第6話 少年①

「【氷矢アイスアロー】」


 藍色のローブを着た少女が呪文を唱えると、すぐさま魔法でできた氷の矢が彼女の目の前に現れて発射される。

 氷の矢は離れた場所にいたゴブリン目がけて一直線に飛んでいき、その眉間を正確に貫いた。


「オラァ!」


 少女の数歩先、背丈に似合わず1m以上の長さがある両刃の剣を両手に握った少年が、その剣を横薙ぎに振るう。


「ギャッ……!」


 彼の目の前にいたゴブリンの胸に深い傷が刻まれ、小さく悲鳴を上げながら力なく崩れ落ちていった。


「ふう、これで終わりか。」


 少年がダークブラウンの髪をかき上げながら額に流れる汗を腕で拭う。

 その姿は妙に様になっていた。


 傷一つ負うことなくごく短時間でゴブリンの討伐を終えた彼らは、周囲を警戒しつつゴブリンの死体を解体し始めた。


「魔石も取り出したし、これで今回の依頼は完了ね。」


 ローブの中から幼いながらも端正な顔立ちを覗かせた少女は少年の方を見る。


「おう!それじゃあさっさと帰ってギルドに報告しようぜ。」


 やんちゃそうな顔立ちが特徴的な少年は、目尻を下げていい笑顔を見せながら少女に返す。


 二人は冒険者だった。

 

 冒険者とは、冒険者ギルドを通して野生の魔物を討伐やその素材の採取、盗賊退治や護衛依頼、果ては人探しなどの雑用までを請け負う、いわば何でも屋のような存在だ。

 本来、彼らのような子供は魔物討伐などの危険度の高い仕事を受けることはほぼない。

 けれども、子供ながらに魔物と戦うための力を持っており、大人に混じって魔物の討伐依頼を受ける彼らは特別だった。


 二人が冒険者ギルドへ帰る途中、少女はあるものを発見してその場に立ち止まった。


「……あら?」


「どうしたんだ、ハンナ?」


 少年は立ち止まった少女――ハンナ見て、不思議そうな表情になる。


「いや……あそこの洞窟なんだけど、前からあんな感じだったかしら?」


 そう言ってハンナは遠くに見えた洞窟を指差す。


「洞窟?ああ、コボルトが住み着いてたとこか?あのときは入り口が狭くて大変だったな……あれ?前より大きくなってないか?」


 そこは数ヶ月前、彼らがコボルト退治に入った洞窟だった。

 少年の言葉通り、以前はただの小さな洞窟だったのだが、今見ると以前よりも大きくなっているように思えた。


「やっぱりそうよね?それに、ここからでも濃い魔素の気配を感じるし……もしかしてダンジョンかしたのかしら?」


「ええっ!ダンジョンだって!?」


 ハンナのダンジョンという言葉に、少年は目を輝かせながら食い気味に反応した。


「ちょっと行ってみようぜ!この前ゴルドのじいさんの店でいい感じの剣を見つけたんだけど、ゴブリン討伐の報酬だけじゃあ足りなそうなんだ。」


 少年はそう言って洞窟へ向かって歩き出す。


 「あ!ちょっと待ってよエル!」


 ハンナは先へ行ってしまった少年――エルヴィンを慌てて追いかけるのだった。


〜〜〜


『魔王様、食糧の調達をしてまいりますので、しばらくの間留守にいたします。』


 そう言ってレモリーがダンジョンの外に出ていったのは、約1時間前のことだ。

 彼女が留守の間、俺は一人でダンジョンの改造に着手していた。


「えーっと……このスライムの位置を調整して……そんでこの部屋を狭くして……」


 今やっているのは、この前作ったスライム落としの罠の改良だ。

 あれからスライムが死角になるよう部屋の形を変えたり、スライムの位置を調整したりして、ゴブリン程度なら簡単に倒せるようになっていた。


「そんでもってここにゴブリンを置いて…」


 また、ダンジョンコアが成長したおかげで、新たにゴブリンを召喚できるようになっていた。


 ゴブリンは言わずとしれた最弱の魔物で、当初は役に立たない存在だと思っていた。

 けれど、意外なことに手先が器用という長所があり、材料さえあれば武器や罠を作るのに使えることがわかった。

 今後召喚できる魔物が増えた時に、他の魔物のサポート役として重宝するかもしれないな。

 

「で、これで……よし、完成だ!」


 スライム落とし(改)が完成した。

 召喚したゴブリンでテストしてみたが、見事にスライムが直撃したしなかなかいい出来なんじゃないだろうか。

 ここまでうまくできると、早速使ってみたくなる。

 早く誰か来ねえかな?


 そんなことを考えていたら、目の前のダンジョンコアが突然激しく点滅し始める。


『侵入者が現れました。マスターは直ちに侵入者を撃退してください。』


 ダンジョンコアから映し出される映像を見ると、一組の少年と少女の姿があった。

 初めての人間の侵入者だ。


「ガキが2人か。あんま参考になんねえが……まあいいか。」


 俺は侵入者を迎え撃つべく準備を始めた。

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