第3話
特にこちらからは話しかけないし、あっちも私の方を見ることはない。視線を向けても振り向いてくれない。気付いていないのか、はたまた意図的に無視しているのか。まぁどっちかなんてわかるわけないけれど。前者であれば良いなと思うし、後者であったらちょっと立ち直れないなぁとも思う。クールな顔してなにも動じないキャラみたいな評価を時折周囲から受けたりするけれど、実際はメンタルクソ雑魚なめくじだ。ただポーカーフェイスが上手いだけである。自己評価だ。
なににせよ、あちらが不干渉というスタンスを採るのであれば、こちらとしてもそのスタンスを協調するしかない。変に声をかけたら嫌がられるかもしれないし。
人が嫌がることはしない。私は優しいからね。
そうやってなんだかんだだらだらと過ごしていると、気付けは放課後になっている。まだ新学年スタートしたばかりなのでお昼過ぎなのだけれど。
活気ある教室は十五分もすれば閑散としてしまう。
今日も私は教室にぽつんと残る。星崎さんが話しかけてくれるじゃないかという淡い期待を胸に抱きつつ。そしてその淡い期待に応えるような形で星崎さんは教室に戻って来る。今日は制服姿ではなく、運動着姿だった。体育着とは違ってかなりカラフルな色合いだ。トロピカルな感じ。南国感が溢れててなんとなく暖かさを感じる。気のせい過ぎるけれどね。
「よっぴっぴー」
ひらひら手を振って、こちらに近寄り、自然な流れで私の机に座る。
酷いくらいに自然な流れで受け入れてしまった。
「その『よっぴっぴー』ってなんですか。あとなんで制服じゃないんですか」
馬鹿みたいな挨拶やめてください、と言うのはやめておいた。我ながら偉いなぁと思う。
「まぁまぁ落ち着いて」
「いや、今回は落ち着いてますよ。至って冷静です」
「冷静な人は冷静ですなんて言わないよ」
じーっと睨むような目線を送ると、くすくす笑い始めた。
「冗談だよ、冗談」
手をくねくねさせる。なんなんだその動き。
「まずこの『よっぴっぴー』って挨拶はね、私が好きな小説の推しキャラクターが使ってる挨拶だよ」
「馬鹿っぽいですよ、それ」
創作した挨拶であるのならもしかしたら傷付けることになるかも……と封じ込めていた言葉であったが、そうではないとわかったので思う存分言葉をぶちまける。
「知ってるよ。でもこの絶妙な馬鹿っぽさが良いんじゃん」
「えぇ……そうですかね」
「そうだよ、そうだよ」
噛めば噛むほど味が出る的なことだろうか。いや、そんなスルメみたいなことあるか?
「青山もやってみる? ほらせーの。よっぴっぴー」
「やりません。そんな恥ずかしいこと」
きっぱりと断っておく。じゃないとなし崩し的にやらされそうな気がしたから。
「そっかー。残念」
本気か冗談か絶妙にわからないような落ち込み方をする。
まぁどっちでも良いか。
「で、その服はどうしたんですか。今日制服で来てましたよね。というかさっきまで着てましたよね」
「あー、これね」
彼女はよいしょ、と机からひょいっと飛び降りて、裾を摘まんでひらひらとさせた。
ちらちらと白い腹部が見えているのは指摘して良いのか、否か。しばらく迷ってやめておくことにした。というか、星崎さんって外に出ている肌はかなり日焼けしているのだが、腹部は真っ白だった。
「テニスウェアだよ。テニスウェア」
「なんで二回言ったんですか」
「なんとなく」
ケロッとしている。
「なんでテニスウェアを着てるんですか」
「あれ、言ってなかったっけ。私テニス部だから。硬式ね」
ほいほいと右手で素振りをしてみせる。右手を動かす度にビュンビュンと風を切る音が聞こえた。テニスとか良くわからないけれど、素人目では様になっているし、そもそも嘘を吐く必要もないから本当にそうなんだろう。
「上手いなぁって思ったでしょ」
また顔に出ていたのだろか。とりあえず素直に頷く。
「えへへ。もう動きが体に染みついてるだよね。自転車みたいな感じ?」
「そうなんですね」
「やってく? テニス。大歓迎だよ」
「いや、やってきません」
「そっか、残念。それはそれとしてそういうわけだから今日は一緒に帰れないんだよね」
クーっと背を伸ばしながらそう告げられる。
「あ、一緒に帰るつもりだったんですね」
嬉しさを抑えて、へーそうなんだみたいな反応をした。
「形はどうであれ恋人なんだし」
この人は飴と鞭の使い分けが上手いタイプなのだろうか。それとも純粋に私がチョロ過ぎるだけ? なんかこんなので嬉しいみたいな反応をしたら負け、なような気がしてきたから、強気な反応をしてしまおう。
「そうなんですか。まぁそういうことならじゃあ一人で帰ります」
と強がってから、果たして私は一体誰と戦っているのだろうと困惑してしまう。なにしてんだか。
「待って、待って。今日部活四時までだから、そのあとなら一緒に帰れるよ」
「そのあとって……待ってろってことですか」
「だめ?」
「いやぁ、まぁ、はい。わかりました。待ちますよ。待ちます」
帰ったら後悔するだろうなぁという思いがふと湧いてきて、少しは素直になることにした。
「それじゃあ、部活行ってくるから!」
パッと軽く手をあげて、彼女は颯爽と教室を立ち去る。
星崎さんの背中を見送った私は、ぽつんと教室に取り残された。机にはほんのりと温もりがあった。
今の時間はなんだったのだろうか……。
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