第2話

 あんな約束をした昨日。家に帰ってから悶々としていたのは言うまでもないだろう。色んな意味で。本当に色んな意味で悶々としていた。

 そして今日。

 一応恋人なんだよね。ごっこって言っていたけれど、恋人ってことで良いんだよね。昨日の出来事に対して半信半疑になりながら教室へ到着する。

 青山という苗字はだいたい出席番号が一番になる。相葉とか、相川とか、そういう苗字の人が居なければね。アイドルとかスポーツ選手でなら聞いたことある苗字だけれど現実で遭遇したことはない。少なくとも私はという注釈付き。なので私は十一年連続で出席番号一番を獲得している。幼稚園の記憶は流石にないんだけれど、もしかしたら十四年連続なのかもしれない。まぁなんでも良いけれど。

 頬杖を突きながらぼーっとする。ちくたくと時計の針が進むだけ。なんて非生産的な時間なんだろうと時折考えたりするけれど、結局なにをするわけでもない。なにもできないが多分正解だ。周囲は新年度ということもあって、表面を取り繕ってどうせ一年後には疎遠になっているであろう新しい交友作りに勤しんでるわけだが、私は蚊帳の外で眺めるだけ。話かけないでオーラを醸し出し、周囲に人を寄せ付けない。新しい交友関係を作るという行為に恐怖を抱き、勇気が出ないし、出せない。

 憧れとか羨望とかそういうものがないわけじゃない。けれど自分を押し殺してまで無理に……とはならない。友達というのはある種の嗜好品なわけであって、友達やら交友関係がないと人として最低限生きていけないのかと問われればそんなことはない。酸素と水と食料。あとは衣類、住居やらがあれば生きてはいける。楽しさ、幸福感、利便性。そういうのを考え始めたらガラッと変わってしまうけれども。

 要するに必須ではないということだ。

 だったらやらなくて良いよね、と静観を決め込んでしまう。ちなみにさっきは強がったけれど近寄り難い空気を出しているつもりは毛頭ない。勝手に周りがそう思い込んでるだけ。実際、星崎さんはひょこひょこ来ていたわけだし。

 敢えて自己分析するなら変なプライドを持って、目が悪いのにメガネもしないし、コンタクトもしないから、目つきが悪くなっているというのが答えになる。中学の時、なんで睨んでるのって言われたこともあったし、概ね間違っているわけじゃないだろう。

 まぁ改善するつもりは一切ないけれどね。メガネは似合わないし、コンタクトは怖いし。

 廊下から聞き覚えのある声が聞こえてくる。ふっと一瞬目線を向けて、ドキドキしている自分になんだか恥ずかしくなってなにもなかったかのように黒板へ目線を戻す。なにも書いてない真っ新な黒板を見つめながらも、横目でちらちらとその声のする方を見たりする。

 声はどんどんと近付いてきて、気付けば教室の扉の前へとやってくる。その声の主は星崎さんだ。その周囲には名前も顔もうる覚えな女性たちが居た。友達かな、友達だろうな。あれだけのコミュ力を持つのだ。そりゃ友達の一人や二人居たって不思議じゃない。私じゃあるまいし。

 恋人ごっこなわけであって、決して恋人になったわけじゃない。

 とはいえ良い気分ではないし、あれだけ仲良さげな友達が居るのに、私にそんな提案をしてきたのだろうか、という疑問もある。

 なんでだろう、と考えたところで答えが見つかるものではないのは言われなくともわかってはいるのだが、それはそれとしてやはり気になってしまうというのが正直なところだ。

 あぁ私ってもしかしたら重たい女ってやつなのかもしれない。恋人ごっこという関係で、まだ良く知らないし、なんなら大して仲良いわけでも、特段大きな好意を持っているわけでもない相手に嫉妬と似たような感情を抱いてしまっているのだから。嫌になっちゃうね。

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