第12話 助けた話

 ……どうしよう、なんか倒れてる人がいるんだけど。

 あの後、俺は街に向かってかけ出そうとして、お金を持ってくるのを忘れた事に気が付き……慌てて取りに戻ったのだけれども。


 なんか湖のそばに人が倒れてるし……腕から血が……?出てるようにも見えるんだけどっ!?


 俺は慌ててその女の人に近寄る。鎧を着込んでいるのでおそらく剣士だということだけは、かろうじて分かった。


「お、おいっ、あんたしっかりしろ!?何があったんだ!?……」


 こういう時に、どうやって対応すればいいのかよく分からない。のでとりあえず顔面に近くの湖の水をかける。

 一端目を覚ましてもらわないと、と俺が焦っていると……。


「ん……ぅぅ…………だ……誰……」


 そんなか細い声が聞こえた。俺はとりあえず生きている事に安堵しつつ、同時に彼女があちこちに傷を負っているのが見えた。

 おそらくだが、近くの崖から転がり落ちてきたのだろう。

 防具にも、そんな感じの跡が着いているしな。……ってか血がやばい……?!


「…………くそっコレでこの女の人を助けたら破滅フラグでしたーとか言うんじゃねぇぞ!?」


 俺はとりあえずその女の子をお姫様抱っこする。さすがに身長的に肩に担ぐのも、おんぶする事も難しそうだったのでね。


「────動くなよっ!」


 俺はそう言うと、街に向かって全速力で駆け出した。

 ……さすがはネルラ君だよ。街まで全く疲れることは無かったし、人を担いでも速度が変わらないあたり……すげぇよほんとに。


 ◇◇◇


 その後俺は街にこの女の人を届けて、ギルドの人に何があったかを報告して帰路に着いた。


 ちなみにギルドはもう大慌てであった。なんか話を聞くと、【ワイバーン】を狩りに行っていた人達なんだってさこの子。

 で仲間がいなかったことで、何らかの危険な魔物に殺された可能性があるから……って事で何十人も冒険者が派遣されて行ったよ。

 ……あんなに冒険者いたんだねこの街。


 俺はちなみに助けたお礼と言うか特別報酬を貰って少しだけ豪華なご飯を買って家に帰りましたよ。


 ◇◇


「ふぃーー、いやなんか騒ぎが大きくなってたけど……何とかあの子が無事である事を祈っとこうかな」


 俺は神さま……まあ女神様がいることは知っているので、助けて貰えますように〜。みたいな感じで祈ってみましたよ。


「よし、じゃあ……早く飯食って寝るとしますか!今日は特別、お魚でござんす!!」


 いやぁ、前世の頃はあんまし魚料理って食べなかったけど……いざ異世界で見ると……随分美味そうに焼けてるじゃねぇですか?

 焼かれた魚……多分炭火で焼かれたであろうそれの焦げた匂いが鼻の奥を刺激して、俺は自然とヨダレが出てしまった。


 ……「いただきますっ!」


 俺はごくりと唾を飲み込んで、頭から齧り付く。途端一瞬苦味が口の中を走った後……すぐに魚のこうばしさと、サクサクッとした肉。さらに干し肉では味わえない程よい塩味が俺の口の中に広がった。


「───くぅぅぅぅ!これよコレ!塩味だよやっぱ!……この世界の料理に塩が足らねぇんだよ!……あ〜ビール飲みてぇ……おっと今は子供だから……麦茶とか?」


 まあそんなものを買ってはいないので、俺は仕方なく近くの湖で汲んだ水をがぶがぶと飲み干す。

 ……ん?


 なんだろう、妙に甘い?いやなんというか優しい感じの味になっていないか?

 気の所為なのか、はたまた俺がさっき塩味を食べたせいなのかは分からないが……いつもよりまろやかな味になっているように俺は感じ、首を傾げた。


 ◇


 食後の運動で、ゴーレムをさくりと倒した後─。


「やー眠いなぁ……今日はちゃんと運動したしなぁ……いや昨日の羊を数えるのは地獄だったし……ん!寝る!」


 俺は少しだけ肌寒さを覚えつつも、目を閉じて横になる。

 ……ん?なんというか、湿った感じの匂い?


 ああ、なるほど。……うわ、ダンジョンから出たくねぇなぁ……。

 俺は干し肉をちらりと袋から出して……。


「湿ったら不味いしちゃんと袋をしっかり閉じて奥として……っと。……このダンジョンに雨漏りとか……無いよね?」


 少しだけ不安に思いつつも、俺はねむりの世界に潜り込んで行った。


 ◇◇◇◇






「──────あ……れ?……私……は……」

「お!起きたか!リディ!!!いやぁ無事で何よ─」

「リディちゃん!無事だったのね!あたしは心配で心配で!」

「馬鹿野郎オメェら!怪我人に抱きつくんじゃねぇ!暫く安静にしと来やがれ!」


 抱きついた人達が回復魔法使いに引っ張られて連行されていくのを私はぼんやりと眺める。


 ……私に何があったんだろう。そんな事を考えながら、ふと反対の手を見る。


「───あ……あれっ?……腕が……有る?」


 自分でその言葉を言った瞬間、脳内にあの時の記憶が滝のように蘇ってくる。


「、あ、あ、あ、あ、あ、あああああああ!!!!!」


 私は感情を抑えきれなかった。抑えたら自分が壊れてしまう、そんな予感がしたから。


 ◇

 ギルドの副団長が、私のそばに腰掛ける。そして重々しく、口を開く。


「リディ、あんた湖の近くに倒れていたんだってさ。ちっこい男の子が運んで来たんだよ?……」


 え?そんな事があったの?


「!?……そ、その子の名前とかって……」

「あ〜確か……あれ?誰だったかな?おーいそこの冒険者?リディちゃんを抱えてきた子は誰だっけーーー!!」

「副団長?……あ〜確かっていうガキです。……まあ害は無さそうな奴ですよ」


 ネルラ。その子が私を助けてくれたの?


「そ、その子は今どこに……っ!?」

「あんたはもう少し安静にしてなさい。それから……あんたの仲間については無事だよ。……最ももう冒険者は出来んだろうがね」

「そ、そうですか…………でも生きていて良かった……っ」


 私が喜んだのを見て、副団長リンドウさんはため息を吐き出し……そして深く頭を下げる。


「……ど、どうしたんですか?なんで頭を……」


 困惑する私に、リンドウさんはただ一言。


「……済まない、クエスト対象の判断を見誤ってしまった。……あの後君たちの仲間を見つけた場所には、【ドラゴン】の死骸があった……」

「【ドラゴン】……【AAA】ランクの化け物、【B】ランクなら最低でも8パーティ……【A】ランクですらソロでは不可能な相手……でも」


「……誰かが倒したんですよね、死骸って事は」


 私はそう尋ねる。するとリンドウさんは少しだけ躊躇ったあと……。


「……あの魔物は、ただのドラゴンじゃ無かったんだ。……アレは【エンシェントドラゴン】だったのだよ……リディ」


 そう、深く深く深く顔を覆いながら、苦悩の表情で答えた。


 ◇◇◇


 リンドウさんが「おやすみ」とぼそっと言って出ていったあと、私は一人ベットの中で考える。


【エンシェントドラゴン】……それは【S】ランクの魔物。龍の中でも古代から生息する個体が進化したもの。

 並大抵の人間や魔法使いでは、歯が立たず……魔剣士ですら、かなりの実力がなければ勝てない相手だ。


 ……じゃああの時……誰がなんの為に……どうやってあの【エンシェントドラゴン】を倒して、私を救ってくれたのだろうか。


 多分きっと、神様が助けてくれたんだろう。私はそんな風に考える他無かった。


 ◇◇◇◇


 リンドウは、静かにリディの病室を後にする。


 治療中、彼女の状態が危ない事になったと聞いた時は内心気が気で仕方なかったのだが。

 何とか無事に生還してくれた事で私はやっと肩の荷が降りたような感覚を味わった。


 ……慣れないな、本当に。


 私はそう言うと、シワの増えた自分の顔を少しだけ引っ張る。

 ……冒険者の死亡は日夜ある事だ。だからこそ、特別依頼を任せる時はかなり慎重に調査を行うべきだと言うのに。

 今回は見通しも判断も何もかもが甘かった。


 ……それでも私は一人の女性として、彼女が無事であったことを感謝するしかない。

 貴重な女性冒険者を……これ以上失う訳には行かないのだから。



 少しづつ眠くなり始めた脳を必死に起こそうとしながら、私は考え続けた。


「……明日は雨、ですか。……全く、私の今の心の中を女神様に当てられているような気分ですね」


 ◇◇◇






 翌朝、ネルラは目を覚ました。

 そして─────、


 空中でクルクル回転するを見た。

 その後、を見た。

 そして深くため息をついて、二度寝を決めることにした。









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