第21話

 水曜日。部活を終えてくたくたになりながらなんとか帰宅する。シャワーを浴びて、髪の毛を乾かそうかなぁとドライヤーに手をかけたところでスマートなフォンがてんてれてれてれてんとアタシのことを大声で呼んでる。美琴さんは偉いのでワンコールで取ってしまうのですよ。えへへへへ。

 「もしもしもっしーもしもしもしもしもっしー」

 緑色の丸を右側にしゅっとスワイプすると、自慢の長い長い髪の毛がぷらんぷらんと揺れる。ちょーっとだけ邪魔だなぁとか思ったけど、気付かなかったふりをしてスマホを耳に当て、そう声を出す。

 洗面所で長電話をすると怒られちゃうので、アタシはもしもしの押し売りをしながら自分の部屋へと駆け込む。

 『市川、もしが多い』

 電話の相手は一歌だ。今日も電話してきたんだ。昨日はあんだけ泣いてたのに。あんだけ泣くくらい悲しいことがあったから今日も電話してきたのか。私頼られてるってことかな。まぁ一歌の事情知ってんの生徒だと私くらいだし、アタシを頼らざるを得ないのかなぁ。

 「というか市川って言うな」

 『というか?』

 首を傾げるモーションが頭に浮かぶ。実際はしてないだろうけど。

 「こっちの話。そーれよりも今日はどうしたの。あ、泣くのはナッシングね。泣いたらオプション料金取っちゃうから。高くつくよ」

 『今日は泣かない』

 塩らしい反応。これはぁ……重症ですね。お薬出しておきますね。カウンセリングもしておきましょうか。

 「やっぱり少しくらい泣いても良いよ」

 アタシは偉くて優しいから。えへん。

 『情緒不安定だね』

 「失敬な」

 善意を与えたら、罵倒で返されてしまった。これ、法的機関に訴えたら名誉棄損で勝てないかな。あとで検索してみよう。どうせ電話終わったころには忘れてるんだろうけれど。

 「で、どうしたの」

 中々本題に入れ無さそうだったので、その手助けをしてみる。時間は無限じゃないから。

 『今日青山と話せなかった』

 良かった。やっぱり長電話になりそうな気配は間違ってなかったらしい。やっぱりアタシは天才ってことだね。

 「話せば良いじゃん。喧嘩したわけじゃないんでしょ。あの子もそうやって言ってたよ」

 『それはそうなんだけどね』

 「いつからそんなうじうじするように――」

 アタシはそこまで言ってから口を片手で抑える。

 「ごめん。今のは失言だった。忘れて」

 『う、うん』

 困惑するような声がスマホの向こうから聞こえた。

 「こほんこほん。えー、マイクテストマイクテスト。ノー。問題ナッシング。オッケー。でね、なにがあったの。それ教えてくれないと、とりあえず頑張れってアドバイスにならないアドバイスしかできないけど。それともレディーの会話っぽくさ、うんうんそうだね。それは辛いね。ならそれ相手が悪いわーって同調して欲しいだけなの? こういうのは今の一歌だって好きじゃないでしょ」

 興が乗ってしまってべらべらと饒舌に喋ってしまった。いっけなーい。これじゃあ電波みたいな人とは程遠くなってしまう。アタシはふわふわちゃんを目指してるんだから。なんかどーも上手くいかないけどね。けっこーアタシ的には頑張ってるつもり。周りが邪魔するだけ。ひどいよね。

 「てへぺろ。ペペロンチーノ」

 『取って付けたようなそれ気味悪い』

 「お前の『よっぴっぴ』も大概じゃごらぁ。あ、大概だよ。大概ですわよ。でしてよ。おほほほほ」

 『誤魔化しきれてないから』

 と、電話の向こうから指摘する声が聞こえてくる。うるさいですね。

 「それよりも真面目にどうなの」

 『無条件に肯定してくれるのも今の私には悪くないのかも』

 「ふーん」

 そこまでメンタルやられてるのか。まぁ、ずっと無理してるのはわかってたし、もうちょっと手を貸してあげるべきだったのかもしれない、という後悔。

 「わけもわからないのにずっと生きてて偉いよ。とっても偉い。生きてるだけでとんでもなく偉いからね」

 『下手くそじゃん』

 「仕方ないでしょ。アタシこういうの嫌いだし。褒めて欲しいなら、それだけのことしろよって思っちゃうもん」

 『心の声漏れてるよ』

 「あ、いっけなーい。アタシはキューティトゥインクル。トゥインクルトゥインクルリトルスター」

 『思い出したようにキラキラ星歌わないで。高低差激しすぎて風邪引きそう』

 あーいえばこーいう。一歌も知らないうちに良い身分になったみたいだね。

 「はい。で、どうしたの」

 このまま脱線するっていうのはまぁそれはそれで楽しいかなぁと思うけど、それはただ私が楽しいだけであって、なにも解決しない。うん、良くないよね。ということでこうやって催促する。やっぱり私ったら偉い。

 『驚かないでね』

 「前置きいらない」

 『青山に告白された』

 ほーん、ほーん。なんだ。アタシもしかしてこれから惚気でも聞かされるのだろうか。アタシに恋人が居ないからって当てつけか? いつの間にそんな畜生になっちまったのか、一歌は。あたしゃ残念だよ。

 「良かったじゃん。おめでとっさーん」

 と、適当に祝福してから、はてさてと不思議になる。なんで泣いてるの。

 「一歌、青鷺さんって好きなタイプでしょ」

 『青山ね。本人居ないとわけわからなくなるからそのボケやめて』

 「しぇいしぇい」

 『なにがありがとうだ』

 触れてはならぬところに手を伸ばしてきたので無理矢理遠ざけた。

 「好きなタイプだよね」

 『なにもなかったかのように話戻さないで。まぁ、そうだよ。好きなタイプだね』

 我ながら記憶力の良さに感動してしまう。青山さんみたいな顔のタイプが好きって言ってたから覚えてた。名前は……まぁね。それはそれ、これはこれということで。

 「良いじゃん。ほんと? うれしーな。私も好きですー、で。いえーい付き合おーで」

 なにをそんなにうじうじしてんのかわからない。焦れっっっったい。

 『そうもいかないから困ってるんじゃん。今の私だけが決められることじゃない。場合によっては何人もの人に迷惑かけかねないし』

 まぁたしかにそう言われてしまうとそうだなぁというのが答えになる。

 「迷惑かけてナンボじゃない」

 『え』

 「あとのことはあとの人たちが色々考えてくれるし、手も貸してくれる。良いじゃん。今を楽しめば」

 こういうのを世の中では問題の先送りというらしい。でも良いよね。幸せになる権利はなにも未来にしかないわけじゃない。今だってあるんだから。それを行使することくらいね。

 『でも』

 「一歌すんげぇめんどーな性格だねぇ。良いんだよ。好きなら好きで。確かにこれで好きだって言わなきゃ悲劇のヒロインにはなれるかもしれないけどさ、それって誰も幸せにならないよね。しかも悲劇のヒロインを演じるために青山さんの気持ちも踏み躙るんだ。酷い話だなぁってアタシは思うけど、それって」

 またまた喋り過ぎてしまった。あとでもう一度シャワーを浴びてこよう。冷水ね。

 「好きじゃないから振る。これは相手に希望を持たせないっていう明確な理由があるから必要悪だよ。でも好きなのに振る。これは必要悪じゃないからね。ただの自己満だよ。それか可哀想な自分に惚れてる痛いやつか」

 『わかった。わかったから。市川私が悪かった』

 「市川やめて! 美琴!」

 アタシも一歌もくすくす笑う。

 「わかったんならさ、さっさと告白してきな」

 『告白?』

 「青山さんの告白振ったんでしょ」

 『な、なんでそれを』

 むしろなぜそこまでバレてないと思ったのか。もうずーっと振ったこと前提で話してたのに。この人は頭の中お花畑なのだろうか。ある意味そうなのかもしれないけど。

 「ちょー能力使えちゃうから。未来も過去も見えちゃうよ」

 と、適当なことを言っておく。一々わかりやすかったよ、と指摘するのは野暮だしなによりもその素直さはそのままで居て欲しいと思うから。社会に染まってない純粋さは一歌の良いところだもんね。

 『それは嘘』

 あ、あれ? どうやら少し彼女は社会の闇に染まってしまったらしい。

 「とにかく告白は一歌からしなよ。一度理不尽な理由で振った禊だから」

 というか、青山さんの性格から考えるに二度も三度もアタックするとは思えない。あの子は一度ダメなら潔く手を引くタイプだ。アタシの目が間違ってなければという条件付きだけどね。

 『わかった』

 「はい。じゃあ今すぐ。アタシの電話切って。それで青山さんに電話かけて。あ、電話で告白はダメだからね。するなら直接」

 『えぇ……』

 「はいはい。やるやる」

 アタシはそう煽って、電話を切る。

 数日後かもしれないし、数か月後かもしれないし、数年後かもしれない。いつになるかはわからないけど、大変なことになるなぁと思いながら、スマホに反射する満足気なアタシの表情を眺めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る