第9話 もふもふ

『ゲギャギャ!』


 ゴブリンが右手に掴んでいたスライムを投げつける。

 するとスライムがゴブリンの顔面にヒットした。


『……!……ッ!』


 顔をスライムに覆われて苦しそうにもがくゴブリンの周りに二足歩行の犬が集まり、手に持っていた棒でゴブリンを袋叩きにする。


『バウッ!ガウッ!』


『………………』


 コボルトに殴られ続けたゴブリンはすぐに意識を手放し、ダンジョンコアの魔素へと変換された。


 ダンジョンコアを通してその一部始終を見ていた俺は出力されていた映像を切り、腕を大きく上げて体を伸ばす。


「こんなもんか。まあ、順調だな。……あっちは。」


 エルとハンナを取り逃がしてしまったのはつい先日のこと。

 奴らのせいでこのダンジョンにいた大半の魔物を失ってしまったが、その時得られた魔素で魔物を召喚したことで、だいぶ元通りになっていた。

 そのおかげでダンジョンに侵入してきた魔物なんかも簡単に倒せている。


 また、エルとハンナを殺せはしなかったものの、撃退したおかげでダンジョンコアが成長し、新たな魔物を召喚できるようになっていた。


 召喚できるようになったのはコボルトという、先程ゴブリンを袋叩きにしていた二足歩行の犬型の魔物だ。

 コボルトもゴブリンと似て戦闘力が低く、手先が器用で群れで集まって集団生活をするという特徴を持っていた。

 まあゴブリンよりも少しだけ素早かったり、好奇心が強かったりと細かな違いはあるのだが、それでも見た目以外の差はあまりわからない。


 とまあ、違いがわからずとも新しいものは試してみたくなるのが人間の性で、コボルトが召喚できるようになった時に早速複数体召喚してみた。

 すると、愛らしい見た目が特徴的な柴犬風のコボルトに、シルバーの毛並みが美しいハスキー風のコボルト、胴長なダックスフンド風のコボルトと、様々な見た目のコボルト達が生まれてきた。


 ダンジョンで召喚した魔物は皆一様に感情表現が薄く、俺に忠実だ。

 個性豊かな見た目のコボルト達と言えど、例外はなかった。

 俺が配置につくよう指示を出すと、皆『ワン!』と一鳴きして表情を変えることなく自分の持ち場についていく。


 そして今日もつい先ほど、コボルトを1体召喚したところだった。

 俺の目の前にいるコボルトをチラリと見る。


「…………」


「クゥ~ン!」


 フワフワと真っ白な体毛に覆われたそのコボルトは、大きな三角耳をピンと伸ばし、垂れ気味の尻尾をパタパタと動かしている。

 本来は知性を感じるようなシェパード系の顔立ちなのだが、その豊かな胸毛を見せつけながら甘えるように寝転ぶこいつは、賢さとは程遠い緩み切った表情を見せている。


「……何だこいつは?」


 何だこいつは?


 今まで何体も魔物を召喚してきたのだが、こんな風に甘えてくる魔物はいなかった。

 というか、本能以外の意思がある魔物自体始めてだ。


 マジで何だこいつは?


「なあ、コイツはどうすればいいと思う?」


 このコボルトをどう扱えばいいのかわからなかったので、とりあえず近くにいたレモリーに聞いてみる。


「え……?あ……ああ、そうですね。かわい……賢そうなコボルトですし、魔王様のおそばに置くのはいかがでしょうか?ええ、それがよろしいと思います!」


 彼女はコボルトを見てボーっとしていたのだが、俺の声にハッとしたような表情を見せてそう答えた。

 

 レモリーと出会ってからまだ日が浅いのだが、彼女のこんな姿は初めて見るな。

 それに、いつもより押しが強いような……?


 まあいい。

 それはそうと、このコボルトを俺のそばに置くのか。

 あり……なのか?

 何かの役に立つかもしれないが……。


 レモリーの顔を見ながらそんなことを考えていると、何を思ったのか彼女は突然焦ったように早口で喋り始めた。


「い、いや、違うんですよ魔王様!別に私利私欲のためにこんな提案をしたわけではなく……そうです!あのコボルトの器用さは、必ずや魔王様のお力になるはずです。例えば、新しい罠を思いついた際、まずは試作品を作る必要がありますよね?ダンジョン内から手の空いた者を探すのはそれなりの手間、そこでこのコボルトに試作を任せればよいのです!他にも、このダンジョンを快適に過ごすための家具を作らせたり、将来的に必要になりそうな工具などを作らせたりするなど、コボルトに任せられる仕事は多岐にわたります。これからダンジョンを拡大するに当たって、自由に動かせる魔物は何体か必要かと。だからこのコボルトをモフモフしたいとか、愛くるしい瞳に心を奪われたとか、このモフモフを抱いて寝たら気持ちいいだろうなとか、あわよくば吸いたいとか、決してそういうことではなくて……」


 レモリーの言葉がだんだんとしどろもどろになっていく。

 心なしか、目が血走っているような……気のせいだろうか?


 彼女が何に対して弁明しているのかはよくわからなかったが、手先の器用なコボルトを小間使いとして使うこと自体は悪くない。


「クゥ~ン……」


 仰向けに寝ていたコボルトがごろんと転がっておすわりの姿勢になり、上目遣いでこちらを見てくる。


「……っ!魔王様!」


 その姿を見たレモリーが、手で自らの胸を押さえながら懇願してきた。


 ……よほど犬が好きらしい。


 貴重な戦力ではあるが、1体くらいならまあいいだろう。


「わかった。それじゃあお前は今から雑用係だ!」


「ワフッ!ワンッ!」


 俺の言葉に、コボルトはきりっとした顔で応えた。

 こいつ、急に知性を取り戻したな。


「……!ありがとうございます、魔王様!魔王様のおそばに仕える特別なコボルトですから、名付けが必要ですね。それでしたら私にいい案が……」


「名前……か……」


 レモリーが何かを熱弁していたのだが、途中から何を言ってるのか急に聞き取りづらくなったので無視することにした。

 確かに他の個体と区別するのに名前は必要か。


「ワフン?」


 どんな名前にしようか考えながら目の前のコボルトを見ていたら、コボルトは不思議そうに首を傾げた。


「なら、フィンでどうだ?」


 朧気ながら浮かんできた名前を口に出す。

 本当になんとなく思いついただけなので、名前に込められた意味とかは特にない。


「ワフ?ワンッ!ワンッ!」


 コボルトが嬉しそうな鳴き声を上げる。

 どうやら気に入ったようだ。


 それを見て、レモリーは少し寂しそうな顔をしていた。


「ワウ~ン」


 名前を付けられたのがよほど嬉しかったのか、四つ足で立ち上がったフィンが俺に体を寄せ、全身をこすりつけてくる。


 これは……どうすればいいんだ?

 とりあえず頭でも撫でておくか。


「……!」


 何だこれは!

 めちゃくちゃ気持ちいい!


 フィンの真っ白な美しい毛並みに触れた瞬間、モフモフと温かく柔らかな感触が手のひらに伝わってくる。


 軽く頭を撫でるだけのつもりだったのだが、俺の手は無意識のうちにフィンの頭から首筋、そして背中へと流れていった。

 頭も気持ちよかったのだが、背中にいくにつれて毛量が増していき、それにつれてモフ感も急上昇していく。


 何だこの触り心地は!

 このままずっと撫で続けていたいくらいだ。


「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」


 なすがまま撫でられていたフィンだったが、喜んでいるようにも見える。


 ……喜んでるのなら仕方ない。

 もっと撫でてやろう。


「あ……あの……魔王様……、その……私もよろしいですか?」


 そんなことを考えていたら、レモリーがおずおずと話しかけてきた。

 仕方ない、お前にもこのモフ感を堪能させてやろう。


「……ああ。」


 彼女の言葉に頷き、俺はフィンから手を離すと、すぐにレモリーがフィンへ手を伸ばしてくる。


 しかし、彼女の手がフィンに触れることはなかった。

 レモリーの手がフィンへと届く前に、フィンは俺の後ろにスッと移動して隠れてしまった。


「え…………?あ……あ……ああ…………」


 膝からストンと崩れ落ち、両手を地面につくレモリー。

 その顔には、まるでこの世の終わりでも見てきたかのような絶望が浮かんでいた。


 そこまでショックだったのか。

 かける言葉が見つからねえな。


 ……まあいいか、面倒そうだし。


 俺の後ろへと回り込んだフィンを撫でる。


「ワンッ!」


 呆然としているレモリーをよそに、フィンは元気よく一鳴きしてとてもいい表情を見せるのだった。

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