第18話 王国騎士
「ここがエスノムか……思いのほか賑っているな。」
エキナセア王国南部にある小都市エスノム。
そのメインストリートで、美しい金色の長い髪が特徴的な女が呟いた。
彼女はエキナセア王国の騎士である王国騎士団の制服を着ている。
「こんな場所で……にわかには信じられないな。」
今回、女は騎士団の任務でこの街までやってきていた。
~~~
「お呼びでしょうか?スタンリー団長。」
エキナセア王国王都エクセブルグ。
その王城の一角にある王国騎士団本部の団長室でのこと。
難しい顔で書類とにらめっこしているスタンリーという男の前で、なぜ自分が呼び出されたのかと女が尋ねた。
「よく来てくれた、サラ小隊長。実は君に頼みたいことがあってね。」
スタンリーは実に威厳のある声で、彼女の疑問に答える。
「頼み……任務でしょうか?」
「うむ。エスノムの街で起こっている事件の調査をしてもらえるかな?」
女――サラの眉がピクリと動く。
「エスノムの事件……というと、例の……」
「ああ、そうだ。例の連続失踪事件のことだ。」
スタンリーの言う連続失踪事件というのは、子ども達が神隠しにでもあったかのようにいなくなるという、エスノムのとある区画で多発している事件のことだ。
"子ども好き"のサラとしては決して見過ごすことのできないヤマであり、個人的に追っている事件でもあった。
「エスノムで新しくできたダンジョンが見つかったのだが、どうやらそのダンジョンで何かが行われているかもしれないという情報が入ってきた。そこで、君にはそのダンジョンの調査をしてほしい。」
この事件の調査を任せられるというのは、サラにとって願ってもない話だ。
本当なら二つ返事で快諾したいところだったが、彼女には一つだけどうしても聞いておかなければならないことがあった。
「ダンジョンの調査の件に関しては承知しました。ただ……なぜスタンリー団長から直々に仰せられるのでしょうか?」
騎士の任務は直属の上司から命じられる。
王国騎士団の小隊長であるサラの場合は、自分が所属する隊の中隊長から命を受けて動くのが通例だ。
だが、今回はサラの上司を通さず、王国騎士団のトップであるスタンリー自ら彼女へ命を下した。
これは通常ならばありえない話であり、並々ならぬ事態であることを意味している。
一体何が起こっているのか、なぜスタンリーは自分に今回の事件の調査を任せるのか、彼女は疑問を抱いていた。
「ううむ……そうだな……」
サラの質問に、スタンリーは困ったように顎を触る。
そして、ため息をついて仕方ないと言いたげな顔で話し始めた。
「……ここから先は他言無用だ。今回の事件、君の隊の大隊長であるワルターが関わっているかもしれないという情報を掴んでな。あいつを通して話をするわけにはいかんのだ。」
ワルター。
直属ではないが、サラの上司にあたる人物だ。
その名を聞いた瞬間、彼女は目を大きく見開いた。
「そんな……!ワルター大隊長に限って……ありえません!」
強い口調でスタンリーの言葉を否定する。
「まあ、君の生い立ちを考えればそう言いたくなるのも無理はない。だが、君も無関係な話というわけではないのだ。」
スタンリーはそう言って、何枚か束ねられた資料をサラへ手渡す。
彼女は受け取った資料を黙って読み始めた。
「……まさか!これは……そんな……」
資料を読み進めていくにつれて、彼女の顔色が変わっていく。
「サラ小隊長、君は平民の出だったね。確か、孤児だった君の才能をワルターが見い出して身柄を引き取り、騎士になるよう育てたとか。」
「……はい。」
物心つく前には既に孤児院にいたサラ。
身寄りのなかった彼女は、たまたま孤児院へやってきたワルターに身柄を引き取られ、騎士としての教育を受けた。
現在、サラが騎士でいられるのはワルターのおかげであり、彼女はそのことに少なくない恩義を感じていた。
「ただの孤児が実力を認められて騎士となる。それだけを聞けば、いかにも市井の者が喜びそうな物語であり、これを歌う吟遊詩人はさぞ人気が出ることだろう。だが、こうは思わんかね?なぜ貴族であるワルターが、わざわざ孤児の中から騎士を選んだのかと。」
「それは……その……」
サラはスタンリーに返す言葉が見つからず、視線を下に落とし口ごもってしまった。
「答えは、そこに書いてある通りだ。」
サラが渡された資料。
その中に書かれていたのは、ワルターがエキナセア王国各地で子どもを攫い、自らの手駒として育てているかもしれないという疑惑だった。
彼が誘拐した子どものリストの中には、サラの名前も記されていた。
「ですが……!」
「君は孤児になる前、自分の両親と過ごした時の記憶がないのだろう?なぜ自分が孤児なのか、疑問に思ったことはないかね?」
「…………」
自分のルーツについて、薄々疑問に思ってはいた。
だが、それを考えるのはここまで育ててくれたワルターに悪いと思い、考えないようにしていた。
ショックのあまり何も言い返せなくなってしまったサラ。
そんな彼女へ、スタンリーは1つ咳ばらいをしてから声をかける。
「とはいえ、この件はまだ
「……!」
そんなスタンリーの言葉に、サラは顔を上げた。
「それに……俺だって
「……っ。はい!」
サラは明るく返事をすると、すぐに表情を真剣なものへと変える。
「……お見苦しいところをお見せして大変失礼いたしました。この任務、謹んでお受けいたします。」
「ああ、頼んだぞ。」
そして、サラは任務を受けたことを証明する書類にサインし、団長室から出て調査のための準備を始めた。
~~~
団長室でのスタンリーとのやり取りを思い出しながら、サラはエスノムのメインストリートを歩いていく。
すると、あるものが彼女の目に留まった。
「……ほう!」
色とりどりの果物がずらりと並んだ市場の露店。
店主と思われる女が元気よく客引きをしており、その隣には彼女の子どもと思われる少年が店の手伝いをしていた。
「今は任務の最中……いや、しかしこんなチャンスめったにない……少しだけなら……」
サラはうわごとのように何かブツブツと呟きながら、誘蛾灯に引き寄せられる蛾の如くフラフラと露店へ吸い寄せられていった。
「お、いらっしゃい!騎士のねえちゃん!何にする?」
露店の前までやってきたサラへ、店主の女が声をかける。
「ううん……そうだな……」
店に並ぶ美味しそうな果物を前に、どれにしようか悩む……ふりをしながら、チラチラと店主の隣にいる少年の姿を盗み見る。
高い動体視力と自然に見える動きのおかげで、全くバレる気配はなかった。
能力の無駄遣いである。
「この時期のおすすめはあるか?」
「それならパニャの実はどうだい?今が一番甘くておいしいよ。」
店主はそう言って、バスケットの上に積まれた桃色の丸い果物を指差す。
「ふむ。ならば、それにしよう。」
「まいど!」
「む、すまない。今大きいのしかないから、お釣りを頼む。」
「それなら仕方ないね。」
サラが店主へと金を渡す。
本当はお釣りなしでも支払えたのだが、店主がお金を数えている間に少年の姿をじっくりと堪能するため、わざわざ大きいお金で支払っていた。
邪な策士である。
クリクリとした愛らしい瞳。
幼き故のあどけない表情。
庇護欲を掻き立てられる小さな手足。
店主が別の方を向いている短い時間でサラは、少年の全てを自らの脳裏へと焼き付けた。
「はい、お釣りだよ。……ケニー!」
サラは店主からお釣りを受け取る。
この幸せな時間もおしまいかと彼女が名残惜しく思っていたら、ケニーと呼ばれた少年が露天の前に出てきた。
物理的な距離が近づいたことで、少年特有の太陽のようなかぐわしい香りが漂ってくる。
なぜかサラの肺活量が急激に増えた。
「はい!きしのおねーさん!」
変声期前の高い声を響かせながら、ケニーが笑顔でパニャの実を差し出してくる。
「あぁ……ありがとう。」
サラは出そうになる鼻血を気合で抑え、パニャの実を受け取るためにごくごく自然な形でケニーの手に触れる。
彼女にとってそれは、正に至福の時間だった。
「バイバイ!またきてねー!」
「フヒッ……ああ!必ず。」
気が緩んでしまったせいで一瞬変な声が出てしまったが、すぐに騎士らしいキリッとした顔でケニーへ挨拶し、市場を後にする。
「あぁ……やはり子どもは素晴らしいな。」
市場の近くにあった広場のベンチに腰掛けながら、彼女は早速パニャの実を頬張る。
上品で華やかな甘みが口いっぱいに広がった。
「美味しい……フフフ!」
パニャの実自体とても美味しかったが、ケニーが手渡してくれたことで、倍以上に美味しくなったような気がしていた。
パニャの実を食べ終えた彼女は、ベンチから立ち上がる。
「あんなかわ……幼気な罪もない子ども達を攫うなんて……許せん!一刻も早く犯人を探し出し、そしてワルター大隊長の無実も証明せねば!」
そんな義憤に駆られたサラは、件のダンジョンの情報を得るため街外れにある冒険者ギルドへ向かって歩き出した。
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