第17話 つまらん奴ら
「なんだコイツら?」
ダンジョンの修復もだいぶ進んできた頃、ダンジョンコアが発光したと思ったら、入り口付近で黒装束の怪しい人影を見つけた。
数は……5人か。
全員同じ格好をしているのだが、よく見ると間違い探しのように一人だけ服の模様が若干違う。
身軽そうな装備や身のこなしを見るに、冒険者と言うより暗殺者の方がしっくりくる。
「これもしかして、あいつの言ってた追手ってやつか?」
俺はダンジョンの一室にいるベルへ【念話】を繋げる。
「おい!黒ずくめの格好した奴らがダンジョンに入ってきたが、あれはおまえの客か?」
『おお、大将!黒ずくめの……ああ!あいつらか!たぶんそいつらはワシに向けられた刺客じゃわい。』
やはりベルの追手らしい。
魔物に始末させたいところだったが、オークの補充が間に合っておらず、単純に頭数が足りない。
どうすしたものか……。
「おまえの客だ。おまえが相手してこい。」
オークがいないのも、あの侵入者がここに来たのも、全部
なら、全部こいつに相手をさせればいいな。
『あいよ、任せとくれ。』
ベルはそう言うと、侵入者を迎え撃つための準備を始める。
『そういやあ大将、この前のオークを借りてもええか?』
この前のオークとは、ベルが犯したオークのことだ。
「ああ。いいぞ。」
俺はそのオークへ指示を出し、ベルの下へと向かわせる。
その時に若干嬉しそうな反応を示したように見えたのは気のせいだろうか?
……まあどうでもいいか。
「ありがとの、大将。奴ら、一人で相手するのは面倒じゃから助かるわい!」
しばらくしてベルとオークが1階で合流したのを見届けた後、俺は【念話】を切った。
〜〜〜
「よう来たのう。」
侵入者を待ち構えていたベルがあるものを見てニヤリと笑う。
彼の視線の先には、例の黒装束達がいた。
「…………」
黒装束からの返事はない。
「なんじゃ、だんまりか。相も変わらずつまらん奴らじゃ。」
そんな黒装束達に、ベルはつまらなそうな顔で悪態をついた。
「総員戦闘準備、ターゲットを抹殺する……行くぞ!」
黒装束達のリーダーだろうか。
抑揚のない声で仲間達へと指示を出す。
黒装束の一人が魔法を放ってきた。
「【
風の刃がベルへと向かって飛んでくる。
「黙っていきなり攻撃してくるなんて……趣っちゅうもんがわかっとらんのう。」
彼は持っていた大斧を軽く振り、それを叩き落した。
その直後、リーダーの合図で駆け出していた黒装束がベルの正面に躍り出ると、短剣を突きつけてくる。
鋭い一撃だったが、ベルは余裕を持ってそれを躱した。
今度はその黒装束と入れ替わるようにまた別の黒装束が出てきて、短剣を横薙ぎに振るうがベルはこれも回避する。
すると、またしても別の黒装束が現れて攻撃を仕掛けてきて、それをベルが大斧で受け流したと思ったら、体勢を立て直した最初の黒装束が前に出てきて……。
三人の黒装束達の鮮やかな連携に押され、攻勢に転ずることができない様子のベル。
そんな中、彼はどこかへ向かって合図を送った。
「そこじゃ。」
「ブオオオオオオオオ!」
その瞬間、オークの唸り声と共に、ベルの後方から矢が飛んできた。
「グッ……!」
黒装束の一人に矢が刺さる。
一瞬動きが止まった。
「おおおぉぉぉぉぉぉ!」
ベルはその隙を見逃すような男ではなかった。
動きの止まった黒装束へ、彼は大斧を振るう。
鋼色に輝く刃は、軽々とその首を黒装束の胴体から切り離した。
ベルが大斧を振り切った直後、短剣を持った黒装束が突きを繰り出してくる。
「……!」
だが、彼はその状態から一瞬で大斧を手放すと、短剣の刃の根元を掴んでへし折った。
「ムンッ!」
そして、伸びきった黒装束の腕を掴んで自分の方へ引き寄せ、頭突きをかます。
何かが砕けるような音がして、また一人黒装束が戦闘不能になった。
前に出ていた三人の内残った最後の黒装束は、それを見て慌てて後ろへと下がっていく。
「ブオオオォォォォ!」
だが、一歩、二歩、三歩踏み出したところで、オークから放たれた矢が無慈悲にも黒装束の頭を貫く。
完全に意識がベルへ向いていたせいで、反応が遅れたのだろう。
黒装束は糸が切れた人形のように地面に倒れ伏した。
「一人欠けただけでこうも簡単に崩れるとは……脆いもんじゃのう。」
一気に三人の黒装束を倒し、残るは魔法を使ってきた奴とリーダーの二人だけ。
対するベルはまだまだ余力が残っており、さらにその後ろには弓を持ったオークも控えている。
「【身体狂化】」
そんな絶望的とも思われる状況の中、黒装束が小さな声で呟き、手のひらをリーダーの方へと向けた。
「ふむ……?」
「グ……オオオオオオオォォォォォォ!」
すると、リーダーの筋肉が異常なまでに膨れ上がる。
他人の体を強化する魔法だろうか。
その代償はかなり大きいようで、リーダーはあからさまに苦しそうなうめき声を上げていた。
「ハァ……ハァ……【
リーダーの手に、土でできた巨大な槌が現れる。
「うおぉおぉぉぉぉ!」
土の槌を振りかぶりながら駆け出すリーダー。
見るからに重そうな槌にも関わらず軽々ともっている辺り、奴の力は相当なものなのだろう。
そのままベルの目の前まで迫ると、脳天目がけて槌を振り下ろしてくる。
「フン……そこまでやっておいてこの程度とは。やはり、お前さん達はワシの敵じゃないのう。」
だが、土の槌がベルの頭をかち割ることはなかった。
リーダーの攻撃に合わせて放ったベルの右拳が槌を粉々に砕き、辺りに土の破片が飛び散る。
「むぅん!」
その状態から、彼はさらに左の拳でリーダーの鳩尾を殴りつけた。
「ガハッ……!」
肺から息を吐き出しながら、勢いよく吹っ飛んでいくリーダーの体。
そのままダンジョンの壁に激突し、リーダーは意識を手放した。
「さあて、あとはお前さん一人じゃ。」
【身体狂化】をリーダーに掛けていた黒装束へ、ベルは嗜虐的な笑みを向ける。
恐らくこいつらの切り札は【身体狂化】であり、その【身体狂化】を打ち破った今、格好の獲物でしかなかった。
それは黒装束本人が一番理解していたのだろう。
「………………!」
戦っても勝ち目がなく、逃げることもできないと悟った黒装束は、黙って懐から小瓶を取り出し、中に入っていた液体を一気に飲み干す。
一瞬だけ大きく目を見開いた後、特に苦しんだりすることなく一瞬でその場に倒れ伏した。
恐らく、自決用の毒薬を飲んだのだろう。
「あーあーあー……もったいないのう……」
命を絶った黒装束を一瞥し、つまらなさそうにベルが呟く。
死んでしまった黒装束には興味がないようで、すぐにキョロキョロと辺りを見回して何かを探し始めた。
ある一点を見て、ベルの視線が止まる。
「お、あれはまだ生きとるようじゃのう。僥倖!僥倖!」
彼の視線の先には、気絶した黒装束達のリーダーが転がっていた。
リーダーが起き上がってこないのを確認して、ベルは俺に【念話】を繋いでくる。
「おう、大将。こっちは終わったぞ。後片付けのスライムを回してくれ。それと、こいつはワシがもらっていくわい。」
一方的に言いたいことだけ言って彼は【念話】を切り、気絶したリーダーの体を引きずりながらオークと共にダンジョンの奥へと消えていった。
ベルに持ち帰られたリーダーがどうなったのかは……大体想像はつくが、考えないことにした。
〜〜〜
どこかの屋敷の執務室。
筋骨隆々で大きな体を持つ男が、頬杖をつきながら指で机をトントンと叩いていた。
「おい!まだあいつらは帰ってこないのか?」
男は彼の前に立っていた二人の黒装束へ問いかける。
あいつらというのは、ベルに向けられた刺客達のことだ。
刺客達は何日も前に男の指示を受けて送り出されていたのだが、本来ならば任務を完了して帰ってきていてもおかしくない程の時間が経っていた。
「……はい。恐らく、ターゲットの抹消に失敗し、返り討ちに遭ったのだと思われます。」
黒装束の一人が抑揚のない声で答えた。
「クソッ!」
男は指を丸めて拳を作り、机を強く叩く。
乾いた音が部屋中に鳴り響いた。
「……もういい。下がれ、お前達。」
「「はっ!」」
二人の黒装束は、男に言われ速やかにこの場を後にした。
一人になった執務室で、彼はポツリと呟く。
「あいつらでも
男は徐ろに立ち上がると、窓際へと近づき外に目をやる。
空にはどんよりとした曇り空が広がっていた。
「しかし、ダンジョンか。最後の魔王の討伐は確か……20年以上前のことだったな。」
何か思うところでもあるのだろうか。
男は窓の外をぼんやりと眺めたまま、しばらくそうしていた。
壁際に置かれた時計の針の音が鳴り響く中、男の顔が自虐的な笑みに変わる。
「フ……ハハハ!まったく、馬鹿馬鹿しい。」
額に手を当てて一人呟くと、速足で歩いて執務室を出ていった。
窓の外ではポツリポツリと雨が降り始めていた。
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