第5話 ダンジョンの成長
ダンジョンコアのある部屋……わかりづらいからコアルームと呼ぶことにしよう。
俺はレモリーに手を引かれながらコアルームまで帰ってきた。
「なんだ……?」
ダンジョンコアから放たれる強いオレンジ色の光によって、部屋全体が明るく照らされていた。
このダンジョンの改修中、俺の操作や言葉に反応して光ることは何度かあった。
それに、さっきゴブリンが侵入してきたときも、俺達に警戒を促すよう点滅している。
けれども、今回の発光は今までとは何かが違う。
根拠があるわけではないが、確信はあった。
だが、なぜ光っているのかまでは分らない。
「なあ……こいつは何で光ってんだ?」
困った時のレモリーだ。
彼女ならば何か知っているかもしれない。
「すみません、魔王様……」
そう言ってレモリーは首を振る。
どうやら彼女にもわからないらしい。
「何が起こっているのかまでは存じ上げないのですが……ダンジョンコアに触れてみれば何かわかるのではないでしょうか?」
「……そうか。」
確かにそうかもしれない。
レモリーの意見に納得した俺は、眩い光を放つダンジョンコアへと手を添える。
すると次の瞬間、ダンジョンコアから温かい何かが俺の体へと流れ込んでくる感覚があった。
この感じ……魔力か?
いや、少し違う気がする。
俺の中にある魔力はこれよりもねっとりとしていた。
魔力ではなくもっとこう、力の根源的な……。
「これは……もしかして魔素とかいうやつか?俺の体に魔素を送り込んでいるのか?」
魔法を使うためのエネルギーである魔力の元になる魔素。
それはこの世界のそこかしこに漂っていて、例えば人が魔法を使ったりして体内の魔力を消費すると、無意識のうちに大気中の魔素を吸収して魔力へと変換している。
そして人も魔物も生き物が死ぬときは、体内にある魔力が魔素として放出される。
たしか、ダンジョンコアは侵入者から魔素を吸収することで成長するんだったな。
……あれ?じゃあなんで
自分の身に起こっていることについて不思議に思っていたら、レモリーが一瞬ハッとしたような顔をした。
「……!魔王様!それは恐らくダンジョンコアが吸収するしきれなかった魔素を、魔王様に還元しているのかと思われます。その魔素を取り込むことによって、魔王様の力も強くなるのですが……」
「お……?」
彼女の話の途中だったのだが、突如ひどい倦怠感に襲われる。
足元がふらついて、立っているのがやっとというような状態だった。
「……過剰な魔素の摂取は魔素酔いを引き起こします。」
そういうことはもっと早く知りたかった。
そういえば、俺がダンジョンマスターになった時も
一度ならず二度までも……。
文句を言ってやりたいところだったが、気怠さが勝ってしまい、そのために口を開く気にはならなかった。
しばらくしてダンジョンコアの発光が止むと同時に、魔素の供給も止まった。
「ハァ……やっと終わったか……なんか、疲れたな……」
「お疲れ様でした。本来なら魔王様のお体にどんな変化があったのかを確認したいところですが……それは明日にしておきましょう。」
レモリーはそう言うと、俺がダンジョンで寝泊まりするために作った簡易ベッドを整える。
「それでは魔王様、おやすみなさいませ。」
「……ああ。」
彼女に促されるまま、俺はベッドに潜り込んだ。
俺への挨拶のつもりなのか、ダンジョンコアは一瞬だけ優しい光を灯してすぐに消した。
「……こんなんで本当に強くなってるのか?」
ベッドの上で仰向けに寝転がりながら一人呟く。
魔素を取り込んだことで何か変わったのかと言われれば正直よくわからん。
「まあいいか。」
そんなことよりも、とにかく今は眠たい。
唐突に襲ってきた睡魔に抗うことができず、眠りに落ちてゆくのだった。
~~~
次の日、またしてもダンジョンにゴブリンが侵入してきたので、俺とレモリーは例の小部屋へと足を運んでいた。
「【
俺が呪文を唱えると、火の球が現れる。
火の球は前方にいたゴブリンへと一直線に飛んでいき、昨日と同じようにゴブリンを丸焼きにした。
「……こんなもんか。」
昨日は初めての命を懸けた戦いで醜態を晒してしまったが、一度経験してしまえば案外どうということはない。
特に気後れすることもなく、簡単にゴブリンを倒してしまった。
あの掃き溜めのような街で生きてきた人間の適応力を舐めないでほしい。
「しかし、いつもよりも楽に【
さらに言うと、威力も高くなっている気がする。
レモリーと魔法の練習をしているおかげで、日に日に魔法の熟練度は上がっていがそれにしても……。
もしかしてこれがダンジョンコアから魔素を取り込んだ影響なのだろうか?
「今日もお見事です、魔王様。昨日よりも魔法の威力が上がっていますし、ダンジョンコアから魔素を取り込んだ成果が早速出たようで何よりです。」
やはりそうらしい。
ゴブリン4体を倒すだけで、ここまでの力を手に入れることができるのか。
いずれ人間もこのダンジョンにやって来るだろうし、その時が楽しみだな。
そんなことを考えながら焦げたゴブリンの死体に目をやると、スライム達が群がっていた。
どうやら食事中のようで、ゴブリンはあっという間にスライム達に飲み込まれて行く。
そしてその体はスライムの体内で溶かされていき……。
「………………」
なかなかグロテスクな光景だったのだが、特に何の感情も湧かなかった。
そんな風にスライム達を眺めていたら、レモリーから声がかかった。
「魔王様、魔法の威力が上がったのは確認できましたので、次は……私と模擬戦をしましょうか。」
彼女はそう言うと、俺に剣を渡してくる。
そして、部屋の壁際まで歩いて距離を取ると自分も剣を構えた。
その姿は気品に満ちあふれていており、まるで1枚の絵画のような美しさだった。
「いつでもどうぞ。」
笑みを浮かべながら言い放つレモリー。
「ハッ……じゃあ遠慮なくいくぞ!」
とは言ってみたものの、どう動くべきか。
実は魔法の訓練と共に、毎日彼女と模擬戦をしていたのだが、俺は彼女に勝つどころか一度も攻撃を当てたことすらなかった。
いくら魔素を吸収してパワーアップしたとはいえ、無策で突っ込んではやられてしまう。
俺は右手で剣の柄を握りしめながら、一歩一歩レモリーとの距離を縮める。
たった数mの距離を何十秒もかけて移動し、俺の間合いまであと少しという所まで来た。
いつもだったらここから一気に距離を詰めて彼女に斬りかかっているところだが……。
俺は右手に握っていた剣をくるりと翻し、逆手に近い持ち方で柄を握る。
そして後ろに大きくテイクバックを取り、左足を一歩前へと踏み込んだ。
「オラァ!」
その流れのまま、持っていた剣を押し出すようにしてレモリーへ向かってぶん投げる。
剣を手渡されたからと言って、真面目に剣で斬り合う必要なんてない。
剣術の心得など無いに等しい俺にとって、これが今できる最大の攻撃だ。
かなりの近距離から投げられた剣が、矢のような速さでレモリーの頭目がけて飛んでいく。
普通の人間であれば、剣が脳天に突き刺さって死んでしまうのだろう。
だが、そんな状況にも彼女は眉一つ動かさず、最小限の動きだけで回避してみせた。
髪の毛1本カスリもしない完璧な回避だ。
今の一撃が掠りもしないのは少しショックだったが、まだ想定の範囲内だ。
俺の方もこれで終わりではない。
俺は全力で剣を投げた後の勢いを利用して、前方へ大きく踏み込んでいた。
「コイツでどうだ!」
彼女の目の前に出た俺は、こっそりと左手に握り込んでいたごく小さな石の礫を目潰しに投げる。
これをレモリーは大きく斜め後ろに飛んで避けた。
「チッ……」
不意をついたつもりだったのに、まさかこれも避けられるとは。
視界を奪ってからぶん殴ろうと思ったのに、俺の作戦は全て潰されてしまった。
「相手の意表をつく素晴らしいアイデアです。ですがよくある手段で容易に対応できてしまうので、もう少し工夫がほしいところですね。」
『それはお前だけだろ』なんて言葉が喉元まで出かかる。
参考にならなさそうなアドバイスを送ってきたレモリーだったが、その後彼女の顔から笑みが消えた。
どうやらサービスタイムは終わったらしい。
再び剣を構え直してこちらを見据えてくる。
対する俺は、剣を失い無手でそれを迎え撃たなければならない。
終わった。
傍から見れば、そう思ってしまうかもしれない。
けれども俺にはまだ秘策があった。
レモリーが剣で俺に斬りかかろうとして、右足を一歩前に踏み込んだ。
その瞬間、俺は自分の腰の辺り、レモリーからは死角になる場所に張り付いていた
「……っ!」
投げつけられた
こんなこともあろうかと、模擬戦の直前に1匹だけ俺の背中に張り付かせておいたのだ。
「どうだ!こいつはさすがに避けらんねえだろ!」
勝った。
さすがのレモリーも、これは予想していなかっただろう。
スライムを引き剥がしている間に、一発入れて終わりだな。
もしこれが実戦であれば、命がけの戦いに卑怯もクソもあったものではないし、勝ちは勝ちだ。
そんなことを考えていたら、急にレモリーの纏っている雰囲気が変わった。
何かが俺の背中を這い上がってくるかのような寒気を感じる。
直後、彼女がとてつもない剣速を見せ、飛んできたスライムを剣の腹で殴りつけた。
「な……!」
そのまま吹っ飛ばされ、壁に打ち付けられるスライム。
何だこれは?
何でレモリーの動きが急に速くなったんだ?
その答えを探ている間もなく、彼女が視界から消えたかと思うと一瞬で俺の目の前に現れ、首筋にそっと剣を添えてきた。
これは……。
「ハァ……」
たまらず俺は両手を挙る。
だが、彼女は剣を俺の首筋に添えたまま外さない。
じっと俺の目を見つめている。
まるで何かを警戒するように。
「……チッ、わーったよ!負けだ負けだ!これ以上やってられっか!」
降参したふりをして一発かましてやろうと思ったのだが、どうやら見透かされていたらしい。
いよいよどうしようもなくなってしまい、俺はその場に寝転がる。
それを見て、レモリーはようやく剣を鞘に収めた。
「お疲れさまです、魔王様。」
労いの言葉をかけられたのだが、正直気休めにもならない。
スライムを使って不意を突けたというのに、それを完璧に対処されてしまい、俺の攻撃は何一つ通用しなかった。
完全な力負けだ。
俺と彼女との間にはいったいどれだけの差があるというのだろうか?
推し測ることすら敵わぬレモリーとの実力差を前に、悔しさとやるせなさが同時に押し寄せてきた。
「……なあ、そういやあ急に動きが変わったのは何だったんだ?」
ふと、今の模擬戦で疑問に思ったことを想いだし、レモリーに聞いてみる。
「ああ、あれですか?あれは【身体強化】と言って、体中に魔力を循環させて身体能力を上げる魔法みたいなものですね。」
「魔法みたいなもの……俺にも使えるのか?」
「そうですね。魔力の操作が上達してきた今の魔王様なら、少し練習すれば可能だと思います。……明日から【身体強化】の使い方をお教えいたしましょうか?」
「ああ、そうしてくれ。」
どうやら俺も同じことができるらしい。
もしも【身体強化】が使えたら、レモリーに一撃くらい入れられるようになるのだろうか?
そんなことを考えながら、俺達はコアルームへと帰るのだった。
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