第7話 其々の決意

 飛鳥と靖久は街の中心部の方へ戻って、夕暮前の中島川沿いをゆっくり歩きながら散策していた。二人は、久々の故郷に癒されそして驚いていた。恐らく地元に残っていれば、全く気が付かなかった感覚を味わいながら。世の中も故郷も、こちらの都合など関係なく移り変わっているのだ。いつまでも変わらない故郷は、もう憶い出の中にしか存在しないのである。靖久はそんな思いの中、自分の置かれた現実を振り返った。

靖久は瞳との離婚に正面から向き合う事で、二人の子供にどれだけの負担が掛かるのかと考えた。

そして、飛鳥に掛かる重圧と負担を。色んな事が、頭の中でグルグルと入り乱れていた。しかしここまで来ても気持ちが変わらない事も、そしてもう戻る気がない事も解っていた。

「自分も変わって行かなくてはならない。」

靖久は、心の中でそう呟いた。現実的に、家を追われて子供とは会えない。

そして、仕事も早急に引き継いで辞めなければならない。そんな自分に、飛鳥は付いて来てくれるのだろうか?靖久は、何だか故郷の変化と自分を照らし合わせて少しセンチになった。そして、ボソッと飛鳥に話す。

『飛鳥ちゃん、新幹線の高架線あったやろ?なんかあれ見たら、寂しくなってさ。俺の故郷が、無くなってしまったって感じがしたよ。もう帰る所が、帰る故郷が無くなってしまったってさ。』

いつしか考え込んで足を止めてしまった靖久に、飛鳥はゆっくりと優しく背後から抱きついた。そして、背中に頬をゆっくりと当てた。飛鳥には、靖久の気持ちが何となくではあるが解っていた。今置かれている状況を考えれば、よくぞ取り乱す事なく明るく接してくれていると思っていた。

『俺の中の故郷・長崎って、きっと二十世紀のままなんだよね。子供の時の淡い憶い出と、東京に行って美化してしまった故郷。それを合わせて、不思議な期待をしていたんだろうな。いつもでも、何も変わらないままで待ってくれている故郷。俺の喜びも悲しみも、不始末までも全て包み込んでくれる故郷。そんな都合の良い事を、俺は故郷に期待していたんだろうな。でもその故郷・長崎は、もうこの世界には存在しないんだ。故郷に帰って来て、感傷的になってるんだろうけど何か虚しくなっちゃった。』

靖久は飛鳥の手を、優しく包み込んで続ける。

『俺も、変わらなきゃいけない時が来たんだろうね。瞳の怒りも悲しみも、子供達の悲しみも全部受け止めて。』

飛鳥は、靖久の背中に数回頬を擦りながら返す。

『ヤス君、大丈夫だよ。絶対に一人にはしないから。』

飛鳥は、強く靖久を抱き締めた。すると靖久越しに、川の対岸を他の観光客が降りて行くのが見えた。川縁かわべりを、幅二メートル位の簡易歩道みたいにしてある。そこではしゃぎながら、記念撮影をしているのだ。熟年世代は、眼鏡橋をバックに記念撮影。若年世代は、手前の石垣に埋め込まれているハート型の石垣をバックに。各々の楽しみ方をしながら、想い出を作ろうとしているのだ。飛鳥はそれを見て、靖久の手を取って進み出した。

『えっ・・・・・・、どうしたの飛鳥ちゃん。』

戸惑う靖久に、飛鳥は手を引きながら言った。

『記念撮影するの、・・・・・・あ・そ・こ・で!』

飛鳥が指差す先を見て、靖久は照れながら笑顔を取り戻していった・・・・・




 瞳は子供達を預かってもらう為に実家へ寄ったのだが、予想外の足止めを強いられていた。玲子の質問攻めにあい、中々解放されないのである。 

『だから、・・・急いでるんだって。今度パパと三人で、話し合う時間ゆっくり取るから。今日は、本当に時間がないんだって。弁護士さんの所に、十五時に行かなきゃいけないの。』

振り払うように実家を出て、瞳は急いで駅に向かった。というのも靖久との離婚問題で弁護士と会い、その後はいつもの様にビジネスの時間だからだ。今日で二回目の相談なのだが、前途は多難の様なのだ。瞳は前回の相談の時の事を、振り返りながら駅へと急いだ。

『許せない!私、・・・・夫に不倫されたんです。』

席に着くなりそう言った瞳に、弁護士は少し戸惑いながら相談が始まった。そして瞳を落ち着かせる様に、ゆっくりと丁寧に話を進めていった。まず離婚をするにあたり、決めておかなければならない事があると。

「親権」・「養育費」・「慰謝料」・「財産分与」。先ずこの事は、夫婦間で決めておかなければならないと。瞳にしてみれば、もっと事務的に話を進めてくれるだけでいいのだが。そうもいかないらしい。

「協議離婚」・「調停離婚」・「裁判離婚」、いずれにしても夫婦間で決めた事を基に話し合っていくと。近年日本でも離婚は多くなっており、一番多いケースだと協議離婚で何とか落ち着くらしい。それでも、先に言われた夫婦間の決め事が大事なのだと釘を刺された。その上で、必ず「離婚協議書」として「公正証書」にしておいた方がいいという事も。夫婦間の決め事がうまく決まらなかったり、靖久が離婚に応じてくれない場合は調停離婚になるなどの説明を受けた。

 瞳としては靖久が不倫をして、太々しくも何の言い訳もなく離婚に同意しているのだから問題はない。細かい事は立ち入らないで、弁護士として後ろ盾にさえなってくれればいいのである。瞳の都合の悪い事には何一つ触れずに、靖久との離婚を進めてくれれば良いだけなのに。そんな感じで最初の相談が終わっていた為に、今日の相談に向かうにあたって少々イライラしていたのである。

そこで「毎週末、実家に子供を預けて何をしているのか?」と、玲子に聞かれて溜まったストレスが破裂しそうだったのだ。

『黙って離婚の手続きを、してくれるだけでいいのにさ。』

瞳は、小さく独り言を吐き捨てた。

自分でも解っているのだ、叩けば埃の出る人生だという事は。しかしいざ離婚をするという段階にきて、余りにもほじくられては困る事しかない私生活。これを、どう隠して有利に事を進めるか?

自分からは、何も言わない。全て靖久の不倫に集中させ、その上短期間で完全勝利に持ち込む。瞳が思い描くのは、このシチュエーションだけである。

 瞳が十七歳だった時、夜の渋谷で森高と出会った。既に三十歳を超えた森高は、援交を仕切って少し名前の売れ出した瞳に色々アドバイスをしてくれた。客としてあまり貢献出来ない森高は、瞳に助言してやる事で貢献した。まぁそれ也に、ギャラは支払ったが・・・・。

「この商売は同じ場所で営むと必ず足が付く」・「場所を転々とさせ、直接客とは会わない」。このスタイルを構築させていったところで、女子高生や大学生を男に紹介するシステムをやめた。金払いの良い三十代女性をターゲットに、年下の男の子を充てがうシステムに変更させたのだ。そこから数年かけて、瞳は森高とこのビジネスをでかくしていった。

この転機が、瞳に財力を身に付けさせた。しかも、公には出来ない財力を。勿論森高にもその一部が還元されはした。・・・・が、瞳の手にした金額は桁が違った。

若い学生達をバイト感覚で働かせ、熟れた女性達に充てがっていった。女という生き物は、金払いが良いのでトラブルも少なかった。セックスが出来てギャラも良いバイトには、それなりの容姿と口の固さが必要とされた。意外と、テクニックは要らないのである。若さと体力と素直ささえあれば、後は女の方が勝手に教えて可愛がってくれる。そして、嵌ってヘビーユーザーになってくれるのだ。

当然何処の馬の骨か分らない連中が、噂を聞き付け調子に乗って雇えと言ってくる。だから、厳しい審査の面接に合格した者だけを受け入れた。断られてごちゃごちゃ言ってくる輩には、敬とその連れに力で黙らせてもらった。

 そんな選ばれし者の一人に、まだ高校生だった石川睦がいた。まだまだ無邪気な石川に、瞳が恋心を抱くまでに時間は掛からなかった。しかし心を奪われたとしても、売れっ子だった石川を独り占め出来る訳はない。店のナンバーワンとして稼いでもらいながらも、予約がない時には自分の側から離す事はなかった。

恋する男は自分の店の稼ぎ頭、瞳は複雑な心理状態の毎日を過ごしていた。石川と出会った時に、瞳はすでに靖久と結婚をしていた。父親のお気に入りの旦那と、自分のお気に入りの恋人。靖久と、結婚はしているが恋はしない。恋愛は、石川とするから良いのである。あくまでも、父親が作った会社を守る為の結婚。特に愛情があるとかではなく、後継者としての選択なのであった。まぁ靖久本人は知りもしないが、瞳はこうして精神的なバランスを取ったのだ。女性がたまに口にする、「恋する相手と結婚する相手は違う」と言うやつだ。

 それでも、一度はこのビジネスから足を洗う筈だった。だが石川が他の店でチョコチョコバイトする事に嫉妬した瞳は、自分の下で働かせスケジュールも完璧に管理する事にした。他の女が、石川に近寄れない様(仕事以外は)にしたのだ。

そして石川が就活をする時は、森高の力を存分に活かして見事に南州製薬に就職させてもらった。瞳は、それからも自分だけの石川睦を大事に大事にして来た。

そして二人の子供ができても、石川との関係は終わらなかった。いや、終わらせなかった。瞳は、石川との関係を必死に守ったのだ。

 靖久には、本当に悪い事をしてきたと思っている。だがそれも石川への愛情に比べると、僅かな謝意であるという事も解っていた。

瞳は電車を降り、弁護士事務所へと急いだ・・・・。




 加藤は高木との会食を終え、帰路に着きながら頭の中を整理させていた。あまりにも過激で、複雑な話を聞いてしまったからである。まず自分がしっかりと理解をしない事には、靖久にも玲子にも話を出来ないからである。

しかも、どちらに先に話さなければならないのかも大事であった。加藤は、大きく溜め息を吐いた。

『あぁ〜、溜め息ばかり吐くなぁ。こんな大事おおごととは思わなかったよ。こりゃぁ〜参ったなぁ〜。』

加藤は、また大きな溜め息を吐いた。




 夜の長崎、ネオン街の中で飛鳥は靖久とはぐれていた。コンビニでトイレを借りている間に、靖久と逸れてしまったのだ。電話をかけて周りを見回していると、急に両肩を抱き締められた。飛鳥は心臓が止まりそうになり、声を出す事も出来なかった。すると耳元で、靖久が声を少し変えて囁いた。

『お嬢さん、一人で何してんの?』

飛鳥は直ぐに振り返って、靖久の顎を人差し指で突きながら返す。

『ヤス君!びっくりするでしょ!・・・・・泣かすぞ!』

靖久は、笑いながら謝った。

『ごめんごめん!ちょっと、驚かそうと思っただけだって。しかも、・・・・・泣かすぞって。』

土曜の長崎の夜に、二人の笑い声が響く。

『それよりもヤス君、今日はどこへ連れて行ってくれますか?』

『今日は、・・・・・「かにや」で御座います。飛鳥様!』

『あっ、懐かしい!』

長崎に昔っからある、おにぎりの専門店である。懐かしいものに懐かしい事、靖久は久しぶりの故郷に驚きながらも癒されていた。そして明日東京に戻ると、厳しい現実が待っている。心に纏わり付く不安を、故郷と飛鳥に癒されながら過ごした。そして、少しずつ気持ちの整理をつけていた。先ず頭をよぎったのは、子供達にどう説明するかであった。今月二十日は、葵の八歳の誕生日だった。一応電話で「おめでとう」は言えたのだが、「なんでお家にいないの?なんでぇ〜?」と質問攻めにあってしまった。まあ、子供としては当たり前の疑問だろう。毎日帰って来ていた父親が、急に帰って来なくなったのだから。その上、自分の誕生日まで帰ってこないのである。靖久は、自分でもどういう言い訳をしたのか覚えていない。

そんな事もあり、自己嫌悪に駆られていたのだ。

それを、感じ取っていた飛鳥が声を掛ける。

『はい、社長さんは何を頼みますかぁ〜?』

そう言われた靖久は、飛鳥に救われている事を実感しながらメニューを見るのだった。




 日曜日の十時頃、二日酔いの陣内は石川からの電話を取った。昨日加藤と別れた後、近所で遅くまで呑んでいたのである。

『ウィ〜、・・・・・どうした?』

『んっ、何?どうしたの?・・・・・寝てた?』

『んぁ〜・・・・・いや。それより、どうしたんだ?』

石川は、瞳と陣内が揉めた事を森高から聞いて電話をしたのだ。瞳の離婚の事もそうなのだが、裏のビジネスに関しても良からぬ話を聞いてしまったのだ。それに姉弟の瞳と陣内が、袂を分つ事などあってはならないと思っていた。

『ん〜・・・・・いや、昨日森高さんと仕事の打ち合わせがあったんだけどね。その時に、瞳姉と敬さんが揉めたって聞いたから気になって。』

『あぁ〜、やっぱ融の野郎がかんでやがったのか。そんで姉貴も、融に直ぐ御注進ごちゅうしんってのも気に入らねぇなぁ。』

陣内は、瞳の後ろに森高がいる事自体気に入らなかった。それに、裏のビジネスに関してもだ。瞳のビジネスを、大きくするにあたっての貢献は認める。だが人となりやその他の事に関しては、陣内は森高の事を軽蔑して警戒していた。

『そう言わないでさぁ、落ち着いて話を聞いてよ。森高さんが言うには、裏も表も簡単にはいかないかもしれないって。』

石川は昨日森高に言われた、悪い話の内容を詳しく話した。

『そうか、そんな事言ってやがったのか。そういう事なら、こっちもそれなりに動いてみるか。そんじゃぁ・・・・・。』

陣内と石川は、もう暫く話をして電話を切った。




 飛鳥と靖久は、昼食を何にするか相談していた。今日の夕方の便に乗る為、食事の後は暫く散策でもして空港に向かう。

『ねぇヤス君、お昼何にする?』

靖久は、少し考えて返す。

『あぁ〜、俺皿うどんがいいなぁ。』

『どっか、良い処ある?』

『俺が昔行ってたところ、まだやってんのかなぁ?バリ麺(極細麺)と鳥皿(鶏肉を使った皿うどん)が、たいがい美味い店やったんやけどさぁ。』

靖久に連れられて、アーケードを歩きながら飛鳥が聞いた。

『ヤス君がいた頃は、どんな感じだったの?余り変わんないかもしんないけど。』

靖久は、周りを見ながら応える。

『街のアーケードは(地元の者は、繁華街・浜の町の事を”まち”と言っていた)、今よりも人がわんさかいたよ。平日でも、今日より多かったなぁ。休日なんか、くんち(長崎のお祭り)の時のごたったよ。もう・・・・・、面影はないけどさ。』

アーケードを進みながら、靖久は溜め息を吐く様に話し出した。

『この角には、百貨店があったし。このコーヒーショップは、昔はケーキ屋さんだったんだよなぁ。「ルミエル松月」ってさ、二階に喫茶コーナーがあったっよ。果物のシャーベットなんか、ばっかみたいに美味かったよ。』

『え〜、・・・・・私分かんないなぁ。』

『まじかぁ〜!そこの玉子サンドが、あったかくってさ。大好きだったんだぁ。』

『あったかいの?』

『そう、あったかい卵焼きを挟んでんの。ケチャップソースで、・・・・・美味かったんだよなぁ。』

そして暫く進んで行くと、アーケードの終点になった。

『あれっ?・・・・・無くなってるや。携帯ショップに替わってる。やっぱ、変わっていってしまうんだなぁ。』

靖久は少し項垂れて、変わってしまった街の風景を見ている。飛鳥は、そっと横に行って手を取りながら話す。

『そんなに気にしないの、全国的に後継者がいないって事で縮小傾向にあるんだからさ。お店やっている人も、大変なんだよきっと。』

飛鳥の言葉で、靖久は少し気持ちを持ち直して言った。

『あっそうだ!新地に戻ろう。湊公園の近くのさ、良い店があんのよ。そこの皿うどんさ、肉団子入ってんの。珍しいやろ?』

『じゃぁ。決定!』

二人は中華街に向かい、靖久のお勧めの店を探した。

『あっ、・・・・・よかったぁ〜。あったあった。ここ!』

そう言って靖久は、飛鳥の手を引いて店に入った。二人は皿うどんに春巻き、そしてレタス炒飯など頼んだ。靖久お勧めの店の料理に舌鼓を打ち、その後ゆっくり散歩しながら街を眺めていた。

『飛鳥ちゃん。』

何となく瞳が潤んだ様に見えた靖久に、飛鳥は優しく手を取って返した。

『どうしたの?心配しないでも、私はずっとヤス君と一緒だから。不安かもしれないけど安心して。そして、・・・・・一緒に頑張ろう。』

『うん、有り難う。まぁ直ぐって訳じゃないにしても、会社辞めなきゃなんないだろうし・・・・前途多難だよ全く。ハハハッ。』

『プー太郎になっちゃうネェ。二人で、キッチンカーでもやりますか。ずっと一緒に居れるし。意外と・・・・良いかも。』

飛鳥が微笑みながら言った時に、靖久のスマホが鳴った。靖久は、飛鳥にモニターを見せた。モニターには、「加藤専務」の文字。

『はい、筒井です。・・・・はい・・・・はい・・・・分かりました。態々わざわざ御丁寧に有難う御座います。・・・・はい・・・・失礼します。』

靖久は、飛鳥を見て言った。

『なんでか分かんないけど、加藤さん離婚についても知ってた。そんで何か大事な話があるから、明後日の火曜日昼から時間取ってくれって言われた。何だろう?』

『んん〜。きっと、ヤス君の味方になってくれるんだよ。』

こういう前向きな受け取り方が出来る飛鳥が、靖久には愛しくて堪らなかった。自分には無い、・・・・・物事を前向きに考える純粋な魂を。

『よし。飛鳥ちゃんの言う通り、キッチンカーやりますか。パンに皿うどん挟めてさぁ、皿うどんサンドつって売るの。良くねぇ?』

『良いけど、皿うどんサンドは売れないよ。ボツ!』

『え〜、給食の時にパンに挟んだやろ?』

『んっ・・・・挟めたけど、東京では売れないと思うから。ボツ!』

『ちぇ〜っ。』

もう直ぐ東京へ帰る、覚悟を決めて。笑って飛鳥と戯れながら、靖久は気持ちを引き締め腹を括った。

「真っ直ぐに、真っ直ぐに進もう。傷付いて、傷付けるだろうけど。だけど子供達は、なるべく傷付かない様に。」

故郷で、決意を固めた靖久であった・・・・・。




 玲子は加藤からの電話を切った。腰が痛いにも拘らず、娘夫婦の為に奔走してくれているのである。その加藤が、瞳とじっくり話をしてほしいと言うのである。なるべく早く、瞳と靖久さんが弁護士を交えての話し合いをする為にも。そして瞳が如何したいのか、話しを聞いてもらいたいと言うのである。二人の孫の事に、靖久さんの仕事の事。そして、瞳の将来の事を如何したいのか。瞳が、どういう風に考えているのかを聞いてほしいと。靖久さんには、今週中に加藤さんが話しを聞いてくれるらしい。

玲子にしてみれば、離婚を回避する為の話し合いをして欲しい。だが瞳達の何がそうさせているのか分らないが、もうすでに離婚をする為だけの話し合いになっているみたいなのである。

優樹と葵は、まだ十一歳と八歳なのだ。両親の離婚なんて今の時代珍しくはないにしても、我が孫に態々そんな経験をしてもらいたくはないのである。

玲子は、頻繁ひんぱんに孫を預かってきた。最初は孫可愛さに嬉しくって預かっていたのだが、流石に孫の事よりも娘の事が気になり出す迄に時間はかからなかった。この数年は、毎週の様に預かってきたのだから・・・・・。

 玲子は、離婚の原因になる問題を抱えているのは瞳だと思っている。ただ、それを聞き出すのはかなり難しいだろうとも思っている。瞳は小さい頃から、自分の事を話す子供ではなかった。友達の事も学校の事も、テストやボーイフレンドの事も何も話さない子供だった。なぜか、・・・・・頑なに。

思い返してみると、恥ずかしながら娘だというのに瞳の事をあまり知らないのである。ただ今回だけは、可愛い孫の人生がかかっている。何としても、瞳に詳しい話を聞かなければならない。玲子は、覚悟を決めたのであった。

『あぁ〜、なんでこうなっちゃったかねぇ?』

溜め息ばかり吐く玲子であった。




 飛鳥と靖久は、東京へ帰る為に空港に向かう時間になった。二人は、来る時とは違う手段で空港に行く事にした。帰りは、長崎空港行きの船に乗って向かう事にしたのだ。

『へぇ〜私知らなかったよ、船で空港に行った事なかったもん。』

舟券を買って戻って来た靖久に、飛鳥は隣で買って来たスタバの珈琲を渡しながら言った。

『うふぃ〜、飛鳥ちゃんは街(繁華街)の方だったからだよ。俺は、結構利用してたんだよね。でも、本数は少なくなってた。これもまぁ、仕方のない事かな。』 

十年位前迄は、三十分置きに定期便があった。しかし今となっては、離発着便の時間帯に合わせた運行となっている。その為なのか、空港には結構早めに着いてしまった。

二人は、ささやかだがお土産を買って帰る事にした。飛鳥は、職場の仲間に定番の福砂屋のカステラを買った。靖久も会社の皆んなに、福砂屋のカステラを買ったところである店に気が付いた。

『あっ、飛鳥ちゃん、角煮マンとかも買って帰ろう。あと、・・・・かんぼこ(蒲鉾)と。うわっ、大村寿司まであるやん。あっ、カラスミも・・・・・』

『お〜い、ヤス君。クリスマスイヴだって言うのに、また変わったものばかり買ってるんだねぇ〜。』

飛鳥が意地悪そうに言うと、

『うぅ〜、そうだった。けど・・・・・、買っちゃう。』

お土産と恐らくは夕飯になるであろう押し寿司など持って、二人は搭乗待合室に落ち着いた。少し時間を持て余し、まったりと座って搭乗時間を待った。

『ヤス君、またに帰ってこようね。』

『うん、今度は実家にも寄りたいね。飛鳥ちゃんの・・・・』

態とらしく、飛鳥が聞き直した。

『えっ、ヤス君、何?もう一回言って?ねぇ?もう一回!』

そうこうしているうちに、搭乗開始時間がやってきた。二人は機上の人となり、業火の燃え盛る東京へと向かった。何一つ有利な材料のない、離婚に向けた話し合いをしに帰るのである。靖久は、珍しく引き締まった顔をして飛鳥に言った。

『飛鳥ちゃん。俺、絶対に飛鳥ちゃんを傷付けない様にする。そして二人の子供の心の傷が、なるべく・・・本当に小さく少ない傷で済む様にしようと思ってる。迷惑かける事になるね。ごめん・・・・。』

飛鳥は、頷きながら恋人繋ぎの手を強く”ギュッ”っと握った。




 飛鳥と靖久が、機上の人になった頃。陣内は、ある男に電話をかけていた。子供の頃からの仲で、瞳のボディーガードを一緒にしていた男だ。

『おお悪ぃ〜、忙しい?』

『おん、どうした?』

『実は、姉貴の事も兼ねて話があってさ。今から、ちょっとそっちに行っていいかな?出来れば、静かな所で話せればいいんだけど。』

『分かった、いいよ!どうする?迎えの車行かせるよ?』

『いや、もう家は出てるんだ。電車でそっちに向かうからさ。そんで、何時頃行けばいいかな?』

『直ぐにでも大丈夫だよ。』

『そんじゃあ、着いたら電話するわ。』

『ウィ〜!』

それから、小一時間程が経った六本木。陣内は高速下の信号辺りで、通り向こうから声をかけらているのに気が付いた。

『敬!敬〜!お〜い、兄弟!こっちこっち。』

身なりが良く、ガッチリとした紳士風の男が陣内を呼んでいた。陣内は手を上げて合図をし、ちょうど青に変わった横断歩道を渡り大きな声で返した。

『おう、お待たせ。イヴだってぇ〜のに悪い〜なぁ。』

『何言ってんだよ。お前が、気使うと気持ち悪い〜んだよ!まぁ、来年オープンする俺の店に来てくれよ。お前に、見せたい物があるからさっ。』

そう言うと、二人はとある飲食ビルに入って行った。

『お前に、コイツを見せたかったんだよ。マジでぶっ飛ぶぞ!』

『何だよ、ぶっ飛ぶって・・・・・』

案内されるがままに、陣内は店内に入って我が目を疑った。

『どうよ。懐かしくねぇ?』

店内のオブジェに、陣内達の世代が焦がれたカワサキの単車が飾られていた。

『うをぉ〜、Z1じゃん。かっくイイねぇ〜。』

若い時代の話に花を咲かせながら、先ずは乾杯をした。

『んでぇ〜、話ってなんだよ?瞳ちゃん、何かやっちまったか?』

陣内と長い付き合いの、本匠ほんじょうが聞いた。

恭介きょうすけ。姉貴の事で頼みがあんだよ。実は、・・・・・。』

陣内は、ざっくりと事の経緯を説明した。

『ほぉ〜、瞳ちゃんがねぇ。しかし瞳ちゃん、正仁会に金払ってたんじゃねぇの?そう聞いてたけどなぁ。』

本匠は、思い返す様に視線を上げて言った。

『ああ、昔は払ってたんだけどさ、ここ五年位払ってねぇらしいんだ。森高がかんでるのもあって、姉貴もちょっと調子に乗った感もあんだけどさ。睦の話し、結構やべえって言うのよ。森高曰く、表も裏もだとさ。』

本匠は、小さく頷きながら返す。

『そうかぁ。じゃ、正仁会にチンコロされてんなぁ。間違いねぇだろ。』

『そんでよぉ、お前に如何にか出来ねぇか相談しに来たんだ。』

本匠は、少し考えながら応える。

『こりゃ、警察さつも税務署も動いてんだろうな。』

陣内は、本匠を見ながら言う。

『そうなのかぁ、森高の話を睦づてに聞いたからよぉ。何処までがマジで、何処からフカシなのか解んねぇんだよ。』

『まぁ、もうちょと詳しく聞かせろよ。もしかしたら、如何にか出来るかもしんねぇしさ。まあ、。』

『ああ、頼むよ。』

陣内と本匠は、その後個室に入ってじっくり話し合った。

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