第13話 魔王と変態の会合
「ハァ……」
ダンジョンに侵入してきた男が眠っている部屋の前までやって来たのだが、さっきまでの光景を思い出して思わずため息が出る。
「ぐがああぁぁぁぁ……ぐごおぉぉぉぉ……zzZ」
相変わらずうるさいいびき声だ。
聞いているだけで不快な気分になってくる。
「ここはお前の家じゃねえってんだ、クソッ!……起きるなよ?」
俺のダンジョンでアホ面を晒しながら気持ちよさそうに寝やがって。
貴重な戦力であるオークもダメにされたし、コイツは絶対に許さねえ!
俺は手に持っていた抜身の短剣を強く握りしめる。
そして男を起こさぬよう、俺は息を殺して忍び足で近づいていった。
「ぐごぉぉぉ……」
「……………………」
真横まで来たがこいつ、全然起きねえな。
警戒心というものがないのだろうか?
まあ俺にとっちゃあその方が都合はいいが。
「よし……!」
俺は短剣を逆さにして柄を両手に持ち変え、小さく息を吐いて吸う。
そのまま狙いを定めて全力で短剣を突き下ろした。
鋭い刃先が男の心臓へと迫る。
「ううん……」
だが、短剣が男の心臓を貫くことはなかった。
最悪のタイミングで男が寝返りをうち、心臓を一突きにするはずだった短剣は、何もなくなった地面にぶつかりガキンと大きな音を立てた。
「むうん……?」
マズイ!
今ので男が目を覚ましてしまった。
意識が覚醒する前に仕留めなければ!
「うおおおぉぉぉラアァァァ!」
俺は急いで短剣を持ち直し、再度男の心臓目がけて突く。
だが短剣は刃を男の手に掴まれ、胸へと突き刺さる前に止まってしまった。
男の手からは赤い血が流れている。
「クソッ……!」
失敗した。
こいつに近づくところまではうまくいったのに……。
寝返りなんてうたずにおとなしく死んでくれよ。
こうなっちまった以上、戦闘は避けられねえな。
俺は短剣を手放して男から大きく距離を取った。
男がゆっくりと立ち上がる。
「妙な気配がしたと思って起きてみたが……
また……?
何だ?寝ぼけてんのか?
「うるせえ!俺のダンジョンで好き放題しやがって……ざけんじゃねえ!おとなしく死んどけってんだ!」
「む……?」
俺の反応が予想外だったのか、男が狐につままれたような顔で俺のことをまじまじと見つめてきた。
「お前さん、もしかしてヴェルツから送られてきたもんじゃあないのか……?」
ヴェルツって何だ?
こいつはいったい俺を何と勘違いしてるんだ?
「はあ?何だそりゃ?」
「そうか……違うか!ガハハハハハ!コイツは悪かったのう!」
ワシワシと頭を掻きながら、男は大声で笑った。
なんというか、一々声がデカくて疲れるやつだ。
このまま笑い死んでくれないだろうか?
ひとしきり笑った後、今度は舐め回すような視線を俺に向けてきた。
「しかしお前さん……なかなか悪くないのう……ふうむ……」
何を言ってるんだコイツは?
男が口にした言葉の意味は理解できなかったが、とんでもない悪寒が背筋を走りぬけ、全身に鳥肌が立った。
ものすごく嫌な予感がした俺は、即座に魔力を全身に巡らせ身体強化を発動させ、いつでも動ける体勢を取る。
「安心せい、こう見えてもワシは上手いからのう。なあに、天井のシミ……あ、いや、壁の凹凸でも数えてるうちに終わらせてやるわい。【
男が呪文を唱えた直後、俺の足元からいくつもの蔓が生えてきた。
これはそこで男の枕にされていたオークが縛られた魔法だ!
俺は咄嗟に後ろへ跳び退いて、こっちに向かって伸びてくる蔓を避けた。
しかし、蔓は男の魔力を吸ってさらに伸び、俺の事を逃がすまいと追いかけてくる。
「烈火の如く燃え盛る炎よ!我が怒りを……チッ!【
中途半端な詠唱ではあったが、【
前に伸ばした俺の手の先から、荒々しく炎が放出されていく。
炎は俺に伸びてきた蔓を一瞬で燃やした後もその勢い緩めず、男へ向かって突き進む。
炎が男の体を包み込もうとするまさにその時、彼はいつの間にか持っていた大斧を扇のように振るった。
すると、男の目の前まで迫っていた炎は風圧でかき消されてしまった。
「ほおう!活きがいいのう。こいつは楽しみじゃわい!」
男はニヤリと口元を歪め、楽しそうな表情を浮かべている。
かなり余裕がありそうなムカつく顔だ。
「クソっ!ナメんじゃねえ!【
火の球を男に向かって飛ばす。
「ヌウンッ!」
またもや男は斧を一振りしてそれをかき消した。
「ガハハハハハ!小僧、なめるのはワシじゃなくてお前さんの役目じゃわい!さあて、次はどうする?」
「ぅるせえ!」
認めたくはないが、今の俺の魔法じゃあ純粋に威力が足りなくてあいつには届かねえ。
なら……。
「万物を燃やし尽くす灼熱の業火よ、大波と成りて全てを飲み込め!【
不規則な【
そして炎は高く燃え上がり、大きな波となって男へと押し寄せる。
一瞬だけ炎の波が男を飲み込んだかに見えたが、やはり男は大斧を一振りしてこれも防いでしまった。
「ガハハハハハ!だから魔法は効かんと……む!」
男はそこまで言いかけて何かに気づき、咄嗟に身を捩る。
「グゥッ……!」
炎の波に隠れるようにして飛んできた岩の槍が、男の肩に当たって砕け散った。
脱臼でもしたのか、男の左腕がブランとだらしなく垂れ下がる。
「ハッ!今のも避けられねえなんて、口だけじゃねえか!」
今のは、詠唱も呪文もない完全無詠唱で放った【
完全無詠唱は通常の魔法よりも威力が落ち、ただの無詠唱よりも発動が難しい代わりに今みたいな不意打ち性能がかなり高い。
つい最近できるようになったばかりで失敗するリスクもあったが、ちゃんと発動してくれてよかった。
ゴキンという音と共に無理やり左肩の関節を嵌め直した男が、俺の方を見て不敵に笑った。
「やるのう、小僧……これならちいとばかし本気を出してもよさそうじゃ。」
男が呟く。
直後、彼の纏っている雰囲気が変わったような気がした。
これは……レモリーが初めて身体強化を見せた時と同じような……。
肌がヒリヒリと焼けつくかのような感覚が襲ってくる。
……まずい!
直感的にそう思った俺は右に跳んだ。
次の瞬間、さっきまで俺の立っていた場所に大斧が振り下ろされ、刃がダンジョンの床へと突き刺さる。
斧が刺さった場所には亀裂が生じ、一部地面が抉れていた。
「……っ!」
なんつー馬鹿力だ!
こんなの、まともに食らったらひとたまりもない。
男が見せた一撃の威力に、俺は肝を冷やした。
だが、その強すぎる力が仇となって、地面に突き刺さった大斧を使えなくなった今がチャンスだ!
そう思って反撃体勢に出る俺。
「ムウウゥゥン!」
その矢先、男は地面に突き刺さっていた大斧を強引に力で振り回す。
大斧はダンジョンの床を抉りながら地面から抜け、その際にできた岩の塊が大斧に弾かれものすごいスピードでこっちに飛んできた。
「なっ……!」
慌てて飛んできた岩の塊を手で払い除ける。
しかし、俺の手のひらよりも小さな塊までは払いのけることができず、ごく小さな石の礫が目に入ったせいで、反射的に目を瞑ってしまった。
「しまっ……!」
それはほんの一瞬の隙だった。
けれども、この山賊の頭のような男はそのわずかな隙も見逃してはくれなかった。
男は振り切った斧から手を離す。
身軽になった体で一気に俺との間合いを詰め、腹を殴りつけてきた。
「カハッ……!」
これがは本当に人間の拳なのか……?
ハンマーか何かで殴られたかのような鈍痛が俺の腹を襲う。
あまりの衝撃に、肺に溜まっていた空気が全て漏れ出てしまった。
男の拳をまともにくらってしまった俺の体は吹っ飛ばされ、ダンジョンの壁際まで転がっていった。
痛い。
苦しい。
できることならこのまま意識を手放して楽になりたい。
でも、そんなことをしたら……。
あの男に負けを認めたが最後、俺はあのオークと同じようになっちまう。
それだけは……それだけは絶対避けなければ。
「ゲホッ!ゴホッ!……馬鹿力が!」
痛む体に鞭打ってなんとか立ち上がる俺。
全然ダメージが抜けていないからなのか、足がガクガクと震えていた。
「ガッハッハッハ!なかなかいい根性をしとるが、お前さんは今ので限界だろう!どうじゃ、諦めて降参するのならば命までは取らんぞ?ワシとしても、お前さんが死んじまってはつまらんからのう。」
虚勢を張る俺に下卑た笑いを向けてくる男。
「うるせえ!くそ野郎が!誰がてめえなんぞに降参なんてするかよ!」
俺は全身を巡る魔力の量を増やし、身体強化の出力を上げる。
腹の痛みは全くなくならなかったが、足の震えは止まってくれた。
これならまだ戦える。
俺の方の限界が近いことを感じつつ、絶望的な第2ラウンドが始まった。
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