カカシのはなし
秋月未希
第1話
わたくしはカカシ。シュバルツ家の畑をお守りするために作られました。
わたくしの体は藁と木の棒でできています。端布を組み合わせて作られた服を着せてもらい、暑さから身を守るための帽子をかぶせてもらっています。手には丈夫な手袋をはめてもらい、可愛らしい顔まで描いてもらって、わたくしは本当に幸せ者です。
だから、なんとしてでもこの畑を守らなければなりません。この身がボロボロになろうとも、この一本足で踏ん張り続けます。それがわたくしの作られた意味、存在理由であるのです。
わたくしが作られたのは、ちょうど五年前。シュバルツ家の可愛らしい一人娘、フレデリカお嬢様が六歳の頃。
シュバルツ家の畑には、いくつかのカカシが立っています。その中の一つがわたくしです。わたくしのことは唯一、お嬢様が奥様に手伝ってもらいながら作ってくださいました。そのため、お嬢様はどうやらわたくしに愛着が湧いているようで、学校が終わった後、必ずここへやって来ます。
お嬢様はわたくしの横に座り込みます。そんな風に座っては、土でスカートの裾が汚れてしまいますよ。
今日のお嬢様は、心なしか元気がないように見えました。
「ねえ、カカシ。今日この前のテストが帰ってきたんだけど、それが思ったより悪くて」
おやおや、珍しいですね。フレデリカお嬢様は賢い方で、いつもテストでは満点に近い点数を取っているではないですか。
「ちゃんと勉強したんだけどな……なんか悔しい。私、頑張ってたよね? カカシも見てたでしょ? 私が横で勉強してるの」
お嬢様は随分と落ち込んでいるようでした。確かにここ最近、お嬢様はわたくしの横に座り込んで、ずっと教科書の問題を解いていました。
ですが、調子が悪いときは、誰にだってあります。今回は、たまたま上手くいかなかっただけ。お嬢様はいつも一生懸命頑張っていますから。次は絶対大丈夫です。
そう励ましたいのに、わたくしには伝える手段がありません。
「まあ、今回はちょっと難しかったし、仕方ないよね。そういうことにしとこ」
こんな風に、彼女はわたくしに色々なことを話してくれます。学校であったことや、好きなこと、家族のこと、嬉しかったことや悲しかったこと、たくさんのことを話してくれるので、わたくしは毎日が楽しいです。
わたくしは彼女を通して、この世界のことを知るのでした。わたくしはここから動けないので、見聞きできることには限りがありますから。
「あ、そうだ。今日お母さんがパンケーキを焼いてくれるんだった! 朝からずっと楽しみにしてたの」
さっきまで暗い顔をしていたお嬢様の顔が、一気に明るくなりました。切り替えが早いのも、お嬢様の良いところだと思います。
「お母さんのパンケーキは世界一美味しいんだよ。ふわふわで、お庭でとれたイチゴのジャムがかかってるの!」
あるはずのない食欲がそそられます。
「それじゃあ、私、パンケーキ食べてくるね! じゃあね、カカシ!」
お嬢様が一瞬で元気になるなんて、奥様のパンケーキの力は偉大です。彼女は嬉しそうに去って行きました。
***
ある日、フレデリカお嬢様は珍しく夜にやって来ました。いつもは日が落ちないうちにしか来ないのに。こんな時間に外を出歩くのは危険です。
「今日、クラスの人がね、山に星を見に行くって言ってたの」
それは楽しそうですね。
「羨ましいなって思って。なんだか私も見たくなって、外に出てきちゃった」
気持ちは分かります。でも、だからといって、夜に一人で外に出てはいけません。どうせ旦那様方には何も言ってきていないのでしょう? 変な人や危険な動物が現れたらどうするのですか?
もしお嬢様が襲われても、残念ながらわたくしには動けないので、守ることができません。ただ見ていることしかできないのです。
「カカシ、知ってる? 流れ星にお願いごとをすると、その願いは叶うんだよ」
お嬢様はそんなことを尋ねてきました。
それはロマンチックですね。もしかしてお嬢様は、お願いごとをするために、星を見に来たのですか? 一体どんなお願いなのでしょう。気になります。
しかし、いくら待っても流れ星が流れる気配は、全くありませんでした。しょうがないです。また機会はありますよ。だから今日は、あんまり遅くならないうちに家に戻っておやすみなさい。
すると、お嬢様が言いました。
「私、カカシが動いてくれますようにってお願いしたかったんだ。そしたら、どこでもずっと一緒にいられるでしょ?」
なんと。お嬢様は、そんな光栄なことを言ってくださいました。
今はただお話を聞くだけしかできないわたくしですが、動く体を手に入れられたら、お嬢様にどこまでも着いていくことができ、そしてあらゆる危険から貴女をお守りすることができます。とても素敵な願いです。
ああ、神様! どうかわたくしに、動く体をください!
その時、空に一筋の光が流れました。
わたくしたちはどちらとも、その光には気がつきませんでした。
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