第18話 魔剣と神聖剣

 ぴちょん……ぴちょん……。


 音がしている。ネルラはゆっくりと目を開けようとする、しかし体はまだ動かない。


 それでも辛うじて見える範囲から自分の現状を確認しようとしてみる。


 ──分かることは自分が水浸しである事、そして体が燃え盛るように熱いと言うことぐらいだ。


 苔むした地面をちょろちょろと水が流れている。それを俺はほんの少し体を捻って舐める。


 かわいた喉がほんの僅かに潤った気がした。だが肉体はまだ全く言うことを聞いてくれない。


 はぁ。とため息をついて俺は目を閉じる。やることが無いという状況には既に慣れっこだ。

 俺は体から熱が消えるのを待ちながら、深く深く深呼吸を繰り返していた。


「…………ふーーーーーーすーーーーーはーー……」


 ……俺はこの先どうなるのだろうか。

 ふとネルラはそんなことを考えていた。あの時ロブタに攻撃をされたことで、おそらく俺は死んだとギルドに伝えられているはずだ。


 だが俺は生きている。死んでなど居ない訳だ。

 ……アイツの、ロブタの事を告発するか?……いや無理だ。

 どう考えてもロブタの方をみんな信じるに決まっているじゃないか。


 ……そもそも俺は生きて帰れるのか?というかここは何処だよ。


 そんなふうに俺は悲観しながら、ぼーっとしていると……突然何処からか足音が聞こえてきたのだ。


 ……まさか人か?なら直ぐに助けを……いやクマかもしれないんだぞ?こんな洞窟の中に人が居るわけが……。


「……あ!が起きた!!……主様ぁぁぁぁあ!!!」


「───────はへ?」


 くすんだ灰色の髪の毛と黄色の瞳の、中くらいの大きさの女の子がいた。そして、俺はその女の子に抱きつかれていた。しっかりと、ぎゅっと。


 ◇◇◇


「……主様、主様!!生きていて良かったです!!ああ、あの時見た時、助けられなくてすみませんでした!!」


 ……「…………えっと?」


「主様をいたぶったあのクソ野郎は私が殺します!だから主様はそこでのんびりとしていてください!」


「あの?」


「許せません!私の大切な大切な……ずっと共に生きて来た主様を……あの男、後で絶対に潰す」


「だからその……」


「主様はすごいのに、なんで誰もわかってくれないんですか?あれだけたくさんのゴーレムを倒してるのにみんな誰一人としてあのゴーレムが上位個体のものだと気が付かないし、誰一人としてネルラ様のすばらしさに気が付かないし、ああそういえばなんかいきなり魔法をぶち込んで来たクソ魔法使い達もいましたね。アイツらは私の手で始末しますから主様は全然気にしないで貰って大丈夫ですよ?主様はここでのんびりとしているだけでいいんですから!ああ、主様のためにいまさっきご飯を作っていたのですがそれを早く持ってこなくては、主様の為に…………」


「……ちょ、ちょっと落ち着こう……ね?」


 あまりにも高速でまくし立てられたので、俺は慌ててその女の子を停止させる。


「あ、もしかして私喋りすぎちゃいましたか?……うーんすみません!……でもやっと喋れるようになったから嬉しくてつい!……普段は無口なんですよ?本当なんですから!でもやっと、やっとやっとやっと話せるようになったのが嬉しすぎて私、私はっっっ!!」


 ……なんというか、ミステリアスな見た目からは想像もつかないほどの情熱を秘めている人だった。


「……君はちなみに誰……でしょうか?」


 俺は唖然としながら尋ねる。すると──、


「私ですか?!私は……すー、です!ちなみに名前はって言います!」


 笑顔で答えた。まさかの人じゃなかった。しかも魔剣だった。どういう事?


 ◇◇◇


「……つまり君は、あのの剣って事かい?……にわかに信じ難いんだけどそれ本当?」


 その子が言うには自分はあのボロボロの剣だと言うのだ。


「はい!そうです!……私は貴方様がずっと握り続けた剣です!そして魔剣でもあります!」


 ……どゆこと?魔剣?剣?

 困惑する俺を、さらに訳の分からない事態が襲う。


「あらあら、目を覚ましたのねぇ?……ふふ、おはようさん?ねぼすけさん」


 突然後ろに人が現れた。しかも俺が反応するより早く、俺は抱きつかれた。


「なっ!?だ、誰……うわ、でっか!?」


 俺は見上げる形でその女を見る。そいつは……神秘的で、背徳的で、冒涜的な見た目をした巨大な女だった。


 髪の毛は白と黒、そして所々にうねうねっとした触手がクトゥルフの様相を呈していた。

 驚いた俺に、うねうねっとした触手が絡みつく。


 ……ねとぉ……とした感触を想像した俺は、優しく巻き付くそれに驚いた。なんというか手を絡められているような不思議な触り心地だ。


「……君は誰だ……」


 俺は体を巻き付かれながら、抵抗することも出来ないまま尋ねる。するとその女性は……。


「ふふ、わたくしの名前は……ケイオス・ルミナス…………と呼ばれているわ?よろしくね?女神様を365柱もシカトしたすっごい少年君?」


 冒涜的な笑みだと俺は思った。優しげな見た目をしているから、人によってはこれのやばさに気がつくことは無いのだろうなぁ。


 ……って待て?女神様をシカト?何の事っ?!


「あら?知らないの?……貴方の元に魔剣がいっっぱい来たでしょう?アレ、?それを全部シカトし続けたじゃないのアナタ。……しかも女神によっては魔物に食べられたとか、水に沈められたとか……あの子達とっても泣いてたわよ?」


 えぇ……初耳何ですが?いや確かに女神様の半身ってのは聞いてたけど……。


「あの、女神様の半身じゃないのですか?」


「半身?……あなたには半身じゃなくて、って言ってたわよ?あの子達」


 ……ねぇねぇ、ネルラ君。どうしたらいいかなこれ。

 どうやらネルラという人間は、思っていたよりもはるかにやばい運命を辿れるキャラだったのかもしれない。俺はそんなふうにふと考えた。


 ◇◇◇◇


「それで、あなた……ケイオスさん……は神聖剣って言いましたけど……神聖剣って何ですか?」


 ネルラは尋ねる。ネルラの中の人も神聖剣などというものは知らない。それはゲーム内に一度も出てきたことが無いワードだったので、当然ではあるが。


「……そうねぇ、あなた……この世界には?」


 ケイオスはそういうと俺の顔をねっとりと撫でながら尋ねる。するとルクスも負けじと俺の頭を撫でてくれた。

 ……可愛い。


 にしても国?え、国?……いやバカにしてるんですか?国なんて……国……国……くに……?


 俺はそこで初めて気がついた。ゲーム【剣と魔法のイングリシア】には【】しか出てこない。そして何処の世界に国がひとつだけの世界があるというのだろうか。


「……あの、俺なんも知らなくて……教えてもらえたりって……」


「勿論よ?……ではまずは」


 そういうと目の前に突然黒板が現れた。そして気がつくと自分たちの周りの洞窟の形状が巨大な教室のような形に変化して行く。


 そうして俺はケイオスさんから授業を受けることとなるのであった。








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