第14話
世の中には幸せなことって沢山ある。恋人と一緒に居ること、好きなだけ惰眠を貪ること。趣味に走りまくること。そして好きなものを好きなだけ食べて満腹になること。
まぁ要するに絶賛満腹だ。
食べすぎてむくっとお腹が膨れている。もしも一人だったら間違いなく「あーこれ妊娠しちゃったね。できちゃったわ」と冗談を言っていたところだった。流石にTPOくらい弁える。そもそもこういう場でそういうことを言う勇気なんてとうにどこかで捨ててしまったのだけれど。あははー、はぁ。
でもまぁなにはともあれ、幸せだ。食べた分動かないと……という思考を捨ててしまえば幸せだ。幸せってことにしないとやってらんない。そういうわけで、お店を出てショッピングモールを練り歩いている。目的地はない。
「どこ行きますか」
と星崎さんに問いを投げる。
「どこに行こうか」
と返ってきた。
しばらく歩くとぴたりと足が止まった。星崎さんの視線の先にあるのは一軒の雑貨屋。通路に面する部分にはハンカチが大量に並べられており、お店の奥にはアクセサリー類も置かれているようだ。
「見てきますか」
「良いの?」
「どうせ時間はたっぷりあるんですし」
「青山ありがと」
星崎さんは感謝しながら私の手を引っ張る。
この程度のことで感謝されると申し訳なくなってくる。私のせいで我慢しているんだなぁって伝わってくるから。
そんな高級店ではないので、アクセサリー類も手頃な価格だ。今の手持ちで十分に買えるような値段設定。ターゲットは私たちのような高校生なのだろう。
「あ」
星崎さんは声を出す。
「どうしました?」
「この髪留めあるでしょ」
指差す先にはヒマワリを模した髪留めが置かれている。黄色、紫、白。カラフルだ。
「それがどうしたんですか?」
可愛い髪留めだなぁとは思うけれど、それだけ。わざわざ指差して触れるほどではないので疑問を抱く。
「これね市川が同じやつ持ってるんだよね」
「へー、そうなんですね」
冷たい反応を取ってしまう。でも仕方ない。また市川さんの話だから。
というか、凄く細かいところまで見ているんだなぁと。一々人の髪留めなんて見ないし、見たとしても「この人ってこういう髪留めしてるんだよね」って覚えない。とてつもなく似合ってないか、無意識のうちに刷り込まれるほど一緒にいるか。そうじゃなきゃ覚えない。
「学校だとしてないけど、部活中とか私服だと付けてるよ」
聞いてもないことを楽しそうにぺらぺら喋り始める。
また嫌な感情がふつふつと湧き出す。
「……」
私は黙ってその場を離れる。ペンダント売り場に流れ着く。宝石を使っているペンダントらしいけれどどれもこれも福沢諭吉一人でお釣りが帰ってくる。安い。
一際目立つ青色のペンダント。
ラピスラズリらしい。
「良い色だなぁ」
「だね」
手に持って眺めていると、肩に重たい感覚が走った。それと同時に同意する声が聞こえる。
チラッと視線を横に向けると星崎さんが私の肩に顎をちょこんと乗せていた。
「でも私はあっちの方が好きかな」
星崎さんの指差先にはオパールのペンダントがある。
「あのオパールですか」
「そうそう。ハート型ですんごく可愛いと思う」
ラピスラズリも良かったけれど、たしかにこれも捨てがたい。なによりも形がピンクというのがポイント高い。
「ですね」
と、頷いたのは良いものの、買うかって言われると足踏みしてしまうのが正直なところだ。
可愛いし、値段もお手頃価格。でも躊躇してしまう。理由は単純明快。可愛過ぎるからだ。私なんかが……と思ってしまう。
「買う?」
見透かしたかのように星崎さんは問う。
「迷い中です」
と正直に答える。
「それじゃあ買おうよ。お揃いにしよ」
「お揃いですか」
「お揃い。良くない? お揃いのアクセサリーって恋人っぽくて良いと思うけど」
彼女はオパールのペンダントを手に取り、自身の首元に持ってきてこてんと首を傾げた。
「ど? 似合うでしょ」
ゆらゆらペンダントを揺らす。カワイイ系のペンダントではあるものの、いやだからこそだろうか。カッコイイ系な星崎さんとはギャップが生まれてマッチする。
「似合いますね」
「素直に来るとは思わなかった……」
ぶつくさと聞こえるんだが、聞こえないんだか微妙な声量で文句を垂れる。それから誤魔化すようにペンダントを押付けてきた。
「なんですか」
「ほら、青山も付けてみ」
「私には似合わないですよ。こんな可愛いの」
試しにもなにもない。似合う似合わないくらい自分で把握しているのだから。お店の売り物なので落とさように一度受け取ったけれど、すぐ押し返す。彼女のやけに大きな胸元にぐいっと押し付けるけれど、ふるふると首を横に振って拒否される。それでも負けじとぐいぐいと押し付ける。カウンターに居る店員さんは訝しむような目線を送る。傍から見れば公共の場で胸元を触っている破廉恥な人間か。やめておこう。と、手をクイッと引っ込める。
「似合うと思うよ」
攻防に勝利した星崎さんはそうぼそっと呟く。ずるい。
そして私は星崎さんのお世辞じみた口車にまんまと乗せられそうになっている。弱い。
ここまでわかっておいて、受け取ったペンダントを自身の胸元に持ってきちゃう。
胸元に持ってきてからチラチラと星崎さんを見る。心臓はバックバク。
「ほら! やっぱ似合うじゃん」
彼女の言葉に安堵する。高揚感に近い感情がふわふわとやってきて私の心どころか身体全体を包み込む。さっきまでの鼓動は静まる。
ギュッとペンダントを握って、チラッと壁に立てかけてある鏡に目を向ける。本当に似合っているのかな、と確認してみる。うーん、良くわかんない。こんな可愛いもの私が付けているという現状そのものに違和感を覚えてしまって、客観的な意見を持てない。でも星崎さんが似合っているって言ってくれたんだったなら似合っているのかな、と少しだけ都合良く解釈してみる。まぁ誰になんて思われようが関係ないか。星崎さんが似合っていると思ってくれるのであればそれで十分だし。
「じゃあ買いましょうか」
「買う?」
「はい。買いませんか?」
「ううん」
ぶんぶんと激しく首を横に振る。
「買おっか! お揃いだよ」
「ですね」
こうして私たちはお揃いのペンダントを購入した。生身で受け取って、二人揃ってペンダントを身につける。やっぱり星崎さん似合うなぁ。
「似合うね」
「お互い様ですよ」
初ペンダント。良い思い出になった。
「行きましょうか」
「うん」
手を繋ぎ店を後にする。ペンダントを揺らしながら。時間を潰すようにゆっくりと。
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