第16話 怪しい影

「ほーん、大将は元々異世界の生まれなのか。」


「なんだ、反応が薄いな。」


「まあの。確かに珍しくはあるが、世界を越えてやってくる者の話はたまに聞くし、驚くほどでもないわい。ワシの先祖にもそういう奴がいたとかなんとか。」


 俺とベルは互いに寝そべりながら、痛みを紛らわすかのように他愛もない会話に興じていた。

 というのも、俺達は二人とも治癒魔法が使えないためケガを治すことができず、レモリーが来るまでこの痛みに耐えなければいけなかったためだ。

 

「まあ実際にこの目で異世界人を見たのは、初めてではあるんじゃがな。そういやあ大将、まだ大将の名を聞いてなかったのう?」


 そんな中、ベルは思い出したかのように俺の名を尋ねてきた。

 名前……か。


「……知らん。俺に名前なんてねえよ。」


 強いて言うならレモリーに呼ばれている"魔王"が今の俺の名になるんだろうか?


「名がない……?どういうことじゃ?」


 名がないというのはそんなにおかしなことなのだろうか?

 ベルはそれを怪訝に思ったようで、さらに質問を重ねてきた。


「向こうの世界にいた頃、俺はずっと独りだった。そのせいで俺は名前で呼ばれたことなんてねえし、そもそも名前があったかどうかすらもわからねえ。」


「なるほどのう。しかし、名がないというのは中々に不便じゃな。まあ、今の大将にゃあ魔王っちゅう肩書があるが。」


 ベルがそう言ったところで、部屋の入口辺りから足音が聞こえてきた。


「魔王様、こちらにおられましたか。只今戻りました。……えっと、そちらの方は……?」


 猪のような魔物を引きずりながら現れたのは、レモリーだった。

 彼女は俺に挨拶した後、見慣れぬ人物であるベルへ訝しむような視線を向ける。


「ああ、コイツか?さっき俺の手下になった。」


「え……?」


 いつもは冷静なレモリーが珍しく素っ頓狂な声を上げ、呆けたような表情をしていた。


~~~


「なるほど、そういうことでしたか。」


 俺がこれまでの経緯を説明すると、レモリーは納得したようでベルに対する警戒を薄めた。


 また、説明の最中、彼女に治癒魔法をかけてもらったおかげで、俺もベルもほぼケガが治っていた。


「大将、そのネーチャンが例の魔族か?」


 話がひと区切りついたところで、ベルが俺にそう聞いてくる。

 俺がレモリーに召喚されたことは、さっきの雑談の中で既に説明済みだった。


「ああ。……襲うなよ?死ぬぞ。」


 もしベルがレモリーを襲ったら返り討ちに遭う未来が容易に想像できる。

 念のため忠告しておいた。


「ガハハハハハ!さすがにワシも手を出しちゃあならん相手かどうかくらいわかるわい!」


 そう言って笑うベル。


 こいつ……。

 その理論だと俺は手を出してもよかったってことにならねえか?

 よし、いつか絶対ボコボコにしてやろう。

 ……今じゃないが。


~~~


 ケガが治ったところで、ベルに荒らされてしまったダンジョンを修復するためにコアルームまで戻ってきた俺達。


「ワンッワンッ!……わう?……!!!」


 そんな俺達を出迎えようとコボルトのフィンが元気よく現れたのだが、こっちを見るや否やすぐに踵を返して物陰に隠れてしまった。

 正確には、俺とレモリーの後ろにいたベルを見て、だが。


 ダンジョンコアを通して見たこいつの映像がよほどショッキングだったんだろう。


「うーむ……ワシは何かこのコボルトを怖がらせるようなことでもしたかのう……?」


 完全にビビった様子のフィンを見て、首をかしげて不思議そうにしているベル。

 もっと自分の行動を顧みてほしい。


 ベルとフィンのことは一旦無視し、俺はダンジョンコアへと手をかざす。


 ……だいぶ魔物の数が減っちまったな。

 それも、主戦力のオークが。

 これは修復に時間がかかりそうだ。

 

 中々に面倒だなんて考えていたところで、ふとあることを思い出してベルに声をかける。


「おい!」


「ん?何じゃ、大将?」


「ちょっとこっちに来てダンジョンコアに手をかざせ。」


「はあ……なんかようわからんが、こいつがダンジョンコアじゃな?」


 そう言ってベルがダンジョンコアに手をかざす。


 すると、ダンジョンコアが淡い光を放ち始めた。


『ダンジョンマスター以外の魔力を検知しました。解析中………………解析完了。以後、この魔力の持ち主はダンジョンの所有物として認識されます。』


「何じゃ?なんか言うとるぞ?」


「ああ。お前をこのダンジョンの一部として登録したんだ。」


 ダンジョンマスターには、外部から来た人間や魔物などをダンジョンの一部として登録する機能があった。


「ふむ、それは何かええことでもあるんか?」


「そうだな、とりあえずこのダンジョンのマップを思い浮かべてみろ。」


「マップ……?ワシが通った場所くらいしか……お?おお!」


 ベルが感嘆の声を上げた。

 

「ダンジョンの中が手に取るようにわかるわい。こりゃあ楽でええのう。」


 ダンジョンの所有物である魔物や人間には、ダンジョン内の構造が共有される。

 それを身をもって体感できたようだ。


「他には何かあるんか?」


「ダンジョン内なら離れた場所からでも意思疎通ができる【念話】っつーもんがあるんだが、こいつは後にしておこう。」


「ほーん。」


 他にも細かいメリットはいくつかあるのだが、大きなものは今ベルに説明した2つだ。

 

 ちなみに、レモリーはダンジョンの所有物として登録できなかったため、【念話】も使えなければ、ダンジョン内の構造も正確には把握していない。

 どうやら、彼女の魔力が多すぎてダンジョンコア側のスペックが足りなかったらしい。


 ベルの登録が完了したところで、どこから手をつけようかなんて考えながら俺はダンジョンの修復を始めるのだった。


〜〜〜


 とある洞窟の入口。

 怪しげな黒装束を着た一団があった。


「ターゲットが洞窟に入ってから約3日が経過したが未だに出てくる様子がない……どうする、リーダー?」


 黒装束の中の一人が尋ねる。

 それに答えたのは、一人だけラインの入った黒装束を身に着けている男だった。


「そうだな……エッフとジエはこのことを本部に報告、残りの者は俺と共に洞窟の中へ来い。の生死確認だ。場合によっては戦闘になるが覚悟しておけ。」


 どうやら彼はこの一団のリーダーだったらしい。

 リーダーがそう言うと、報告役の二人はすぐさま洞窟の反対側へと駆け出し、残りの面々は洞窟の中へと入っていった。

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