第3話
それからわたくしは、毎日のようにお嬢様と過ごしました。
フレデリカお嬢様が学校から帰ってきたら、すぐに一緒に遊びに行きます。鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり。ダンスをしたり、ひなたぼっこをしたり。
とにかく幸せで、楽しかったです。動けるというのは、こんなに素敵なことなのだと実感しました。
あ、もちろん、お嬢様が学校へ行っている間は、きちんと自分の仕事をしておりますよ。わたくしの本業は、畑を守ることですから。
動けるようになったおかげで、あの忌々しいカラスたちを追い払いやすくなりました。
そんな時、わたくしはふと思い出しました。明日はお嬢様の誕生日ではありませんか。せっかく動けるようになったのです。何かプレゼントを渡したい。
そこで、わたくしは花束を贈ることにしました。近くの野原へ花を摘みに出かけます。そこには色とりどりの花が咲いていて、綺麗でした。わたくしはお花を摘み、布にくるんで、ピンク色のリボンで縛りました。我ながら上等のできです。
でも、なんだかこれだけでは味気ない。わたくしはお嬢様に、何か特別な物をあげたかったのです。
わたくしはしばらく考えました。そして、分かりました。わたくしはお嬢様に、言葉を伝えたいのです。しかし、わたくしは喋ることができません。一体どうすればいいでしょう?
いいことを思いつきました。手紙を書きましょう!
文字を書くことなら、わたくしにもできるはずです。だって、わたくしの体は動くんですから。喋ることはできませんが、手紙でなら、お嬢様へ言葉を伝えることができます。
早速、奥様の元へと向かい、文字の書き方を教わりました。しかし、これがまた案外難しく、最近動けるようになったわたくしにとって、文字を書くという細かい動作は、慣れないものでした。ペンを持つのは難しく、手も思うように動いてくれないのです。
奥様は優しく丁寧に教えてくれましたが、わたくしにはどう頑張っても、一言書くことしかできません。しかも、少し歪で、奥様のように綺麗にはいきませんでした。
***
お誕生日当日、お嬢様の家にはお友達がたくさん来て、盛大なパーティーが行われていました。ご馳走に大きなケーキ、色とりどりのプレゼント。わたくしは邪魔にならないところから、その様子を見守っていました。普通カカシは動きませんからね。わたくしが突然お友達の前に出て行ったら、腰を抜かしてしまいます。
お嬢様のお友達は、皆さんとてもいい人ばかりで、わたくしは安心しました。お嬢様からお話はたくさん聞いていましたが、本当に仲が良さそうで、微笑ましいです。
パーティーが終わった後、わたくしは背中に花束と手紙を隠し、お嬢様に近づいて行きました。
「あら、カカシ。どうしたの?」
少し緊張しながら、わたくしは花束と手紙を差し出しました。
「まあ!」
受け取ったお嬢様は、花の匂いを嗅ぎました。
「いい匂い。それに、とっても綺麗!」
今度は手紙を開きます。彼女は驚いたような表情を見せました。
Happy Birthday
今のわたくしには、この文字を書くので精一杯でした。ですが、今一番伝えたかった言葉を伝えられて、満足です。
「カカシ、文字を書けたの?」
はい、奥様に教えてもらいました。
「カカシ! 大好き! ありがとう!」
お嬢様はわたくしに抱きついてきました。喜んでいただけたようで、ホッとしました。
わたくしはお嬢様に腕を回し、抱きしめ返します。今までだったら、こんなことはできませんでした。でも、動く体を手に入れたことで、わたくしはお嬢様を抱きしめられるようになりました。それがものすごく嬉しかったです。
本当は、もっと伝えたいことがたくさんありました。お嬢様が作ってくださったから、わたくしは今ここにいるのです。お嬢様がたくさんお話を聞かせてくれたから、わたくしは毎日が楽しくて、知らない世界を知ることができました。
だから、もっと文字を練習して、いつか便箋いっぱいに彼女への思いを書けるようになります。わたくしの胸は、貴女への感謝の気持ちと、溢れんばかりの愛でいっぱいですから。
どうかそれまで、待っていてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます