第2話

 朝になると、不思議なことが起こりました。

 大きなハエがわたくしの鼻に止まったのです。いつもならなんとも思わないのですが、今日はなぜだかやけに鬱陶しく感じて。気付けばわたくしは、手でハエを払っていました。


 おや?


 違和感を覚えます。わたくし、今、手を動かしましたよね? 自分の手に目をやり、開いたり閉じたりしてみました。


 なんということでしょう。これは夢?


 わたくしは他の部分を動かしてみました。首を振ってみたり、腰をひねってみたり。足に力入れて、上に飛び跳ねてみたり。


 動いています! 一体どうして? 


 いや、細かいことは後で考えましょう。

 わたくしは一本足で飛び跳ねながら、前に進むことを覚えました。これでフレデリカお嬢様に会いに行けます。わたくしを見たら、どんな顔をするでしょうか? わくわくしながら、お嬢様の家へと向かいました。

 

 お嬢様の家は、畑のすぐ近くにあります。決して大きくはありませんが、レンガでできたおしゃれな家です。いつもは遠くからしか見ることができませんでしたが、間近で見ると、さらに素敵に感じました。

 お嬢様の部屋はどこでしょう? 家の周りをぐるぐる回っていると、レースがついたピンクのカーテンの部屋を見つけました。きっとあそこですね。でも、部屋は二階です。ここからでは届きません。どうやってお嬢様にわたくしの存在を知らせましょう?

 辺りを見渡すと、踏み台になりそうな木箱が置いてありました。わたくしはそれを二つほど積み重ね、上に飛び乗ります。そこから一階の屋根へと飛び移り、お嬢様の部屋の窓の前に立ちました。そして、コンコンと窓を叩きました。


 しばらくすると、カーテンが開きました。寝起きでパジャマ姿のお嬢様が顔をのぞかせます。不思議そうな顔でわたくしを見ています。まだ寝ぼけているようです。眠そうな目をこすって、目をパチパチさせます。そしてもう一度目をこすりました。


「え……?」


 唖然と口を開くお嬢様。ゆっくりと窓を開けます。


「なんでカカシがこんなところに……? まだ夢を見ているのかしら?」


 フレデリカお嬢様! わたくし、動けるようになったんですよ!


 わたくしはくるっと一回転をして、帽子を取り、お辞儀をしてみせました。


「カカシが動いているわ。屋根の上で、私に向かってお辞儀をした……」


 お嬢様はそう呟きながら、自分の頬をつねりました。


「……痛い。ってことは、夢じゃない……」


 お嬢様は信じられないというように目をパチパチさせました。


「カカシが動いてる! 私のカカシが!」


 お嬢様はその場で飛び跳ねます。こらこら、危ないですよ。窓から落っこちてしまします。


「嬉しい! カカシが動いてる! きっと神様が、私の願いを叶えてくれたんだわ!」


 お嬢様は興奮気味に言います。

 お嬢様だけが願ったのではありません。わたくしもお嬢様と同じお願いをしたのです。わたくしたちどちらともがそう望んだから、きっと神様が叶えてくれたのでしょう。


「カカシ、おいで! お父さんとお母さんに紹介するわ!」


 わたくしは窓から部屋の中に入りました。すごいです。わたくしはずっと外にいたものですから、建物の中には初めて入ります。

 お嬢様はわたくしについた土を綺麗に払ってくれました。

 わたくしはお嬢様に連れられて、階段を降りていきます。


「お母さーん! カカシが動いた! 私のカカシが動いたわ!」


 お嬢様はそう叫びます。


「フレデリカ、何を寝ぼけているの? 夢と現実がこんがらがっているんじゃない?」


 キッチンにいた奥様は呆れたように言います。


「夢じゃないわ! ちゃんと頬は痛かったもの! ほら見て。カカシよ!」


 お嬢様はそう言い返しました。

 わたくしは奥様の前に出ていき、先程お嬢様にして見せたように、くるっと回ってお辞儀をしました。奥様は「まあっ」と驚いて口を抑えます。


「ほんとに動いてるわ」

「でしょ! 夢じゃないでしょ! お父さんにも見せてくる!」


 今度は洗面所へと向かいました。


「お父さん!」


 お嬢様は勢いよく洗面所の扉を開けます。旦那様は顔を洗っている所でした。


「フレデリカ、どうしたんだい?」

「あのね! カカシが動いたの!」

「そうかいそうかい、それは良かったねぇ」

「絶対信じてないでしょ?」

「だって、カカシが動くわけないじゃないか。カカシは人間の見た目をしているけど、人間ではないんだよ」

「そんなこと分かってるわ! いいから見て!」


 わたくしはそっと旦那様の前に出ました。旦那様は口をあんぐりと開けていました。


「ね! 嘘じゃないでしょ?」


 わたくしは再びくるっと回ってお辞儀をしました。こうやってお目にかかれて光栄です、旦那様。



 その後、朝食のためにお嬢様はダイニングへと向かいました。ご飯を食べられないわたくしも、なぜか座らされました。


「いやあ、なんとも、不思議なことが起こるものだなあ」


 旦那様はパンをかじりながら言いました。


「そうね、びっくりだわ。でも、危険ではなさそうね。なんていったって、このカカシはフレデリカが作ったものだから。きっと大丈夫よ」


 奥様はわたくしをまじまじと見ます。

 どうやら、わたくしを受け入れて貰えたようです。嬉しい限り。これでもっと、わたくしはお嬢様と一緒に過ごすことができます。


「カカシ、これからもよろしくね」


 お嬢様は向日葵のような笑顔を私に向けました。

 ええ、こちらこそよろしくお願いします、お嬢様。



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