第19話 一体どんな恨みを買ったんだ?

 最近、このダンジョンにやって来る人間の数が増えた。

 以前は侵入者のほとんどがゴブリンだったのだが、現在では全体の二割くらいまで人間が増えており、そのほとんどが冒険者だ。

 

 人間から手に入る魔素はゴブリンよりもはるかに多く、そのおかげでダンジョンコアの魔素がかなり溜まった。

 なので、今はダンジョンを大きく改修しているところだ。


「だいぶ時間がかかったがこんなもんか?」


「お疲れ様です、魔王様。それぞれの階層ごとに構造が大きく異なり、簡単に攻め落とされる可能性は低いので充分かと思います。」


「なんじゃ?迷路みたいで面倒じゃのう……」


 今まで階層が1つしかなく平面的だったこのダンジョンを下に伸ばし、新たに2つの階層を増やした。

 単純計算で三倍の大きさだ。

 

 広ければいいというわけではないが、狭いよりも広いダンジョンの方が侵入者を迎え撃つ時に取れる選択肢が増え、戦略の幅も広がってくる。

 

 例えば、身を隠せるような地形を増やし、ゴブリンやスライムの奇襲性能を上げたりできる。

 また、大量のオークをひとまとめに配置して、単純に数の暴力で冒険者を蹂躙することも可能だ。


「とりあえず、増やした階層に配置する魔物を召喚するか。」


 増えた階層に魔物を置かないことには始まらないので、ひとまず魔物を召喚する。

 オークにゴブリン、コボルト、スライム……。


「ダンジョンの拡張に魔素を使いすぎたな……。」


 それぞれ何体か召喚したところで、ダンジョンコアの魔素が尽きて、これ以上魔物を召喚できなくなってしまった。

 増えたエリアをカバーするには数が少なすぎる。

 どうしたものか……。


「おい!そういやあお前に貸したオークはどこ行った?」

 

 そういえば、黒装束が来た時ベルに貸したオークがまだ返ってきてなかったな。

 一体だけとはいえ、貴重な戦力だ。

 何かの足しくらいにはなるだろう。


 そう思ってベルに聞いてみたところ……。


「ガハハハハハ!すまんな。」


 大笑いしながら、微塵も申し訳ないと思ってなさそうなくらいいい笑顔で何の脈絡もなく謝られた。


「……?急にどうした?元からおかしかったが、とうとう本格的に頭がイカれちまったか?」

 

「ガハハハハ!いや、なに。大将から借りたオークじゃが、身籠っちまってのう。戦えるような状態じゃないんじゃ。」


「は?」


 何を言ってるんだコイツは?


「まあ見た方が早い。ワシの部屋を映しとくれ。」


 言われるがまま、ダンジョン内にあるベルの居住スペースを映し出す。

 腹の大きくなったオークがベットの上で寝かされていた。


「…………」


 あまりにも衝撃的な光景すぎて、言葉が出てこなかった。

 

 魔物オークと人間という全く異なる種族の間で子どもができるなんて……。

 異世界ってこういうものなのか……?

 それともベルこいつが特殊なのか……?

 

「オークの妊娠期間が二週間くらいじゃったかのう?魔物の成長は早いし、何よりワシの遺伝子が入ってるから、すぐに戦力になってくれるはずじゃ!その時を楽しみにしとってくれ。ガハハハハハハ!」


 悪びれもせず、バカ笑いを続けるベル。


 こいつ……こんな時に俺の魔物を……。

 よし。


 俺は静かに決意を固め、無言で拳を握りしめる。

 すると、突然ダンジョンコアが激しく点滅し始めた。


「お、客が来たぞ、大将!」


 どうやらこのタイミングで侵入者がやってきたらしい。


「……チッ!」


 一発ぶん殴ってやろうと思ってたのに、水を差されてしまった。

 ……まあいい、忘れた頃に思いっきりやってやろう。

 そんなことより今は侵入者への対処が先だ。


 ダンジョンコアに手をかざすと、ダンジョンの入り口付近の映像が映し出された。

 

「一人か。」


 そこにいたのは一人の女だった。

 

「ほう……なかなかの上玉じゃな。」


 目つきが鋭く気の強そうな顔立ちをしており、さらさらと特徴的な長い金色の髪を、動きやすいよう後ろで縛って一纏めにしている。

 白を基調とした制服っぽいパンツスタイルの出で立ちで、腰には珍しい形の剣をぶら下げている。

 あれは刀とかいうやつだろうか?


「あの服……エキナセア王国の騎士でしょうか?」


 なるほど、騎士か。

 俺はレモリーの言葉に納得した。


 服の上からでもわかる鍛えられた体つきに、体の軸がぶれない無駄のない足運び。

 そして、レモリーやベルなんかと同じく、強者だけが持つ独特の雰囲気を侵入者の女は纏っていた。


 これは舐めてかかっていい相手じゃないな。


「まだダンジョンの戦力が整ってねえってのに……。」


「大将、そんならあれはワシが貰ってってもいいか?」


 ベルが弾むような声で俺に尋ねてくる。

 もういつでも準備万端と言いたげな感じで、なぜこいつがこんなにやる気を出しているのかはなんとなく察しがついた。


「……いや、お前は後ろでおとなしくしてろ。」


 レモリーを抜けばこのダンジョンの最大戦力であるベルは元々、このコアルームへ続く道を守る最後の砦として、ダンジョンの最奥を守らせる予定だった。

 万が一のことを考え、これを簡単に変えるわけにはいかない。

 そして何より、俺の魔物を一体ダメにした罰だ。


「なん……じゃと……?……のう、大将。そんな殺生なことせんでも、なんとかならんか……?」


 待機令にショックを受けたのか、ベルは捨てられた子犬のような視線をこっちに向けてくる。


 ……正直、かわいそうというよりイラっとした。


 と、ここでレモリーが俺達の会話に割って入ってきた。


「ベル様。」


「む……仕方ないのう。」


 彼女の鶴の一声で、ベルが引き下がる。

 やはりレモリーには敵わないようだ。


「ハァ……あのなあ……ん?」

 

 ベルに一言文句を言ってやろうとしたところで、ダンジョンの入り口に先程の女とはまた別の人影を見つけた。


「なんだ?アレは?流行ってんのか?」


 新たにやって来た侵入者は五人で、黒いマントでその体を覆っていた。

 少なくとも冒険者には見えない。


「ありゃあ……ワシをりに来た奴らとは違うが、暗殺者じゃろうな。じゃがなんと言うか、まとまりに欠けるというか。」


 ベルの言う通り、侵入者達はそれぞれが思い思いに動いており、チームワークというものが全く感じられなかった。


「これは……闇ギルドの者でしょうか?」


「闇ギルド?何だそれ?」


 闇ギルド。

 字面からなんとなく想像はつくが、初めて聞く言葉だ。


「闇ギルドというのは、犯罪者やならず者など、表の世界では生きられなくなった者達を集めたギルドのことですね。窃盗、誘拐、暗殺など、後ろ暗い仕事を生業としています。」


「ふーん。」


 前の世界で言うところのヤクザやマフィアみたいな、反社会的な組織ってとこか。

 

「闇ギルドっちゅう組織はかなりデカいんじゃが、その分構成員の質はピンキリでの。」


「なら、あいつらはの方ってことか?」


 見るからに素人くさい動きの侵入者五人組を顎で差す。


「そうじゃな。あいつらは末端のザコじゃ。ワシをりに来た奴らとは比べ物にならん。というより、闇ギルドの奴らはただの犯罪者じゃから、幼い頃から暗殺者として育てられたプロと比べるとどうしてものう……。」


 それもそうか。

 返ってきたベルの意見はなんとも腑に落ちるものだった。


「じゃがまあ、どこの世界にも例外はある。規律を守れずまともな組織に属せんくなったバケモンが闇ギルドへ流れてくることもあるしのう。」


 だがまあ、今回の侵入者の中に、その例外とやらはいなさそうだ。

 いずれ出会うかもしれないが、それはまた別の話。


「ふーん……しかし何でそんな奴らがここダンジョンに来たんだ?」


「狙いはあの女騎士じゃろうな。証拠の隠滅が簡単なダンジョンは、実際に暗殺のポイントとして持ってこいじゃろうし。」


 なるほど。

 またベルの客だと思ってたが、どうやら関係なかったらしい。


「そうか。しかし、闇ギルドに狙われるなんてあの女、一体どんな恨みを買ったんだ?」


「さあのう……お!黒装束と女騎士が接触するぞ!」


 ダンジョン内の映像に注意を戻すと、魔物達との戦闘を終えた女騎士のいる部屋へ、例の五人が突入するところだった。

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魔王召喚 インスタント抹茶(濃いめ) @maccha_555

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