第2話 ダンジョン

 朝、窓から差し込む陽の光を浴びて目が覚める。

 人生で初めてのベッドはとても快適で、とても良く眠れた。


 昨日、俺の魔王就任が決まった後、レモリーに寝室まで案内されていた。

 その途中でたくさんの部屋を見かけ、本当に屋内なのかと疑ってしまう程広い建物だと思っていたが、どうやらここは魔王城という城だったらしい。

 元々は魔王の拠点として使われていたのだが、人間に攻め込まれて魔族が散り散りになってしまった今、ここに残っているのは彼女だけなのだそうだ。


 寝起きで少しの間ぼんやりとしていたら、寝室のドアをノックする音が聞こえてきた。


「失礼します」


 ドアの向こうにいたのは当然ながらレモリーだったようで、俺に一声かけてからドアを開けて部屋へ入ってくる。


「おはようございます、魔王様。」


「ああ。」


 朝だというのに眠そうな表情も見せず、寝ぐせや服のシワ1つ見当たらない彼女の整った身なりからは、相当早くに起きて準備していたことが窺われた。


「朝食の準備ができたので、食堂までご案内いたします。」


「……そうか。」


 ベッドから降りて、レモリーの後についていく。

 長い廊下を歩き、彼女に通された部屋の中に入ると、大人数でも使えそうな程大きな長机の上に、1人分の食事が寂しく置かれていた。

 恐らくそこが俺の席なのだろう。


 俺は何も言わずその席につき、目の前の料理に手をつける。


「……!」


 何の料理なのかはわからないが、まともな食べ物にありつけず残飯のようなものを食べていた俺にとって、レモリーが用意した食事はとても美味く感じた。


「魔王様、食べながらでいいので今後のことについてお話をしてもよろしいでしょうか?」


 目の前にある料理を夢中で食べ進めていたら、レモリーからそんなことを言われたので無言で頷く。


「魔王様にはこれからダンジョンを管理してもらおうと思います。」


〜〜〜


 朝食を終えた俺は、床にいくつもの魔法陣が描かれた部屋に連れてこられた。

 この部屋にある魔法陣は全て【転移】という魔法が込められており、この世界のどこかへ一瞬で移動できるらしい。


「こちらです、魔王様。」


 レモリーは数ある魔法陣の中から1つ選び、その上に立つよう促してきた。


「それでは【転移】でダンジョンの近くまで移動します。眩しいのでお気をつけください。」


 同じように魔法陣の上へ乗ったレモリーがそう言うと、彼女は目を閉じて何かに集中する。


 次の瞬間、俺達は強い光に包まれた。

 あまりの眩しさに目を開けていられなくなる。


 光が収まって目を開いたら、そこは森の中だった。

 辺り一面緑色の木々で埋め尽くされている。

 近くにある木を触ってみたら、凸凹とした樹皮の感触があった。


「……本当に一瞬で移動したのか。」


 レモリーが使った魔法の効果に驚き彼女を見たら、かなり力を使ったのか額に汗をかいていた。

 そんな俺の視線に気づいたのか、レモリーが小さく息を吐いてから喋り始める。


「魔王様、早速ですがダンジョンへ参りましょうか。」


 彼女に先導されながら森の中を歩く。

 しばらくして森を抜けたあたりで小さな洞窟を見つけた。


 洞窟の手前までやって来たところで、レモリーが微笑みながら話しかけてきた。

 

「お疲れ様です、魔王様。このエキナセア王国の外れにある洞窟が、魔王様に管理していただくダンジョンです。」


「ここがそうか。」


 この世界には魔物と呼ばれる生き物がいる。

 朝食の時にレモリーから受けた説明によると、ダンジョンというのはその魔物を生み出すことができる迷宮のことらしい。


 なぜ俺達がダンジョンにやってきたのかというと、ダンジョンを管理して力を蓄えつつ、魔王の名で散り散りになった魔族を再びかき集めるためだそうな。

 なるほどよくわからん。

 

「はい。ここから先は魔物がいる可能性がございますので、お気を付けください。」


 先に洞窟へ入っていったレモリーを追うように、俺は洞窟の中へと足を踏み入れる。


 洞窟の中は思いのほか明るく、また一本道だったためすぐに最奥までたどり着いた。

 洞窟の最奥は小部屋のようになっていて、中央には半透明は珀色の石が台座の上に埋め込まれている。


「あっ、ありました。魔王様、あの琥珀色の石がダンジョンコアです。」


 レモリーが琥珀色の石を指しながらそう伝えてくる。

 

 あれがダンジョンコアか。

 ダンジョンコアはその名の通りダンジョンの核となる魔石で、ダンジョンを管理するためにはダンジョンコアにダンジョンマスターとして登録しなければいけないらしい。

 ダンジョンコアがなければここはただの洞窟で、ダンジョンを拡張することもできなければ魔物を呼び出すこともできないのだとか。

 

「あれが……しかし、ダンジョンという割には魔物が全然いなかったな。」


 いつ魔物が襲い掛かってくるのかと警戒していたのだが、魔物に出会うことがないままここまでたどり着いたので、なんだか拍子抜けしてしまった。


「それは恐らくこのダンジョンができて間もないため、魔物を生み出せる程の魔素をが溜まっていなかったのでしょう。」

 

「魔素?」


「私達が魔法を使うためのエネルギーとして魔力というものがあるのですが、魔素はその魔力の元になる物質のことですね。大気中にある魔素を取り込むことによってダンジョンコアは成長し、より強力な魔物を生み出せるようになります。」


「ふーん。」


 俺の世界には無かった概念ばかりであまりよくわからなかったが、とりあえず返事をしておいた。


「さて……それではそろそろ魔王様をダンジョンマスターとしてダンジョンコアに登録しましょうか。魔王様、そちらのダンジョンコアに手をかざしてください。」

 

 俺は言われるがまま台座の前まで近づき、ダンジョンコアに手をかざす。


 すると次の瞬間、俺の体の中から目に見えない何かが吸い取られていき、ダンジョンコアが発光し始めた。


「うおっ!?な……何だ?」


 くすぐったいような気持ち悪いような、なんとも言えない不思議な感覚に思わず声が出てしまう。


 そんなふうに困惑していたら、ダンジョンコアから放たれる光がより一層強くなった。


『魔王の魔力を感知しました。この魔力の持ち主をダンジョンマスターとして承認します。以降、このダンジョンの全ての権限はダンジョンマスターへと移行します。』


 この声は……誰だ?

 俺はダンジョンコアに手を添えたまま後ろを振り返ってレモリーを見たが、彼女が何か言ったわけではなさそうだ。


 となると、ここに俺達以外の誰かがいるのだろうかと辺りを見回してみるが、人がいる気配はない。

 じゃあ本当に誰が……?


 そんなことを考えていたら、台座の上に鎮座しているダンジョンコアが視界に入る。


「もしかして……お前か?」


 石が喋るなんて、いくら異世界とはいえそんなことあるのだろうか?

 そんな考えに至るなんて、俺の頭はおかしくなったのかもしれない。


 だが、俺の疑問に答えるようにダンジョンコアがゆっくりと2回点滅した。

 ダンジョンコアにかざした手を伝って肯定の意思が流れ込んでくる。


「……まじかよ。」


 魔石という特別な石らしいが、石が意思を伝えてくるなんて異世界ってなんでもありなのか。


「いかがいたしましたか、魔王様?」


 俺が呆気に取られているのを心配したのか、レモリーが尋ねてくる。

 どうやら彼女にはダンジョンコアの声が聞こえなかったらしい。

 ダンジョンコアに触れていないといけないみたいなルールがあるのだろうか?


「いや……にダンジョンマスターとして承認されたらしい。」


「おめでとうございます、魔王様!」


 俺がダンジョンマスターになったことを知り、彼女は優し気な笑みを見せた。


「……しかし、さっきからずっとダンジョンコアこいつに何かを吸われてるんだが……いつになったら止まるんだ?」


 ダンジョンコアに触れた時から今まで、体の中にある何かを吸われ続けているのだが、一向に止まる気配がない。

 しかも、最初と比べて吸い取られる量が多くなってる気がする。

 どこかの掃除機もびっくりの吸引力だ。

 ダンジョンコアに触れなければ納まりそうなのだが、なぜか俺の手が固まったように動かずダンジョンコアから離れてくれない。


 ダンジョンコアは俺の体の中から何かを吸い取っていく。

 そろそろマズいかと思い、ダンジョンコアから手を離そうとするもやはり離れてくれない。

 そうこうしているうちにもダンジョンコアはどんどんと吸い取っていく。

 どうにかして手を離そうとするも、やはり離れてくれない。

 その間にダンジョンコアはどんどんと吸い取っていき…。

 

「あ……あれ?」


 急に体がふらついて背中から倒れそうになったが、慌ててレモリーが受け止めてくれたおかげで、転倒することはなかった。

 だが、足の力が抜けて立っていられず、俺の体はレモリーに支えられながらゆっくりと横たえられた。

 だんだんと意識が遠のいていき、心配そうなレモリーの声も聞こえなくなってくる。


『ごちそうさまでした』


 俺が意識を手放す直前に聞いたのは、ダンジョンコアの恍惚そうな声だった。


~~~


  目を覚ますと、心配そうにこちらを覗き込んでいるレモリーの姿があった。


「すみません、魔王様。私がついていながら……」


 レモリーが申し訳なさそうな顔をする。

 別に彼女のせいで気絶したわけではないが、申し訳なさそうな顔をしていた。


「そうだあのヤロー!」


 怒声を上げながらダンジョンコアの方を見る。

 するとダンジョンコアは、『ごめんね』と言わんばかりに優しい光で点滅した。


「……あれ?なんかコイツさっきより大きくなってねえか?」


 さっきまでと比べて1回り……いや、2回りくらい大きくなっている。

 最初に見たときは拳くらいの大きさだったのに、今見たら子どもの顔くらいの大きさになっていた。

 俺の言葉を聞いて、ダンジョンコアはうれしそうにキラキラと輝く。


 ……なんか無邪気な子どもみたいだな。


「……チッ。まあいい。それよりもダンジョンだ。ダンジョンの管理はどうやってやればいい?」


 今度はダンジョンコアが、何かを主張するようにピカピカと点滅した。


「ええと……とりあえずダンジョンコアにもう一度触れてみるのが良いかと。」


 ダンジョンコアの方を見て、苦笑いをしながらそう答えるレモリー。

 あまり気乗りはしなかったが、彼女の言うとおりダンジョンコアの上に手を添える。

 すると、ダンジョンコアから強い光が放たれた。


「ちょっ……」


 数秒後、発光が止んだ。


 俺の脳に直接何かメッセージのようなものが送られてくる。

 これは……ダンジョンの管理方法か?

 

================


 ・ダンジョンマスターは、ダンジョンコアに溜まった魔素によって魔物の召喚およびダンジョンの拡張が可能。


 ・ダンジョンコアの魔素は、人や魔物などのダンジョンにやってきた侵入者を倒すことで吸収でき、魔素によってダンジョンコアが成長する。


 ・ダンジョンコアが成長することによって、召喚できる魔物の数や種類が増える。


 ・ダンジョンコアの成長と連動して、ダンジョンマスターの能力も成長する。


 ・侵入者にダンジョンコアを破壊されると、そのダンジョンは機能を停止する。


 ・ダンジョンマスターは、1日1回はダンジョンコアに触れてダンジョンを管理すること。


 ・可能ならば1日中ダンジョンコアを触ってダンジョンを管理し続けること。


 ・もし忘れてしまったら、悲しくて魔物を召喚できなくなってしまうかもしれないこと。


 ・ダンジョンマスターは……


================


 俺は脳内に送られてきたメッセージをそっ閉じした。

 後半かまってちゃんみたいな文言があったが、きっと気のせいだろう。


 それはさておき、これでダンジョンを管理する方法はなんとなくわかった。

 それに、ダンジョンコアの成長によって俺の力も成長するのであれば、レモリーから聞いたダンジョンで力を蓄えるという言葉意味も理解できる。

 

 ちなみに現時点で召喚できる魔物は、スライムという魔物だけだ。


「さて……何をすればいいのかもわかったことだし、ダンジョンの整備でもしてみるか。」


 手に入れた力を使ってみたくなり、早速ダンジョンの整備を始める。


 まずは手始めにスライムを召喚してみるとしよう。


 ダンジョンコアに手をかざしながら『スライム召喚』と念じると、突然目の前に黒いモヤが発生する。

 モヤが晴れると、そこには青いプルプルのゲル状の生き物がいた。

 真ん中には核のような球体が埋まっている。


「コイツがスライムか。」


 触ってみるとひんやりとして気持ちいい。

 これはクセになりそうだ。


 魔物の召喚もうまくいったことだし、次はこの狭いダンジョンの改修だ。

 とりあえずこの狭い部屋を広げてみるか。


 心の中で『ダンジョン拡張』と唱えると、ダンジョンの壁がゴゴゴという音を立てて動き、部屋が広くなった。


「なるほど……この力でダンジョンを強化していけばいいのか。」


 力の使い方を理解した俺は、早速本格的にダンジョンの改修を始める。

 実際にやってみるとこれが思いのほか楽しく、時間を忘れてのめり込んでしまった。


 レモリーに見守られながらダンジョン改修を続けること数日。

 最初はみすぼらしかったこのダンジョンも、それなりに見れるようにはなったんじゃないだろうか。


 そんなことを考えていたら、初めての侵入者がダンジョンにやって来

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