第8話 少年③
時は少し遡る。
「シルフよシルフ、風と共に舞い踊りすべてを吹き飛ばして!【
侵入者の少女が魔法で天井に貼り付いたスライムを蹴散らす様を、俺はコアルームから見ていた。
「は?な……なんだアレ……」
竜巻と見紛うような荒々しい風が天井にいたスライムを吹き飛ばし、壁に叩きつける。
まるで災害でも起こったかのような光景だった。
「ヤバイヤバイヤバイ!このままだと俺の魔物たちが全滅しちまう!」
別に魔物なんぞに愛着などはない。
だか、ダンジョンコアに溜まる魔素量の関係で1日に数体しか魔物を召喚できず、ダンジョンに配置するための魔物の頭数を揃えるだけでも数日かかる。
魔物が倒されるにしても、被害は最小限で抑えておきたいところだった。
「クソっ!ガキだと思って油断した!」
俺は独りごちる。
新しく召喚したゴブリンにスライムを投げさせる作戦も、ゴブリンの肩が弱すぎて失敗してしまった。
「チッ……!こうなったらもう俺が出るしかねえ!」
目を閉じて心を集中させ、体全体へ魔力が循環するように魔力の流れを作る。
レモリーから教えてもらった身体強化の使い方だ。
まだうまくコントロールしきれておらず、正直実戦で使うのは厳しいけれど、急いで侵入者の下へ向かわなければいけない以上やるしかない。
俺は身体強化を使いながら、侵入者の下へと全力で走り出した。
~~~
以上がここに至るまでの顛末だった。
慣れない身体強化を使ったせいで、普通に走るよりも体力の消耗が激しく息が切れそうだ。
けれど、そんな姿を見せたら舐められてしまう。
「ようこそ俺のダンジョンへ。」
俺は余裕がないのを悟られぬよう、嘲笑うような笑みを作りながら腕を組んでそう言った。
「おい!だからお前は何なんだ!なぜダンジョンの奥から出てきた!答えろ!」
目の前の少年が大声で叫ぶ。
確か名前は……エルとか言っただろうか?
彼は剣を構えながら俺の事を睨みつけてくる。
「ハッ!俺が何者かだって?さあて何者なんだろうなぁ、エル君!」
俺は小ばかにするように鼻で笑いながらそう答えた。
「何で俺の名前を……」
まさか俺が自分の名前を知っているとは思わなかったのか、エルは目に見えて困惑している様子だった。
「ハハハハハ!まあ今は気分がいいから少しだけお前の質問に答えてやろう!なぜ俺がダンジョンの奥から出てきたのかって?そいつはここが俺のダンジョンだからに決まってんだろ!最初にそう言ったじゃねえか。」
俺の言ったことを理解できなかったのか、目の前の二人は不思議そうな顔をしている。
「俺のダンジョン?どういうこと?」
この少女はハンナと言っただろうか。
杖の先を俺に向け、いつでも魔法を使えるよう警戒しながら聞き返してきた。
「俺がこのダンジョンのダンジョンマスターだっつってんだよ!早ぇえ話、このダンジョンの形を変えたり魔物を生み出したり、好き放題ダンジョンをいじくり回せるってこった!」
察しの悪い二人にもわかりやすく説明してやると、今度こそ理解したのかえるとハンナが目を見開いて驚く。
「な……ダンジョンマスターだって!そんな……」
「おっと、少しお喋りが過ぎたな。無駄話はここまでにしておこうぜ。」
エルがまだ何か言いたそうにしていたが、俺はそれを遮るように言葉を被せる。
乱れていた呼吸も整えるための時間稼ぎも成功したことだし、そろそろやるか。
「俺がダンジョンマスターで、お前らはこのダンジョンの侵入者。ならやることは1つだろう?」
俺は手を前に突き出して、手のひらに魔力を集める。
「【
40cm台の火の球が2つ、俺の目の前に現れた。
本来魔法を使う場合には詠唱が必要だ。
だが、威力を犠牲にして詠唱を省略する無詠唱という技術がある。
詠唱と無詠唱のどちらもメリットとデメリットがあるが、俺は今回、奇襲気味に攻撃を仕掛けたかったので無詠唱で魔法を発動した。
目の前にできた火の球は、エルとハンナ目がけて真っすぐに飛んでいく。
「……っ!【
ハンナは咄嗟に無詠唱で魔法を発動させた。
俺と二人を隔てるように、横長な水の壁が展開される。
俺の火の球が水の壁に衝突する。
火の球に触れている部分から壁の温度が急激に上昇し、ボコボコという音を立てて蒸発しながら壁が削られていく。
しかし、火の球も水で熱が奪われ、時間が経つにつれてその勢いを弱めていく。
火と水が激しくせめぎ合った結果、2つの魔法は相殺されて消滅した。
「チッ!」
「ハァハァ……エル!後はお願い!」
魔法の威力はイーブンだったが、魔法を撃ち合った俺とハンナの結果は対照的だった。
魔力にはまだ余裕のある俺に対して、ハンナは魔力切れで息が上がっているように見える。
これで彼女は実質戦えなくなったので、後はエルを倒すだけだ。
エルはハンナの言葉を聞くや否や、勢いよく俺の方へ突っ込んできた。
彼も身体強化を使っているのか、全身を巡る魔力の高まりを感じる。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!」
二人とも魔法で倒すつもりだったのだが、これは間に合いそうにないな。
俺は急いで全身に魔力を循環させ、身体強化を発動する。
その直後、エルが俺の脳天目がけて剣を振り下ろしてきた。
美しい剣筋の鋭い一撃だ。
だがこの程度、毎日受けているレモリーの一撃と比べたらなんてことない。
俺はバックステップで剣を振るわれた躱した。
すると、エルは剣を振り下ろした位置からさらに一歩踏み込んで、剣で斜めに斬り上げてきた。
それに合わせるようにして、俺は剣の腹を下から左拳でかち上げ、その軌道を上に逸らした。
硬い鉄の刃が空を切る。
「しまった……!」
剣を振り切ってしまったエルの胴体ががら空きになり、大きな隙ができた。
「オラァぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その隙を逃すわけもなく、俺は強化された力で渾身の右ストレートをエルの鳩尾に叩き込む。
「カハッ……!」
たまらず肺の中の空気を吐き出しながら、後方へと殴り飛ばされるエル。
さらに追撃をかけようと俺は左足を踏み出したのだが、何も無いところでつんのめってしまった。
「クソッ……!魔力を込め過ぎた!」
身体強化の魔力コントロールが甘くなり、余計な力が入りすぎてしまったのだ。
思わず悪態をついてしまう。
けれど、遠くで膝をついているエルの姿を見て、今なら魔法が使えることに気づいた。
「……まあ、それなら魔法でいいか。」
俺は手のひらを正面に向け、いつもより多めに魔力を送り込む。
「烈火の如く燃え盛る炎よ!我が怒りをもって荒れ狂い、その全てを灰燼に帰せよ!【
手のひらから放出された魔力は炎へと変換されていく。
球状にまとまっていた【
部屋の天井や壁にぶつかった炎が這うように広がっていき、部屋全体を覆いつくす。
「キャッ……!」
「ハンナ!」
逃げ場のない炎がエルとハンナを襲い、飲み込んだ。
終わったな。
後はあいつらがこの炎で燃え尽きるのを待つだけだ。
この部屋に配置したスライムやゴブリンがいとも簡単にやられた時は焦ったが、やはりガキはガキだ。
俺の敵ではない。
実にあっけない最期だったな。
そんなことを考えていたら、急に背筋を撫でられるような悪寒が襲ってきた。
「……?」
何だ?
何か嫌な予感がする。
俺は直感に従ってその場から大きく飛び退く。
次の瞬間、荒れ狂う炎を切り裂くようにして白い輝きを放つ衝撃波が飛んできた。
衝撃波はさっきまで俺が立っていた場所を通り抜け、壁に激突してその一部を抉り取った。
「ガハッ……!」
直撃こそしなかったものの衝撃波はあまりにも強力で、その余波で俺は後方へと吹き飛ばされて背中を打ちつけた。
肺から息が漏れ出す。
マズい。
このままでは追撃をまともにくらってしまう。
俺は痛みにこらえながら立ち上がり、身体強化を使って次の攻撃に備える。
だが、待てども待てども一向に何かがやってくる気配はない。
俺が放った【
「……クソっ!逃げられたか!」
あと一歩というところまで追い込んだのに、二人に逃げられてしまった。
それがとてつもなく悔しかったが、心のどこかではホッとしていた。
もしもあの衝撃波が直撃していたら……。
そしてすぐに追撃されていたら……。
「……覚えてろよ。」
俺は特に理由も意味もなく、エルとハンナが逃げたであろう出口の先をただただ睨みつけていた。
〜〜〜
エキナセア王国南部の街エスノム。
辺境の地に存在するこの街は緑豊かな自然に囲まれている。
エスノム周辺にはそれほど危険な魔物が存在せず、度々小さなダンジョンが発見されることから、駆け出しの冒険者が集まる街としても知られていた。
そのエスノムに近づく二人の人影があった。
一人は腰に剣を下げた少年で、もう一人は魔法使いの少女だ。
二人とも衣服はボロボロに煤けており、体には火傷の跡が見える。
二人はエスノムの街へ入る際、心配した顔見知りの門番に声をかけられたが、『大丈夫だ。』と一言返して去っていった。
街の外にある森で、新たなダンジョンが見つかったと冒険者ギルドから発表があったのは、それから2週間ほど後のことだった。
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