第27話

 夏の暑い日。蝉の鳴き声が暑い……という感情をさらに掻き立てる。

 「ただいまより勝沼・星崎ペア対古川・池田ペアの試合を始めます」

 「「「「よろしくお願いします!」」」」

 都大会の個人戦への切符がかかった大事な試合。運やら実力やらが噛みに噛み合って、ここまで辿り着くことができた。あと一勝。一勝さえできれば、私たちが通う中学校の歴史上初となる都大会個人戦へ出場ができる。私もペアの勝沼も気合いが入っていた。

 試合は点の取り合い。シーソーゲーム。サービスエースを取ったり、リターンエースで決められたり、私らしい小賢しさでちょこかまとボレーで点を稼いだり、相手前衛は甘い球をスマッシュでしっかりと決めてきたり、とそれぞれの得意な部分を武器に戦い続ける。

 今はデュース続きで、何回目のデュースだろうか、というところ。

 「デュースアゲイン」

 審判がそう口にして、ペアの勝沼はヒョイっとボールを天に上げる。それをラケットで振り抜く。いつもよりも何十倍の威力になって相手コートへと飛んでいき、白線の上を掠めてツーバウンドした。

 コート外からは「市川先輩、応援!」「あー、ナイサーブナイサーブナイサーブ」とあまりにもやる気のない声援が聞こえてくる。声煩わしいな、そんなんならしなくて良いのに、うぜぇーと心の中でぶつくさと文句を垂れる。

 私たちはその応援中に近寄ってグータッチ。

 「ナイサー。めっちゃ良い球じゃん」

 「今感覚掴んだかも。軽く振って、これなんだよね」

 「相手全く動けてないよ。木偶の坊みたい」

 「見ればわわかる」

 「もっと強く振れる? 万振りしちゃってくれ。狙い定めるは相手の顔面! 棄権させるくらいの勢いでやっちまえ」

 「制御できないかも」

 「物は試しってやつだな。さっさとものにしてさっさと終わらせちまおう」

 と、二人にしか聞こえないような声で会話してから、各自ポジションに着く。

 基本的に前衛はファーストサーブ時はネット側に近付いて、セカンドサーブ時にはサービスラインの半分くらいまで下がる。まぁ、要するに味方が打つ最初のサーブはネットの間近で待機して、二球目は大股で三歩くらい下がって待機するってことだ。というわけで私は今ネットの間近で勝沼がサーブを打つのを今か今かと待っている。意味もなく「おーい」とか「あーい」とか声を出して。紳士のスポーツってなんなんだろうとか思いながら。でも煽るのは嫌いじゃない。すっとボールを上げる音が聞こえる。一秒もしないうちにパシーンという爆発でもしたの、って音が辺り一帯に響く。そして私の後頭部に走る激しい痛み。立っていられなくて、足の力がふらふらと抜ける。私の視界に入るころころと転がる綺麗な白球。

 「大丈夫!?」「救護室!」「頭だから病院!」「救急車!」「星崎とりあえず寝たままで。救急車来るまでそのまま待っておこう。頭にサーブもろに喰らってるから動くとまずいかもしれない」

 周囲にいた顧問やら保護者やらが慌てる。こういうのをしょーそうかんって言うんだっけ。なんて余計なことを考えていたら、すーっと意識が離れていく。あ、これ、寝たらマズイやつだ、と本能的にわかったんだけど、逆らうことはできない。意識を掴もうとするけど、するすると指の隙間から抜けて、そのまま遠のいていく。


 なんだか深い眠りから覚めた。そんな感覚。目の前に広がるのは未知なる空間。

 「一歌……一歌! 良かった、良かった、本当に良かった」

 声のする方へ顔を向ける。知らないおばさんが感動していた。

 「おばさん……誰?」

 「一歌?」

 「いちか……? それ誰ですか」

 こういう時は自己紹介すべきなのだろう。あ、あれ? 私の名前はなんだっけ。たしか、えーっと、うーん、と。というか、私なんにも記憶がない。まるで今初めて自我が生まれたような。そうでもしないと納得できないほど記憶が存在していない。

 「私の名前は……」

 「……」

 「あ、あれ。えーっと、あの、私は、私は……私は、だぁれ?」

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