星☆崎さんっ!〜女子高生と女子高生のごっこあそび〜
こーぼーさつき
第1話
私は晴れて高校二年生になった。もうすっかり着慣れた制服を身に纏う。桜散る中、学校へ行けば始業式があり、新しい担任の自己紹介及び進級により生じる業務連絡や集合写真など、諸々の作業を終えて、早速下校の時間となる。喧騒とした空気の中、私は席に座った状態で視線を少し右に逸らすと微かに廊下の窓が見えて、そのさらに奥には進級生を見送りながら散り行く桜の木が目に入る。少しだけ虚しさを覚えたりしていると、話したこともなかった女性がつかつか席にやってきて、声をかけた。我関せずが一番だと見て見ぬふりを試みるが、話しかけられてしまう。
「君の名前は?」
「青山若葉です」
「青山若葉……うん、良い名前だ」
「は、はぁ。そうですか。ありがとうございます」
初対面で名前を褒められ、困惑気味に感謝を述べる。
変に鋭角な部分を見せて反抗的になっても致し方ないし。
「青山さん」
「はい」
「青山ちゃん」
「は、はい」
「若葉ちゃん」
「えーっと、は、はい」
「……なんて呼ばれたい?」
どれもしっくりこなかったのか、少しだけ間を空けてからこてんと首を傾げつつ、問いかけてくる。
なんて呼ばれたいと言われても、まぁなんだって良いというのが正直なところだ。もっとも貧乳だとか陰キャだとかって呼ばれるのは勘弁だけれど。
「なんでも良いですよ」
「欲がないね」
口元に手を当てて、うーむと唸りながらそんなことを口にした。
言うほど欲のない発言だったろうかと少し考える。
比較的に普通な反応だったのではないだろうか。世間的に見たらどうなのかはわからないけれど、私という一個人の考えとしては普通だったと思う。
「ないよ。ないない」
表情に出ていたようで、こちらが答えを口にする前に彼女はそうきっぱりと口にした。
ぎりぎり校則に引っかからなさそうな茶色の髪の毛を揺らしながら、私の正面に回り込んで机にぽんっと手を置き、しゃがんで目線の高さを合わせる。
「ないですかね」
「ないよ。全くない」
「じゃあそういうことで良いです。欲のない人間ということで」
否定しようかなと思ったが、そもそも否定する理由が特に見当たらなくて、まぁそういうことにしておこうかと勝手に結論付けて、適当に首肯した。日本人の美徳とかいう謙遜。知らずのうちに私の身体にも染みついていたらしい。無意識というのは恐ろしいなぁ。
「青山で良いか」
「結局苗字の呼び捨てなんですね」
「嫌?」
「構わないですよ、こだわりは特にないですし」
「そう? じゃあ青山で」
私が抱いたのは、変に遠回りしたなぁという感想だけである。
もっと変なあだ名で呼ばれるのかもと密かに覚悟したりしていた。だから腑抜けたという表現が正しいのかもしれない。
「それよりもどうしたんですか。突然話しかけたりして。私なにか変なことしてしまいしたか。そうなら謝罪します。すみません」
放課後に突入してからかれこれ十五分くらいが経過した。教室に居た人間は部活へ向かったり、そそくさと帰ったり、教室を出て少し歩いたところにある水道の窪みで溜まって喋っていたりと動いた後の目的は千差万別でありながらも、教室を後にしているという部分に関しては共通している。だからこそ、教室にこうやって居残りあまつさえ私に話しかけてくるというある種の奇行じみたことをしてくる彼女に疑問を抱く。
抱いて、まぁなにか用事があったんだろう。なにかはわからないけれど、という酷く適当な結論に至る。
「私は青山を可愛いと思う」
突拍子もなく予想の斜め上の言葉が飛び出してきて、私はびくっと肩を震わせた。どういう反応をするのが正解かわからなくて、目線を外に逸らして少し考え込む。
すると、彼女は私の視線を追いかけるようにじりじりと身体を動かして、私の視界の中に入ってきた。邪魔だ。
「えーっと、要求はなんですか。金ですか。金ですね。金ですよね。絶対に金ですよね。金目的ですよね」
一つの結論に達して私は捲し立てる。
そんな反応を見て、最初はきょとんとした様子だったのだが、状況を理解したのかはたまた言葉の意味を理解したのか、堰を切ったようにげらげらと腹を抱えて笑い始めた。勢いはしばらく止まらず、やっと笑い声が聞えなくなったと思ったころには完全に息を切らして、疲労が表情に出ていた。
「はー初めてこんなに大笑いした。私は人からお金を巻き上げる……みたいな趣味は持ってないよ」
落ち着きを取り戻した彼女はそう澄ましたように言う。
「じゃあどうしたんですか。私あなたの名前すら知らないんですけど。なんの用ですか。わからないです」
「まぁまぁそう慌てないで。私は逃げも隠れもしないから」
そっちから話しかけてきておいて逃げたり隠れたりしたら大問題だよ。私新学期早々に虐められたのかなって勘繰っちゃうよ。というか逃げも隠れもしないって絶妙に使い方間違っていませんかね。
「一つずつ答えてあげるから」
しゃがんでいる体勢からよいしょと立ち上がり、私の肩に手を置いて微笑む。
必然的に顔が近付く。髪の毛が女の子にしては短くて、カッコいいなとまず思った。鼻筋は通ってて、キリっとした目、健康的な肌の色。様々なところに目がいって、どれを見ても私より容姿端麗である。
まぁそれだけだ。綺麗だなぁと思うだけ。他に強いて言うなら妖艶くらいかな。それ以上の感想を抱くことはない。
「まずはどうしたんですかって問いだね。これは簡単で単純だよ。話したかったそれだけだね」
うんうんと一人で頷く。
「次にあなたの名前すら知らないんですけど、っていう質問だね。たしかに自己紹介してなかったからしておこうか。私は星崎一歌。『いちか』は漢数字の一に歌うで一歌だよ」
聞いてもないことをぺらぺらと喋る。この人はもしかしたらただ人と会話するのが好きなだけなのかもしれない。ほんの少しだけ警戒心を解く。そもそもクラスメイトに警戒する方がおかしいんだろうけれど。こればかりは人と会話することもできる限り避けてきた人間の性ということで。
「最後になんの用ですかという質問についてだね。さっき言ったお話がしたかったというのはもちろんあるだけど、それだけじゃないよ。青山には彼氏がいないって聞いたから確かめようと思ってね」
ペロッと舌を出す。そんな彼女の仕草を見て、私はまた警戒する。
コ、コイツ……人を煽りに来たんだな。と勝手に解釈した。違う? そんなわけなかろう。でも彼氏がいない、というか恋人居ない歴イコール年齢だから、反論することもできない。眉間に皺を寄せ、黙りながら睨むのが精一杯の反抗だ。というか誰から聞いたんだ。私に彼氏がいないって。どうせ居ないだろってことかな。悲しい泣きそう。事実だから胸に刺さる。
「あ、別に煽ってるわけじゃないからね」
「じゃあなんだって言うんですか」
「まぁまぁそう怒らないで。怒ると可愛い顔が台無しだからさ」
冗談を口にする様子でもない。まるで本気。そう受け取れるような表情と声色。
「そもそも私だって恋人は居ないし。多分。だからブーメランってやつ? になっちゃう」
「だから煽ってないと」
「うん、そのつもりだけど」
きょとんとする。あれ、私の反応が間違っているのかなと不安が襲う。
「私ってそんなに可愛くないと思うんですけど」
抱いたことをそのまま吐き出す。
口にしてから、そんなことないよって言って欲しい人のセリフを口にしてしまって、失敗したなぁと若干後悔した。
「私は好きだけど」
まっすぐそう言われると、例えお世辞であったとしても嬉々としてしまう。人間って単純だ。そういう心地良い言葉に慣れていないから尚更。
「ありがとうございます」
ここで一々謙遜していても致し方ないので、素直に言葉を受け取る。
感謝の言葉を述べて私は黙る。彼女も黙る。お互いに黙ってしまって、教室内を沈黙が包み込んだ。
しばらくして、星崎さんがこの沈黙を切り裂く。
「私も、青山も。どっちも恋人がいないことがこれでわかったね」
「そうみたいですね」
はっきりとそう言われるとなんだか惨めだ。別に彼氏欲しくなくて、作っていないわけじゃない。欲しいけれど作れないのだ。どうせ男は胸の大きさしか見ていない。どうやら私は魅力的ではないようだ。だから彼氏ができない。と言い訳しておく。
「そんな不満そうな顔しないでさ」
星崎は苦笑しながら、私の頬を人差し指の先っぽでつんつんと突っついた。
「ある意味仲間だと思うけど、どうかな」
手を引っ込めると同時にそう問う。
「恋人がいない同士ってことですか」
「そうそう」
なんだその悲しい仲間意識は。
「まぁそうかもしれないですね」
でも間違いないから渋々頷く。認めたくはないけれど。
「悪い提案じゃないと思うからさ、そんな顔しないでよ」
どうやらまた表情に出ていたらしい。
「提案ってなんですか」
「恋人になろうよ」
「は、はい?」
「うーん、恋人ごっこの方が正しいいのかな? お互いに恋人のフリをしてさ、恋人が居たらこういう感じなんだなって実感しようよ」
おどけているのかなと、様子を伺うようにちらちら顔を見るが、至って真面目であった。
でも真面目だからそれで良いかと言われれば答えはノー。
色々と困惑は生まれる。
例えば、好きでもないような人と……ましてやクラスメイトになったばかりの初対面の人とそんなことして良いわけないよとか、女の子同士なのにとか。
肯定の思考よりも、否定の思考がぽこぽこと出てくる。
私がネガティブ思考だから、というのは一つの答えかもしれない。少なくとも否定する気はない。
けれど他にも漠然とした理由がある。
それは単純明快で、ちょっとした抵抗に似通ったものが心の中にあるから、だ。
抵抗の理由まではわからない。仲良くないのにそういうことをすることに対して抵抗意識を持っているのか、女の子同士で恋人ごっこをするということに対して抵抗意識を持っているのか。そのどちらもという可能性もあるし、全くの逆でそのどちらでもない第三の可能性だって考えられるだろう。
「どう? 恋人が居ない私たちだからこそできることだと思うけど」
妙案だ、とでも言いたげだ。
そこまではっきりと自信に満ち溢れていると、私がこうやってなにかに躓いてうじうじと悩んでいることが間違っているんじゃないかと考える。星崎は私の手を掴んで、そのまま当然のように指を絡ませる。
温かな感覚が、繊細な指先に伝って、そこから熱が流れるように身体が少しぽかぽかしてきた。
「本気ですか」
私は確認するように問う。
彼女は口を開いてなにか説明をする。というようなことはない。ただコクリと頷くだけ。それだけだ。でも双眸から注がれる真剣な眼差しを浴びてしまうと懐疑的になったこちらが馬鹿馬鹿しくなってくる。
抵抗はある。それは疑いようのない事実だ。
もちろん抱いた感情をやっぱなしに……ということもできない。
でも、拒否するに至るかと問われれば頷けないというのもまた事実なわけで。遠回しな表現になってしまっているけれど、つまるところなにが言いたいかというと。それは至って単純なものである。
「わかりました。良いですよ」
と、肯定することだ。
こうして私は星崎一歌というボブカットでかっこいい系の同性の同級生と恋人を味わうための歪で特別なおかし過ぎる関係になったのだった。
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