第15話 諦めと憎悪
「お前さんもしや……魔王、とかいうやつじゃあないかのう?」
「ああ、そうらしい。」
男の質問に対し、俺は即答した。
別に隠すようなことでもなんでもないしな。
「らしい?……まあええわい。なるほどの。それであのオークがお前さんに味方したというわけか。」
「……?俺が魔物を従えてるのはそんなにおかしなことなのか?」
前の世界における猟犬のように、人間が魔物を従えることくらいありそうなものなのだが、そんなに珍しい事なのだろうか?
「ダンジョンの外のやつなら稀にあるが、ダンジョンの中にいる魔物を従えるというのはありえんのう。」
ダンジョンの魔物だけは特別らしい。
「できるとすれば、それこそ魔王くらいのもんじゃ。」
なるほど。
だからあんな質問をしたのか。
「そうなのか?」
「ま、ワシも昔何かで読んだだけで、実際に見るのは初めてじゃからの。このことを知らん奴も多いじゃろうに。」
魔王なんて、種族間の対立が長らく続いているこの世界では子供でも知っているような存在のはずだ。
だというのに、魔王がダンジョンの魔物を従えるという事実を知らない奴がいる……?
魔王の能力くらい調べればすぐにわかりそうなものなのだが。
……まあ、こいつの周りがそうだっただけか。
だってこいつ、見るからに頭が悪そうだし。
「そうか。」
俺が雑に相槌を打つと、会話はそこで途切れた。
少しばかりの沈黙の後、男が小さく息を吐いた。
「さて……無駄話もこの辺にしておこうかの。そろそろこうしてるのもつらくなってきたわい。」
男はゴロンと大の字で寝転がる。
矢が刺さったままの脇腹からは、少しずつ血が流れ続けていた。
「……抵抗しないのか?」
特に抗うわけでもなく、すんなりと自らの死を受け入れる男の姿は、俺の目にはひどく奇妙なものに映った。
「ああ。ワシはもう……疲れた。ワシのことを追い出した奴らにひと泡吹かせてやろうとここまで生きてきたが、生き疲れちまったんじゃ。……お前さんならええわい。一思いにやってくれ。」
男はどこか諦めを感じさせるような遠い目をしてそう言った。
生き疲れた……か。
全くもって理解できないな。
だが、なぜかこの男の話をもう少しだけ聞いてみたくなってしまった。
「ふーん。追い出されたって言ったが何をしたんだ?」
「なに、簡単な話。ワシのことを気味悪がった奴らに追い出されたってだけじゃ。」
どうやら俺の質問に付き合ってくれるようだ。
男はゆっくりと体起こし、自らの人生を振り返るように語り始める。
「ワシは生まれつき異常な怪力を持っていた。異能持ち……とでも言うのかの。異能持ちというのは厄介なもんで、ずば抜けた才能が1つある代わりに、他のどこかが狂っちまうと言われとるんじゃ。ワシの場合は……」
男はそこで一旦言葉を切ると、自分の下半身へ視線を向ける。
「ここじゃな。尽きることのない異常なほどの性欲じゃ。ガキの頃はまだ大したことなかったんじゃが……歳を重ね体が成長するにつれて、次から次へと溢れ出る情欲を抑えきれんくなってきての。まあ、おかげさんでこっちの方は衰え知らずで、ずっと元気なままじゃわい。ガハハハ!」
男の笑い声に正直少しイラっとしたのだが、自分で話を振ってしまった手前、俺は黙って聞くことにした。
「今でこそこんなんじゃが、当時のワシには立場っちゅうもんがあった。誰彼構わず襲っちまえば、人として生きていくことはできんと。そこでワシはこの有り余る性欲を処理する方法を必死になって探したんじゃ。」
「別に、店にでも行きゃあいいじゃねえか。」
男は俺の言葉に対して首を横に振った。
「店というのは娼館のことかの?それはワシも考えたが……ダメじゃった。ワシが満足する前に相手が力尽きちまうもんだから、1回につき二人三人と買わにゃならんせいで、金がかかり過ぎちまう。それに、毎日使うとなると世間体っちゅうもんもあったしのう。」
細かいことはよくわからんが、男には男なりの事情があったらしい。
「んで、ある日ワシは思いついた。人間を襲うのはマズイが、魔物ならバレなきゃええとな。それからワシは冒険者としてギルドに登録し、討伐と称して街を出て魔物を探した。そこで1体のオークに出会ったんじゃ。オークはワシの敵じゃあなかった。すぐにそのオークを生け捕りにしてぶち込んでやったんじゃが、これがとんでもなく快感でのう。クセになっちまったんじゃ。」
男は恍惚の表情を浮かべながら語る。
……正直理解できないし、理解する気にもならなかった。
「それからというもの、暇を見つけては魔物の討伐に出ていったんじゃが、そんな生活も長くは続かなかった。いつものようにやっとるところ、当時若くて将来有望だったワシのことを妬んだ冒険者に見られちまったんじゃ。魔物を犯すなんて御法度は、奴らにとって格好のネタじゃった。すぐに噂が広まると、ギルドから追放されちまった。」
妬み嫉みで貶められるなんて、どこの世界でも似たようなものだな。
「それだけじゃない。その噂がワシの家にまで届いての。そのせいでワシは家から追放されたんじゃ。こうして味方もいなくなったワシは……ああ、いや……一人だけ物好きな奴がいたな。結局は分かりあえなんだが。……まあええわい。こうしてワシは全てを失ったんじゃ。」
「なるほどな、それで今に至るわけか。そういえば追手がどうとか言ってたな。」
「ああ、そのことか。ワシの家は地元じゃそれなりに名前のある家での。いなくなったはずのワシが生きとると、いろいろと都合が悪いんじゃろう。ま、ワシに言わせりゃ面倒な矜持じゃがの。」
「ふうん。」
俺の質問に一通り答え終えた男は、上を向いてどこか寂しそうな表情を見せた。
が、それも束の間。
さっきのは気のせいだったと思えるくらい、どこかスッキリしたような面持ちで俺の方に向き直る。
「小さい魔王よ!最期にワシの話を聞いてくれたこと、感謝しよう。今度こそ本当に無駄話は終いじゃ。グズグズしとると未練ができちまう。ワシの決意が揺らがん内に早う殺せ。」
自分を殺せと急かすような男の言葉。
俺の耳には彼が虚勢を張っているようにも聞こえた。
手のひらを男の方へと向ける。
今この場で一番動けそうなオークに指示は出さなかった。
そして、魔力を手のひらへと集める。
身体強化で魔力を使いすぎ、そのせいで魔力酔いを起こしたばかりで正直辛い。
そんな俺を見て、男はすべてを受け入れて目を瞑っていた。
そして俺は男へ向かって魔法を……。
撃つことはなかった。
手のひらへ集められた魔力は魔法へ返還されることなく、大気中へ霧散していく。
別にこいつの境遇に同情したわけじゃない。
増してや共感したわけでもない。
だが、なぜかこの男を殺す気にはならなかった。
「……?」
なかなか魔法が飛んでこないこの状況を不思議に思ったのか、男はうっすらと片目を開いた。
俺は前に突き出していた手を下ろす。
「おい!」
俺の呼びかけに、男が閉じていたもう片方の目も開く。
「お前は……それでいいのか?」
「……それでいい……とは、どういうことじゃ……?」
どうやら男は俺の言いたいことが理解できていないらしい。
困惑した様子でそう聞き返してきた。
「お前のことを追い出した奴らにひと泡吹かせたいと言ったな。お前はそいつらに何もできねえまま死んじまってもいいのかって聞いてんだ!」
俺の方へ向けられた、強い諦めの色を帯びた濃いグレーの瞳。
その奥深くで今も燻っている憎悪の炎を俺ははっきりと感じ取っていた。
俺の持つ人間の、そして世界への憎悪とは違う、また別の憎悪。
少し燃料を注いでやるだけで、一気に燃え上がって全てを焼き尽くしてしまいそうな、そんな憎悪。
その姿を想像しただけでゾッとしてくる。
だが、人間と戦う際にこいつの憎悪は役に立つんじゃないだろうか?
「…………」
あまりに予想外な話だったのか、俺の問いかけに男は呆然とした顔をしていた。
「俺が人間共を殺して回れば、いずれお前を追い出した奴らと戦うことになる。だから……恨みがあるのなら俺の下に来い!お前に復讐するチャンスをやろう!どうせここで1回死んだ命だろ?」
「ふむ……」
俺の言葉を咀嚼するように男が腕を組みながら黙り込む。
しばらくして、静かに口を開いた。
「……正気か?ワシゃあまたお前さんを襲うかもしれんぞ?」
「ハッ!そんときゃあもういっぺん殺してやるよ!」
今回、この男を抑え込むことができたのは運がよかった。
完全に格上の相手であり、もう一度戦えと言われても正直今のままでは勝てるヴィジョンが浮かばない。
だが俺は魔王だ。
無理に1対1で相手をする必要はないし、魔物を使いながら戦えばいい。
それに、俺にはレモリーという最強の切り札がある。
彼女はこの男以上に底知れない存在であり、たとえ男が暴れたとしてもいくらでも対処のしようはあった。
「……プッ!」
そんな俺の返事を聞いた男が突然吹き出す。
「ガハハハハハハハハ!まったく、協力しろと言ったり殺してやると言ったり、わけのわからん奴じゃわい!お前さん頭おかしいんじゃないんか?」
心の底から可笑しそうに男は笑っていた。
「お前にゃ言われたかねえな。」
「フン、じゃが気に入ったぞ、魔王……いや、大将!ワシゃあ今日からお前さんに付く。お前さんの下であいつらに復讐するとしようかの。よろしくな、大将。ワシのことはベルとでも呼んでくれ。」
こうして俺は、ベルという変態ではあるが強力な手下を手に入れた。
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