第6話
結局今日は一度も星崎さんと話してない。
「なー」
くーっと背もたれに体重をかけて、手を伸ばす。天井を触れるかなぁ……なんてありえないことを考えて、でももしかしたらと思って、人差し指に神経を集中させる。まぁ触れないんだけれどね。当たり前だ。空を切っておしまい。
「とうっ」
調子の良い声と同時につむじ辺りにぽこんっと軽い衝撃が走る。
振り返ると、そこには星崎さんが立っていた。今日はテニスウェアを着ていない。
「部活はないんですか」
「今日はね、ないよ。オフ」
「そうなんですね。運動部って毎日あるのかと思ってました」
平日、休日関係なく毎日練習があって、休みがあるのは悪天候時か、テスト期間か。というイメージだった。
「毎日あんなのしてたら体持たないよ」
あはは~と一笑する。
「平日は火曜日と木曜日がオフ。休日はそもそもオフ。まぁ大会とかあると休みじゃなくなっちゃうんだけどね」
「覚えておきます」
「そ、覚えといて」
星崎さんは自分の席へと歩き出し、荷物を回収してターンするように廊下へと出た。
私はじーっとその背中を見つめる。
顔をこちらに向けた星崎さんと目が合う。
しばらく見つめ合って、不思議そうに星崎さんは首を傾げる。
「青山帰んないの?」
あ、私を待っていたのね。
「帰ります、帰りましょう!」
頬に炎の妖精でも宿したかのように頬は熱くなる。私は両手で頬を抑えながら、慌てて星崎さんを追いかけた。
隣に並ぶ。
星崎さんは背が高いから、顔を見ようとするとどうしても少しだけ視線を上に向けなければならない。
それはそれとして、この人イケメンだなぁ。顔だけ見れば美男子と言われてもそうなんだって納得できてしまう。まぁ視線を落とすと、女性であることが一目瞭然なんだけれど。ほら、豊満すぎるからさぁ。顔の良さか胸の大きさ。どっちかくらい私に譲ってくれても良いのに。
「あ……」
星崎さんはそう言葉を漏らして足を止めた。
私を見つめる。いや、私よりも若干上を見ている? かな。目線を追いかける。星崎さんが見ているのは廊下の窓の外。
変哲のない住宅街が広がっているだけ。なにかおかしなことでもあるだろうか、と少し考え込んでみるけれど見つけられない。
「どうしました?」
「いや」
星崎さんは私の横を抜けて、窓まで到達する。窓に手を当ててがらがらと開けてから手を出す。
「降ってきちゃったねぇ」
外に出した手のひらを引っ込めて、手のひらに瞳を落としながらそう独り言のように呟く。
「雨降ってますか」
「降ってる。まだぽつぽつって感じだけどね」
そう言われて目を凝らしてみると、たしかにぽつぽつと雨粒が落ちている。
「うーん、でもこの様子じゃもっと強くなそうだね。あっちの空真っ黒だよ。なんか魔王でも出てきそう」
ほら、と星崎さんは指差す。指先の空はたしかに真っ黒だ。あの雲がこっちに流れてくるのなら間違いなくザーザーになるだろう。
「走って帰る?」
窓の淵に二の腕を置いて、顔を外に出しながら私に問う。
本人はなんの気なしにやっている行動なんだろうけれど、ビジュアルが良すぎて絵になっている。写真撮りたくなるほどだ。
というか、これ走ったとしても駅に辿り着くまでに雨に敗北してしまう気がする。
星崎さん一人ならぎりぎり間に合うのかもしれないけれど、私は星崎さんのペースで走れないから。それはほら、昨日しっかりと死にかけながら証明されたわけだし。
「嫌そうだね」
いつの間にか窓を閉めて壁に寄りかかっていた星崎さんは苦笑する。
「嫌というか、物理的に無理です」
「自転車なら送ってあげられたんだけどね」
「まだ二人乗り諦めてなかったんですね」
「諦めないよ。だってロマンだもん」
むふん、とドヤ顔。
「ちなみに持ってないんですか。傘」
「持ってたら相合傘を提案してるよ」
「それもロマンってやつですか」
「ロマンってやつだね。やりたいことだよ」
「青春ではないんですか」
「青春でもあるよ。というか青春とロマンは同じ」
違うよ、と言いたくなったけれど水掛け論になりそうだったのでグッと堪える。
「私も傘はないので、どうしましょうかね」
話を元に戻した。外を見つめる。わりと本気でどうしよう。
「ずぶ濡れで帰る?」
「風邪引きますよ」
「冷静だねぇ。でもそれ正解だよ」
褒められているのか、煽られているのか絶妙にわからない。
どっちなのだろう、と考えながらぼんやりと窓の外を眺める。最初はぽつぽつと疎らで音も立てていなかったのに、今は雨脚が強くなって、雨音で廊下は響き渡る。ちゃんとした雨だ。調子に乗って走って帰ろうという提案に乗らなくて良かったと安堵する。
「あー、結構強くなってきたね。どっちも傘持ってないなら学校で待機が正解っぽいね」
「学校で待機ですか。この雨止むんですか」
どんどんと強くなって、すぐに止むような気配はない。
「止まない雨はないんだよ」
「やかましいですね」
「えー、酷くない」
「止むのを待ってたら夜になっちゃうかもしれないじゃないですか」
「大丈夫そうだよ、ほら」
星崎さんはスマホの画面を見せてくれる。画面に映っているのは雨雲レーダーだ。現在地は真っ赤だけれど、その周囲は水色と白で埋められている。
「一時間くらいかな。待てば止みそうだよ」
「ですね。じゃあ大人しく待ちましょうか」
「だねだね」
私たちは踵を返し、教室へと戻る。文明の利器に最大限の感謝を。
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