第9話 業火に身を焦がして

 年内最後の土曜日。昨日仕事納めだったのだが、事務方の職員は大掃除を兼ねて午前中だけ出社をしていた。そんな中、靖久は昼食に加藤を誘った。探偵の事等一応報告しておきたかったのと、入院の予定等を聞いておきたかったのである。

『腰の具合は、どうですか?』

『いやぁ、体重が少し増えてしまいましてね。腰が痛くてゴルフを止めたのに、今度は動かなくなって太っちゃいましたよ。それで今度は、痛みが増してきているんですよ。もうこりゃあ、悪循環ですなぁ。』

加藤が、お腹を摩りながら言った。

『入院は、いつからなんですか?』

『年明け五日の、午後から入院しますんでよろしくお願い致します。』

『いえ、とんでもない。大事にしなくてはいけない時に、御迷惑掛けっぱなしですみません。』

靖久は、頭を下げながら申し訳なさそうに言った。

『いえ、とんでもない。こちらこそ、大変な時に暫くお休みさせてもらいます。それで、何か進展はありましたか?』

加藤が、静かに聞いた。

『ええ、取り敢えず探偵に依頼しました。それと、瞳からに電話が掛かって来た様です。まぁちょっと凄まれたみたいですが、・・・・それ以上の事はない様です。そんな感じで、まだまだ今からって事ですかね。』

それを頷きながら聞いて、加藤は靖久の目を見て言った。

『社長、どう転んでも急いで決着を着ようとしない事です。焦らずに、慎重に。優樹君と葵ちゃんの事もしっかりと見ていてあげて下さいよ。くれぐれも慎重に。』

『はい。分かりました。十二分に慎重に挑みますんで、どうか御心配なく。』

靖久は、引き締まった顔をして応えた。




 ここで時間を、数日前の恵比寿セブンディーティーズホテルに戻す。全身黒尽くめの男は、胸から警察手帳を見せながら声をかけていた。

『えっと、原田さんでいいんだよね?恵比寿警察署の本多と申します。ちょっといいですか?』

本多は、奈々美を瞳のいるラウンジから遠ざける様に連れ出した。

『探偵の、・・・・原田さんでしょ?筒井瞳さんの調査ですか?』

本多は、鋭い目付きで奈々美を見ながら聞いてきた。

『はい。そうですけど、何か御用ですか?』

奈々美は、少しキレ気味に返事をした。

『いやねぇ、ここら辺をあんまりウロチョロして欲しくないんだよねぇ!』

本多は、周りを見回しながら続ける。

『ウチさぁ、(捜査)始めたばっかりなんだよねぇ。だから、頼むよ!』

奈々美はヤバ系の匂いに気付き、態と生意気な感じで言ってみた。

『ウチも御主人の依頼で、奥さんの化けの皮剥いでくれって言われてますから。ただの素行調査だけじゃないんですよね!捜査妨害はしてないじゃないですか?こっちだって仕事なんだからさ!お互い様でしょ?』

本多は、奈々美をじっと見て言った。

『ツッ・・・・化けの皮ってさぁ。・・・・原田さん、どこまで掴んでんの?』

奈々美は、ニヤッと笑って思わせぶりに言った。

『奥さんの電話相手と、その内容は勿論知ってますよ!これも、・・・お互い様でしょ?』

本多は、溜め息を吐きながら言った。

『ふぅ〜しょうがねぇ〜なぁ。そこまで知ってんだ。じゃぁここ数日、石川とかが顔見せねぇんだけどさ。原田さんは、何かネタ持ってるの?』

『そりゃぁ石川は、お仕事が忙しいんですよ!当然、お仕事が!』

奈々美は吐き捨てる様に、そして適当に応えてラウンジに戻る素振りをした。

すると、本多が腕を掴んで神妙な面持ちで言ってきた。

『なるほど・・・・森高の、常務取締役選の事まで知ってんだったらいいだろう。いいか、絶対に邪魔はしないって約束してくれ。出来るか?』

奈々美は、心の中でガッツポーズを取りながら返事した。

『出来るできる。邪魔なんて、した事もないじゃないですか!』

本多は、頭を掻きながら細かい約束事を言ってきた。

『いいか!まず、絶対に接触はしないでくれ。これは絶対だ!そして、売春の斡旋現場を抑えられそうになったら・・・。そういう場面に直面したら、勝手に動かないで連絡をくれ。分かったな!』

そう言うと、本多は名刺を渡した。

奈々美の小芝居は、まだまだ冴える。

『解りましたよ。でも私もさぁ、奥さんだけに張り付いてる訳じゃないからさぁ。との関係も、協議離婚の為には大事な調査だしね。』

本多は、顰めっ面のまま舌打ちをした。

『なんだよ、お前南州製薬の方にも行ってんのか。向こうにもウチの捜査員行ってから、邪魔すんなよ?そんで、絶対に悟られんなよ!解ったな!約束は、絶対守れよ!』

奈々美は、「よっしゃ〜!」っと心の中で叫んだ。南州製薬の、森高と石川ね。そんでもって、「売春斡旋かぁ〜!」。流石、日本の警察は優秀だねぇ〜。

「あ・り・が・と・さぁ〜ん!」っと、思いながらも当然表情はクールに決めて言った。

『分かりました。何かあったら、直ぐに本多さんに連絡しますし絶対に邪魔はしませんよ。これまでも、邪魔なんてした事ないしね。それに私、探偵だよ?警察の皆さんとは、仲良くしたいもん。今後ともねっ!』

満面の笑みで、奈々美はそう言った。

『あっそれと、南州製薬に張り付いてる刑事さん達にも言っといて下さいよぉ。原田って若くて可愛い探偵さんが行くから、見かけたら優しくしてあげてねって。』

本多は奈々美を睨み、舌打ちしながら言った。

『ツッ・・・、若くはねぇ〜だろっ。』

本多の顔面が自分の顔にくっ付く位まで、奈々美はネクタイを引っ張って言った。

『まだまだ、の二十九歳ですけど!・・・・・何か?』

本多は、周りを気にしながら奈々美をなだめた。




 年が明けて、一月四日の木曜日の夕方。飛鳥と靖久は、長崎倶楽部で黒ビールとピスタチオを頼んで探偵さんを待っていた。靖久に報告したい事があると、奈々美から電話が掛かってきたのだ。奈々美の話の後夕食を外で摂ろうと、長崎倶楽部に来てもらう事にしたのだ。

『まだ、十日も経ってないのに何だろうね?』

『ん〜よう分からんけど、何かえらく興奮してたよ。電話越しでも、探偵さんの鼻息荒かったもん。』

靖久がジョッキに口を付けると、丁度入口から奈々美が入って来た。

『あ〜どうも、お待たせしました。』

奈々美は、飛鳥の顔を見て笑顔で言った。

『橋本飛鳥さんですね。初めまして、私探偵の、原田奈々美と申します。よろしく御願いします。』

『橋本です。よろしく御願いします。』

飛鳥も笑顔で答えた。

『さて、お二人さん・・・・。』

奈々美は、思わせぶりに話し出した。

『これを聞いたら、報酬倍額にしたくなりますよぉ〜。』

飛鳥と靖久は、顔を見合わせた。

『この年末年始の一週間程ではありますが、奥さんの筒井瞳さんの身辺調査をしています。勿論今現在も継続中なのですが、早速報告しなくてはいけない事が御座います。そして、筒井さんに確認をしておきたい事と御相談が御座います。そういう訳で年明け早々では御座いますが、御連絡を差し上げた次第で御座います。』

靖久は、初対面の時の印象と全く違う奈々美に驚いた。それと同時に、頼もしさを感じていた。

『筒井さんの奥さんの・・・・、化けの皮剥げちゃいますんでね!』

探偵さんは、自信たっぷりに二人の顔を見た。




 飛鳥と靖久にこの数日の経過報告をする前に、ここで奈々美の年末年始を振り返ってみる事にしよう。まず瞳は、年末年始も実家に帰ったり恵比寿のセブンディーティーズホテルに向かったりと忙しくしていた。毎日の様に外出する度、当然奈々美は尾行していた。そして、瞳の素行調査をして直ぐ気が付いたのである。これは信じていた主人に裏切られて、これから子供と共に生きなければならない生活を不安に思っている。または離婚という事態に、大いなる不安を感じている女の生活には見えないという事だった。

 奈々美はこの十年の経験上、幾つもの素行調査をしてきた。大体女性側は、浮気をされる被害者側としての調査が多い。そして子供のいる主婦の生活なんて、映画やドラマみたいに派手で優雅な事など欠片もないのである。掃除洗濯を済ませ買い出しに行くのにも、子供の帰宅時間を気にしながらバタバタと時間に追われて過ごす毎日の連続なのだから。だが瞳の毎日は、小学生の子供が二人いるのにも拘らずそんな事など微塵もなかった。年末年始で、子供達は冬休みだという事を差し引いても可笑しいのである。

まるで成人して手のかからなくなった子供と、その母親の生活の様なのである。そして時間もバラバラで、夕食も毎日は作らないのである。年末年始にも拘らず、子供二人は母親がいない生活には慣れている様だった。実家に預けている時には、おばあちゃんが付きっきりでいるので問題ないのだが。暮れの三十日などは、二人で仲良くフードデリバリーを頼んで食べたりしていた。便利な時代になったのは構わないが、現代社会のむなしさが感じられる環境でもあった。そんな逞しい子供達を横目に、元旦もパソコンやスマホで何やらやっている瞳の姿を確認している。まるで冷徹なキャリアウーマンが、休日も家庭を顧みずに仕事だけに邁進している様に見えた。

そして毎日ではなかったが、十時過ぎには恵比寿のセブンディーティーズホテル向かった。高級ホテルのラウンジやカフェで、頻繁に電話応答をしながら何やらやっている。こんなの、探偵の奈々美じゃなくっても怪しいとしか見えないだろう。

 その上恵比寿のセブンディーティーズホテルで、恵比寿署の本多刑事に声をかけられたのである。偶然とはいえ、警察からの情報を得る事が出来た。じゃなければ瞳の裏の顔なんて、逮捕される寸前まで解らなかっただろう。

まぁ、本多刑事が結構をくれるので大いに役立てている。この本多刑事からの情報で、大体の全体像が見えてきたのだから。

 瞳と森高・石川の三人は、どうやら靖久の浮気を知っていて暫く泳がせていたみたいだという事。そして、自分達で証拠固めをしていたみたいだという事。この三人の人間関係も中々複雑で、石川は南州製薬で働きながらも瞳のところでナンバーワンだったという事。森高融は、フィクサー的な感じでかんでるという事。そして本多曰く、瞳の腹違いの姉弟で陣内という男までかんでいるらしい。この陣内に関しては、まだ調査をはじめたばかりなのだが・・・・・。

 奈々美は、年末年始を忙しく走り回った。初めての依頼という事よりも、こんな案件には滅多に出会えないからだ。物凄く燃えていた。原田奈々美の探偵としての魂が燃えていた。瞳、石川、陣内、森高。早朝から深夜まで駆けずり回った。こうして数日間が経とうとした時に、一人で追いかける案件ではないという判断をしたのだった。そして、応援を頼むべく費用などの相談をした方がいいと。経過報告と継続するにあたっての料金の相談を、靖久にする為に長崎倶楽部へと伺ったのであった。




 さて、長崎倶楽部の三人に話を戻すとしよう。奈々美は年末年始に集めた情報を、気を引き締めて話し出した。

『まずは、奥さんの瞳さんについての報告から始めます。はっきり申し上げまして、真っ黒です。ド・真っ黒です!筒井さん!私がこの年末年始の調査をして申し上げたい事は、筒井さんの浮気など些細な事と言える程の大事おおごとだという事です。奥さんの瞳さんの私生活は、それくらい真っ黒だという事なんです。』

意外な展開に、二人は顔を見合わせた。

『実は、恵比寿警察署の刑事にも情報を共有してもらっています。もう少しで、全貌を掴めそうなのです。ただ一人で調査していますので、残念ながら限界も御座います。そこで御相談なのですが、応援のスタッフを増員する事でより良い調査報告をお約束出来ます。ですがその分経費も掛かってしまいますので、まずは御相談をしてからと思いまして御連絡を差し上げました。』

そう言うと、奈々美は経費の見積書を靖久に提示した。

『今すぐ、決めていただかなくても結構ですので・・・・』

そう言う奈々美を遮って、靖久が話し出した。

『いや原田さん。どのみち調べてもらわない事には、離婚の話し合いも何も踏み込んだ話し合いが出来ません。ですので、増員して調査を続けて下さい。』

奈々美は、頷きながら応えた。

『有難う御座います。ですが、もう少し経過報告の続きをお話し致します。その後にどうされるのか、もう一度お伺いさせていただきます。と言いますのは、誠に申し上げ難い事なんですが落ち着いて聞いて下さい。実は筒井さん、奥さんの化けの皮どころじゃなくなっちゃいましてね。兎に角、もう少し報告を聞いてからお考え下さい。きっと驚かれると思いますんで。』

そう言うと、奈々美はテーブルに数枚の写真を置いた。そして、チラッと靖久を見て話を続ける。

『橋本さんも、御一緒に御確認下さい。知ってらっしゃる方々が、何人かいらっしゃいますから。』

そう言われ、飛鳥は写真を見て驚く。

『左から、森高融もりたかとおる石川睦いしかわあつし陣内敬じんないたかし筒井瞳つついひとみとなります。こちらの二人は、橋本さんもよく御存知でしょう?同じ、南州製薬にお勤めですから。』

飛鳥は、驚きの余り声を震わせながら応えた。

『はい。存じ上げております。』

一呼吸おいて、奈々美が続ける。

『では、この四人の関係をお伝えしていきます。これは、筒井さんの離婚問題とは直接関係ないのかもしれません。ですが、事態は大変な事になっております。それでは、落ち着いてお聞き下さい。』

飛鳥と靖久は、テーブルの下で恋人繋ぎをして返事をした。

『はい。・・・・・お願いします。』

『これは先程話した、恵比寿警察署の刑事から得た情報なので確実な情報です。』

奈々美は、靖久の目をじっと見て言った。

『奥さんの瞳さんは、内定捜査ないていそうさをされています。』

『はぁ?なっ・・・・何だって?・・・・売春?』

奈々美が、再度冷静に言う。

『いえ、売春ではなく、売春周旋しゅうせんです。売春している訳ではなく、売春を取り持っているんです。』

『 ・・・・・。』

飛鳥と靖久は、何も言えなかった。奈々美は、・・・・続ける。

『先程の刑事によりますと、もう十年以上場所を変え形を変えてこの商売をやって来ているとの事です。ですから、筒井さんと出会った時にはこの稼業に染まっていたみたいですね。短期間にコロコロと場所を変えながら、止めちゃぁ始めて始めちゃぁ止めてを繰り返す。それなもんで、実態も掴めない都市伝説の様な存在だったらしいのです。こういう商売ってやっぱり、それなりのプロって言うか何と言うのか。裏社会の怖い方達と、上手く付き合わなきゃいけないみたいなんですけど。瞳さん達はなんて言うんですかねぇ、上納金とでも言うんですかねぇ。昔は払っていたみたいですけど、最近はその辺の経費を上手く使わなかったみたいなんです。』

靖久は、魂が抜けた様に返す。

『・・・・・はぁ。』

『それで、どうやら怖い方々からも目を付けられてしまっている様です。裏社会の人達が騒いでいるのを嗅ぎ付け、その事から警察が捜査に入った様なんです。』

靖久は、奈々実の目を見て聞いた。

『そっ・・・・・それは、間違いないんですか?』

奈々美は、靖久の目を真っ直ぐ見返して応える。

『内定捜査をしている恵比寿署の刑事から、直接入手した情報ですので100パーセント間違いありません。そしてその他の所も、色々調査をしている様です。セブンディーティーズホテルのロビーやラウンジなんて、刑事や裏社会の人達で溢れてましたよ。』

靖久は、ただ・・・・・言葉を失うだけだった。

『 ・・・・・。』

『続けますね。・・・・・そして最初は、私みたいな探偵稼業の人間なのかと思っていたのですが。その方達はまた違う方々でして、税務関係の方からも数名調査に来ていました。まぁそういう商売で得た収入は、税務申告なんてしないんでしょうからね。所得隠しや申告漏れではなく、「脱税」という事で調査されてる様なんです。いいですか!所得隠しや申告漏れだと、「意図的に」やったかとか「悪質」かとかで税務調査をされるんです。ですが、「」という事となりますと高額で悪質という事で、が動きます。お聞きになった事あるんじゃないですかね。あの、有名なですよ。』

飛鳥と靖久は、何も言えなかった。

『売春の周旋で捕まりますと、まぁ微々たる罰金と懲役二年以下の判例が出ています。ですが悪質で高額な脱税という事となりますと、追徴課税と罰金の額もすごいでしょうが懲役も十年以下という事となってしまいます。ん〜筒井さん、離婚とかどうでもよくなってくるでしょ?』

奈々美は、まだまだ続ける。

『そして、売春の周旋についても少し御説明致します。「周旋」という聞きなれない言葉だと思いますが、よく聞く「斡旋」とは少し意味合いが変わるのです。まずよく聞く「斡旋」と言いますのは、簡単に申しますとキャッチです。「ちょっとお兄さ〜ん、良い女の子いますよぉ。」・「お父さん、ちょっと遊んで行かない!」みたいな勧誘です。そして「周旋」は、売春を誘引する行為の事を言います。お客さんが買うように、仕向けるという事です。ネットやソーシャルメディアを使ったりして、売春を目的として誘い込む行為の事を「売春周旋」と言います。どちらが悪質かと申しますと、残念ながら奥さんのやっている「売春周旋」の方が悪質という事になります。ですので「斡旋」は、六ヶ月以下の懲役か罰金弐万円以下とされています。一方「売春周旋」はと言いますと、先程少し申し上げましたが二年以下の懲役と伍万円以下の罰金になります。法律的には、「売春周旋」の方が悪質とされているという事なんです。奥さんの瞳さんは、この「売春周旋」をビジネス展開しています。三十代から五十代の主婦層を中心に、大学生を中心とした二十代の若い男性を紹介しています。元々は若い女性中心だったのですが、今は若い男性を中心にビジネス展開しています。このビジネススタイルを、アドバイスしたのがこちらの森高融みたいなんです。橋本さんも御存知のこの男、瞳さんとは旧知の仲でしてね。売春の周旋、場所を変え短期間に稼ぐ。そして、ほとぼりを冷ましてまた始める。十年以上このやり方で、上手くやって来た様です。その上、反社などへの上納金などの融通をしたりしていたりと。まあ森高も、コンサルティング料として結構な報酬を得ている様ですがね。どちらにしても、相当な切れ者という事ですよこの男は。』

飛鳥をチラッと見ながら、奈々美は続ける。

『それで森高のも、・・・・・まあこれも申告漏れでしょうがね。刑事曰く、彼はアドバイザーとしてだけ関わっているみたいです。あくまで、直接は関わらないというズルい距離感を保っているそうです。ですから、警察も立件が難しいと言っていました。』

奈々美は、軽く黒ビールで喉を潤し続けた。

『そして次の一人、南州製薬でお勤めのこの男。石川睦。彼は若い頃から瞳さんのところで、ナンバーワンの売れっ子だったようなんですね。最近まで、やっていたみたいですが・・・・・。南州製薬社内でも、森高の一番の信頼を得ている部下の様ですね。これは橋本さんがお詳しいでしょうが、結構裏で暗躍するタイプの方の様ですね。周りの評判が、あまり良くない様ですし。森高とセットで、考えられているみたいですね。そして彼が、長年付き合っている瞳さんの彼氏になります。』

っと、あっさり奈々美は言った。

『え〜っ!』

飛鳥は、思わず声を上げてしまった。靖久は、・・・・・頭を捻っている。。

『そうですね。瞳さんの彼氏は、この石川睦です。彼とも、長い付き合いのようです。十年以上は、確実に関係を持っているみたいですね。筒井さんと結婚してからの、お付き合いという事になります。』

奈々美は、靖久を横目に続ける。

『最後に、こちらの陣内敬。筒井さんの会社、十丸建材の課長さんですよね。そしてこの陣内は、瞳さんの腹違いの姉弟になります。異母兄弟と言うんですかね。これは、筒井さんも御存知の事だと思います。しかし彼は、直接的には商売に参加してはいません。どちらかと言うとトラブルが起きた時、都合の良い様に利用されていたみたいです。若い時、そうですねぇこれも十年位前なんでしょうか。二十代前半の頃には、そのビジネスと縁を切っていた様です。それと同時に、十丸建材に入社しています。まあ交友関係が広く、怖い世界のお友達も多い様ですからね。その昔は、ボディーガードみたいな事をしていたみたいです。長くなりましたが、この四人がお二人の職場や私生活に絡んでいる事も奇妙なものです。そして瞳さんの裏の顔も含めて、まだ隠されている事があるのは間違いないと思っています。ここまで御説明したところで、スタッフの増員の件を判断していただきたいのですが如何でしょう?離婚問題よりも、大変な案件が出ちゃいましたけど。ここまでの事を全て踏まえて、判断していただきたいと思います。』

気まずそうに聞く奈々美に、靖久が重い口をゆっくりと開く。

『そうですね。瞳の事は、・・・・・全部調べて下さい。離婚しても子供の将来に関わる事ですので、細かい判断は原田さんにお任せします。急がなくても構いませんので、全て・・・・・全て調べて下さい。特に子供が後々困らない様にしてあげる義務が、私にはありますのでよろしく御願いします。』

『分りました。しっかりやらせていただきます。お任せ下さい。』

奈々美は、深く頭を下げて言った。




 飛鳥と靖久が、長崎倶楽部で衝撃を受けていた頃。陣内は石川を呼び出し、二人でささやかな新年会をしていた。陣内は姉弟のいざこざの事は忘れて、石川に「ゆっくり呑んで語り合おうぜ。」っと言った感じで呼び出したのである。

『お〜い、こっちこっち!』

駅前の人波に流されて、反対方向へ行こうとする石川を陣内は呼び止めた。

『ウィ〜、お疲れ!どうした、疲れてんのか?』

『ああ、ボ〜ッとしてた。』

二人は、軽く話をしながら店に入った。

『乾杯!』

生中を一気に飲み干して、陣内が石川に言った。

『どうした睦?らしくね〜ぞ。んっっ・・・。姉貴だって覚悟の上でやっていたんだからさぁ。お前が落ち込んでもどうにもなんね〜ぞ!』

石川は軽く頷きながら、瞳と出会った時の事を思い出していた。

 当時高校一年生だった石川は、近所の同世代の奴らや学校の奴らにいじめられていた。石川家は結構裕福で、父親は中規模ながら金属加工業の会社社長をしていた。母親も欧州から女性下着を輸入販売する店を経営し、三歳年上の姉は七歳からピアノの英才教育を受ける近所では有名な家庭だった。誰もが羨む家族の中で、石川は小学生まで幸せに暮らしていた。中学生になり、周りの対応や視線の異常さに気付く頃には「金持ちの息子」というレッテルを貼られていた。軽い無視から始まった苛めが、エスカレートするまでに時間は掛からなかった。

 思春期の子供にとって、世の中の構造も財力も権力もあながう対象でしかない。自分だけがその「仲間か」ら外れるという事は、自分が苛めの対象となる事と本能で悟る。それぞれがそれぞれのあわれな美学に酔いしれ、恰好の餌にする事で卑しい人間関係を構築させていた。石川は同世代の中産階級の子供達が妄想する、哀れな美学の犠牲者となり毎日苛められていた。毎日々・・・・来る日も々・・・・兎にも角にも苛められた。

その苛め方も卑怯そのもので、直接自分達の手は出さずに進行していく。苛められている者同士で喧嘩をさせたり、クラスメイトの目の前でセックスを強要させたりして精神的に虐め殺していった。セックスに至っては、女子ではなく男子同士でやらされた。

そんな石川に家族は何一つ気付く事なく、本人だけが自殺を考え孤独に苦しんでいく。そんな中、高校進学を期に校区を変える事にした。誰も知らない環境に身を置く事で、全てをやりなおせたらと思ったのである。

だが、苛めは無くならなかった。場所を変えても、卑しい人間の考える事など所詮同じなのである。

『世の中、老いも若きもばかり!』

石川は朝登校する為家を出ても学校には行かず、渋谷あたりでウロウロしている毎日が増えていった。そんな時に、上品なメイクにシックなファッションでキメてる瞳に出逢った。

『君さぁ、よくここら辺彷徨うろついてるでしょ?どうしたの?うさぎちゃんみたいなお目々して。可〜愛い!』

石川は、初めての優しさに身も心も癒された。そして、とろけていった。毎日々瞳の体を貪り、身も心も癒され蕩けていった。

『瞳ちゃんさぁ、なんで俺に優しくしてくれんの?』

瞳は、甘く蕩けるようなキスをして言ってくれた。

『私も、孤独なうさぎちゃんだから解るんだよねぇ。・・・・・睦、あんたは私が守ってあげる。安心しなよ。』

石川には、もう何も要らなかった。

 それからは、瞳との夢のような毎日。客をとってギャラを貰い、瞳に褒められて瞳の体でご褒美を貰う。そんな毎日を過ごしているうちに、自分を苛めていた奴らが羨ましがって寄り付いて来た。金をせびったり、バイトを紹介する様に強要したり。喧嘩やトラブルにはからきしダメな石川を、瞳は姉弟の陣内を使い力で解決させた。そうすると苛めていた連中から知らない奴らまで、気付けば石川に絡んでくる輩は消えていっていた。

『これで学校も通えるだろう?睦、お前XX高校だったよな?三年に俺の後輩いっから言っといた。もう学校に、お前を苛める奴なんかいねぇ〜から安心しろ。』

石川は、何の事だと訝った。自分に何の利益も無いのに、「僕を」助けてくれる人がいるなんて。大人は暴力は駄目だと、上部だけの事しか言わずに何も解決してくれない。しかし陣内は、何も言わずに暴力で自分を救ってくれた。大人の言う「暴力」と、陣内が自分を助けてくれた「暴力」。世の中の大人は、何も分かってくれなかったのに。両親も姉も、自分の事など何も分かってくれなかったのに。

『えっ・・・?』

『睦、学校は出とけよ!大学も行け。オメェ〜は、喧嘩弱いんだから学歴身に付けとけ。学歴ってのは、あっても腐るもんじゃぁねぇ〜んだからよ。』

『うん。敬さんスゲ〜!』

『うるせぇ〜よ!』

そうこうしていると、大学進学・就職活動と人並みの進路選択を迫られた。親姉弟ではなく、石川は瞳と陣内に何でも相談した。そして二人は、いつも石川の想像を超える答えを用意してくれた。石川は、そのレールの上を喜んで自慢げに進んで来たのである。そう、石川にとって、二人は家族そのものなのだ。

瞳も、陣内も自分の家族なのだ。瞳を、絶対に失う訳には行かない!絶対に!

石川は気付いていた魂に、改めて炎を燃え上がらせた。

『敬さん!・・・どうにかして瞳ちゃん助けようよ!』

石川は、陣内の眼を真っ直ぐに見てそう言った。

『ふっ・・・。俺に、何をして欲しいんだ?・・・・・言ってみろよ?』

陣内は、口元を緩ませて返した。

いつになく活き々した眼を、石川は陣内に向けていた。二人はお代わりを頼み、詳しい話をしながら夜は更けていく。




 飛鳥と靖久は、部屋に戻って奈々美の報告を振り返っていた。

『いやぁ〜、ビックリした。マジか・・・・・』

靖久は肩が凝ったのか、首を回しながらボヤいた。

『ねえヤス君、専務さんに調べるの勧められて良かったね。大変な事になっちゃったけど。知らなかったらもっと大変だったよ?』

『そうだよなぁ。しかし、どうしよう。離婚した後逮捕されるとすんじゃん。』

『うん。』

『そしたら、子供二人はお義母かあさんの所に引き取られるんだろうけどさぁ。学校で苛められたりせんかなぁ?子供って、そこのところは残酷やからなぁ。そこまで考えんといけん様になってしもうたねぇ。ふぅ〜。』

靖久は、溜め息を小さく吐いた。

『そうだね、子供達には何の関係ないのにね。兎に角、原田さんの報告待ってから考えないと。まだ何も決められないじゃん。』

飛鳥と靖久は、想像も出来なかった事態に戸惑いを感じていた。それと同時に、底知れぬ不安と二人の子供に対する後めたさを・・・・・。

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