第11話

 放課後になった。

 今日はいつもと少し違う不思議な放課後。教室に居る。これはいつも通り。教室が閑散としている。これもいつも通り。いつでも帰って良いはずなのい椅子に座っている。これもいつも通り。違うのは、私の椅子に無理矢理座る星崎さんが居ることだ。

 無理矢理私のことを押して、椅子の半分を陣取っている。

 まぁ一億万歩譲ったとして、それは良い。星崎さん的にはこれが恋人っぽいってやつかもしれないし。私にはその恋人っぽいってやつ理解できないから。奇行に見えたりもするし。一々訝しんでてもしょうがない。むしろ都合良く解釈できてありがたいよー、と強がったりしてみる。嘘、ありがたくはない。問題はその手前の話である。なぜかいつものように帰りのSHRが終了してから教室を出ることなく、じーっと私を見つめながら自分の席で待機していたのだ。その瞳は獲物の草食動物を虎視眈々と狙う肉食動物のようで、ちょっと怖いまであった。で、人が居なくなった瞬間にこれだ。

 なにこれ。いや、本当になにこれ。

 「なんですか」

 肩をちょんっとくっつけて、短い髪をすりすりと私の髪の毛に擦りつけてくる。奇行とかそういう次元を超えているような気がして、冷たい声で問う。

 こういうのは世間一般的にはグーデレというのだろうか。

 「いつの間にかに市川と仲良くなってたんだ」

 こつんと私の頭に彼女の頭をぶつける。

 「市川さんに怒られますよ、それ」

 「良いよ。いつものことだから」

 気にしませんという様子だ。

 「それよりも、いつ仲良くなってたの」

 そんな些細なこと気にしている暇はない。こっちの方が重要という感じ。切羽詰まって、問い詰めるような、若干圧すら感じる声が特徴的だった。

 私は思わず顔を顰めてしまう。

 「仲良い……ですかね」

 全く仲良くないとは言わない。あぁやって喋ったりするくらいの関係性ではあるし。でもそれだけ。特段仲良いとか、友達とか、そういうものだと思ったことはない。

 強いて言うのならばたまに話す人。その程度の括りでしかない。少なくとも私はそういう認識である。

 「あんだけ話してたりゃそりゃねぇ」

 こつんとまた頭をぶつけた。さっきは優しさを感じられる痛みだったのに、今回はただ痛みしかない。

 「私のことはそっちのけで楽しそうだったし」

 頭が私の元から離れて、肩も髪も遠ざかる。

 ちろりと彼女のことを横目で見てみると、星崎さんは若干不満そうにむっと頬を膨らませていた。

 つんっと指で頬を突っ突いたら破裂してしまいそうだ。

 「でも星崎さんは私のこと教室で避けてるじゃないですか」

 そう口にしてから、ふと思った。

 てっきり私に怒っているもんだと思っていたけれど、実はこれ市川さんに対して嫉妬しているって可能性はないだろうか。市川さんを私にとられたと勘違いして、私を問い詰めている。ありえない話ではない。むしろそっちの方が可能性はあるかもしれない。

 「市川さんは友達じゃないです。ただ席が近いだけの人で、たまたま話すだけ。それくらいの人です」

 明言しておく。

 市川さんは貴方のものですよ、というアピールも込めて。どうだ、どうだ。私は様子を伺うようにちろちろと彼女の表情を確認する。

 「そっか」

 あれ、あんまり効果はない。

 「はい」

 「じゃあ、明日私とおでかけしてくれる?」

 「えぇ明日ですか」

 「明日は休日だよ」

 「そうですね。土曜日ですもんね」

 「青山はどうせ暇でしょ。それとも私より大事にする用事がある?」

 これじゃあクーデレじゃなくて、ヤンデレだよ。怖い怖い怖いよ。

 「ないです」

 元々なかったんだけれど、あまりの圧に言わされたみたいになってしまう。

 「それじゃあ、明日午前十時。集合は校門前で」

 「は、はい」

 「約束だよ」

 「はい」

 こうして、一方的にでかける約束を取り付けられたのだった。

 なんか今日の星崎さんはやけに怖かったから、これから市川さんと会話する時は色々と気を付けておこうと心した。


 夜。時計は九時を回ろうとしている時。

 ぶるっと私のスマホは震えた。チラッと画面を確認すると、星崎さんからメッセージが届いていた。

 『明日楽しみにしてるからね』

 というものだった。

 絵文字もなければ顔文字もない。言葉使いも淡泊で、あれ、もしかしてまだ怒っているのかなと不安になる。

 怖いから未読無視してしまおうという思考が一瞬私の頭を過ったが、未読無視したらもっと面倒なことになるかもしれない、というどこから発されているのかもわからないような危険信号が飛んできて、その思考を握りつぶす。

 『はい。私も楽しみにしてます』

 というありきたりで面白みもなければワクワク感もない、非常につまらない文章を入力して送信する。

 それから彼女からの返信をしばらく待ってみたが、私が寝るまでに返信がくることはなかった。

 私の送信した文字の隣に寂し気な『既読』という文字が表示されているだけ。

 それ以外の動きは一切なかった。

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