第7話

 教室の外からは雨音が流れこむ。

 私と星崎さんしか居ないこの空間。二人が黙ってしまえば、その雨音を掻き消すものはなにもなくなってより一層目立つことになる。

 最初は適当に喋っていた。世間話である。星崎さんが気遣って話題を提供してくれていたという方が正しいか。

 私は頷いて、問いに答えて……それで終わり。本来ならそこからさらに話題を薄く広げるべきなのだろうけれど、残念なことにそんな能力備わっていないので、話がぶつきりになってしまう。で、今こうやって雨音を除けば綺麗な静寂が流れている。雨音がなかったら地獄と化している。もっとも雨が降ってなきゃこの状況になっていないのだが。

 星崎さんは困ったように笑って、あたりをキョロキョロと見渡す。落ち着かないのかスマホを触り始めても一分もしないで机に置いてしまう。

 まだ雨が止む様子はない。

 ここまでくると気まずいという感情さえ湧いてしまう。

 だから、そう。だから。これはしょうがない。沈黙を切り裂くためであって、私だって不本意であるんだから。と、誰にするわけでもない薄っぺらい言い訳を並べる。

 「星崎さんって私のこと避けてますよね」

 言ってしまった。

 あれだけしょうもない正当化をしていたのに、いざ口から出てしまうと後悔に近いものがドバドバと押し流れてくる。

 ちろりと星川さんの様子を見る。子供が親の機嫌を伺うように。

 彼女は吃驚と困惑が混ざるような表情を浮かべていた。

 それを見てさらに後悔が流れ込んでくる。後悔が大渋滞している。

 私も彼女も口を開かない。さっきのをトリガーに、二人とも唇にホッチキス止めでもされてしまったのかってくらいに。

 雨の音を聞いて、雨水が滴る音を聞いて、排水溝へ流れる音を聞いて、そのまま逃げだしたくなる。

 そんな私を捕まえるかのように、星崎さんは口を開く。

 「わかった?」

 短い言葉であった。でも私の心を貫くには過剰なほどに鋭利だ。

 グハッともろに受けて、なにを言えば良いとか頭は回らない。

 こくこくと頷く反応をするのが精一杯だ。

 深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。

 「明らかに避けられてたじゃないですか。あんなの誰でもわかりますよ」

 「やっぱそうだよねぇ」

 特に悪気はなさそうな反応だ。

 「あれ、なんでしてたんです」

 避けられたと思えば、こうやって二人っきりになって会話したりする。だから嫌われてはいないだろうと理解できる。

 「例えばさ」

 椅子の前脚二本を浮かして、揺れ始めた。

 「はい」

 「青山は私が教室で抱き着いたり、執拗に話しかけてきたらどう?」

 「抱き着いたりはともかく……執拗に話しかけたりは既にやられた経験があるのでまたかって感じですね」

 私がそう答えると、星崎さんは口元に手を当てて考えるように目を瞑る。

 カタっとバランスを崩したのと同時に頬を緩ませた。

 「それって放課後の話でしょ」

 「はい」

 「違うよ、違う。休み時間とかさ、教室に人がたくさん居るタイミングでさ、執拗に話しかけたりしたらどう?」

 どうって言われても……。

 「うるさいなぁとか、周りの目とか気にしちゃうかもしれないです」

 「でしょ」

 釣り針に高級な餌でもつけているのかってくらい食いつきが良い。

 「教室で目立つのあまり好きじゃなさそうだから控えてたの」

 「ほんとですか」

 「半分は本当だよ」

 「じゃあもう半分はなんですか」

 「私が恥ずかしいから」

 目を合わせて、星崎さんは逃げるように目を逸らす。

 恥ずかしいってどういう意味で恥ずかしいのだろうか。

 私みたいな人間と関わっているとバレるのが恥ずかしいのか、それとも恋人ごっこなんていう謎な関係に恥じらいを覚えるのか。それとも両者か。第三のなにかがあるのか。わからない。

 わからないけれど、拒否されているわけじゃないのはわかる。

 「恥ずかしいんですね。良いこと聞きました。それなら明日話しかけちゃいます」

 「え、ヤダ……」

 ぷつんと糸が切れた。

 拒否されてないって調子乗った直後に拒否されてしまった。明確な拒否だ。

 頭が真っ白になる。

 知らないうちに外は雲の隙間から太陽の日差しが見える。けれど私の心の中はまだ曇天模様だ。

 「―山―――時――――――緩―――――恥――――」

 星崎さんはなにか言っているけれど、私の頭には入ってこない。言葉だってわかるのに、言葉として上手く認識できないのだ。まぁ星崎さんの声は小さいし、雨音は大きいし。掻き消されたってことにしておこう。

 「わかりました」

 わからないけれど、そう言うしかない。

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