第2話 まず、俺のスペック話しとく

 皆さんは一人暮らしの引っ越しを何度か経験しているだろうか。

 因みに俺は結構あるのだが、もしも次に引っ越すことがあれば、彼らにお願いしたい。

 壁紙を張ったり、剥がしたりもしてくれる。勿論、剥がす前提の簡易的な接着剤だから出来るんだろうけれど、それでも工程は同じはずだ。


「片付け始めたのが五時。んで、今が七時。ベッドも家具も何もかんも、綺麗さっぱり無くなって、掃除も完璧。聖麗桜花大学が名門大学で、大企業とか官僚とか外資とか、そういうとこに就職するってのは知ってるけど、引っ越し業者になってくれないかな。機会があったら…、いや…」


 俺にそんな機会が来るとは思えない。

 一体、誰が俺の個人情報を流したのか。騙された俺も悪いんだけど。


「ワンルームマンション経営で不労所得、ダブルインカムでお気楽生活…。そんなうまい話があったとしたら、勧誘したやつがやってるよ…。…って、三年前の俺に言ってやりたい」


 当時は俺ならいける。俺が騙される筈がないってマジで思ってた。

 無知が故の無謀、蛮勇だった。あと、楽して生きたかった。

 せっかく猛勉強して国立大学に入って、国家的な資格まで手にしたのだから、楽に生きたかった。


「ほんとにソファだけでいいんですか?こっちとしては助かりますけど」

「いいよ。どうせ、寝に帰るだけだし、大型ごみ代が節約できるし。」

「寝に帰るだけ…。そ、そうですか。やっぱりお医者さんはお忙しいのですね」

「医者じゃなくて歯医者だよ。歯医者にして敗者の方の」

「またまた。そんな冗談を…。そ、それじゃアタシたちは帰りますね」


 もっと手狭だった一人暮らし向けの部屋の家具、家電を引き取ってもらうことになった。

 映画研究部か映画サークルかは知らないけど、自分たちで映画も作っているらしい。

 だから、備品が増える分には有難いって話。


「おう。お疲れ。また、来週だったよな」

「はい‼また、よろしくお願いします」


 俺は手を振った。

 若い男と女は、現場の責任者の二人がは玄関の前で頭を下げた。

 本当の責任者は途中で帰った初老の男だろうけれど、大学の顧問なんて研究の片手間で若人の教えている。

 それに、彼ら二人も責任を取れる年齢だから、こんなものだろう。


「…ったく、これで日曜日は終わり。どうしてこんなことになってしまったのか…」


 俺はたぶんリビングだろう部屋の、唯一の家具である二人掛けのソファに腰を埋めて、大きく溜め息を吐いた。

 この件もそうだが、俺の人生の方も悲惨なものだった。

 因みに、自業自得って言葉はとっくに辞書から削除済みだ。


「単身赴任用の部屋、もしくは金持ち学生の為の部屋。イチモッツ物産が一年前に倒産した。この街は人の流出が止まらない。学生はまだまだいるけど、ここは立地が…。下調べ?一応したつもりだけど?」


 賃貸経営しようにも、間違いなくローン返済と固定資産税の方が上回る。

 売値も、都市部で見られる不動産バブルを我関せずと下落中。つまり売ろうものなら大赤字が確定してしまう。


 一つの会社が潰れたことで、こんなにも人間がいなくなってしまうとは。


「流石に読めない。だから俺のせいじゃない」


 更には。


「院長の孫が研修医終わって戻ってきた。都会でたった二年の研修医勤務の後に戻って来た。そんでダラダラと勤務してた場所が、とんでもなく居心地が悪くなった。そんなの読めないじゃん。院長だって、孫は都会で開業するだろって言ってたじゃん…」


 二十六歳の若大将の出現が、俺のダラダラ生活をぶち壊した。

 年下で血気盛んで野望をもった男が、俺の仕事態度にケチをつけてきたのだ。


「院長先生は孫の言いなりになってしまった。十年近く奉公してきたのに、御恩はないんですか、院長先生…」


 大した給金を貰っていた訳ではない。だけど、その分のんびりとした仕事が出来ていた。

 大した給金じゃないから、マンション投資という馬鹿もやってしまったわけ。


 ——そして、この孫歯医者の登場がキッカケ


 俺が敗者の歯医者となる選択を選んだキッカケだ。


「歯科医師はつぶしが利かない。勿論、やろうと思えば他の仕事も出来る。だけど、…そういうのはもっと早くに行動しないと…な。で…」


 年下若大将に嫌気がさした俺は、俺なりに野望を燃やした。

 つまりは開業をするしかないと考えた。


 だが、ここでマンション投資の話が登場する。正確には登場した。

 そのローンがある限り、銀行マンは開業資金の融資は出来ないと宣ったのだ。


「親に泣きつくなんて出来ない。そもそも、父さんも母さんも裕福ではない。だから、俺は持っているモノを全て売り払って、ここを我が住処とする為に住宅ローンの借り換えをした。」


 三十五年とかで支払う住宅ローン金利は、そこに住むことが前提で借りられる制度だ。

 だから俺は戸籍も何もかも、この一人暮らしにはちょっと広い分譲マンションに移すことになった。


「それにより、どうにか居抜き開業資金の融資が受けられたんだっけ」


 一応、ここも担保に入っている。だが、何よりその銀行マン様がとても心優しい方で、引退間際のボロ歯科医院を見つけて来てくれたのだ。

 色んな機材にガタが来ているとはいえ、俺は彼のお陰で自分の歯科医院を手にすることが出来た。


「ま、それでも。必需品の買い替えで二千万近くの借りることになったんだけど…。住宅ローンも合わせたら…。吐きそうになるから考えないけど」


 こんな経緯で、マンション投資で手にした部屋が、俺の住処へと変わったってわけ。

 後は、ここが終の棲家にならないようにコツコツ働くだけ。


「とは言え…。職場からかなり離れてて、めちゃめちゃ不便な1LDKが俺の城ってわけ…」


 この瞬間、俺の全身が総毛立った。借金付きのボロボロ歯科医院と、マンション投資を借り換えた、本来であれば割高の住宅ローンに恐怖したわけではなく、…いや、少し前まではそれで十分に恐怖したのだけれど。


 今回はそうではない。俺の両肩は俺の意志に反して飛び跳ねた。


「へー!そうだったんですね‼」

「ヒェッ⁉」


 いっちのスペックをきっと手を差し伸べてくれる神様に知ってもらおうと自分語りをしていた。

 だが、背後から声。しかも、女‼


「…え?君…誰?ってか、なんで女子高生が俺の部屋に?つ、つ、つ、遂に幻覚を…」


 よく見たら多分分かること。女子高生はさておき、彼女の顔には見覚えがあった。

 だが、その状況を俺が呑み込む前に、彼女は言った。


「あの…。みんなは何処ですか?」

「み、みんな?」

「みんなですよー。映画の撮影の‼私分かりますよね?被害者役やってた、…えと…花子、です!」


 今、絶対に誤魔化した。顔は知っているけど、名前は知られたくない…とかかな。

 個人情報だし、うら若き女子大生だし


「私、シャワー浴びてたんですよ。…もしかして、みんな帰っちゃったんですか?」

「しゃ、シャワー?…それはそうか。全身血塗れコスプレだったし、流石にあれでは帰れない…。あの時は人が一杯いてごちゃごちゃだったから、全然気付かなかったけど…、さっき、挨拶して帰ったような…?」


 その瞬間、見た目は女子高生に見えなくもない女子大生・花子の顔が青ざめた。

 でも、その顔色の意味が分からない。


「いや、そんな前じゃないし。それに君も今から帰ったらいいだけだし。そんな悩むことでは…」


 彼女はシャワーを浴びて、ちゃんと着替えている。

 もしかしたらスマホを持っていないのかも。

 かと言って、俺も映画研究会の代表の電話はまだ登録していないし、履歴もマンション勧誘が怖くて、返信できないし。


「え…。どうしよう…」


 だけど、この子も戻ればいいだけとしか思えない。


「どうしようって…。途中まで送るから、帰った方がいいんじゃね。経緯はさておき、現状を切り取ったら俺もヤバいし…」


 考えればおかしいことだらけだったかもしれない。


 そして、ここからが全ての始まりだった。


「えっと…、風人さんって車は…」

「売ったから持ってない」

「ですよねー。だったら私、帰られないかも」

「え?なんで?…そりゃ確かに、夜一人で帰れって女の子に言うのは憚られるけど」


 つまり、これが初日のこと。


 綺麗な髪色の少女は快活な声で、こう言ったのだ。


「すみません‼今日一日、ここに泊めさせてください‼」

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女子大生は俺の部屋で殺されたかもしれない。 綿木絹 @Lotus_on_Lotus

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