第10話

 朝学校に到着する。教室に入ると、市川さんが自席に座っていた。まぁ今日に関しては違和感とかは特にない。私があまりにも早く来過ぎてしまっただけ。なんかやけに目覚めが良くて、家でダラダラしているのも違うかなぁと思って、いつもよりも三十分も家を早く出てしまったのだ。

 教室の中には市川さんと私を含めても五人しかいない。ここにやって来たのはいつもよりも二十分早いくらいなのに、こんなにも人の量って違うんだなぁと少し驚く。

 後方の扉から少し入ったところで立ち尽くしながら、教室を見渡していると、市川さんが私に気付いて微笑みながら、ひらひらと手を振る

 私はそれに応えるように笑顔を作って手を振ってみたものの、なんとなくぎこちなさが残る。ただそれだけなのに惨めになった。私とんでもなく陰キャだなぁって。

 「んんん、そこで立ち尽くしてどうしたの? おいでおいで」

 小動物でも見るような目線を向けられ、ひょいひょいと手招きされる。これで行くのは手駒にとられたような気分になって嫌だったんだけれど、立ちっぱなしというのはそれはそれでという感じだったので、渋々彼女の元へと向かう。いや、ほら、自分の席に向かっているだけだから、と言い訳を並べながら。

 「市川さん早いですね」

 席に座って、荷物を整理してから声をかける。

 なにも喋らないっていうのも、なんだか気まずいから。

 「まぁーね。アタシちょーぜつ朝型人間だから」

 「そうなんですか」

 「ちなみに一歌は夜型だね。アイツ朝練ある時いつも来ないし。サボり魔だよ」

 当たり前みたいな顔して星崎さんを下げる。

 「ま、しょーがないんだけどねー」

 そう言いながらくーっと背を伸ばす。気持ち良さそうに背を伸ばしてから、ふぅと息を吐き、あっ……となにか思い出したかのように私に目線を向けた。

 「はい」

 と、次の言葉を待つ。

 「一歌とはいつから仲良いの?」

 「え、いつからって……なんでです」

 突拍子のない質問に少し警戒してしまう。

 警戒されたことに気付いたのか、市川さんは苦笑した。

 「一歌から青方さんの話聞いたことなかったなぁと思って。なんでに答えるならそーだねぇ。興味本位とか?」

 「青山です」

 「そうそう、それそれ。ごめんね、名前覚えるの苦手で」

 「大丈夫です。知ってます」

 慣れてしまった。むしろどこまでバリエーションが増えてくか気になるまである。

 「それはそれとして、どうなの? 一歌とは?」

 「うーん。一週間も満たないですよ。この学年で同じクラスになって初めて知り合ったので」

 「あれ、その程度の仲だったんだ。なんか長年の友達って感じだったから」

 「あの時そう見えましたか」

 多分だけれど、市川さんが星崎さんを連れ去った日のことを言っているのだろう。と、推測をした上でそう問う。というか、そのタイミングでしか一緒に居るところ見られてないし。あ、あとはテニスコートでも見られたのかな。そこまではちょっとわからないなぁ。

 「うん」

 「そうですか。でもまだ一週間も満たないです」

 言っていて、その程度しか経ってないのかぁと思う。普通の友達ってこの短期間でここまで密な関係になるものなのだろうか。

 そういう面においては私の反応よりも、市川さんの反応の方が正しいのかもしれない。

 「嘘吐いてなさそーじゃんね」

 「いや、嘘吐く意味あります。これで」

 市川さんはうーん、と唸る。

 「たしかにないね」

 とスッキリした顔を浮かべた。

 「それなら多分知らないと思うけど……」

 そこまで口にしてから、唇の動きをぴたりと止める。

 なにか考えているのか、ぼーっとなにも書かれてない黒板を眺めて、小さく息を吐く。

 「本人が言ってないってことは言いたくないってことだもんねー」

 掴めそうで掴めない言葉たち。具体的に見えて、でも抽象的にも見える。

 「は、はぁ……」

 こんな反応しかできない。

 「これから一歌になにがあって、なにが起こってそれでも仲良くできる自信がないなら、今すぐ友達やめておいた方が良いよ」

 睨むようにそう口にする。圧がスゴイ。

 私は思わずぶるっと肩を震わせ、少し距離をとってしまう。

 彼女はそのことに気付いたのか、表情をすっと元に戻す。柔らかな表情に戻る。

 「ごめんね、つい」

 と、長い髪の毛を無造作に触って、苦笑した。指に絡まる髪の毛は朝日に照らされいつもよりも朱く見えた。

 「でもね」

 彼女はそう切り出す。

 朱い髪の毛に見惚れていた私は市川さんの顔に目線を戻して、こくと頷き言葉を待つ。

 「青山さんのためでもあるし、一歌のためでもある。だから考えておいた方が良いよ。いつかその時は絶対にくるから」

 「え、その、その時ってなんですか」

 純粋な質問。

 明らかになにかが隠されていて、でもそれが全く見えない。だから上手く理解できないし、察することもできない。

 ちょっと市川さんは思案顔を浮かべるけれど、すぐに首を横に振る。

 「知りたいなら一歌から直――」

 そこまで喋ったところで彼女の口に手が当てられる。もぐもがぁっばぅという人の口からでてきたとは思えないような音が言葉の代わりに聞こえた。

 手を当てるのは星崎さんだった。目を合わせて、私が軽く手を振っても振り返すことはない。むしろ逃げるようにその場から去って行く。

 市川さんは一瞬きょとんとしていたが、星崎さんが犯人だとわかって安堵するような表情を浮かべる。

 「やめてほしーってことだねーこりゃ」

 「まぁそうでしょうね」

 私にだってそれくらいは理解できる。これすらわからないほど鈍感でもなければ、空気が読めないわけでもない。

 「てかさ」

 頬杖を突いて、私をじーっと見つめてから、視線を星崎さんに移す。

 「はい?」

 こてんと首を傾げる。

 「実はそんなに仲良くない?」

 「なんでです?」

 唐突に飛んできた問いに私はまた首を傾げる。短時間に首傾げすぎてなんか痛くなってきた。ぐぎぐぎって人の身体から鳴ってはいけない音がでてきそう。

 「アイツの反応冷たすぎない?」

 目線はまだ星崎さんへと注がれている。

 「なんかこの時間だとこうなんですよね」

 「ふーん、変なの」

 「ですよね」

 「ねー」

 私と市川さんはくすくす笑う。

 星崎さんから視線が飛んできた気がした。彼女の方へ目線を向けると、スマホに視線を落としている。気のせいだったらしい。

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