第19話
翌日。本当は学校サボってしまおうと思っていたんだけれど、そうは問屋もとい母親が卸さないというわけでしょうがなく学校へ来ている。一日くらいサボってもバチは当たらなさそうな気もするけれど。なんとなく偉いなぁと自分を褒めておく。
学校へ到着し、流れるように教室へと向かう。教室に入ると一目散に目に入る星崎さん。目を逸らして見て見ぬふりをしようとしても意識がそちらに向いてしまう。
「ダメだこれ……」
ぼそっと誰に言うわけでもなければ、聞かせるわけでもないような声で呟いて自分の席へと到着し、座る。しばらくすればチャイムが鳴って、市川さんは後ろの席へと戻って来る。
「青柳さん。おはよう」
「青山です。虎じゃなくて鷲ですよ」
「う、うん?」
「なんでもないです……」
あはは、と笑いながら誤魔化す。
「そう? そっか」
うーん、と首を傾げながらもまぁ良いかと市川さんはスルーする。
「それよりもさ」
「はい」
「一歌と喧嘩でもした?」
頬杖を突きながらあまり興味無さそうに問う。でもその視線は鋭くて、圧も感じて、一言で表すのなら怖い。
私は市川さんの言葉を咀嚼して飲み込む。どういう意味かを考える。というか勘繰る。裏の意味があるのではないかと。考えに考えて。
「してないです」
喧嘩はしてない、という行間付きではあるけれど。でも嘘は吐いてない。
「そっか」
じーっと見つめる。双眸から注がれるその視線に一々ビクビク震えたり、様子を伺ったりする。だ、だって怖いんだもん。
「昨日一歌が電話してきた」
「そうなんですね」
急にどうしたのだろうかと訝しむ。話の全容が見えないから尚更だ。
「なんで電話してきたと思う?」
いつもの天衣無縫さは鳴りを潜めており、代わりに生徒を叱る教師のような声色がやぁと顔を出す。
そんなことわからないよ、というのが素直な答え。でもそういう答えを求められているわけじゃないというのは恋という感情がわからなかった私でさえわかる。わかるとかわからないとか煩わしいね。
「市川さんの声が聞きたくなったから……ですかね」
うんうん悩んで、無理矢理答えを出す。先生も「わからないと答えるのは二流。一流はわからないなりに自分自身で考えるんだよ」と言っていたし。不鮮明な中できる限りの努力はしたつもりだった。実際自画自賛したくなったし。でも良くやったと褒めたくなったのは私だけらしく、市川さんは冴えない表情を浮かべる。
なにか言いたげな様子でつーっと私を見つめる。言いたいことがあるなら言えよ、と強気になれたらどれだけ人生イージーモードだったのだろうか、と悲しくなった。ただ勇気がないだけなのに、コイツはどこまでも足を引っ張る。困ったものだ。
「ある意味あってんだよなぁ」
良かった。間違っていなかったらしい。一安心。
「おい、ホッとすんなよ、すんな」
つんつんと私の額を指先で突っつく。
「一歌、電話してた時泣いてたよ」
「ふぇっ!? な、泣いてたんですか」
「うん。泣いてたよ。そりゃもうずびぶばぶばばって感じで」
「どういう感じですか、それ」
「鼻水啜って、声は震えて、スマホから涙が零れてくるんじゃないかって感じでもう凄かったんだ――いで」
明らかに誇張しているであろうけれど、その時の様子を教えてくれる。星崎さんは気まずそうにこっちへやって来て、パシンと市川さんの頭をノートで叩いてなにも言わずに立ち去る。市川さんは叩かれた部分を撫でるように擦っていた。
「本人が居るところで話を盛るもんじゃないねぇ」
と、教訓じみたことを口にするのと同時に担任は教室へと入ってきた。
私は身体を正面に戻し、担任の話を聞くふりして市川さんの言葉を考える。誇張していたとは言っていたが、泣いてなかったとは言ってない。もちろん真偽は星崎さん本人と市川さんしか知らないわけだが、それでも泣いていた可能性は十分に残っている。
泣いていたとしよう。なんで泣いていたのか。まぁ一つとしては私に告白されたのが気持ち悪過ぎたから。考えたくはないけれど、まぁありえない話ではないのもまた事実。もう一つとして考えられるのは告白を断りたくなかったという、どう転んでも私にとってあまりにも都合の良い可能性。仮に後者だったとしてなんで断ったんだよという問題が付き纏ってくるので可能性としては微かにあっても非現実的だ。
前者であるとは思いたくないし、後者である可能性は限りなく低い。つまり、そう、星崎さんは泣いてなんかない。市川さんの嘘。なーんだ、簡単な話だったじゃん。
と、星崎さんをちろりと見る。目元が赤いのは多分眠くて欠伸したからなんだろうなぁ。
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