作戦会議

 ルスランの知り合いがやっているという喫茶店にやってくると、迎えてくれたのはノアだった。


「ココ、おまえ……」

「ごめん。ノア黙ってて」

「いいよ。敵を騙すには味方からってことだったんだろ」


 ノアはそれだけ言って静かに椅子に座った。

 と、なぜかノアの後ろに、何度か会ったことのある図書館員の女性がいた。


「ココ、こちらは監査局のペペ次官だ。まあ、詳しい話はあとでするとして、今回俺たちに協力してくれることになったんだよ」


 ルスランに紹介されたペトラは、申し訳なさそうに口を開いた。


「本当は監査局からもっと人員を出せればよかったんですが、相手が伯爵となると難しくて……」

「監査局の方が一人いてくださるだけで十分心強いです」


 彼女が監査局の人間だとは知らなかったが、これは思わぬ仲間獲得である。



 改めておのおの自己紹介をすませたところで、ココたちはテーブルについた。人払いをしてくれているのか、店の中はココたち四人だけだった。


「ではまず、情報のすり合わせからしましょう」


 飲み物が揃ったところで、ココが切り出す。


「ドミトル教授とゾルゲル伯爵が同一人物というのは、皆さんもうご存じですよね」

「そこまではぺぺ次官に確認した。それで、ドミトル教授が占い師というのはどうして気づいたんだ?」

「占い師サルヴィエの占いに誘われたんです。彼は噂通り変装していましたが、占いを書く時の仕草でドミトル教授だと気づきました」


 以前、ルスランとドミトル教授の合同授業に参加したとき、彼はおすすめ本のリストを書いてくれた。そのときの仕草と占い師の仕草が全く同じだったのだ。筆跡は変えられても、書く姿勢やペンの持ち方の癖まではごまかせなかったようだ。 


「なるほど仕草か……。だが、それだけでは証拠として十分じゃないな」

「はい。でも、これを見てください」 


 ココはサルヴィエにもらった占いの紙をテーブルの上に広げた。三人が顔を寄せて覗き込む。


『貴女に羊の世話は似合わない 今こそ叡智の巣を出るときだ 貴女が北へゆくならば 血の繋がった羊は永らえる ただひたすらに孤独を愛し 孤高の城を訪ねよう ノスフェラトゥはその城で 貴女の帰りを待っている』


 占いを見て最初に声を上げたのはノアだった。


「一つも意味わかんねえ」


 天を仰ぐノアの隣で、ペトラも首を傾げていた。一方、ルスランは分かっていそうな顔をしているが、ココは先の二人のために一応、一つずつ説明することにする。


「頭から順番にいくと、一つ目の『羊』は、私が世話をしている相手のことだから、たぶん学生のことだと思う。で『叡智の巣』は大学だろうから、『貴女に羊の世話は似合わない 今こそ叡智の巣を出るときだ』は、学生の世話を辞めて大学を出ろってことになる」


 羊というのは古来より、神である「羊飼い」に対して、愚かな人間を表すものとしてしばしば用いられてきた言葉だ。ドミトル教授にとって学生は、羊であったということなのだろう。


 ノアを含めて三人が一緒に、うんうんと頷いた。


「だけどこっち、『血の繋がった羊』の方は学生じゃなくて、私の弟妹のこと。で、北へ行けばその弟妹の命は助かる。ただし、孤独に一人で来いと」

「来いってどこにだ? このノスフェラトゥって奴のところにか?」

「そう。図書館で調べたんだけど、ノスフェラトゥって西の国の言葉で、吸血鬼って意味なんだよ」


 ココの説明を聞いて、ルスランが納得とばかりに頷いた。


「そうか。つまり、一人でゾルゲル伯爵の屋敷に来いと言う意味なんだな。彼は、俺たちが以前、屋敷に訪れたことを誰かに聞いて、君にこんな占いを渡したわけか」


 ペトラとノアが首を傾げているので、ルスランが吸血鬼退治の一件について説明してくれた。

 ルスランの話を聞き終えたノアは、ぱっと顔を明るくする。


「それじゃ、この占いが証拠になるな。サルヴィエがこの占いを渡したってことは、自分の正体はゾルゲル伯爵です、って言ってるのと同じだろ」


 ノアが満足げに頷いた直後、ペトラが口を開いた。


「そうとは言い切れないわね。ゾルゲル伯爵、ドミトル教授にそんな占い知らないと言われればそれまでよ」

「そのとおりです。この占いも証拠になりません。だから、彼の屋敷に証拠を探しに行きましょう」


 ココの発言に、他の三人が目を丸くする。


「証拠って、君は見当がついているのか?」

「はい。占い師サルヴィエは、学生たちに盗んでこさせた物を全部回収してましたよね」

「確かにそうだが……」

「彼は、その盗品を自分の屋敷に隠していると思うんです」

「ちょっと待て。どうして屋敷に隠していると分かる? すでに盗品を処分している可能性もあるだろう。彼が後生大事に保管しているとは限らない」

「いえ。彼は必ず、盗品を自分の手元に置いているはずです。そうでないなら、盗んでこさせた物をサルヴィエが回収する必要はないでしょう。彼は盗品をることで、自分が『羊』を導く『羊飼い』の側であると実感したいんです。だから屋敷に行って、その盗品を探してみる価値は十分あると思います」


 ココの説明を聞いて、ペトラがかぶりを振る。


「それは推測でしょう? そんな理由じゃ令状はおりないわよ。仮にこっそり忍びこんだとしても、どうやってその盗品を探し出すつもりなの?」


 ココが応える前に、ルスランがつぶやくように言った。


「屋敷のメイドたちか」


 その呟きにココが頷く。


「彼女たちの協力を得られれば、教授が隠している盗品を探し出すことも不可能じゃないと思います」

「だけど、伯爵家に乗り込むなんて。……失敗したらどうなるか」


 ペトラが不安を露わにする。確かに彼女がしり込みするのも、無理はなかった。ルスランの言うとおり、盗品がすでに処分されている可能性もなくはない。それにメイドたちが協力してくれるかどうかもまだ分からない。そんな状況で伯爵の、貴族の屋敷に乗り込むとなると、失敗したときの代償は大きい。

 ココがきゅっと唇を噛みしめると、ノアが肩にぽんと手を乗せてきた。


「難しいことは分かんねえけど、おれは協力するよ。伯爵だろうがなんだろうがさ」


 ノアはココに微笑んでみせたあと、ルスランに視線を移す。


「俺はさっき言ったとおりだよ。覚悟はできてる。それにもともと、あの屋敷のメイドたちにはもう一度会いに行こうと思っていたから」


 最後に残ったペトラは、他三人の視線に気づいて顔を上げた。


「まさか伯爵の屋敷へ行くとは予想していませんでしたが……。でもエリートが弱音を吐いていてはいけませんね。あなたたちを守るためにも、私は他の手柄を立てないといけませんし……やりましょう。こうなったらもう、どうとでもなれです。もし失敗したら、みんなで煉国に行きましょう。あそこは変わった食べものもたくさんあるし、良い国ですよ」


 となんだかんだ言いながらも、協力してくれることになった。



 その後、それぞれに作戦の役割を確認したココたちは、ゾルゲル伯爵の屋敷へ向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る