第10話 魔物達のチンピラ退治

「ワフゥ!」


 小さな椅子に腰かけたフィンが、満足そうに腹をさする。

 フィンの目の前にある小さなテーブルの上には、中身が空になった食器が並んでいた。


「フフフ……」


 そんなフィンに背後から忍び寄る怪しい影があった。

 その人物は気配を消して音を立てぬようコッソリとフィンに近づき、その頭へと手を伸ばしてくる。


「ワフ……!」


 その瞬間、何かを察知したフィンがその場から逃げ出し、俺の後ろに隠れてしまった。


「あ……また……」


 こっそりとフィンの背後に忍び寄って撫でようといた人物――レモリーは、がっくりと肩を落とした。


 フィンを召喚してからというもの、食事から何からレモリーがフィンの面倒を見ていたのだが、一向にフィンが彼女になつく気配がない。

 別にレモリーを嫌っているわけではなさそうだが、本能的に彼女の強さを感じ取ってビビっているようにも見える。


 ……ここまでくると、気の毒にも思えてくるな。

 俺が近づいた時はこんなにも顔をベロベロなめ回してくるのに。


 そんなことをしていたら、突如ダンジョンコアが琥珀色の輝きを放ち、激しく点滅し始めた。


『侵入者が現れました。マスターは直ちに侵入者を撃退してください。』

 

「お、来たな。またゴブリンか?」


 侵入者の姿を確認するために、俺はダンジョン内の様子を映し出した。


~~~


 エキナセア王国の外れにあるダンジョン前に、三人の冒険者風の一団があった。


「ハァ……本当にあった……ここが例のダンジョンですぜ、カインのアニキ!」


「おう!よくやった、クイン!これで俺等も貧乏生活とはオサラバよ!ワハハハハ!」


 2mもあろうかという巨体に鉄のアーマーを着込んで頭には鉄のヘルムを被り、大人の体くらいありそうな大斧を持った戦士風の男――カインは、笑いながらクインの言葉にそう返した。


 クインは痩せた体に軽そうな革鎧を身に着け、短剣と弓矢を携えた斥候らしき男だ。


「エルヴィンの野郎、こんなとこにダンジョンを見つけてやがったのか……」


 洞窟を見ながらそう呟いたのは、大きな盾を装備した目つきの悪い男で、名をキーンという。


「いやあ、しかしラッキーでしたね、アニキ。これでこのダンジョンの魔石はあっしらのものですぜ!」


「ああ。あのガキどもが見つけたダンジョンというのが癪だがまあいいだろう。新しくできたダンジョンの魔石が手に入るなんてこんなうまい話、乗らない手はあるまいて!」


「フン……まあ、あいつらが尻尾を撒いて逃げ出したダンジョンを俺たちが攻略すれば、格の違いも見せられるしな。」


 エルヴィンとハンナのことを敵視している様子の彼らだが、それには理由がある。

 エルヴィンとハンナがまだまだ新米だった頃、三人は見慣れない新人をからかってやろうとちょっかいを出して思わぬ返り討ちに遭い、大恥をかかされていたからだ。

 

 世の中腕っぷしが全てというわけではない。

 けれども、荒くれ物の集まりである冒険者にとって、メンツは重要だった。

 ナメられたら終わりの世界だ。

 

 名もなき新人だったエルヴィンに負けた彼らはそれ以降、他の冒険者からバカにされるようになってしまった。

 さらにはギルドから問題のある冒険者と認識され、ロクな仕事を受けられなくなっていった。

 

 言ってみれば自業自得だ。

 だが、彼らはあろうことか、自分の行いを反省するどころかエルヴィン達を逆恨みしていた。

 素直に自己を顧みることができるのなら、そもそも問題行動なんて起こしていないのだろうが。


「あっしはそれよりも、金がなくて最近行けてねえ色街へ久しぶりにいきてえです。」


「それもこれも、ダンジョンさえ攻略すれば全部手に入るんだ!お前ら、さっさと攻略して魔石を手に入れるぞ!そいつを売っ払った金で明日は【サキュバスの館】の攻略だ!ワハハハハハハ!」


 三人組の冒険者たちは、一攫千金を求めてダンジョンへと入ってゆくのだった。


~~~


「お、久しぶりの人間か。あん時のガキ共じゃないのが残念だが、人間共へリベンジといこうじゃねえか、お前ら!」


 侵入者達の様子を見ながら、俺はダンジョン内の魔物達に指示を出す。


 ゴブリンを倒すのも悪くはないが、いつも同じ相手では張り合いがない。

 久しぶりにゴブリン以外の敵がやってきたとあって、俺の気持ちはかなり高ぶっていた。


「前回は魔王様のご勇姿を見られず残念に思っていましたが、今回はしかと目に焼き付けさせていただきます。」


「ああ、目ん玉かっ開いてよく見とけよ!」


 あの時から改良を重ねてパワーアップした俺の戦術、見せてやろうじゃねえか!


 そう思ってダンジョンの映像に意識を向けると、何やら動きがあったようだ。

 どうやら例の部屋の前までやって来たらしい。


『この先道が広がってますね……あっしは罠があるかどうかを調べるんで、アニキ達はちょいとばかし休んでてくだせえ。』


 斥候のクインという男が足元や壁を調べ始める。

 すると彼は、細いピアノ線のような糸を見つけた。


『あ!ありやした!こいつは引っかかると矢か何かが飛んでくるタイプの罠ですぜ!今解除しやす。』


『おう!でかした、クイン!』


『お前もこういう時は役に立つな。』


 パーティーの役に立てて嬉しそうなクインへ、カインはニヤリと笑いながら、キーンはぶっきらぼうに声をかけた。


「チッ……矢の方は解除されちまったか。まあいいさ、その分魔物たちに働いてもらうとしよう。」


 手先の器用なゴブリンとコボルトに作らせた罠だったが、あまりにも定番過ぎたのか引っかかってはくれなかった。

 残念ではあるが、その分魔物達の活躍に期待するとしよう。


『とりあえずこの手の罠はもうなさそうですな。ちょいとばかりこの中を見てきやす。』


 他に罠がないか探していたクインだったが、どうやらそれらしいものは見つからなかったらしい。

 そのことをカインとキーンに報告した彼は、先の様子を探るために部屋の中へと足を踏み入れた。


 すると次の瞬間、クインの頭上から何かが降ってきた。


『なっ……!』


 その気配をいち早く察知した彼は、驚きつつもその場から飛び退いて上から降ってきた何かを避ける。

 だが、完璧に避けることはできなかったようで、それはクインの足に当たってそのままくるぶしの辺りへまとわりついた。


『スライム……?』


 不思議そうな顔をしながら彼はスライムの核を踏みつぶす。


『ぐあっ……!』


 だがその時、クインの膝裏に矢が刺さり、彼は前のめりに倒れ込んだ。


『どうした!クイン!』


 部屋の外で休んでいたカインとキーンが、倒れたクインを見て部屋の中に入ってきた。


『矢です!どっかで隠れてあっしらを狙ってる奴がいやす!』


 近寄ってきたカインとキーンへ、クインが痛みをこらえながら必死に伝える。


 すると、またしてもどこからか矢が飛んできた。

 

 飛んでくる矢にいち早く気づいたキーンが、素早く矢の射線上に入って大盾を構える。


『フンッ!』


 そして彼はその盾で飛んできた矢を弾き、後ろにいたクインを守った。


『助かりやした、キーンのアニキ!』


『よくやった、キーン!』


 その隣で自分に迫りくる矢をたたき切ったカインは、そう言って矢が飛んできた方向を見る。

 一度盾を下げたキーンとその後ろにいたクインも、カインと同じ場所を見た。

 

 彼らの視線の先にあったのは、切り立った崖のようになっている高台と、その上でクロスボウを構えたゴブリン達の姿だった。


『ゲギャギャギャ!』


 ゴブリン達はカイン達に向かって再び矢を放ってくる。


 キーンは先程と同じようにゴブリンと自分達との射線上に立ち、盾を構えてそれを防いだ。


 しかし次の瞬間、ゴブリン達がいた場所とは別方向から飛んできた矢がキーンの脇腹を貫く。


『ぅあっ……!』


 キーンが受けたのは、ゴブリンと同じような高台に陣取ったコボルト達が放った矢だった。


『キーン!』


『キーンのアニキ!』


 かなりの深手だったようで、矢が刺さった場所からは赤い血がダラダラと流れている。


 これで二人は弱らせたから、残るはカインだけか。

 

 コボルトとゴブリンはかなりいい位置にいて、三人を左右から挟み込むような形になっている。

 さらに言うと、あいつらに大した遠距離攻撃の手段はなさそうだし、これは時間の問題だな。


 勝ち確だとこの状況を楽観的に見ていたら、仲間をやられて激高したカインが急に叫び出す。

 

『キーン!クイン!……ふざけんじゃねえぞ……この雑魚どもがあああああ!』

 

 その声を聞き、嫌な予感が脳裏をよぎる。


 カインは持っていた大斧を地面に投げ捨て、腰に差していた小さなハチェットを手に取った。


『クソが!調子に乗ってんじゃねえ!』


 クロスボウに次の矢を装填しているゴブリン目がけ、彼は手に持っていたハチェットをぶん投げる。


『ゲギャッ……!』


 ハチェットは一番近くにいたゴブリンの腹へと命中し、ゴブリンはうめき声をあげて絶命した。

 

 そして、ハチェットは勢いを殺すことなくそのままゴブリンの腹を突き破って貫通し、さらに奥にいたゴブリンの首を刎ねる。


『ギャ……』


 一瞬にして2体のゴブリンがやられてしまった。


「あの斧ヤロー!なんて馬鹿力してやがる……!いったん下がれ!」


 カインがもう一本ハチェットを取り出したのを見て、彼から隠れるよう魔物達を一旦後方へ退避させる。

 それと同時にを出した。


『クソッ!あいつら、逃げやがって……!』


 そんな魔物達へ怒りを募らせるカインは、魔物の姿が見えていないのもお構いなしにハチェットをぶん投げてきた。


『ギャウン!』


 完全に射線が切れていたにも関わらず、ハチェットは崖の先端を削りながら突き進み、カインから隠れた場所にいたコボルトへと命中した。


「チッ……」


 なんてデタラメな力だ。

 俺達にとってかなり有利な状況だったはずなのに、一気に戦力を削られてしまった。


 だが、これでこちらも準備は整った。


 後方に下がっていたゴブリンとコボルトが、各々両端を固定した巨大な伸縮性の高いゴムを大きく引き絞る。

 ゴムの中央にはスライムが乗せられていた。


「……やれ!」


 俺の合図と同時に、ゴブリンとコボルト達は掴んでいたゴムから手を離す。

 弾性力によって引き絞ったゴムが縮み、スライム達が勢いよく前方へと押し出された。


 即席のスリングショットによって放たれたスライム達は、一直線にカインへと向かっていった。


『スライムだと……クソッ!』


 カインは迫りくるスライムの核をハチェットで切り裂く。

 1体、2体とスライムの核を壊したが、投擲用のハチェットでは3体目のスライムに対応できなかったようで、カインの顔面へとスライムが貼り付く。


『……!……プハッ……!』


 呼吸ができなくなり、陸で溺れそうになりながらも、カインはなんとか顔に貼り付くスライムを引き剥がした。


 だが、それによってあまりにも致命的な隙が生まれた。


 ゴブリンが一本の矢を放つ。

 カインへと向けて放たれた矢は糸を引くように真っすぐ飛び、彼の頭部へと吸い込まれるように突き刺さった。


『アニキ!』

 

『カインさん!』


 カインは即死だった。

 彼の頭部を守るヘルム、視界を確保するために空けられた隙間、そこに丁度入ってしまったのだ。


 もし矢が刺さった位置が頭でなければ、もしヘルムが矢を防いでいたら助かっていたかもしれないと思うと、運が悪かったとしか言いようがない。


 この冒険者パーティーのリーダーらしき男であるカインは、ゴブリンの矢であっけない最期を迎えてしまった。


 後は残った二人を始末するだけなのだが、絶対的なリーダーの存在を失ったパーティーは脆い。

 ましてや満身創痍の相手だ。


「よし、あの斧ヤローがいなけりゃ後は大したことねえ!やっちまえ!フハハハハハハ!」


 キーンとクインは大した抵抗もできず、魔物達の矢によってじわじわと体力を削られて衰弱していき地面に横たわったかと思うと、それ以降彼らが起き上がることはなかった。

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