第15話
なにをした。そう問われれば、えーっと、うーんと、あ、あれ? 一体なにをしたんだっけと返答に困ってしまうような一日を過ごして、無事帰宅。
ご飯食べて、ペンダント買って、だらだら過ごして……薄い一日ではなかったけれど、かと言ってとても濃い一日だったというわけでもない。なんとも微妙な一日だ。それでも楽しかったのは間違いないし、色んな感情がぐるぐると巡って新鮮さもあった。あれこれうだうだしてしまったが、結論悪い一日だったかと言われればむしろ良い一日だったと胸を張って言える。これは本当。
ペンダントをぶらーんとぶらさげて今日あったことをダイジェストみたいに思い出す。
端的に言い表すのなら「幸せ」だった。
友達と出かけるということに対する喜びもあるのだろうけれど。それ以上の感情が渦巻いているような気がする。そこまでわかるのに、じゃあ鮮明にどんな感情が渦巻いているのだろうか、と詮索しようとすると、その感情は心の奥底に隠れてしまう。手を入れて、まさぐっても触ることすらできなくて、このもどかしさが心地悪くて、もやもやする。
「……」
星崎さんを思い出せば会いたいなぁと手を伸ばしたくなるし、笑顔をもっと見せて欲しいと願ってしまう。大それたことを語り、絵空事を思い描くわけじゃない。
むしろ小さくて、実現可能性の高い未来を語り思い描こうとしているのだろう。少なくとも文字に起こして、言葉にすればそう思える。でもその対象が星崎さんに移り変わると一瞬にして無理難題になってしまう。
キツくて、苦しくて、難しくて、勇気もなくて。うじうじ弱虫みたく悩んで。時には葛藤なんかもして、それでも答えは見えなくて、さらに苦しい思いをする。胸が結束バンドでムギュっと締め付けられるような感覚。逃れたくて、解放されたくて、どわーっと思いっきり叫びたくなる。
でもお揃いと言って、買ったオパールのペンダントを見ると気持ちは和らぐ。まるで精神安定剤だ。
ふっと頬は緩んで、情緒不安定も良いところだなってさらに笑う。あれこれ考えて、悶えて、悶々として、もう遅くまで苦しんで、笑って、結局この気持ちってなんなんだろうってまた苦しくなる質問に戻ってきてしまう。
なによりもこの気持ちの答えを見つけたくても見つけられない。それがさらに私の苦しさを増長させる。辛さも。
「結局なんなんだろうな、これ」
呟いた声は溶けるように消えていく。
どこに置いたかすら覚えていないスマホを探すようにこてこてと腕を動かして、スマホを見つける。いつもよりも少しだけ重みを感じるスマホを天に突き上げ、軽い左手でぽちぽちと操作する。
某Go〇gle大先生の力をお借りすべく、検索エンジンを立ち上げて、『友達 もやもや なぜ』と小学生が入力しそうなワードを打ち込む。知性の欠片も感じられないワードたちを眺めて苦笑してしまう。なんかもっと良い言葉はないかなとか、あれこれ思案して、唸って、ただ時間だけが流れる。寝そべりながら、深呼吸をして右下にある虫眼鏡マークをポチッと押す。するとぐるぐると円が回って、検索結果が表示される。私はその結果を舌で舐めるように眺めて眉間に皺を寄せ、小さく息を吐く。
結果として表示されたのは『友達と話すとモヤモヤする。もしかして縁を切った方が良い?』というページを始めとする嫌悪の矢印に近いものばかりだったからだ。
私が星崎さんにその感情を向けているつもりはない。ない。ないんだけれど……。
無意識下でそう思っているのだろうか。
微妙な気持ちを抱きながら、するすると画面をスクロールしていく。どこまでいっても似たようなニュアンスのページばかりが表示されて、あれ、あれ? と疑心暗鬼になっていく。
私はこういう経験がない。だからこそ、そういうものなのかもしれないと心が揺れてしまう。もちろんそんなわけないと引き止めてくれる私も居るんだけれど。そんなの信用ならないでしょという声の方が大きくて、さらにゆらゆらと揺れる。揺れたものを掻き消すほどの力は私にはない。それを蹴り飛ばしてくれる経験値もない。違うよ、と否定してそれはね、って教えてくれる友達だって居ない。
だからそういうもんだって受け入れるしかないのだ。例え望まないものだとしても。
それしか知らなくて、それしか見えなくて、それだけが頼りだから。でもやっぱり否定したい気持ちもある。藁に縋るような思いで、必死に画面をスクロールする。人差し指でえいやえいやと弾くように。
それでも出てくるものはネガティブなものばかり。
潜在意識だの、ストレスが溜まっているだの、偽りの友情だの、私の想いをくしゃくしゃにして突きつけるようなものだらけ。
否定したい。認めたくない。そうやって思ったのに、結果的には認めざるを得ない材料が増えただけだった。
「そういうことかぁ」
わかったような言葉を呟いてみる。
本当は一ミリだって理解できてないし、受け入れようとも思ってない呟いてみたら気持ちの変化があるかもしれないと考えてみたけれど、そういうこともなさそうだ。
でもそれはそれとして、一つであるやってみる価値はあるかもしれないという作戦? のようなものがぼんやりと浮かぶ。
果たして決行して良いものかと、一抹の不安を覚える。臆病者の私にとって、一歩踏み出すというのはとても難しいことだ。そうだね、嫌いな物を食べろ、と言われるくらい難しいことである。
ちなみにやろうとしていることは至ってシンプル。テンプルでもなければ、テンプラでもない。シンプル。シンプルイズベストってやつ。焦らすようなことでもないのでさっさと言ってしまうが、星崎さんと距離を置こうと思う。
理由は単純明快。距離を置くことで、私の感情というか本心の部分が顔を出してくれるんじゃないかと考えたからだ。安易で浅はかな考えと言われればたしかにそうかもしれないと首肯する他ないけれど。でもそうでもしないと、私の本心というのは見えてこない気もする。いいや、絶対にそう。確証はないけれど確信はある。だから、する。実行する。非常に簡単な話だ。と、覚悟して枕に突っ伏せる。
もふっという音が耳元を襲って、すぐに鼻の頭につーんという押し付ける時に出る痛みが走った。暗闇の中に若干の明るさが見えそうで、同時にくっきりと市川さんの顔が浮かんできた。びくっと身体を震わせて、困りながら顔を上げる。それから違和感のある鼻の頭を指で触りながら、むっと唇を尖らせた。
私の頭の中に突如出てきた市川さんは『これから一歌になにがあって、なにが起こってそれでも仲良くできる自信がないなら、今すぐ友達やめておいた方が良いよ』と私を軽蔑するように言ってきた。
聞き覚えのある言葉。というか聞き覚えしかない。まだ記憶に新しいからね。何度も頭の中で反芻している言葉である。
私がやろうとしているのは、彼女の助言を踏み躙る行為になりかねない。いや、ある意味純枠に従ったと言えるのだろうか。私に都合良く解釈するのなら、後者でなにも問題ない。
遂行してしまえば関係は修繕できないほどに壊れてしまうかもしれない。怯えて踏み留まったままなら私はずっと心の中にあるもやもやに苦しめられ、星崎さんと対面する度に辛い想いを抱くことになる。どっちも確実ではない。あくまでも「かもしれない」という一つの未来。描く中でもっとも最悪なシナリオとでも言えば良いだろう。でも、そう。ありえる未来でもある。じゃあありえた時に、私はどっちを選ぶのか。どっちの方が苦しみを少なくできるのか。これは綺麗事で片付けられるものじゃない。利己的になって、感情を大きく表に出して、自分勝手になるべきなんだ。
もっと苦慮することになるかと覚悟はしていたんだけれど。案外そんなことはないらしい。
すん、と私の中で答えは出てきた。
やっぱり、距離を取るという選択を手に取ってしまう。
既に私の心の中では覚悟が決まっていた、ということなのだろう。だからすんなりと答えを出せた。きっとそういうことだ。
そういうことだから、もしも星崎さんと疎遠になったって問題ない。覚悟してんだから。元々ある位置に戻るだけでなにも問題ないのだから……そう。綺麗になるだけ。な、はずなのに……。
なんで、なんで、なんで! どうして。わかんない。わかんないんだけれど……星崎さんを手離したくないって思っている。距離が離れる。想像しただけで、泣きそうになるし、声を枯らしてしまうほどに叫びたくなる。
無意識下で嫌悪しているんじゃないの? 嫌悪しているんならさ、こんな感情抱かせるの絶対におかしいでしょ。ねぇ私。なんで? 星崎さんは私になにがしたいの。本当にどういうこと。どうしたいの。私をこんなに苦しめて楽しい? ねぇ、私。そんなに楽しい?
うんともすんとも私は答えてくれない。自分のことなのに、自分がわからなくなる。
人付き合いをサボって生きてきた末路、と思えば当然の仕打ちと言えるのかもしれない。皆苦労する道のりを嫌がって、遠ざけて、爆弾が爆発するかのようにこうやって今悶え苦しむ。積み上げてきたものがないから自分ですぐに解決することも、誰かを頼ることもできない。これも全部自己責任。
「私が悪いのかぁ」
そっか、そっか、そうだなぁ。
誰か助けて欲しい。ギュッと手を握って欲しい。
そう願い、藻掻いても誰も助けてはくれない。孤独を選び、孤独で生きてきたから。
「私が悪いんだなぁ」
と、結論付けてぼそっと呟き、逃げるように不貞寝した。
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