第4話 初めての戦闘

「……なあ、あいつらは何してんだ……?」


 俺は前方を指差してレモリーに聞く。


 この手でゴブリンを倒すべく、例の小部屋の前にやって来た俺とレモリー。

 そこで目にしたのは、スライム達が小部屋の入り口の前で固まりプルプルとその体を震わせ、それを見たゴブリンが後ずさりしている光景だった。


 なんというか……珍妙だな。


「恐らく魔王様の言いつけを守り、ゴブリンを逃がさないよう威嚇しているのでしょう。」


 レモリーは特に不思議に思わなかったのか、淡々と俺の質問に答えた。


 遊んでいるようにしか見えなかったのだが、どうやら魔物達はこれでも大真面目らしい。


 ……まあ、ゴブリンが逃げてないし何でもいいか。


「よくやったお前ら!そのままそこを塞いどけ!」


 俺がスライム達に向かって叫ぶ。

 スライム達から声が返ってくることはなかったが、代わりにプルプルと震える体をさらに大きく揺らしていた。


「ゲギャギャ?」


 俺の声に反応したのはスライムだけではない。

 

 ゴブリンが鳴き声を上げながら振り向く。

 ダンジョンの奥から出てきた俺達を見て、不思議そうな顔をしている。

 なんともマヌケな面だ。

 

 一瞬の間ができた後、ゴブリンは正面にいるスライム達へと視線を戻す。

 スライム達は相変わらずプルプルと震えていた。


 かと思えば、再び後ろを振り返ってこっちを見てくる。

 そしてまた、スライム達へと視線を戻した。


 俺達……というより、俺とスライム達を交互に見比べ、ゴブリンが何か考え込むような仕草をとる。


「ゲギャギャ!」

 

 数秒の逡巡の後、スライムに背を向けてニヤリと笑いながら俺の方へ駆け出してきた。

 ギザギザと尖った歯がむき出しになる。


「わざわざ俺の方へ突っ込んで来るとは……ハッ!バカめ!」


 スライム相手だと分が悪いが、子どもの(ように見える)俺ならば勝ち目があるとでも思ったのだろうか。

 スライムの主が誰とも知らず……所詮は知能の低い魔物だな。


 俺はゴブリンを迎え撃つべく、正面に手をかざす。

 だがここで、肩に力が入ってしまっているのか腕が小刻みに震えているのに気づいた。


「チッ……!」


 俺はこんなゴブリンなんぞに恐怖しているというのか?


 腕の震えを抑えようと思えば思う程肩に入る力は強くなり、震えも大きくなる。

 集中力を欠いてしまったこの状態ではうまく魔法を発動できそうにない。


 俺がまごついている間にも、ゴブリンはこん棒を掲げながら迫ってくる。

 文字通り命を懸けたその姿には、鬼気迫るものを感じた。


 この世界に来る前、力を持たない俺はなるべく人目につかないようにしてきた。

 そうすれば、何かを手に入れることはできずとも、大きな争いに巻き込まれず生きていくことはできたからだ。

 思えば本気で命のやり取りをするのは、これが初めてかもしれない。


 けれども、こんなゴブリン程度に恐怖してしまっている現実を受け入れたくはなかった。


 そんな中、不意に両肩に手が添えられたような重みを感じた。


「大丈夫です、魔王様。」


 レモリーが優しく語りかけてくる。


「落ち着いて、しっかりと相手を見て……」


 彼女の声を聞いていると、なぜだか恐怖が消え去っていく。

 腕の震えはいつの間にか納まっていた。


 冷静さを取り戻した今ならば、魔法も使えるはず。


 俺は心を無にして感覚を研ぎ澄ませる。


 体の中、鳩尾の辺りに意識を集中させると、激しく動く禍々しいエネルギーの塊を感じ取った。

 これが魔法のエネルギーとなる魔力というものだ。


 へその下にある丹田に力を籠め、体の中にある魔力の一部を手のひらへと動かしていく。

 隙あらば俺の手を離れて暴れようとする魔力を抑えるのは難しく、レモリーとの練習では魔力のコントロールに失敗して暴発することもあったのだが、今回は一発で成功した。


 猛り狂った魔力を手のひらに感じながら、俺は魔法を発動するキーとなる呪文を唱える。


「我が魔力よ、炎を纏いて敵を焼き尽くせ。【火球ファイヤーボール】」


 俺の手のひらから魔力が放出されていく。

 それと同時に小さな火の球が現れた。

 小さな火の球は俺の魔力を吸ってグングン成長していき、最終的に30cm程の大きさになった。


 本当はもう少し大きくしたかったが、これ以上時間をかけるとゴブリンの接近を許してしまうのでこの大きさでいいだろう。


 俺は火の球をゴブリン目がけて飛ばす。

 

「ゲギャッ!」


 矢のような速度で飛んでいった火の球は、ゴブリンの顔面に直撃した。

 ゴブリンの頭が燃え始めたかと思うと、火は瞬く間に広がっていき、ついには全身を炎で包み込んだ。


「ゲギャアアアアアアアアァァァ……ァァ……」


 悲痛な叫び声が木霊する。


 ゴブリンを包んでいた炎が消えると、その跡には黒焦げのだけが残っていた。


「ハア……ハア……」


 たった1回、1回魔法を発動しただけだというのに息が切れ、滝のように汗が流れてくる。

 レモリーとの練習では、3、4回魔法を使っても全然平気だったのに……。


「ハ……ハハ……」


 だが、何はともあれ勝った。

 この戦いで俺は、ゴブリンを殺した。


 ゴブリンの死体はスライムの餌になるから特に事後処理とかはなく、あとはダンジョンコアの部屋に戻るだけだ。


 だというのに、なぜか俺の体が凍ったように固まってしまい、その場から一歩も動くことができなかった。

 そして、今度は腕だけでなく全身が小刻みに震え始める。


 どうすればいいかわからず困惑していたら、後ろに立っていたレモリーが声をかけていた。


「お疲れ様でした、魔王様。お見事です。」

 

 彼女はそう言うと、優しくオレの手を取ってくる。

 そんなレモリーに全てを委ねてしまいたくなるような衝動にかられた。


 どれくらいの時間そうしていただろうか。

 体感では何時間も経っているような気がするが、実際は数分しか経っていないような気もする。


 しばらくして体の震えが収まり、呼吸が安定してくる。


 、だ。

 レモリーの声を聞いていると、なぜか安心する。

 何かそういう力でもあるのだろうか?

 

「本日は初めての戦闘でお疲れでしょうから、早く戻ってゆっくりお休みください。」


 レモリーに手を引かれて、俺はダンジョンコアのある部屋へ戻るのだった。

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