・・・・・瞳ちゃん!』

石川には、石川の正義・・があった・・・・・




 奈々美は、瞳の張り付きを他のスタッフに変わってもらっていた。ここ数日の動きを見て、自分が陣内に張り付く事にしたのだ。石川に張り付いているスタッフからの連絡で、二人は何やら企んでいそうだと・・・・・

そうなればやはり、探偵原田奈々美の出番でしょうと・・・・・。

そして全く動かなくなったにも拘わらず、瞳にこだわっている本多達警察に愛想をつかしたのだ。奈々美は、この案件の本質を見極めようと思っていた。

「入口は不倫調査かも知れないけど、それどころじゃなくなってんじゃん。」

奈々美の探偵魂が疼いていた。

 朝八時に出社。建築資材の受け入れやら、出荷品質検査やらと忙しく働く陣内を見て奈々美は意外に思っていた。

「もっといい加減な奴と思っていたのに、ちゃんと働いてんじゃん。」

人は、「見かけによらないものだなぁ」と思いながら張り付き続けた。というのもこの数日、奈々美は陣内の事について詳しく調べていた。

 陣内は、大園久光(瞳の父親で先代社長)と愛人の陣内桃子じんないももことの間に産まれた。

小さい頃からヤンチャだった陣内は、小学生の頃から年上だろうが大人だろうが見境なく暴れる事で有名な悪ガキだった。十二歳になる頃には似た様な境遇の本匠恭介とコンビを組み、近所じゃ中々有名な悪ガキコンビになっていた。

色んな街に行って暴れては、母親の桃子に手を焼かせていた。そんな思春期を勢いよく過ごしていた陣内が、十六歳になった時に突然母の桃子が亡くなった。心臓弁膜症を患っていた桃子に、突然先立たれた陣内は・・・・・益々暴れた。

裏の社会からの引き抜きも、ひっきりなしだったと言う。

ただ、陣内と本匠にも拘りがあった。わるにはわるのポリシーがあったからだ。女を犯さない・マジ坊(真面目な子)はヤラない・ホームレスや年寄り等社会的に弱い奴はヤラない。イキがってる奴は、大人だろうが徹底的にボコる。

徹底的に・・・・

当時チーマーだ・カラーギャングだと言っていた不良グループを、本匠と二人で駆逐して回っている時に渋谷の街で大園瞳(現・筒井瞳)と出会った。

小さい頃から母親に、色んな話を聞いていた陣内は名前を聞いて直ぐに解った。だと。

そう身構えている陣内に、瞳はあっけらかんと言った。

『噂通りのコンビじゃんかぁ!すっごいねぇ。』

そして、周りの連中に言い出した。

『コイツ、私の弟だから。どんな事があっても、警察ポリにチクんじゃねぇぞ!頼んだからねぇ!』

あまりにも意外な事を言う瞳に、陣内はあっけに取られていた。

『何で知ってんだ?・・・・・お前。』

陣内がそう聞くと、瞳は笑いながら言った。

『姉ちゃんに、なんて口聞いてんだい?お母さん亡くなったんだろ?身内には甘えていいんだよ、・・・・・敬!』

『なめてんのかぁ!コラァ!』

そんな出会いだったが、陣内と瞳は何となく気が合った。家庭環境は違っても、同じ孤独の匂いを感じていたからだ。

それから陣内と本匠は、瞳のビジネスの用心棒的な立場でギャラを貰いだした。

兎に角、「力」で解決させた。

そんな事をしているうちに二人は二十歳を迎え、本匠はスカウトを受けて裏の社会へと行ってしまった。陣内はそれから二・三年、瞳の用心棒をしてから大園久光の会社に入社した。初めは断ったのだが、瞳の説得もあり入社を決めた。

入社してからの陣内は大人しいもので、何のトラブルも起こさず真面目に働く。そして、悪ガキ時代からの彼女と結婚。子供はいないが、幸せに暮らしている様だ。

陣内を調べているうちに、奈々美は「なんかかっこいいじゃん!」といった印象を持つ様になっていた。昭和時代の生き残りの様な、そんな古臭いカッコ良さを感じていた。

『ん〜、動くんだったら夜かぁ。交代してもらって、ちょっと仮眠するか!』

奈々美は、交代をラインで打診した。




 副社長室から出てきた森高は、ブツブツと呟きながら本部長室へ戻って行った。常務取締役選に於いての派閥争いで、少々不利な状況を打破する為に頭を痛めていたからである。

 というのも、南州製薬は社長派と副社長派に二分されるている。その割合は、社長派が六割で副社長派が三割。その他、僅かではあるが無派閥の者が一割いる。そしてこの派閥間で、次期会長の椅子を懸けた派閥争いが激しくなっていた。そんな中昨年膵臓すいぞう癌で倒れ、先日お亡くなりになられた常務取締役の椅子が空いたのだ。この空いた常務取締役の席を、どちらの派閥が勝ち取る事になるのかで体勢が大きく変わる。副社長派としては、この席を手に入れると勢力的に五分ごぶに近くなる。その上で、来る会長選に向け無派閥を取り込む作戦なのだ。一方社長派は、この席を取ればほぼ会長選に負ける事はなくなる。そういう、両派閥の思惑が渦巻いている。

社長派としては、同派の溝上裕也みぞがみゆうや本部長を推薦している。派閥内での順番で、大方決まっていたのである。その為副社長派としては、以前より溝上本部長の弱みや不手際を握っていた。水面下で溝上本部長が、取締役会に推薦された後行う工作の準備は整っている。この工作を全面的に指揮した森高本部長に、正式に副社長派として常務取締役に推薦する決定が下されたのは必然であった。そこまでは森高の思惑通りであったのだが、このままでは他の社長派候補を立てられてしまう可能性もある。そうならない為にも、社長派の一部不満分子と無派閥の者の推薦が欲しいのである。

 森高本部長は、正直評判の良い人物ではない。何もしなければ、森高を支持する者は出てこないであろう。その為の一手を、今副社長に念を押されたのである。

社長派の不満分子の存在は利用出来るのだが、こちらになびかせる為には風が必要なのである。その風が、無派閥の推薦・支持なのだ。

この無所属の筆頭は、専務取締役になる。社長派切り崩しの為にも、専務をどうにかしないといけない。

『専務取締役の、中立なんてふざけた事は許しませんよぉ。必ず、こちらに靡いてもらいますからねぇ。・・・・・どんな手を使っても。ん〜、何かいい手は・・・・・ないですかねぇ・・・・・。』

いつもの様に窓から階下を見下ろし、森高は満足げにそして不気味に微笑んだ。それから、森高は石川に電話をかける。

プルルル・・・・プルルル・・・・プルルル・・・・ガチャ

『お疲れ様です。森高です。経理部部長との夕食の件ですが、明日にしていただけますかねぇ?ええ・・・・早ければ早いほど、鉄は熱いうちにと言いますからねぇ。』

『 分かりました。』

『お店は、お任せしますよ。あの人は、和食が好きでしたかねぇ。それでは、よろしくお願いしますよ。』

『分かりました。和食の店を、明日の十九時で予約しておきます。』

電話を切ると、森高はもう一度窓から階下を見下ろした。

『ふん、陣内君はまだ役に立ちますねぇ。もう、居なくなってる。』

暫く前から自宅や会社周りに居た、警察や何やらの見張りが見当たらない。

森高は、不気味にニヤッと笑った。




 本匠は、櫨川会若頭の設楽芳信したらよしのぶの所に来ていた。報連相ほうれんそう(報告、連絡、相談)に関しては、サラリーマンよりも厳しいのがこの業界である。これを怠ると・・・・厳しい世界なのである。

『 ・・・・っと言う訳で、金にはなりそうなんすけど。正仁会と国税局、そして警察がかんでるのが厄介でして。若頭かしらに相談させていただこうかと思い寄らせてもらいました。』

本匠が、頭を下げて言った。

『でっ、・・・・・幾らなんだ?』

設楽の顔を見ながら、本匠は指を二本立てた。

『・・・・・二本(二千万)か?』

本匠は、少し口元を綻ばせて首を横に振った。

『おいおい、・・・・・二十本(二億)か?』

設楽が、身を乗り出して聞いた。

『ええ、総額は倍以上。どうやら、五億ちょっとは貯め込んでるみたいなんすけど。なにぶん、国税とかも目ぇ付けてるみたいで全額は無理そうなんです。』

『おん。』

設楽を落ち着かせる様に、本匠はゆっくり話しだした。

『餌って言いますか、それなりにパクられる(逮捕される)奴にも二・三億握らせなきゃお上も(国家権力も)納得しないでしょうし。こっちに火の粉がかからない金額となると、良いとこ二億が精一杯だと踏んでます。』

設楽が煙草を咥えたので、本匠は立ち上がり煙草に火を着けた。そして、ゆっくりソファーに座り直して話しだす。

『ただ金額面はデカイんですが、それ也にリスクも御座います。元々は正仁会に上納する金をケチって貯め込んだ金ですんで、アイツらも指咥えては見てないでしょう。それ也の衝突も有り得ます。ですんで、若頭の耳には入れとこうと思いまして。』

『正仁会かぁ〜・・・・・』

設楽は、煙草を吸い込んで暫し考えている。

「正仁会」とは、櫨川会とは違い一本独鈷いっぽんどっこ(独立して組を運営している暴力団組織)でやっている任侠団体である。本匠達櫨川会と特別対立している訳ではないが、だからと言って友好団体という訳でもない。平成四年(1992)に施行された暴力団対策法により締め付けられている業界内で、この手のいざこざは多いのであるが簡単に揉める事も出来ないのである。

これが、本匠が設楽に確認したかった事でもある。逆に設楽の了解を得る事さえ出来れば、心置きなく本腰を入れてヤル事が出来るのだ。先にも述べたが、本匠は組織の人間なのだ。それも、闇の組織である。

『そんで?どうやって、分捕ぶんどるるつもりなんだ?』

本匠は、襟を正して説明し出した。

『はい。実は投資詐欺等を使って、正仁会に色々頑張ってもらおうと思っています。金額を、デカくしてやろうかと。』

設楽は、不思議そうに聞いた。

『投資詐欺・・・・・?』

『はい。正仁会には、一度金の事を諦めてもらいます。』

『ふぅ〜・・・・・そんな簡単に、諦めてくれるか?』

本匠は、口元を少し綻ばせて続ける。

『ですので、奴等には代わりに投資詐欺で儲けてもらいます。そう奴等に持ち掛けます。その準備は、既に終わってますので。この餌に間違い無く、アイツらは食い付きますんでね!』

『ほう・・・・・で?』

『奴らが追いかけている金より、大きな金額の餌をぶら下げてやります。喰らい付いた所で、こちらが美味しい所だけを頂こうという寸法です。その上で、パクられるのも奴らに背負ってもらおうと。ですので、金額的にはさっき言った二億くらいが目立たずに良いかと思っています。』

『ふう〜。おう、分かった。やってやれ。』

設楽は、煙草を美味そうに吸いながら言った。

『はい。若頭、有難う御座います。』

本匠は、深々と頭を下げた。

『だってダチって言ってたの、あれ陣内敬だろ?昔、お前と暴れてた。』

本匠は、照れ臭そうに応えた。

『はい。その、腹違いの姉貴が貯め込んでた金なんです。その他にも離婚だ何だと問題抱えた姉貴らしいんですけど、この件が上手く片付きゃ大人しく暮らすそうです。本気かどうかは、分かりませんがね。』

設楽は、ニヤけながら返す。

『しかし良い度胸してんなぁ。五年くらい上納金払わないで五億かぁ。やるねぇその姉さん。お前にしても、その姉さんにしても。出来る奴っていうのは、いつどんな時代でも出来るんだよなぁ。ウチにもいねぇかな、出来る奴!しかし本当、その姉さん大したタマだよ。出来る奴って言っても、普通筋者すじもの(極道者)相手にやるかねぇ!』

『ええ、昔っから結構イケイケの姉さんだったんで。はい!』

設楽は少し考えて、小さく頷きながら言った。

『まぁ、いいや。それと、正仁会とは揉めても構わねえぞ。だからきっちり取ってこいよ、さっきお前の言っていたやり方でな。そんで国税局には、良いネタ持ってる奴捕まえてるからよ。そいつを紹介してやるよ。まあ、何かと役に立つだろうからな。だからって訳じゃないが、切り取ったら上げろ。いいな!』

指を一本立てて、設楽が本匠を見て言った。

『はい、御心使い有難う御座います。キッチリやらさせてもらいます。』

今も昔も、世の中一寸先は闇である・・・・・。

そして、その闇の住人が・・・・・静かに動き出した・・・・・

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