第4話
こんな風に、フレデリカお嬢様との平和で楽しい日々がずっと続く。そう思っていました。
事件が起きたのは、枯れ葉が舞い散る秋の終わり頃でした。
シュバルツ家の親戚の方の、病気の容態が急変したという知らせを受けました。その方はお嬢様の叔父に当たる方で、幼い頃よく遊んでもらっていたようです。
叔父様はよくて一週間の命であると。旦那様たちは、叔父様の所へ向かう準備を早急に始めました。叔父様と顔合わせができる、最後のチャンスかもしれないのです。だから、一刻も早く会いに行かなければ。
叔父様の家までは、馬車で三日はかかります。長旅になりそうです。
「ねえお母さん、カカシも連れて行っていいよね?」
お嬢様は奥様に、そんな風に尋ねました。
きっと、とても不安なのでしょう。それを察した奥様は、「いいわよ」と了承してくださいました。お嬢様に頼られているようで、嬉しいです。
畑をお守りする役目は、少しの間は他のカカシたちにお任せすることにしましょう。といっても、最近はお嬢様と過ごす時間が増え、本来の業務が少しおろそかになってしまっていましたが。まあきっと、事情が事情ですし、許してくださるでしょう。そういうことにしておきましょう。
荷物を全て馬車の荷台に乗せ、わたくしたちも乗り込みます。
長旅になるので、馬車の操縦は旦那様の知り合いの御者さんに任せることにしました。
「カカシ、馬車に乗るのは初めてだよね?」
お嬢様の問いかけに、わたくしは頷きました。
実のところ、わたくしは初めての馬車の旅に対して、少しドキドキしていました。だってわたくしは、この辺りから離れたことがないのですから。
一体外にはどんな世界が広がっているのでしょう。きっと、わたくしの知らないことばかりに満ちていて、こんなことを言っては不謹慎ですが、ほんの、ほんの少しだけわくわくしていました。
準備ができると、わたくしたちを乗せた馬車は動き出しました。わたくしは窓から外の景色を眺めていました。見慣れた家がどんどん離れていきます。
そして、広い畑を通りすぎて行きます。わたくしの仲間たちが見送ってくれました。風で服がなびき、まるで手を振ってくれているかのように見えました。
どんどん変わっていく景色に、わたくしは感動していました。綺麗な街並み、広大な自然、山や川、動物、人間、ありとあらゆるものが、この世界に存在していることを実感しました。
お嬢様は歌を歌ったり、絵を描いたりしていました。家から持ってきたトランプやチェスで、わたくしとも遊びました。ルールは前にお嬢様に教えてもらったことがあります。わたくし、意外とセンスがあるようで、全勝しました。お嬢様はとても悔しそうにしていました。
しかし、半日も経つとやることは尽きてきました。ずっと馬車に揺られて、お嬢様は眠くなってきたようで、おやすみになってしまいました。
夕方、夕飯を食べるために、一度馬車を停止させました。
わたくしは一度お嬢様を起こします。
「んん……カカシ、もう叔父さんの所ついたの?」
なにを寝ぼけていらっしゃるのですか、お嬢様。そんなに叔父様の所に早く着くはずがありませんよ。
「フレデリカ、ご飯にしましょう」
奥様は家から持ってきた大きなお弁当箱を広げました。様々な種類の料理が詰められていて、とても美味しそうです。わたくしに胃袋があれば食べられたのに。あいにくわたくしは何も食べなくても生きていけます。だって、カカシですから。
みんなで夕食を食べていると、御者さんが尋ねました。
「シュバルツさん、この先は森になっているんですけど、どうされますか? このまま進むと、森の途中で夜になってしまいます。行けないことはないですけど、少し危険かと……」
「時間はあまりない。進めるうちになるべく進んでおきたいのだが……」
旦那様はそう答えました。確かに、この先何があるかわかりません。余裕のあるうちにできるだけ前に進んでいたい気持ちはよく分かります。
「分かりました。では、なるべく早く出ましょう。日が暮れないうちに」
皆さんは急いでご飯を食べ終わり、すぐに出発しました。日はもうだいぶ傾いています。
馬車はこれまで順調に進んで来ました。
それなのに突然、馬車が止まりました。
「どうした?」
旦那様は前にいる御者さんに尋ねました。
「……いえ、この先二手に分かれているのですが、どちらから参りましょうか? 右は近道ですが、オオカミの巣穴があり、特に夜は危険かと。左の道は比較的安全ですが、右の道寄りも三倍の時間がかかってしまいます」
そう御者さんは説明してくれました。今は少しでも早くお兄様の家にたどり着きたい。だから、右の道を選びたいところですが、オオカミの巣穴があるということは、大変危険な道のりとなります。ただでさえ、夜というだけでも危ないのに。
しかし、時間のかかる左の道へ行って、叔父様に会えずじまいなんてことは絶対に避けたいです。
しんと静まりかえった森は、やはり不気味でした。動いているときよりも、止まっているときの方がより一層怖く感じます。お嬢様は不安そうに奥様にしがみついていました。
旦那様は悩んだ末に、右の危険な道を選択しました。旦那様にとって、叔父様は兄にあたる方。大切な家族です。また、奥様やお嬢様も、叔父様には大変お世話になったそうです。このまま会うことができずに永遠の別れをしなければならない、なんて悲しいことは嫌ではありませんか。
大丈夫です。万が一の時は、わたくしがお守りいたします。
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