第5話
昨日は星崎さんと密着した。そう表現するとなんだかやましいことがあったように受け取ったりもできるけれど、実際はそんなことはない。ただ抱き着いただけ。あ、あれ? 実は結構凄いことしちゃったのかな。
偽りだったとしても私たちは恋人という関係なわけであって、そう考えると特段変なことではないはず。それに友達同士でもむぎゅっと抱き着いたり、くっついたりするのは普通らしいし。生憎私はそういうのは未経験なので、そういものらしいという一歩引いて俯瞰したような感想しか口にできないけれど。少なくともそれなりに親密な関係になれたのではと思ってしまう。思い上がりだろうか。
ただ星崎さんは今日も私のことを無視する。まぁこちらからなにかアクションしたのかと問われれば特になにもしてないというのが答えになるので、無視されているというニュアンスは少し異なるのかもしれない。
こうやってあーでもないこーでもないと心の中で立派に文句は垂れるけれど、それ以上のことはなにもしない。昨日もそうだったけれど勇気がないから。
重たいとか重たくないとかではない。嫉妬ではなく、純粋に気になる。なぜ私のことを居ないものとして扱ったり、突然恋人のように扱ったりするのか、が。いや、まぁそれを重たいって言うんだよと言われてしまえば私に反論の余地なんかゼロなんだけれどね。
気になるから聞いてみよう。なんで対応がころころ変わるのか。
なんて声をかければ良いのだろうか。星崎さんは絶賛友達とお話中だ。そこに割って入る。えぇ……本当にどうすれば良いのだろう。話し相手は多分同じ部活の人だ。ラケットケースを肩にかけているから、多分そう。私の後ろの席の人。名前はえーっと市川さん、だったかな。自己紹介の時にテニス部って言っていた気がする。だからテニスの話題でも振った方が良いのかな、でもそれだとすぐに話が詰まってしまう気がする。如何せん私はテニスに疎いし。テニスのラリーも会話のラリーも上手くできない。
じゃあ素直にストレートな問いをすれば良いのだろうか。いや、でもそれだとコイツ重たいなって思われて嫌悪されるのがオチ。これもダメ。
ならば普通の世間話とかはどうだろうか。それなら専門性を問わないから話を続けることはできる。あ、でも、私そもそも普通の会話すら上手くできないや。
あれもダメ、これもダメ。ダメダメダメダメと却下ばかりしてしまう。あまりにも私って臆病で無能だ。
自己嫌悪に陥る。勇気がないという根本はなにも変わらないし、変えられない。
立ち上がったのは良いものの、話しかけようという勢いはとうに失われている。でもこのまま座るってのも変な奴だ。急に立ち上がって、なにをすることもなく座る。うん、ないな。
別に尿意があるわけじゃないのに、お手洗いへと向かうことにした。
教室を出る時にチラッと星崎さんを見る。
楽しそうに部活仲間らしき人たちと会話してて、なんだか羨ましいなぁと思ってしまった。
廊下を歩きながらぼんやりと考える。恋人が友達と楽しそうに会話していたらこうやって心にごわごわと黒い渦のようなものが巻くのかなと。
いやぁ、そんなことはないだろ、と結論付ける。だって友達に一々嫉妬みたいなことしていたら心が持たないし。
となれば、私のこの感情は恋に起因するものではないのだろう。
そう。簡単でわかりやすいもので言い表すのならばきっとこうなる。
『友情』
だ。
私には友達が少ない。小中高合わせても片手で足りてしまうくらいには交友関係が少ない。心を許せるような友達が多い人には憧れたりもする。
きっと、星崎さんの話し相手と星崎さんがそういう関係に見えて、羨望して、嫉妬してしまったのだ。私もそうなりたいとどこかで思っているのだろう。
「友達かぁ……」
私は呟きながらお手洗いに辿り着いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます