4.白いクリーム
店に戻ってから、
「プリン・ア・ラ・モードっていうんだよ」
「プリン、あら……」
「プリン・ア・ラ・モード」
はは、と軽く笑って、瞳はプリン・ア・ラ・モードを三つテーブルに置いた。「わぁ、すごい」と
「缶詰のしかなくて悪いんだけど、みかんとさくらんぼと白桃と黄桃……って、ああ、黄桃は嫌いなんだっけ?」
「味は別に嫌いじゃないんです」
「そうか。ま、食べてみなよ」
「何だか崩すのもったいない。きれいだから」
「うん、でもそれを崩しながら食べるのが醍醐味なんだよ」
「んー、おいしい。あたしこれ好き。プリンもおいしい」
麻里衣はさっそく生クリームとプリンを食べたようだ。愛美も同じように口に入れてみると、軽やかな生クリームの甘さをまとったプリンのほろ苦さが舌を刺激する。
「……おいしい……」
「だろう?」
周りのフルーツもスプーンで取って食べてみる。黄桃は細くスライスされていても歯ごたえを感じられ、牛乳を感じさせる生クリームの濃厚な香りやみかんの酸味と合わさって、口の中で良い味に仕上がった。
愛美も麻里衣も夢中で食べてしまい、気付いたら器は空になっていた。
「今ね、昭和レトロブームなんだって。だからこれ、店で出そうと思って」
「これ、レトロなんですか?」
「うん。昔、流行ったものなんだよ」
「瞳さん、お店で出すのいいと思う。あたしこれ好きだな」
麻里衣が目を輝かせて瞳に感想を告げる。そんな姿がまた愛美を安心させた。
「ん、あたしも、いいと思います。おいしかったし」
明るく笑う麻里衣と控えめに言う愛美を交互に見て、瞳はふわりと笑った。
◇◇
テレビ番組や雑誌、新聞などの取材はこれまで断っていたと、瞳は言う。「面倒だから」というのが理由だそうだ。
「いっぱいお客さん来ちゃったら、瞳さん一人だと大変だもんね」
「そう、それもある」
そんな麻里衣と瞳の会話を聞きながら愛美がランチタイムのサンドイッチの準備をしていると、一人の男性が扉を入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「こんにちは。空いている席へどうぞ」
まず麻里衣が対応した男性は、礼儀正しく微笑んだ。まるでぴしっと折り目がついているかのように。
「ああ、来たね」
瞳がぱっと明るい表情になり、彼に気軽に声をかける。知り合いなのかと愛美が思っていると、「別れた夫で、
「え、佐川って、瞳さんと同じ?」
「別れたなんて、ひどいじゃないか。僕は離婚はしないっていつも言ってるのに」
「あーそうだ、私は別れたつもりでいるんだけどさ……、離婚はまだしてないんだよね。このとおり、頑固な人で」
そんな大人同士のやり取りに愛美は目を丸くする。麻里衣も口を挟むこともできず、立っているだけだ。
「あ、その……ご注文は……」
はっと我に返った麻里衣が尋ねると、亮平は「アイスコーヒーもらえるかな」とにこやかに言った。「かしこまりました」と言い残して麻里衣がキッチンへ引っ込む。
「仕方ないんだよ、僕はまだ瞳を愛しているんだから」
「はいはい、わかったわかった」
「この間久し振りに電話もらえてうれしかった。愛しているよ、瞳」
「いいから、大人しく座ってて」
人前で「愛している」と平気そうに言ってしまう亮平に驚きながらも、愛美はアイスコーヒーを用意して麻里衣に渡した。
「お待たせいたしました」
「すごいな、しっかり接客できてるね。きみが……ええと、十四歳の子?」
「えっ……」
驚いて亮平から体を少し引いた麻里衣に、瞳が慌てて声をかける。
「あ、麻里衣、そいつ弁護士だから怖がらなくていいよ。私が呼んだんだ。あんたたちを引き取るために労力を使ってもらおうと思ってね」
「えっ、ひ、引き取る……って、本当に!? 本当ですか!?」
「そうか、麻里衣にはまだ言っていなかったな、ごめん。私はあんたたちに、ここにいてほしいと思ってるから」
「ごめん、黙ってたわけじゃないんだけど」と愛美も謝ると、麻里衣は首をぶんぶんと振って否定した。
「そんなこといいの。うれしい。お姉ちゃんと一緒に引き取ってもらえたら、すごくうれしい」
麻里衣はここに来てから表情が豊かになったと、愛美は思う。満面の笑みがとてもかわいらしい。
その後亮平はしばらくスマートフォンを使って、忙しそうに何かのやり取りをしていたようだ。ランチタイム近くになり、客が集まってくると「じゃあ、また来るね」と言って千円札を置き、扉を出ていった。
「もう、お代はいらないって言っといたのに」
亮平が去るのを見届けてから文句を言う瞳が幸せそうに見えて、愛美も何だか少しうれしくなった。
◇◇
地域新聞の取材の日がやってきた。愛美と麻里衣は二階で休んでいていいと瞳に言われていたため、朝から特に何もせず、二階の居室でテレビを見て過ごしていた。
テレビにも飽きてきた頃、愛美だけ一旦階下に下りて「買い物行きましょうか」と瞳に尋ねてみたが、「買い物はあとで行くからいい」と言われてしまい、本当にすることがなくなってしまった。
階下から居室に上がり、再びテレビの画面に目を移した愛美は、そういえば麻里衣の好きなコマーシャルソングと一緒に『あなたの夢、叶えます』なんて言葉が流れていたなと、ふと思い出す。
「ねぇ麻里衣、夢ってある? 何かになりたいとか、こういうことしたいとか」
「ん、夢? うーん……瞳さんみたいになりたいな」
「それってカフェを開くってこと?」
「うん。お客さんにおいしいもの出して喜んでもらうの。お姉ちゃんは?」
「……え、あたし? あたしは別に……」
愛美はこれまで、将来の夢について考えることなどなかった。小学校で作文として書かされたことはあったが、『大人気のアイドルになりたい』という、他の大多数の女子たちも書いていそうな嘘を書いただけだった。
「お姉ちゃんも、何かになるんだよ。きっとお姉ちゃんなら何でもできるよ」
――そうだ、自分も何かになるんだ。でも、何に――
考えてみても、何も浮かばない。麻里衣と生きていくのに必死だった日々は、何も生み出していなかったのかもしれない。そう思うと気分が暗くなっていく。
「……うん、でもまずは、ここにいられるように……」
「そうだね。大人しくしてないといけないよね。亮平おじさんにも言われてるし」
頭が重くなるのは低気圧のせいかもしれないと、テレビで言っていた。ゆるく効いているエアコンのおかげで快適なのに重苦しい気持ちも低気圧のせいなのだろうかと掃き出し窓に目をやると、雨粒がぽつりぽつりとガラスに落ち始めていた。
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